第8話 ふさわしい
8 相応しい
僕が目覚めたのは、あれから随分と時間が経ってからだ。頭はぼんやりしてたし、あれからどうなったのか、どうしても思い出せやしなかった。
「正義の味方にでもなるつもりだったのか」
僕が目覚めてから、真っ先にカラス君はそう言ったんだ。
「さあ……ただ、なにかしたかったんだと思う」
「……貝殻ごときに、そこまでしなくてもよ」
「貝殻の為じゃないさ」
そこだけは間違えないでほしかったんだ。だから僕は否定したんだ。
「君の為なんだ」
「かっこいいこと言っているつもりか?」
そう言われて、僕の背中は痒くなったんだ。自分が、とんでもなく恥ずかしいことをしてしまったんじゃないかって、思ってきちゃったんだ。
「ごめん……」
だから僕は謝ったんだ。
「別に謝る事じゃねえ。ただよ、どっちに怒ればいいのかわかりゃしねえんだ。お前は俺のためにしてくれたんだし、向こうへえさを渡さなかったから、ああなったのも当然って言えば当然さ」
何か反論しようと思ったさ。だけど、何も言えなかったんだよね。
「まあ、立場が悪くなるのは慣れっこだ。楽しみなくらいさ」
「楽しみって……まあ、僕が原因を作ったのは確かなんだけど」
「幸せでないのは確かだな」
その言葉でまた胸が痛んだ。あんなことをしなければ、彼が困る事はなかったのにって思ってしまうんだよ。後悔しても、何一つ戻ってはこないのにね。
「もういいさ」
カラス君はそう言って、僕にリンゴを置いていったんだ。
「飛べるようになったら、また探しに行けよ。その、大きくて、強くて、甘いなにかを」
「……ありがとう」
大きくて、優しくて、温かいなにかだけどね。カラス君は何も言わずに飛び立ったんだ。
僕は、余計な事をしてしまった。そのせいで、カラス君に迷惑をかけてしまったんだ。これは、僕が生きてきた中で、一番大きな失敗だったね。間違いなく。今まで大きな失敗をしてこなかっただけに、自責の念は大きかったさ。僕は羽根を動かしてみた。思っていたより動いた。
それでも僕は今日一日は、ゆっくり過ごす事にしたんだ。
昼間の太陽の光が、この狭い部屋に入ってくるのは、あの子の歌を聞いた時と同じ気持ちになったよ。暖かかったからなのかな。案外簡単なものなんだな。僕が感じているものなんてさ。
僕がただ天井を見ながら、ただだらだらしていると、カラス君が日の沈むくらいに帰ってきたんだ。オレンジ色の空をバックに飛ぶカラス君は、とてもかっこよく見えたよ。
「お帰り」
「ただいま。羽根の調子はどうだ」
カラス君は、僕の羽根を見に、わざわざ近くに寄ってきたんだ。
「良い調子だ。明日には飛べるはずさ」
「そうか、よかったぜ」
カラス君は安心したように、笑ったんだ。僕もつられて笑ったよ。
「今日はきついこと言って悪かった」
「謝る事はないさ。僕が悪かったんだから」
「いや、そうでもないぜ」
カラス君は、何か良い事があったかのように、にっこりと笑ったんだ。
「今日よ、あいつらが俺に謝りに来たんだ。あんなことしてすまねえってな。あれは、多分お前がいたからああなったんだ」
「……」
なんだか複雑な気分だったよ。だってほら、もしかしたら謝られるどころか、カラス君が一人ぼっちになることだってあり得たんだよ?だから僕は素直に喜ぶ事はできなかったんだ。
「そんなしょぼくれた顔すんじゃねえよ。俺はそういう顔が一番嫌いなんだ」
そしてカラス君は、羽根で僕の頭を撫でてきたんだ。それはまるで、あの時。僕が旅立つ時のおじさんのようだったんだ。暖かくて、優しくて、その羽根は大きかったんだ。ああ、これだ。またあれを感じてしまったよ。
「だから、ありがとよ」
カラス君は、僕にそう言ったんだ。僕は笑顔で頷いたんだ。その時のやり取りはとても気持ちよくて、何かが報われた気がしたよ。それから、カラス君は、急に涙を流し始めたんだ。
何が何だか分からなくて、僕は慌てたさ。何か僕が彼を傷つけることをしたか、とても不安になったんだ。
「泣かないでよカラス君。僕まで泣きそうになるだろう。君は無理しすぎたんだ。がんばりすぎたんだ。だからもう休んでいいんだよ。誰も君を嫌いになったりしないさ。だって、君ほど暖かくて、優しくて、いいカラスは見た事がないもの。そんな君を嫌いになるやつなんて、世界中どこにもいないさ。少なくとも、僕は嫌いになったりしないよ。絶対だ。約束するよ」
僕は、思いつく限り、彼に相応しい言葉を述べたんだ。それで彼がいい思いをするかどうかなんて、これっぽっちも考えずにね。
「君に名前を付けるとしたら……そうだ。獅子だよ。君はおじさんが言っていたみたいに、獅子のように、気高く生きたんだ。それは何よりも尊い事だと思わないかい?」
カラス君は、そこまで言うと大笑いし始めたんだ。僕は何も面白いことなんて言っていないのに。いつもそうだ。僕は面白い事なんて、言ったつもりがなくても、面白そうに笑うんだ。そして、こういうんだ。
「お前は面白いな」
ってね。少し腹が立ったね。こっちは真面目に話していたのにさ。
「お前はもう、それでいいさ。それで、十分だ。ジョン」
カラス君はそう言って、僕の頭をまた撫でたんだ。なんだか嬉しくて、胸の奥の方が、こうギュッと、締め付けられるみたいで、僕はまた泣きそうになったよ。
「やるよ、貝殻」
彼はそう言って、僕がたった一つ持ち帰った貝殻を差し出したんだ。そう、白くて変な形をしたあの貝殻をね。
「いいのかい?」
「ああ、礼だよ」
「礼?何のだい?僕は何も」
「俺が先に理解しちまったからだよ。それを指す言葉はわからねえが、お前の言う、大きくて、優しくて、温かいなにかをな」
なんて事だ。僕の方が探そうと思った時期は早いのに、彼に先を越されてしまった。悔しいな畜生。そう思ったんだ。
「なあに、悔しがる事はねえ。それは分かるべき時にわかるんだ。だから、遅かろうが速かろうが、なんの関係もねえよ。だから、いいんだ。それでな」
そして。カラス君は僕にもう一度、貝殻を近くまで差し出した。
「これが、それの証だ。感謝の証でもある。だがそれだけじゃねえ。大きくて、温かくて、優しいなにかの代わりだ」
その時の彼の笑顔は、あの時のおじさんのようにやさしい笑顔だったんだ。また僕の目の奥から涙が零れ落ちてしまいそうになったね。早く僕は、それの正体を見つけて、おじさんに報告しないといけない。それが僕のやらなきゃいけないことなんだ。
だから僕は、貝殻を受け取って、力強く頷いた。約束をする意味でだよ。いつか、絶対に見つけ出すっていう約束さ。
僕は、何も言わずに飛び立ったんだ。振り返ったら寂しくなりそうだったから、後ろを見ずに、前だけ見てはばたき続けたんだ。
夕日はすっかり沈んでいて、辺りは星たちがキラキラと輝いていたんだ。星達は僕を祝福してくれているのかな。そんなことを考えていたけれど、星達は、僕のことなんかこれっぽっちも知りやしないんだろうなって、そう開き直って、僕ははばたき続けたんだ。
しばらく羽根なんて動かしてなかったから、羽根が重く感じるけど、僕は頑張ったんだよ?それが、彼の為だって思っていたからね。
そして、叶えてくれるかどうか、あやふやな星に、僕は祈る事にしたんだ。
カラス君が、いつか絶対に、幸せになれますように、ってね。
そして、言い忘れていた事があったのを思い出したんだ。
でもその時、戻ってまで言う事じゃないって思ったんだよ。
だって、言わなくても、向こうはとっくに分かっていることのような気がしたんだ。
仮に僕が言いに戻っていたら、彼はこう言ったんだと思う。
「そういうことはわざわざ言わなくていいんだよ。言わなくても分かってる事なんだからよ。そんなに不安なのかよ、馬鹿だな」
って具合だろうな。
そうなんだよ。僕は、彼の事を、とっても大切な友達だって思っていたんだ。
そして、しばらく会えないかもしれないし、永遠に会う事はないかもしれないけれど。
僕たちは、ずっと友達だって、言うつもりだった。
今にして思えば、すっごい照れくさい言葉だったけどね。
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