第6話 Dear my brother

 ユキと出会ってから一ヶ月。今までの一ヶ月よりもとても速く感じた。すぐに一ヶ月が経ってしまった、そんな感覚。

 ノックの音も、聴くだけでこんなに安心するなんて。



「おはよう、ユキ」


「おはよう、ミナト。今日は用事は?」


「いや、いつも通り」



 ただ酸素を浪費するだけだ。こんな生活なんて止めたいと何度願ったか。もう分からないけれど。



「ちょっと話があるんだけど、いいかな」



 今までに見たことの無いくらい真面目な顔。きっと大事な話だ。俺は黙って頷く。自分の呼吸と心臓の音が煩い。黙れ。



「――ミナト、ユキ……高橋 雪斗が何故死んだか、そしてどうやって死んだか。その事実を君は知っているか?」



 ……は? ユキが死んだのは俺のせいだろう? 何を言っているのか分からない。心臓がさっきより活発に動いている。知りたい、知りたくない、いや知らなくていい。そんな気持ちがせめぎ合って脳を駆け巡る。



「知らないみたいだから教えてあげるよ。彼は自殺したんだ、それも、『smile-maker』の試験運用前の使ね」


「――は?」


「元々『smile-maker』は神経に干渉して人為的に笑顔を作り出す装置だ。本来有り得ないような方法だ。神経に過干渉なんてしてみろ、人は簡単に死ぬぞ。高橋 雪斗はそれを知っていた。人が死ぬ事を知っていたし、当時世間に明るみにもなっていない『smile-maker』の存在とその所在も知っていた。何故なら開発者である研究所の人間を知っていたからだ」



 う、嘘だろ……いきなりこんな話をされては消化しきれない。どういう事なんだ。『smile-maker』で人が死ぬ? リミッター? どういう事だ? というか、



「な、何でユキが開発者なんて、知っていたんだよ……」


「それはハカセ――高橋 みつるは雪斗の祖父だからだよ」



 白い髭で白衣で丸眼鏡のおじいさん、ハカセの孫は雪斗だった。そして雪斗の父親である高橋 隆也たかやも研究所で働く研究者だった。隆也は忙しくて構ってやれない息子を度々研究室に連れてきては、仕事について色々と語っていたらしい。まさか、未来の幸福の為の研究が息子の命を奪う事になろうとは思ってもみなかったのだろう。



「雪斗が研究所に走ってきて、彼の最後の音声・映像データだけ残した後に『smile-maker』で自殺した、という事は監視カメラの映像で分かっている。それを知った隆也さん、それ以降は蛻の殻の様だよ」



 そう、だったのか……でもやっぱり自殺だなんて、俺が原因なのだろう。



「ハカセ……充さんはミナト、君の事を心配している。未来ある若者が一人の死で人生を無駄にしてしまうのではないかと。だからハカセは僕にこれを託した。ミナト、これを見て」



 ユキは重厚そうな濃紺の表紙の分厚い本を開いて俺に見せる。次の瞬間――信じられないことに、スマホの画面から光が放射線状に伸びてホログラムのユキ――高橋 雪斗を形成した。それは間違いなく、半年もの間求め続けていた弟の姿だった。



「ユキ……」


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