第20話 メイドさんが辞任をちらつかせて精神力を消費する

『せっかく、わらわが休眠モードになっておったのに。ケンカ売っておるのか?』


 騎乗テーマパーク閉園後。


 自室にて。一人でのびのび休んでいると。


 内なる存在が、愚痴をぐちぐち言ってくる。


 エトセトラには悪いと思ってるよ。


 だけどね、人付き合いなの。


 人間関係を深める為なんだ。


『わらわと仕事、どっちが大切なの? 貴方にとって、わらわの存在ってなんなのよお!』

「哲学だよ、その質問! 答えづらいよ! 正しい答え、教えてよ!……お前の存在については、こちらが聞きたいよ!」


 果たしてこの問いに、正解などあるのだろうか? 


 いや、ないよね。


 どう答えったって、非難されるのは目に見えている。


『丸っこいメイドにサービス精神をばらまくからじゃ! お馬さんプレイ好きなの?』

「じゃあ今度、お犬さんを披露するかな? はいはいした俺の背に乗ってもらうおう!」

『変わんねえよ! 変化なしだよ! 貴様、しつけがなってねえよ!』


 エトセトラによる起伏の激しいツッコミ。


 お前の方が、精神力を消費する勢いだな。


「ご主人さま、またカナが失礼しますよ? いーですか?」


 噂をすれば、カナさんか。


 ふへへへ、お犬様登場しちゃうぞ! 


 わんわん!


「ほーい、どしたの?」

「ご主人さま、そろそろ就寝しますか?」


 部屋にある時計――魔石による動力で動く時計は、午後10時を示していた。


 今日は、ハードな一日だったからな。


 寝るにはいい頃合いだな。


「うん。寝るよ」

「それでね、今日はスラちゃんとお風呂場を掃除したの」


 この屋敷に引っ越した時に。


 そんな事を言ってたな。


 お風呂場があるから、なんたら。


「ふむふむ。えらいえらい! お仕事ご苦労さまでした。おいで、なでなでしたいから」


 御恩と奉公。


 労働に見合った対価。


 旦那様としての必要な行為をする。


「やったあー! えへへへ! どういたしまして、ご主人さま。ひゃうー!」


 ふふ。お安い御用だ。


 それそれ! ご主人様も、大満足!


「ご主人さま……お願いがあるの。聞いてくれますか?」

「もちろん。カナさん、頑張ってるからね」


 ご奉仕のモチベーションを上げる事。


 すなわち、ご主人様の器量が試されてる訳で。


 できうる限りの要望は叶えてあげたい。


「ご、ご主人さまと、……お風呂に、は、入りたい、です」

「んー? お風呂かあ。寒い夜に、じっくり浸かって。リラックスしたいもんね……べえ!?」


 個人的にカナさんが一人で入浴するんだよな? 


 いかん、いかん。欲望のまま想像しては!


「カナさんがお風呂を使用したいってことだよね? どうぞどうぞ」

「うー、ご主人さまをないがしろにして、入ることは、で、できません! メイド廃業です!」


 ……ど、ど、どうする? 


 カナさん、メイド廃業するってよ!?


 ……お姉さんに意見を求めてからにしよう!?






「リナさん、起きてますか? ソージですけど」

「はい、旦那様。ふふふふ。何か御用でしょうか?……無くても、よろしいですけど」


 リナさんの部屋を訪ねる。


 会話もそこそこなのに。


 色香をただよわせているのは気のせいだろうか?


「部屋の中へどうぞ。……あら、カナ? 旦那様を隠れみのにするなんて、うらやま。喉の調子が。うん。……いけませんよ?」

「ご、ご主人さまには、お許しをえてるもん!」


 やれやれとした表情をするリナさん。


 いくぶんか、がっかりしているようにも。


「旦那様、わたくしのベッドにお座りになってください。カナも」

「え? 良いの?……お言葉に甘えさせてもらいます。くんかくんか、リナさんの匂いがするよー! わんわん!」


 反射的にやってしまった。本能のままに。仕方ないよね。


「ご主人さま、昼間のお姉さまが同じ――」

「旦那様、わたくし本体がお近くに参りますわ! カナ、詰めてくれますか?」


 カナさんが気になる証言をした気が。


 足早にリナさんも自分の隣に着席する。


「今日は、お風呂場を掃除したらしいね。稼働できそうかな?」

「はい。浴場はスライムさんや私達がきっちり仕上げました。汚れもないはずです。旦那様、これから入浴ですか?」


 なるほど。カナさんの言った通りか。


 ……さて、本題に入りますか。


「あー、カナさんがお風呂に入りたいらしい……リナさんも付き添ってあげてくれないかな? 俺は、ほら、メイドの職務を増やすわけにもいかないし。ゆっくり、湯に浸かれないだろう? 夜勤は控えさせないとさ」


 あくまで労働環境を理由として、論じた。


 過労死問題は最重要なのだ。


「……はい? ちょっと……理解しかねます。ふふふふ」


 あっさり否定されてしまった。


 苦笑いだろうか? 


 それとも、別の意図で笑ったのか判別がつかない。


「あの、僕、気に障る事、リナさんにしましたか!? 見限っちゃいました!?」


 リナさんが納得してない、だと!?


 好感度が低くなっちゃったの!?


「カナ、貴女が旦那様抜きで入りたいと、懇願したのですか?」

「違うもん! そんな事言ったら、メイド一生しないもん!」


 並々ならぬ、カナさんの覚悟。


 ……やっぱり、メイドの進退までかけちゃうのか。


「よろしい。メイドの鏡のような意気込みですね。だ、そうです、旦那様」


 投げたボールが返って来ちゃったよ!?


 ……再び返球しなければ。


「いや、旦那様の意見を尊重するんじゃないの!? リナさんのご意見は!?」


 雲行くもゆきが、怪しくなってきたぞ!? 


 まあまあ、リナさんの発言を拝聴してからだね!?


「メイドの分際で旦那様よりも先にお風呂をいただくなんて……メイド辞任ですね! はい!」


 辞めないでよおー!? 待遇改善するからさあ!


 君の代わりなんて居ないんだよー!?


「そんな事で!? 羽を伸ばすことも、大事な仕事ですよ!」

「笑止! 旦那様をほったらかしにするなど、メイドにあらず!」


 注意を受けてしまった。


 ごめん、わかんない。


 メイドの矜持きょうじ


「……ご主人さまが一緒に入ってくれないと。カナも入れません。お風呂、楽しみにしてました。でも、ご主人さまが禁止するなら……が、我慢するです」

「き、禁止までは、流石に。り、リナさん! お願いしますよ! 姉妹で仲睦なかむつまじくね?」

「姉妹でメイドをクビですか?……短い間でしたが、旦那様にはとても――」


 いやああ!


 リナさん、カナさんの居ない生活なんてえー!


「うわああ! リナさん、早まっちゃあヤダヤダー! 小生しょうせいを置いていかないでよおー!」


 リナさん目掛けて、飛びつく。


 ベッドがミシミシときしむ音がする。


「ふふふふ! 冗談が過ぎましたね。大嘘ですよ?……旦那様を補給出来て、ご馳走さまです」


 勢い余って。


 リナさんをベッドに押し倒すような形で、密着する。


「……いえいえ。こちらこそ、げへへへ! 甘えさせてもらいますよ!」

「ご、ご主人さま、お話が脱線してますよ!」


 カナさんにたしなめられる、ご主人様です。


 ……どうしようもないな。


「……カナさんのお願いだしなあ。分かったよ、一緒にお風呂に入ろうか」

「やったです! 広い湯舟なんて、体験しなことないですよ! スラちゃんも連れて行こう!」


 押し切られたか。む、無念。結局こうなってしまった。


 ……家族みたいなものだし、カナさんは。


 理性も保てるだろう。


「わたくしもですよね? 仲間外れにする、旦那様ではございませんもの」

「リナさんまで追加ですか!? ……いくらなんでもそれは」


 信頼を盾にするとは。


 策士か!? 断りたい。


「わたくしと一緒のお湯では、ご不快でしょうか?」

「け、けして、そんなことは、断じてありません! お湯も飲めちゃいますよ!」


 完全敗北! こんな事言われて。


 拒否できる訳ないだろうがあ!

 

 

 

 

 

 

 

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