異世界とヒーローにアンチでもテーゼを
末廣刈富士一
第一部異世界に生まれて 第一章 生誕
プロローグ
大樹。
大樹。大樹。
飛び込んでまた大樹。
その枝間にて。
とある何かが『影』を置いてきぼりにする勢いで疾走る。
飛ぶ様にして駆け抜ける。
あまりのスピード。
なのでやはり『影』としか認識出来ない。そんな生き物。
いやその前に今大樹とか言ったがその表現はおかしい。
いやおかしくはないが不足だ。
その枝や根は大木の幹と錯覚して相応しいほどに、太い。
じゃあその大質量のメインである幹はどれほどに巨大かと言えばもうお察しだろう。
超、、巨樹。
そんな高層ビルを思わす化け物植物が区画整理されず密集していて枝と枝を戦わせ混ざりあって世界に覆いかぶさっている。その密集は多分昼であろう今を闇夜とまでは言わないが、明るめの夜に近く暗くしていて。
勿論、暗い上に複雑に絡みあう巨大枝や巨大葉に遮られ視界はすこぶる不良である。それでもその『影的な生き物』による枝間疾走に迷いはない。
『生き物』と呼んだが
しかも成人していない。
少年だったりする。
だが、『野生児』という言葉では括りきれない凄まじい動き。
ああもう言ってしまおう『人外すぎない?』と。
誰かが見れば『なんの生き物?』と警戒されずにはいられないような動きなのだ。
彼には勿論知性だってある。
考えるし、言葉も発するし、
道具も使うし
……………泣きも笑いもする。
「ぁははー…。」
嗚呼、異世界(笑)
少年は笑うしかなかった。
(どちらかと言うと泣きたかったが。)
しかしその心は?と聞かれたら答えは無。
これは、思考停止の乾いた笑い。
『この状況』でよくもと言われそうだが…でも笑うしか、ないのだ。
迫りくるこの非現実にしか見えないトンデモなエフェクトを目の当たりにしてしまえば、
誰だって そうなる。
熱風。 かなり熱めの。
爆音と地響き。 常人なら立っていられないほどの。
「あ〜あ〜。…はいはいはい…。」
それらに淡い水色の髪と体表をブワリと、ブツブツと、轟々と、いたぶられながら巨樹から降り、丘の上に立ったその少年は笑いのまま顔を硬直させる。
職務放棄したのは表情筋だけではない。
全身がそう。
根源的な『やってられまへん。』
その命令にただ従って立ち尽くす。
開いたままの口に殺到する粉塵だってもう、放置。
しかし、口内が乾きゆくその感覚が思考停止を放っておいてくれない。その乾きの原因が粉塵だけにあるわけじゃないということが乾きゆく分だけジワジワと実感される。
それは、恐怖からくる乾きなのだと。
あまりの非常事態を前に、許容範囲を超えてしまったそれを恐怖だと心が認識できなかったのだろう。
非常事態。そんなものはこの少年にしたら逆に日常と言っていい事態であって、今目にしているのはこの少年にして超異常なる事態であった。
ここは森の中であるはずなのだ。なのに樹木どころか草木一本はえていない。そんな「なのに」の風景が目の前に広がっている。
改めて紹介するがその森というのがただの森ではない。
屋久杉がハナタレのガキに見えるほどグロテスクに異常成長を遂げてもはや高層ビルとよんでいいほどの超巨樹達が「増殖」と言って相応しく群生した、富士の樹海もまっつぁおな、超巨大な森。
巨樹の表面をボコボコと
平面という存在を憎み、地を這い凸と凹でその平面を埋め尽くさんとして絡み合う巨大な根、空の光を食い荒らし朝と昼と晩を溶かして混沌に焼べてしまわんと絡み合う巨大な枝、どちらも地球基準では幹と言っていい直径。ここはそれら昏い緑と茶色に支配された地。
何を隠そう天然の『巨大迷宮』。
正真正銘の迷宮である。ここはこの異世界において最悪にして最凶の迷宮として名高い場所。その名も"結界の樹界"。界多いな。
