第63.6話 わたくし達は旦那様のメイドです

「申し訳ありません、旦那様。わたくしが蹴り飛ばしたボールで」

「……ぷるぷる」

「ら、らいじょうぶ。気にしないで」


 簡単に治療しつつ謝罪です。


 ちょっと、痛々しいですわね。鼻血は止まったみたいですが。


 スライムさんもボールを弾いた責任から。申し訳なさそうにしている。


「ご主人さま? もう用事は済んだの? ボール遊びしてくれるの?」


 本来ならば、カナの言動に注意をする場面。


 しかし、わたくしもボール遊びに興じていたのだ。


 妹の事をどうこう言える立場では、ありませんわね。


 ふ、不覚ですわ。


「カナさんの相手をしたいけど。これから、遠出とおでするからさ。ちょっとした準備と報告かな」

「本日は、メジスト様とアイ様に付きっての活動でしたね」


 あの二人と行動を共にするのは。


 旦那様は戦闘向きではありませんし。


 大丈夫でしょうか?


「未開の森って所に――」

「あの『帰らずの森』ですか!?」

「ま、迷子まいごになる有名の森ですか!? ご主人さま、やばいです!?」


 きょとんとする旦那様! ふふふふ♪ 


 無防備な素顔も、ごちそう様です。


 そうじゃなくて!?


 言わば、死地と呼ばれる場所に行くのですか!?


「お姉さま! ご主人さまを監禁、軟禁しちゃいましょう! 今すぐに!」

「カナさんの口から物騒な言葉が!? アブノーマルだめええ!?」


 わたくしの妹ながら、素晴らしい提案ですわ!


 実際、そんな非現実的な行為は出来ませんよね。


 ちょっと……残念です。無念です。


「……それは、また次の機会に。ふふふふ」

「リナさんの予定表に記入済みなの!? 監禁されちゃうの!?」


 スライムさんみたいに、ぷるぷる震えなくても。冗談ですよ?


「旦那様? メジスト様達から未開の森について、聞かされていないのですか?」

「アイさんからは『体がなまった時に丁度良い場所』としか」


 それは、そうでしょうね。


 あそこは、凶暴なモンスターの生息地としても有名ですから。


「ま、まあ大丈夫だよ。メジスト姉さんも一緒だもん。スライム君が作製してくれたポーションも持って行くし」

「……ご主人さま、無事に帰って来れるの?」


 カナが不安そうに旦那様に問いかける。


 わたくしとしては、旦那様の意向を尊重したいですけど。


 万が一を考えてしまう。


 普段通りに出かけて、そのまま帰って来ない――


「カナ? 旦那様を信じて待つことも、メイドとしてのつとめですよ?」

「……でも、お姉さま」


 メイドとして無難ぶなんな表現。


 旦那様だって、わたくし達が心配する様子を見たくは無いでしょうし。


 この応対が最善なのです。


 わたくしは、旦那様のメイドですから。


「いつでも連絡を取れる様にしておくからさ。もちろん、俺のスキルで。その前に――」

「わわわわ!? ご主人さま!?」

「あららら!? 旦那様!?」


 わたくしとカナを片腕ずつ抱き寄せ、むぎゅー。


 旦那様は両手にメイド状態。


「カナさん、リナさん。心配させちゃってごめんよ。必ず帰って来るから」

「……えへへへ。しょ、しょうがないですね。約束ですよ」

「……はい、旦那様。帰宅したら、ご褒美ほうびを要求しますからね」


 ここぞとばかりに主張しなければ。


 それぐらいは、当然の権利ですわ!


「リナさん? 作戦通りみたいな顔してるからね!」

「ほんな事、ありませんわ!?」


 わたくしのほほを軽くつねる。


 あら? もうご褒美でしょうか?


「ご主人さま、わたしのほっぺも! やわらかいですよ!」

「カナさんまでリクエスト!? もう、リナさんは。妹さんが真似しちゃうでしょ?」

「旦那様も、まんざらでは無い態度ですわ。好きなだけ、触れても良いのですよ?」


 願わくば、無事の帰宅を。


 その為に、わたくし達も準備を手伝わなければ!


 旦那様が存在してこそのメイドですから。


 




 


 

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