第28話だから女はキライなんだよ

「くっ」

 真希奈さんは、ふり上げたその手を耳の高さまではおろしたけれど、その瞳はすでに後悔ににじんでいた。

「あんたのせいよ! シューマが立てなくなったら、子供の姿だからって許さないんだからね! 親に慰謝料払わせてやる。どうせ金持ちのドラ息子なんでしょ! お金にものをいわせてもみ消そうとするんでしょう。そうはいかない!」

 まるで血を吐くよう。

 オレはなんとか真希奈さんに、説明しようとした。

 彼が、サナちゃん先輩を傷つけようとしてこうなったのだと。

 オレが通話を一方的に切った後、「シューマ」先輩は仲間とやらと一緒に、オギとサナちゃん先輩をどこかへ連れ去ろうとして手をかけ、逆にぶんなげられてしまったらしい。

 うん、オギは空手の有段者だからな。

 だからこそ、手加減できたはずなのに、そこはおかしいと思ってる。

 そもそも、素人に立てなくなるほどの技をかけるようなオギじゃない。

 それは彼の友人知人なら知ってることだ。

 だいたい、空手を習うとき、「喧嘩には使いません」って師範に約束したっていうから、どんなものかはわかるだろう。

 第一、オギは生木折るんだぜ?

 本気でいったら殺すとこまでいくだろ。

「確かにオギはオレの友達だ。けど、理由もなくそんなことする奴じゃないよ」

「責任逃れ! だまし討ちなんて卑怯だわ。私はそんなのに屈したりしないから!」

「真希奈さん、落ちついて聞いてよ」

「いや! 私の弱みを握ってどうするつもり?」

 え?

「けがらわしい! あっちへいって!」

 なんで……真希奈さんにこんなに毛嫌いされてるんだ? オレ。

「私の名刺を学園で見せて、こっそり私があそこでアルバイトしてるって、噂してたんでしょ? みんなシューマに聞いたんだから!」

 えっと。

 根拠は?

「これよ!」

 言って、真希奈さんはセロテープで復元した名刺を見せた。

 折れ曲がった角! オレが握った場所!?

 これは、「令嬢」前の電柱でコソコソしてたやつが持ってた!

「それは……オレが捨てたやつだよ。コンピューター室のシュレッダーにかけたんだ」

「うそ!」

「うそじゃない! 切り刻んだ跡があるだろ」

 オレが、真希奈さんを困らせるようなこと、望むわけがないじゃないか!

「真希奈さん、誤解だよ。そりゃあんまりだよ。名刺をうっかり学園に捨ててきたのは悪かったけれど……そのシューマってひとのどこを信じたの?」

「シューマは私を助けてくれたわ! 励ましてくれた! なんども!」

「それっていつのころから?」

「私が……スナックに勤め始めてからよ……たくさん心配してくれたわ。やさしくしてくれた。なぐさめてくれた!」

「そんなこと!」

 オレはかっとして胸の中が焼けついた。

「オレにだってできる!」

 真希奈さんは黙った。

 は、と息を吐いて、斜め上から見下ろした。

「ぼくぅ……」

「うそじゃない!」

 もう、オレは荒んだ真希奈さんを見たくなくて、ぐっと目をつぶった。

 そして、そばの丸椅子によじのぼって、彼女の頬に両手を添えた。

 ヘルメットをとった、きれいな丸い額に唇を押し当てて、彼女の頭をきゅっと抱きしめる。

 どうしたらいいのかな?

 これで、ひとつも伝わらなかったら。

 オレ、もうどうしたらいいんだろう?

 真希奈さん! 真希奈さん! 真希奈さん……!

「ケイゴ……」

 目を開けた瞬間、胸に紅い十字の描かれた白い防護服の看護師がシューマの両親(らしきゴリラ。少しゆううつそうに歩いている)を連れて廊下をやってきた。

「きれいに折れているそうです」

「え! 足が?」

 尋ね返したのは真希奈さん。

「はい」

 彼女の顔色はわからないが、背中と声に緊張が走る。

「なんてこと! 彼、試合があるって……」

「大事をとらせて、学園も休ませます。まわりもこんなですしね」

 加齢臭のことか。

「で、慰謝料のことです」

 そこは、はっきりしているんだな。

 オレは、さっさと名乗り出た。

「正当防衛なのでは? そちらが集団で少女誘拐しようとしたと聞いてますよ」

 でなきゃ、オギは暴行障害罪になっている。

 今頃、どこでなにをやってるやら。

 事情聴取されてんのかな。

 メール入れておこう。

「んま!」

 背の丸い方のゴリラが手の甲を口元にあてて、のけぞった。

 自分の子が犯罪者だとは認めたくないのだろう。

 だが、事実は事実。

 オレはオギを信じている。

「だれなの、この子は」

「オレの友人とサナというせんぱ……少女がスマホで連絡してきました。抵抗するように言ったのはオレです。今はみんなゴリ……あんなナリで、隠れられたら探し出しようがない。しかも複数人いたそうです。怖かったと思いますよ、彼女たちも」

「な、なにを言っているの? 今、なにを言ったの? 理解できて? あなたっ」

「おちつきなさい。子供の言うことを真に受けるんじゃない」

「見かけは子供かもしれませんが、トリックに気が付いているんじゃないですか? オレは、もと紫乃宮の高等部生です」

「親御さんは何と言っているのかしら。こんな子供、おそろしい」

「聞くんじゃない」

「あのー」

「ひいい! 口を開いた!」

「さっきからしゃべってますよ」

 しかもこの上なく流ちょうにな。

「恐ろしいわ。怪物、いいえ化け物よ!」

「あなたに言われたくありませんよ」

 メスゴリラ。

「あたくしに言ったの? 口をきいたの? いやあ! 信じられない!」

 メスゴリラは、よろよろともう一匹のゴリラにすがりつく。

 ちょっとオレでは考えつかないような罵詈雑言が雨あられと降ってきた。

 あのなー。

 化け物はおまえらだ。

 もはや絵面的にな。

「ち。だから女はキライなんだよ……」

 思わずもれる本音。

 真希奈さんが目を剥いた。

 マズイ……猫かぶりが台無しだ。

 オレは、そうしているうちにオギに会いたくなった。

 このおっさんとメスゴリラをおとなしくさせるには、オギ自身の証言が必要だ。

 オレにも説明してくれよ。

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