…と言うか、最悪とか最凶とか言うのがそもそもおかしいくらいに最悪。なぜなら未だこの迷宮を踏破どころか侵入を果たした者すらいないのが通説なのだから。どう最悪なのか実際に知っている者すらいないほどに、最悪なのだ。もう言ってて訳がわからないくらいに最悪。
…『じゃあ何でこの少年はここにいるの?』とか聞かないでほしい。まだタイミングじゃない。なんせコレ、プロローグだから。そこらへんの説明は後にまわしたい。
とにかくそんな、この迷宮のデフォルトであるはずの極悪非道な森風景が途切れた場所に今、少年はいる。(かと言ってめでたいことでもない。)
代わりに、この土地に慣れ過ぎた少年にとって異色過ぎる風景が目の前に広がっていた。
窪地。
様々な濃淡の赤で彩られた、緩いすり鉢状の大地。
クレーター。
今少年が立っているこの丘にしたってそのクレーターの淵にすぎない。
そのクレーターの中心で、おそらくはこのクレーターを創り出した元凶であるのだろう
巨人。
おそらくその体高は15〜20mには達するであろう巨人。
といっても、そのシルエットはただの人が巨大化したものではない。
通常サイズの人間として考えてもその自重を支えきれないはずのアンバランスさ。その上で巨人サイズ。この世界は狂ってる。
異常発達した筋肉。
筋肉の巨塊。
腕がやたら太く長い。
手はその腕が細く見えるほど巨大。
その腕の付け根である肩から腰にかけて…いわゆる背中へと視線をずらせば極端に猫背…というよりやはりここもボコボコとして筋肉が盛り上がっている。
そのボコボコが集合して集合し過ぎて圧縮された結果、ボールの表面を思わすほど滑らかに膨らんだ背中…その結果としての猫背。
そんな規格外すぎる上半身を支えるにはなんとも頼りなく見えるウエストの絞れ具合。
それを補うためか脚は短く太く、その先にあって大地を踏みつかむ足のサイズは漫画的表現と言えるほどゴツゴツとして馬鹿デカい。
姿勢は人というよりゴリラのそれに近い。常に膝を曲げ、歩き、立っている。
その際、常に手は地についておりその巨重を支える第二の両足となって助けている。
それら各パーツの巨大さとの対比によって頭が妙に小さく見えるのだが、その見た目通り知能はあまり高くないようだ。
ただただ、
衝動に身を任せて
動く動く。
何の衝動かと言えばそれは、破壊。殺戮。殲滅。
どんな動きかと言えばそれは、馬鹿なの?嘘でしょ?ありえない!と言いたくなるほど滑らかで速い。
空中でグルリと一回転してその理不尽なる遠心力が乗った両の握り拳で大地を叩く。
不運はその拳の着弾点にいた命にとどまらない。
その着弾点を中心として何ジュールか知らんが巨大熱量が発生し、その余波で大量の魔物達の命が消し飛ばされる。
勢い余ってその場で地面を一回転。その巨大な背中の下敷きになってまた大量の命が圧壊される。
前周り受け身よろしく立ち上がればその大地を踏みしめる足の裏でまた大量の命が散る。
………コレが少年の身を炙っていた熱風と礫と爆音と地響きと粉塵の正体だ。一体、どのようにしてその自重を支えているのか。一体どのようにしてその自重でアレほどに動いていられるのか。地球で謎とされるそれらは、この異世界ではたったの一言て解決されてしまう。
「なんっつー…魔力………………ってオイいてぇょ!」
顔面を襲う粉塵に思わず八つ当たる。
うん。わかるよー。理不尽だよね。プロローグからコレは非道極まるよね。でもしょうがない。コレがそうなんです。異世界なんです。だからあきらめましょう。受け入れましょう。
毎度毎度の『しょうがない』。この絶望を前にしてなお、少年は覚悟をかためていく。つまりはあきらめていない。
