第2話 Broken (my) Heart
ピピピピピピッ、ピピピピピピッ。スマホから流れる無機質なアラームの音で目を覚ます。ふぁぁ、と欠伸。電気ケトルに水を入れてカチッとスイッチを入れ、お湯を沸かす間に顔を洗って歯を磨く。沸いたお湯でドリップのコーヒーを入れた。ブラックコーヒーを飲むことで、寝起きの絡まった思考をゆっくりと
慣れた手付きでホーム画面右上の青い四角形のそのアプリに触れる。アプリを起動させると毎回ドアをノックするみたいな音が鳴る。そしてユキの部屋に入る、そんな感じだ。本当に凝ってるなぁ。よくここまで試験運用の段階でやろうとしたもんだ。まあ中は白いだけの部屋だが。壁も白、家具も白。何故そこだけ手を抜いたのか分からん。思えばユキの服も上下白だ。白いTシャツと白いズボン。顔まわりだけが異様に整っていて、そこにも少しだけ違和感を感じる。
「おはよう、ミナト。今日は昨日よりは落ち着いてるみたいだね?」
「おはよう。え、なんでだ?」
ユキは得意気に自分の左腕をトントン、と人差し指で軽く叩く。
「脈が安定してる」
つられて左腕を見るとスマートウォッチ。そうか、『smile-maker』は元々そういうもんだったか。あれから数日。毎朝の習慣と化したユキとの雑談ももう慣れたもんだ。それにしても、時計は右につけたい派なのだが。しかし何やら神経に干渉する際は左腕の方が都合が良いんだとか。あと脈拍のデータを取るときに皆バラバラの腕に着けていたら対照実験にならない。全国民が被験者である時点で、条件を揃える為に全員左手に着けるのは確定しているらしい。
「ねえミナト」
少し言いづらそうな顔をしてユキが画面越しに話しかけてくる。なんだ? と首を傾げて催促すると、おずおずとユキは話しだす。
「いや、言いにくいんだけど……ミナトの神経にはずっと干渉してみてるんだけどこれっぽっちも反応しないんだよね。最悪このままだと僕が動作不良を起こしてると思われてスマートウォッチの点検とミナト自身の精密検査をさせられるかもしれない……」
マジかよ。てかそんなに干渉していたのか? 俺には全くもって感じられなかった。というかそんなに流してたならもっとはやく言ってくれよ、とも思ったけど。
「――え、というかまず神経に干渉したらどんな反応するんだ?」
「『smile-maker』って名前の通り、笑顔になる筈なんだ……でもミナト、君は僕がバイタルチェックを開始してから一度も笑っていない」
図星だった。俺は一度も笑ってない。正確には"『smile-maker』を起動してから"ではなく半年前から一度たりとも。表情筋は死んでしまった。俺が笑うことはきっともうない。このまま死ぬまで死にかけの顔を晒して生きていくしかない。もう生きていく意味も無いし、笑えない事くらいで怒られるくらいならばさっさと死にたい。いっそ殺してくれよとさえ思う。
「……ごめん。とりあえずもう少しは続けてみるよ。気に障るようなこと言ってごめん」
悲しそうな顔をさせるつもりなんて無かったのに。またしても同じ過ちを繰り返してしまうのか、と考える自分が嫌になる。こいつはAIなのに。アイツとは違うのに。それでもやっぱり俺が言うべき筈の言葉は出てこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます