第8話ゴリラが彼女!?
親が出張とパートで、ガラガラの家でひと晩寝て、びっくりした。
視界が、何やらとても広い。
というよりは、自分の目線が低く、手足の感覚が妙だ。
そうだ、猿!
猿になっていたらどうしよう!
オレまで猿になるのか?
今日でなくとも明日とか。
オレは自分の姿を見まわしたが、特に毛むくじゃらにはなってない。
むしろツルツル。
キッチンに入ったら、椅子が高くて、朝食がでっかい。
玄関に行って靴を履いたら、スニーカーがぶかぶかだ。
洗面台も高くて顔しか見えない。
む、美男子。
つうか、幼い。
もとから童顔だけど、これはなんとしたことか。
着ていたものもぶかぶかだ。
姉さんの息子の洋服を借りる。
オレは、玄関の靴を荒らして、片っぱしから靴を履いては脱いだ。
よし!
と、思ったのは甥っ子のサンダルで……ダメだこりゃ。
親に見つからないうちに、家を出なきゃならない。
オレはスニーカーの紐をキュウキュウに結んで、玄関のドアを押した。
果たして、外に出たら……春だというのに涼風が吹き、あちこちにゴリラがいた。
おかしい。
まるで、自分が地球最後の人間になってしまったかのような気持ちがした。
近づいてみようなんて、初めは思いもしなかったが、よく見あげてみると体格も顔つきも個体差があるようだ。
公園でひなたぼっこしている、比較的穏やかそうな個体に近づいたら、抹香の匂いがした。
これは……合わない。
ビューティーサロンから、毛並みを整えたばかりの猿が出てこないものか。
いや、猿に興味があるわけじゃないんだよ?
観察対象としては好ましいもんの方がいいだろ?
安全とか、清潔とか。
――とりあえず店の前で見張ってみた。
おそるおそるだけどな。
中は、ガラスと鏡張りで広く見える。
ライトが、明々(あかあか)としてとてもきらびやかだ。
そこに猿は……入っていくではないか。
ついて行ってみよう。
その猿は、まあなんというか、魅力的だった。
毛並みは埃っぽかったし、サロンから出てきてもどこも違わない気がしたが……個性的な気がした。
なにか気品というか、上品なオーラを身にまとっている。
なぜか、そのときは直感したんだ。
まあ、入り口付近で追っ払われたのはオレなんだけど。
くそう、ゴリラのくせに。
出てくるのをただ待つしかないオレ。
そのゴリラは、出てきて早々オレの方を向いて、首をかしげている。
そして、そいつは昼間のスナックの裏口へと入る――
他の猿たちは、いないようだ。
あの猿、裏口でごそごそしている。
オレは、しばらく逡巡したのち、思い切って入り口のドアをくぐった。
安っぽい飾り、明かりはまだついてない。
「お客さん、今は準備中――」
「!」
「あら、どうしたのぼうや?」
中にいたのは、猿ではなく二人の女性。
ただし、頭頂部と手足の一部分だけ、アクセントのようにふわふわとした被毛が輝いていた。
「すみません、迷ってしまったのですが。道をおききしたくて……」
よかった、人がいた。
オレは、思わずちょちょぎれる涙をぬぐった。
「そういうことでしたら、ええ。ハイハイ、アイナちゃん、裏から地図、持ってきて? ぼうや、どこへ行くの?」
ぜひ、そんなことお訊きしたい。
スナックのママ(というか、年かさがそう見えた)らしき女性が言った。
言葉が通じる。
それに美人だ。
おっと、ショックが大きすぎてキョドってしまった。
アイナ? その後姿はどこかで見たような気もするが、あんなキンキンパツパツの女は見知ってはいないな。
髪をアップにしていて、うなじがきれいな感じだ。
露出度の高い、赤いドレスを着ている。
オレの背丈だと、カウンターがえらい高い。
彼女らのバストショットしかとらえられない。
それにしても遅いなあ。
アレ?
「ちょっとトイレをかしてください」
どうぞ、と言われ、そちらを見ると、倉庫のドアが開いている。
勝手に入ってはダメだろう。
猿じゃなく、人間様の店なんだから。
しかし目的は……猿だったな。
どこ行った、あの猿は。
まさか、この女性たちは、猿の囲われ者……?
くそっ。
なんてこった!
「ぼうや?」
死角から声をかけられた。
びくっとして、おそるおそる振り返ると、そこには――とんでもない美少女! の顔をしたゴリラがいた。これは、だれ?
「あ、ああ!」
アイナ――近江(おうみ)真希奈(まきな)さんだ! 同じ高校の!
「茶道部で、着物美人の真希奈……さん?」
すると、アイナさんはぽかーんとして、
「あなたは……?」
今にも泣きそうな目をして、正体を暴かれた罪びとのようにアイナさんは震えていた。
そして、倉庫に飛びこむや、くすんくすんと鼻をすする音がして――
ああ! そうか、アイナさんちはいろいろ大変だって、先生が(今はゴリラに変身しちゃったんだろう)言っていた。
大変って、どういう大変なんだろう?
「アイナさん、ここで見たことは内緒にします。誰にも言いませんから、もし――よかったら、話を聞かせていだだけませんか?」
「けいご」
「え?」
声がくぐもってよく聞こえない。
「私は年上なのだから、敬語をつかいなさい……!」
なるほど、アイナさんは上級生だ。
敬語を――使っているよな?
「ここで働いていらっしゃるのですね?」
「……」
「オレのように、よく知らない人間にあれこれ言われるのはおつらいでしょう」
「……」
「思ってもいないことを言ってしまうこと、俺にもあります」
俺は最初から敬語でしゃべっていましたよ、と。
こそっと音がして、床から三十センチくらいのところから小さな頭がのぞいた。
その頭頂部には、ネコの耳のアクセサリーが。
「にゃあ」
と、アイナさんは照れくさそうに言った。
「たいへん、おかわいらしい」
「……」
アイナさんは、よたよたと這いずって出てきた。
ちょうど畳の部屋に入るときのように。
「なんと!」
アイナさん……。
「それは、猿の着ぐるみ?」
下半身を、ゴリラの毛むくじゃらから露出させた、彼女のふくらはぎは美しかった。
「防護服よ。政府から、学園都市の人間だけに配布されたの。あなた、よく平気で今まで外を歩けたわね」
「いや、だって……」
一体、学園都市に何があったんだ?
こんな、人間がゴリラになったとしか思えないような着ぐるみ防護服配るって、一体いつの間にって感じだよ。
「こんなに小さいのに、勇気があるわ。小さなヒーローさん」
チュッ。
え? 額に、キスされちゃったよー! ヤベ!
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