『smile-maker』
東雲 彼方
第1話 code name『Yuki』
「は? そんなの聞いてねぇんだけど」
***
ある日突然スマホの画面にぽこん、と現れたアプリ、『smile-maker』。テレビの向こう側で首相かなんかが語っていた「笑顔を生成する」為の装置だとかなんだとか。たかがスマホアプリでそんなこと出来るのか、甚だ疑問ではあるが。その日国民全員に配られたスマートウォッチ。そこから神経に干渉するらしい。怪しさ満点、全国民が被験者なんだとさ。俺たちは実験用のマウスってこった。人間の感情ばかりは他の動物のデータだけじゃ足りないらしい。
鮮やかな青色の四角に白抜きで洒落たフォントで書かれた『smile-maker』。俺はまだこいつを開いちゃいない。何故って? 自分の感情くらい自分に選ばせてくれよ。笑いたくないのに笑えって、あまりに酷じゃないか。今は感傷に浸っていたい。涙で世界が濡れぼやけるんだ。見えない世界なら少しは愛せる気がするんだよ。見たくないものも見なきゃいけない世界は俺の存在を迎え入れてはくれない。だから涙で自分という存在を隠してしまいたかった。
――しかし指が滑った。ホーム画面の右端に置いていた水色に近い明るい青の四角に触れてしまった。何か動画を見ようと繋いでいたイヤホンからドアをノックする音が流れる。
コンコンコン、全ての始まりを意味するかのようなこの音に俺は少し高揚していたのかもしれない。
『smile-maker、ver.1.1.0.』
無機質な機械音が頭に響く。あどけない子供のようなロボットの声。スマホの画面が暗転。後、座った少年のイラストが映し出された。それは今まで見たことのないような精巧なイラストで。少し前に流行ったバーチャルアバターの様だった。しかしまだ試験運用の段階であるからか、所々ラグであったりちょっとした欠陥が見受けられる。それがなければこれがイラストだと言われるまで人間じゃないだなんて気付かないだろう。流石、国を巻き込んだ一大試験プロジェクト。手が込んでいる。
キャラメル色のサラサラとした髪、長い睫毛がゆっくりと持ち上げられると、その下から覗いたのは透明感のある碧眼だった。薄い唇が開かれ発されたのはさっきと同じ声。薄幸の美少年という言葉がお似合いだろう。
「はじめまして、ミナト。僕は『smile-maker』。僕に名前をつけてくれ」
幼さと大人っぽさが同居したかのような画面越しの少年に何故か少し嫌気が差す。
「……お前につける名はまだ無い」
「どこぞの文豪の猫じゃないんだから……僕にはまだ固有番号しかないんだ」
ここで最初の俺の呟きに戻る。はぁ、というかこれを使わないという選択肢は無いのか? 嫌なんだが、こんなの聞いてねえし、感情のコントロールなんてされたく無いし。嫌悪感しか抱いてないんだが。
「ああ、無理だよ。開いちゃったら自動でミナトの感情の読み取りと管理が行われるんだ。僕だって手荒な真似はしたくないし極力穏便に済ませたい。そのためにも名前が必要なんだ。自分でも呼びづらくて困っているからなんか適当にでも名前が欲しい」
手荒な真似ってなんだよ、とも思いつつ。仕方無い、確かに固有番号で毎回呼ぶというのも面倒だろう。そうだな……、
「――ユキ」
「ははっ、笑顔を生み出す為のプログラムに寂しさを連想させる冬の言葉を使うなんて、皮肉かい?」
ああ、そこまでは考えていなかった。確かに『smile-maker』とまで名付けられたこのプログラムに新しく名前をつけるのならば、新しい門出を意味する春や元気さを表現するような夏の言葉を当てはめた方が良かったのだろう。けどユキというのにだって意味はちゃんとある。
「……お前に名前の意味を話すにはまだ早い」
「そうか、じゃあ詮索しないでおくよ。これからよろしくね、ミナト」
「ああ」
これが俺と『smile-maker』という試験的プログラムのAIであるユキとの出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます