第4話 Monologue

「はぁ……」



 数日前の、あのやり取りの後。何か言葉を交わすでもなく『smile-maker』のアプデ作業に入ってしまったからユキがどういう風に思っているのか分からず、何となく気まずいまま時間だけが経ってしまった。だから正直アプリを開くのを躊躇う。今日の朝からアプリ自体は開けるハズではあるんだけどな。


 ピロンッ。


 急に鳴った通知音。ポップアップ表示されたのはまさかの『smile-maker』の通知。



 ――Yuki――


 ミナト、この前はごめん。気が向いた時で良いからさ、また話しかけてよ。


 ――smile-maker――



 AIにここまで気を遣わせるというのもどうなんだよ俺。というかここまで進化してたんだな……すげえ。まあシンギュラリティまであと数年、だなんて言われているからこれくらい普通なのかもしれない。半年もの間大学にも行かず家の中に籠って、情報を遮断し続けていれば当然の結果である。19歳、時代の変化についていけてない。

 しかし、ユキに気を遣わせたままでいるのも居心地が悪い。最初こそ嫌がってはいたけれど、それなりにユキとの関係を楽しんでいたのかもしれないな。


 コンコンコン、数日ぶりのノック音は心地好い。まだユキに名前をつけたあの日からは半月くらいしか経っていない。それでも心を塞いでいた俺にとっては、都合の良い話し相手だったのかもしれない。人間と違って強要してきたりむやみやたらと情報を請求してくることもない……脈拍とかの情報は勝手に抜かれているのだが。名前もな。まあ国家的な実験であるから、被験者として名前が知られているのも特に不思議には思わない。きっとマイナンバーなんかで被験者の基本的な情報は管理しているのだろう。



「ユキ」


「ミナト……来てくれたんだ、もう嫌われたかと思ったよ」


「元から特に好いている訳でも無いけどな」


「え、酷っ……」



 思ったより元気そうで良かった。AIでも人間に近づいているのならばショックはそれなりに受けるだろうし。ホッ、と一安心している自分の心境にも驚かされるが。



「ごめんな、俺こそ。笑えないのは仕方ないんだよ」



 ユキは黙って聞いている。顎だけで続きを催促される。はいはい分かったよ。



「そろそろ教えてやってもいいか……お前の名前の由来」



 ここから先は俺の個人的な独白だった。ユキの為に話しているという訳ではなく、俺個人の為。俺が為の、ただそれだけの独白なのである。



 ***



 俺には2歳下の弟がいた。厳密には弟ではなく近所の子、だけど。本当の兄弟のように育って、物心ついた頃には既に一緒にいるのが当たり前。弟――それがユキ、高橋たかはし 雪斗ゆきとだ。俺は雪斗をユキと呼び、ユキは俺をミナトと呼んだ。共働きのユキの両親に代わってうちの母親がユキと俺の面倒を一緒に見ていたらしい。

 ユキは人見知りの激しいタイプではあったけど俺にはよく懐いていた。時々出てくるワガママには大分悩まされたけどな。俺もユキのことは可愛がっていたんだよ。


 でも――大学受験直前にユキと喧嘩したんだ。その時は推薦落ちたってのもあって気が立っていた。ずっとイライラしていて。

 でも当時高校入ったばっかりで一番楽しい時期だったユキは俺に構ってもらえないことに不満を抱えていたらしく。まだ受験なんてそんなに考える必要の無い年だったのもあるんだろうな。ユキは部屋と塾に籠る俺を無理矢理引っ張り出して遊びに行こうとしていたんだよ。けど俺は……。



「ねえミナト、遊びに行こうよ!」


「……うるせえんだよ、俺は勉強しないといけねえんだよ」


「勉強なんて今じゃなくても出来るでしょ?」


「いい加減にしろッ! 俺はお前と違って、今後の人生を左右する、人生の分岐点に立ってるんだよ、もう話しかけんな!」



 そうやって俺はユキを突っぱねてしまった。その日家を飛び出したユキが帰ってくることは無かった。俺は受験勉強が忙しくなっていたから只ひたすらに勉強に集中した。ようやく分かってくれたんだと思って。でも、




 ――受験終わって落ち着いた頃に両親からユキが死んだことを聞かされたんだよ。




 俺はもうどうして良いか分かんなかった。気付いた時にはもう遅くて。葬儀も終わっていたし、ただあるのは仏壇と墓だけ。隣にいたハズの弟が、いつの間にか骨になっていたなんて。信じたくなかった。それから俺は結局大学には行けず、ただただ家に籠って毎日酸素を無駄に消費する日々さ。笑えるだろう?



 ***



「――これが、お前の名前の由来だ。俺は許されたかった。なのに同じような過ちをもう一度繰り返そうとしている。お前はAIだけど、俺の弟ではないけど……どうしても雪斗と重ねてしまう」



 画面の向こうの"ユキ"はただ黙って俯いている。こんな話聞かせるつもりも無かったのにな。俺はいつまでも自己中心的な人間だ。全然変わってない、全く成長していないじゃないか。酷い自己嫌悪。何度人生が終われば良いと思ったか。俺はもうどうして良いか分からない。このまま伸う伸うと生きていていいのか。いつまでもユキに恨まれたまま生きていくくらいなら、いっそ死んだ方が良いのだろうよ。



「ごめんな、こんな話聞かせちゃって。悪かったな」


「いや……きっとこれは僕の課題であり、君の試練でもあるんだ。乗り越えられるすべが無いか探してみるよ。話してくれてありがとう。そして辛い話を思い出させてしまって、ごめん」

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