第1話 暗いよ狭いよ怖いよ熱いよ痛いよ……巨大だよ〜!(泣)
(うぁ…身体いってぇ…)
そう。身体中が痛い。
心臓なのかそれとも内臓の全てなのかわからない、日常ではほぼほぼ関せずとしてきたそれらの胎動が音を伴って身体を振動させる。
そして熱い。体験したことがないほどヌルヌルとした脂汗が身体の表面をまるで膜をはるようにおおっている。
その膜に邪魔されているのかと錯覚してしまうほど呼吸がおぼつかない。呼吸できているのかどうかも不明。
今何時なのか、枕元にあるはずの目覚まし時計や、窓から差しているはずの外の明かりを探すが闇しか視えない。まだ深夜、未明であるのだろうかと考えるが、そもそも瞼を開けちゃんと見たのかどうかも不明。
とにかく身体の不自由だけは解る。
超絶なる体調の絶不調。
(うぁ…これもう…今日は学校行けねーわ…。)
それどころの話ではない体調不良。
これはもしや生死にかかわる事態ではないかという不吉な思いが浮かび、
(ぐううっほんとにやべーぞコレ…びょ、病院…行かな……母さ……っっ)
誰かに助けを呼びかけようと声を出そうとするが声もでない。
ベッドから這い出て誰かに助けを訴えなくてはと不自由すぎる身体をなんとか動かそうとするが、動けもしない。
各関節に殆ど力が入らないのだ。ヌブヌブという感触が皮膚に返ってくるだけだ。布団をかぶっていたはずが、重すぎる。
重いという感覚を通り過ぎてもはや狭いという感覚。
(…というよりちょっと待て。ヌブヌブって…)
これは何の感触なのか。
というか
今、その謎の感触を足先や手先だけでなく身体全体で感じた。
自分は今、全裸なのか。
しかしそのような習慣はない。
それにこの感触は…いくら大量の脂汗をかいたからといってベッドや布団から感じる感触ではない。
何か生温かくヌルヌルとした…コレは…まるで…生き物の…そう、内臓のような…。
これはおかしい
として思い出そうとする。寝る前、もしくは気を失ってしまった経緯を。
少年は呑気にも、ここでやっと気づいた。
自分が今、どれほどの異常事態に直面しているのかを。
呼吸が出来ない。
何も見えない。
声もでない。
動くこともほぼ出来ていない。
ここまではまだ…いやかなりの非常事態であるがしかし不可解といってもまだ理解の範疇。しかし…
記憶までもが“ない”。
超異常事態発生。
ここは日本で多分だが今寝ていて学校行かなきゃとか思っていて今母親を呼ぼうとしていて…しかし思い出せない。自分が日本のどこに住んでいてどこ出身なのかいつ寝たのか学校はどこにあって何という学校名なのか今呼ぼうとした母親の顔も名前も声も…そして、そもそもの話
…………自分が誰なのかも……………
(え?あ?…ってはあ?なんだ?なんなん…グっ)
恐怖からの恐慌。
ここはベッドの上などではない。
先程は錯覚かと思い見過ごしたがどうやら本当に何かの液体と、何か肉なのか内臓なのか正体不明の中に閉じ込めりているのだと知覚する。
先程自身の身体を震わせていた心臓だか内臓全てだかが脈打つ感覚にしてもこの肉の壁から伝わってきたものなのだと。
なんという……得体の知れない…今、自分は、一体、どうなって、いるのか。
そして、『『ドクンッッッッッッ!!!』』
(う!!ぅヴゥウああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!)
熱いと感じていたものが激痛に変わる。
ドクンと身体全体を波打たせて。
これは今度こそ正真正銘の、体内からだ。
体内に生まれたもはや感覚とも呼べない新たな正体不明。
体内でその『何か』がここから出せと言わんばかりに暴れ回って苦しめてくる。
形容し難い痛み。死を連想させるほどの。
まるで魂に直接爪立てゆっくりと引き裂かれるような。
少年が初めて経験するそれは…
エネルギー。
力。
体力、筋力。知力。精神力。気力……
火力風力熱力水力磁力電力原子力引力斥力重力………
………どれとも違う。
地球にない力だ。
少年が知らないで当たり前の力。それは
“魔力”。
『ああアアぁァァあああああああああァアアアア!』
(……!?何だ?)
