第2話 異変
仕方がないから運動場に降りることにした。なんとなく、あまり使われていない西階段で降りた。靴を履いて運動場に出た。
誰もいない。さっきまで運動場にいた、あんなにたくさんの人が。忽然として消えた。校庭には、ただ春の冷たい風が吹いているだけだ。どうして、消えた。それに、この昇降口に来るまで誰ともすれ違わなかった。つまり、誰も教室に戻っていない。それなのにどうして。
「うっ」
突然、自分の中で、なにかがグラグラと揺らいだ。体の芯が一瞬で熱くなって、身体中が痛み出した。なにか、自分の芯のような、根幹をなす大事なものが、ガシッと握られ、地震の激しい横揺れに揺さぶられるような気持ちがした。その僕の芯は、何度も何度もいつまで続くかもわからず、揺すぶられた。僕は目を固くつぶって、歯を食いしばって耐えた。自分の呼吸が荒くなっていくのがわかる。吐きそうだった。
揺れの振幅はとうとう最大限に達した。僕は必死に僕を守った。この嵐のような揺れは永遠に続くかもしれないと感じた。もう何も考えられない。僕の肩は激しく上下に揺れ、僕の額からは大粒の汗が絶え間なく流れていた。
そして、僕の上気したほおを春の鋭い風が一突きした。
その瞬間、突如として僕の中の揺れはやんだ。
目の前がパッと開けた。自分の周りに沢山の水滴の跡があるのに驚いた。さっきの
「揺れ」の正体はわからない。でも、僕は至って健康体であったから病気ではないはずだ。僕は直感的に、この「揺れ」は校庭から人がいなくなった事象と関連があると確信した。
あいもかわらず、校庭にはなんの気配もない。無機質な色とりどりの遊具と黄土色の砂。国旗掲揚台の綱が小刻みに揺れている。
さっきの一瞬で運動場にいた全ての人が忽然と消えてしまった。さっきの堂守さんは幻だったのか?いやそんなはずはない。
僕はだんだん全ての奇妙なことが僕を追い立てて来るように感じ、どうしようもない不安と恐怖につつまれた。僕はそのまま昇降口の前に立ちすくんでしまった。体がうごがせない。だんだんめまいがして、ふらふらして、三半規管がいかれて、どうにも立っていられない。
だんだんと暗くなっていく視界に、ひときわ周りよりも目立っていた何かが見えた。白くて、校庭の隅に木々に囲まれてひっそりと立っている。いつか授業の時に説明された、あれは…
そう、百葉箱であった。
その百葉箱から、真っ黒な泥の蛇のような怪物がぬらぬらと這い出てきた。
もう立っていられない。
僕の視界は真っ暗になった。
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