第7話 Your tears are funny.
『あー……これちゃんと録音出来てるのかな? まあいいや。えっと、まずはきっと一番最初にこれを発見するであろう父さん、お祖父ちゃん、ごめんなさい。そしてお母さん、ミナトのお母さん、ごめんなさい』
黒髪の学ラン姿の少年は申し訳なさそうに眉根を寄せて話す。
『僕、また間違えちゃった。お兄ちゃんを怒らせちゃったんだ。ミナト、ごめん。その後焦った僕は父さんの大事な資料をぶちまけてしまった。本当にごめんなさい。……でも僕が家出したのはそれが理由じゃありません。お祖母ちゃんに殴られるのがもう耐えられないのです。その日は偶々お父さんの資料を落としてしまったのをお祖母ちゃんに見られていたんだ。そしたらお祖母ちゃん、僕のことを何十回も殴るんだ。皆気付いていなかったかもしれないね。いつだって殴るのは外から見えないところだったから』
なんて事だろう……俺は、大事な弟が虐待されている事にも気付かなかっただなんて。兄失格だ。
『もう限界なんだよ。物心ついた頃から殴られ続けた身体は痛みを感じなくなってきてる。でもミナトたちには迷惑をかけられない。だから僕は……楽しい気持ちのまま死にたい。父さん、お祖父ちゃん、研究の成果で自殺してごめんなさい。けどちゃんとデータは取っておくからさ、限界値の算出にでも使ってよ。僕にはこれくらいのことしか出来ないや』
素直に助けを求められないところがユキらしいとも思う。兄として救ってやれなかった事を俺は心の底から悔やんだ。でも今更悔やんだってもう遅い。
『ミナト、ごめん。迷惑かけてばっかで。受験終わってから誘えば良かったね。でもそれまで待てなかった。だからこのメッセージを残しておきます。あとミナトの部屋の本棚のどこかに最後に書いた手紙があるハズ。気が向いたら読んでよ。じゃあ皆、今までありがとう、さようなら』
最後はユキが涙を流したところで終わった。光の線が消え、ホログラムのユキが消えていく。俺はスマホの上の虚空を仰いだ。待って、消えないでくれよ……。
「高橋 雪斗が死んだのは君のせいじゃない」
「うるせえよ、黙れよ……」
俺のせいじゃない? いや違うだろ。ユキは俺のせいで焦って隆也さんの資料を落として、そのせいで祖母に殴られた。原因をつくったのは俺だ。
「ミナトッ!」
割れんばかりの大声で画面越しのユキが俺の名前を叫ぶ。
「お前、いい加減前を向いたらどうだ。お前の弟はもういない、とっくに死んだんだ! ユキ――少なくとも高橋雪斗はこんなことを望んじゃいない。いいから黙って本人が望んでいた手紙を読んでやれよ!」
頭を金槌で殴られたかの様な衝撃だった。それくらい、ユキの言う通りだった。弟を守れなかったのなら、弟の望みくらい叶えてやらないでどうする? そんなんで兄を騙るだなんて、兄失格だ。
俺は自室の電気を久々に点けて、閉めきっていたカーテンを開け放った。そして鬼の形相で本棚を隅から隅まで漁っていく。そして遂に懐かしいユキの字を見つけた。綺麗な白い便箋。中から出てきたのはルーズリーフだったけど。裏面には数学の問題。授業中に書いてんじゃねえよ……。
***
「ふー……」
「読んだ?」
「ああ……」
やっぱりユキはユキだった。俺の心配かと思ったら自分の要求ばっかじゃねえか。懐かしいな……。
ぽたり、ぽたり、と急拵えの便箋が濡れていく。視界はぐにゃり、と歪んで。
「ほら、兄ちゃんが笑ってなくていいのか?」
「うるせえバカ」
俺は二人の"ユキ"に救われた。ありがとう。
「ふふっ」
ユキは肩を揺らして心底可笑しそうに笑う。
「な、なんだよ、人が泣いてるってのに」
「いや、ミナトの泣き顔、面白い事になってるよ。くくっ!」
失礼な。指さして笑ってんじゃねえよ。俺はどんなもんだい、と気になって窓に反射した自分の顔を見る。
――ああ、確かに。
「……これは傑作だな。ふふっ」
「あ、笑った」
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