まるで自分が発した心の声に呼応したかのように誰かの、くぐもってわかりにくいがおそらくは女性の悲鳴が聞こえる。
それをを聞き、少年は、恐怖を上乗せしながら奇妙な安心感を覚えた。
誰かがいる。自分以外にも。
この異常事態の中で唯一な手掛かりとなったその叫び声を励みとして、自らを縛り付けていた恐怖という名の鎖を引きちぎり、少年は行動に移る。
藻掻く、
足掻く。
自らを窮屈に閉じ込めているこの肉の檻から脱出をはからんと。
足掻く度、
藻掻く度、
『キャアアアあああぁァアアγκιζξτνκοΥπ※§ユウジイィぃィ!』
とその女性が聞いたこともない国籍不明で意味不明な言語を悲鳴混じりにほとばしらせると、少年の身を包んでいた臓腑の如き質感の肉壁も呼応するようにして蠢動する。
同時にその身を包んでいた液体が消失していく。どうやらどこか隙間だか穴があって、液体はそこから抜けて消えたのだろうと理解する。
その液体が流れ出ていったのであろう出口を暗闇の中全身の感覚と、女性らしき誰かの悲鳴が届きくる指向を頼りに必死になって探す。
全く視えず殆ど動けない中、その脱出口の在り処をやっとの思いで感じ取った。
頭、頭頂。
視界…といっても、元々目が開いているのかも不明な黒闇の中だが…完全なる死角である頭頂にそれはあった。
頭頂が何かの窪みに引っかかて、おさまっている。そしてその窪みは閉じているがおそらくはの隙間であり、こじ開けることが可能な仕組みであるというのが解って、手を使いこじ開けようと思うが身体はやはりこの狭い空間にあるためか動かない。
しかし、脚は、不自由をやはり感じるが、かろうじて、
(動く!)
少年は肉でできたこの狭き牢屋の中、慌て、踏ん張った。
踏ん張った分だけジワジワと窪みに頭が埋まっていく。
そこにチャンスを見出した少年は、体を緩く旋回させながら頭頂をそのまま捻り込んでいく。
痛い。
隙間が頭を締め付けるその、思いの外に強い圧迫に屈しそうになる…が、諦めない。
痛みなら、元々。
全身を襲うこの暴れまわる内なる力。
その内圧が生む痛みが皮肉にも、頭蓋を変形させるほどの痛みを忘れさせてくれた。
痛みとついでに不都合も忘れる。このままこの隙間から頭を捻り出したとして、動かない手でどうやって首から下をこの肉の牢屋から抜き出すのかも。
少年は無我夢中だった。
今までの人生で普通に使ってきた言葉の真実を今、初めて体感する。
無我夢中。
我夢沙羅。
一生懸命。
それらキャッチコピーとして使うには弱すぎる平々凡々であるはずの言葉達が今、熱く、重く、真の意味を覚醒させる。
宿る。命が。
『キャアアアアアアアアアアアア!ふ…っう!』
「…ぐうううう!キ!キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
くぐもって聞こえていた女性の声が苛烈さと鮮明さを増して届いてくる。自分と同じだ。彼女も懸命であるのだ。文字通りに。
そして今自分は確実に近づいている、この声の主に。
声から伝わってくるそれら数少ない好材料を励みとして身を苛む内なる痛みと頭の外周を変形させる外からの痛み、その両方を忘れ、いや、内と外の痛みを合算し無理矢理の力に変換して、少年は非力なる己の脚を叱咤し、鞭打ち、酷使する。苦行、荒行の末、やがて、感じとる。
頭頂を鮮烈に涼やかす、外気を。
隙間の縁が目元より若干の下、耳の半ばまできている。つまりは頭の半分は脱出しつつあるということ。
女性の声が鮮明に聞こえるようになったのもそのためだろう。
外界が今どうなっているのかを探ろうにも目が殆ど開かない。
視覚が駄目なら聴覚に頼ろうとするも、しかし今度はあらゆる音が鮮明になりすぎて、それら鮮明すぎる音達が反響するようにして混ざり、皮肉にも不鮮明と化して耳に届く。
正体不明は新たなステージへ。……その時
『出てきた!!€£∆¤※‼π‡≯∀∆∝∌∷∅∆!!レマティア!!』
新たな声。
今度は男性の声だ。
相変わらずの国籍不明、意味不明な言語の中に、少年はかろうじてだが、聞き漏らさなかった。今この男性は使わなかったか?
日本語を。そして
(この声………聞き覚えがあるぞ?…う…ぐ…誰だっけ…誰………。)
力尽き、朦朧として意識を手放しかけたその時、
ガシッッ
(いつ!痛え!いててててててててててててて!!!オイぃィぃィぃィ!もっと優しくつかめよおめえぇあぁぃああ痛ええええ!!!)
……誰かの…多分だが、男の方の声の主のものだと思うが…ゴツゴツとした手が自分の頭をつかんで引き抜こうとしている。引き抜こうとしているのはこの頭だけが狙いでなく、どうやら身体全体を引き抜こうとしてくれているということは、そのゆっくりとした…といより四苦八苦とした…つまり不器用で…ぶっちゃけお粗末な動きから伝わってくる…のだが…しかし
(おあ痛え!コノヤロウ!ぶおッ!人の頭を!痛え!ドアノブみたいに……うなぁ!)
痛い。
猛烈に痛い。
男の手が巨大すぎて少年の頭をうまくつかめないでいるらしい。巨大で、ゴツゴツとして、その上、不器用なその手を、さらに二つ動員して不器用を補おうとして、だが結局の稚雑さ加減を加算しながら、ひねりまで加えて、頭をつかみ、引き抜こうとしている。これでは本当に、モげてしまう。頭だけが。
ああもう、痛い。
(あはあ痛えよもうごめなさゴメつか死ぬコレホントごめんなさほんとスンマセほんまカンニンして…)
心の中で最後の方、諦めの境地をナマりで表現しながら何故か謝罪してしまう少年なのであった。
そして遂に、
雑さの権化のような助っ人の協力(?)もあって
脱出は成功する。
眩しすぎる光。
鮮明すぎてもはや混沌として響いて届くあらゆる音達。
体表のヌメりを鮮烈に速乾していく新鮮な外気。
頭部を虐め抜いていた痛みから解放された安堵。
一気に押し寄せるそれら生存という名の感動を魂で受け止めながら、少年は忘れなかった。
………先程の恨みを。
眩しさを堪え、必死になって目を薄く開ける。
それでも殆ど視えず、しかし、ぼんやりしすぎてはいたがそのシルエットを見る。
自分を助け…もとい、雑に引き抜き、今、巨大な腕を急造のベッド代わりにして横たわらせる、この巨大な男の巨大な顔面を。
(く…っ、なんだこの巨大系ワイルド系イケメン。……顔覚えたかんな。……覚えてろよこのやろー…ー…………)
巨大男の巨大美顔を見た瞬間、
(見えてないけど。)
あ。これはなんというか、絶対に敵いませんな。腕っぷしも、モテぢからでも…という強者の風格を感じ取った少年は…まあ元々その両方に自信などなかったが
(というかそもそもの記憶もないのだが…)
負け惜しみとして心の中て毒ついたあと、女性の姿を探す。
あの助けを呼ぶようでいて絶対生き抜いてやると吼えているような、決死を覚悟した悲鳴。あの命漲る必死さに励まされ今自分は助かっているのだと。
しかし首が動かない。
手と足はもたつくがかろうじて動いている…ということは身体に麻痺などの後遺症があるわけではないのだろうが…どうしても頭に力が入らない。
そんなもどかしい気持ちを察したかのように少年を抱えたまま、巨大な男が身体の向きを変えた。
視界が変わり、少年は見た。
光でにじんで不明瞭すぎるシルエットだったが、それが逆に演出となって、薄く開けた瞳に焼けついた。
そこには、女神が、いた。
細部がわからないでも解る。美しい。途方もなく。
しかし…
(こっちも巨大いいいぃぃィィィィィィィィィィィィィィ!!)
男だけでなく、女神も巨大。
ロマンスなんか起こるわけがない痛恨の事実に嘆いたその時
「ふぎゅゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
耳元をつんざく赤ん坊の声。その声にビックリして
(うわなになに?)「ふぎゅあ?」
(え?)「ふぎゃう?」
(ちょ…これ…ええ??)「ふぎゅ、ふぎゃ…ふっ?」
そして手をぎこちない動きでなんとか掲げ、マジマジと
(はぁああああ!?)「ふきゅぃあああああ!?」
見たあと
(ウソでしょぉおオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!)
「ふうあぁんぎゃああああああああああああああああ!!!」
どうやら自分の言葉は声質も字面も全て赤ん坊の泣き声に変換され、自分の手を見たつもりが赤ん坊の手であって、目の前にいるこの男女が巨大にみえたのはおそらく自分が小さくなったのが原因で…
…ていうか、自分は赤ん坊で
……ていうか生まれたてホヤホヤの新生児で
………ていうか目の前の二人はどうやら自分の
…………新しく血の繋がった……両親んんん???
(ていうかていうか…ええ?記憶どうなん…いやいやまてまてこっちのがヤバイよなんせ赤ん坊なってるし俺…いやも…これ…わけわかんね。)
この少年は別に頭が悪いわけではない。しかし
(あ。そうか。夢だこれ。)
それは当然の感想であり
(うん。叫びたい。……なんじゃあああぁぁこりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!)
「ふあんぎいえああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああぁあぁああああああ」
うん。当然の絶叫だった。
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