そう。この世界には魔力というものがある。
魔力があるならやはり魔法だってあるしスキルもあってジョブ(戦闘職種)のようなものもあってステータスだって当然としてあり
…ここは異世界コンテンツ目白押しな、素敵で無法でクソったれなワンダーワールド。
そう。甘くない世界。…世界を保つため?…何らかの均衡をたもつため?…なんだろうが…一応のルールらしきものはある。だがそれはつぎはぎにツギハギを重ねてやっと在るような、そんな危ういもので、ここは、言ってしまえば、無理矢理な世界。その上ゲームのようにバランスなんてものは…
うーん。まあ、あるんだろうが……、
そのあるのかないのかわからないバランスは、こちらが所詮のヒトであることなど全く考慮してくれはしなかった。だが
死。
それだけは厳然としてある。
しかしだからこそ、どんな強敵も倒すことができて、今少年は生きている。今生で学んだこと。自分が死ぬなら相手だって死ぬ。
この非情な世界もそのルールだけは守ってくれた。不本意極まりないそのルールに則って、今までこの少年は様々な死線を何度も乗り越え、生きてきた。
その際、魔力も魔法も剣もスキルも助けとなっていて、やはり心強いものであったが、結局、生と死の境を分かつものはそれら力ではなく、その力を支えるもの。
覚悟。これだった。
こんななんでもありな世界で生き抜く上で結局行き着く先にあったのは、
少年は今一度、目前に迫る死線に備え、その“覚悟”をかためていく。
その感じやすい心をさらに感じやすく。ありとあらゆるを感知し逃すまいと魔力を練り上げる。少年はそういうスキルを持っていた。
その思考の回転をさらにと鞭打って演算能力を人外の領域へと魔力を練り上げ尖らせていく。少年はそういうスキルを持っていた。
鍛え抜いたその身体の隅々まで魔力を行き渡らせ、超越の身体操作をイメージする。そのイメージはイメージ以上の身体操作を実現させる。少年はそういうスキルを持っていた。
戦闘の準備、その最中であっても爆風は容赦なく少年を嬲ってくる。その中に含まれていた鋭い礫が頬の皮と少量の肉を裂いて抉る。しかし少年は意に介さない。その裂け目は血が乾く前に塞がって跡形もなくなることを知っていたからだ。少年はそういう…以下略。
ここから先は能書き無用となる。『生きるか死ぬか』これしか
ない。…言葉にすれば陳腐。だが実際に経験してみれば……
「はぁ」と吐息を一つ。
いつの間にか、こんな殺伐が日常になってしまったことをさみしく思い、それを最後の女々しさとして愛おしく心で抱いて、そして捨てる。言葉とともに。
「ヨシッ!俺たちの戦いは始まったばかりだ!!」
第一部、完!
………ってオイ!
やめなさい!?
それは一番つかんじゃ駄目なフラグだよ?
作者の都合無視して早速の打ち切り狙いでしのぎにいくか?
…全く…恐ろしい主人公だぜ………
(ゴクリ)。
この少年はこの異世界に在って数年になる。そして未だこの異世界の殆どを知らない。この最悪に呪われた迷宮以外の何も。
少年は知らない。この異世界で彼が今まで経験してきた様々がまだほんの序章に過ぎす、やっとやっとの思いでたどりついた第一部完の向こう側に、何が待ち受けていて、そのあとの自分が何と呼ばれるようになるのかを。
…これはあなたにとって何の関係もない世界のお話。なんせ、異世界のお話なんたから。それは当然。
そして、とあるヒーローのお話。あなたの心にもきっと在った、第一部完で閉じられたお話。
…今はただ留守にしているだけ。彼はきっと帰ってくる。そう思い出して欲しいと願って語られる、
これは、ヒーローのお話。
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