第7話 カラス君
7 カラス君
来た道を戻りながら、どこまで戻ればいいんだろうなんて考えていたんだ。だってそうだろう? 戻るにしても、僕の探している、大きくて、優しくて、温かいなにかのヒントを通り過ぎてしまえば、全く意味が無くなってしまうじゃないか。当然さ。
でも迷っていても意味がないのは、すぐに理解できたよ。迷っても、どこにあるのかわからないものを探しているんだから、どこまで戻ろうと、進もうと、結局同じことなんだから。
それだから僕は、またあの駅に戻ったんだよ。覚えているかな。僕がおじさんと別れてから初めて立ち寄った駅さ。何で戻ったかって? それは当然、彼に会うためだよ。
あの時、僕にえさをわけてくれたカラス君にさ。
でも、駅の近くに住んでいる以外、全くの情報がなかったから、僕はどうやって探すか悩んださ。そして結論は単純なものだった。カラスらしく、電柱のてっぺんに突っ立ってみることさ。馬鹿みたいって思うかもしれないだろ? これが案外良かったりしたんだ。だって、すぐに見つかったからね。
僕が電柱で突っ立っていると、あの時のカラス君が、他のカラスたちと楽しそうに飛び回っているところが見えたんだ。しばらく飛びまわっているかと思いきや、いつの間にかカラス君の周りの取り巻きは、みんないなくなってしまったんだ。まるで、散らばっていく水しぶきみたいにね。
チャンスだって思った僕は、そのままカラス君のところに向かったんだ。
「だから、えさは今日はやらねえって……」
カラス君は僕の気配を感じたのか、そうぼやいたんだ。でもそれは僕以外の誰かと勘違いしている事は、すぐわかったよ。だって、カラス君にえさをもらったのは、あの日きりだったからね。
「カラス君、僕だよ」
僕はカラス君の目に映るように、追い抜いて振り向いてやったんだ。カラス君のやつ、びっくりしていたよ。面白かったなあ。
「なんだ、お前か。久しぶりだな」
「うん、久しぶり」
それから僕等は、近くの電線に止まって話し続けたんだ。
「で、どうだい?例のその、でっかくて、熱くて、なよっとした何かに出会えたのか?」
「大きくて、優しくて、温かいものだよ、カラス君」
呆れるどころか僕は驚いたけどね。あれから僕等は、随分と長い間会っていなかったから、僕が何かを言ったってことは、覚えていてくれたんだから。
「おお、それだそれだ。で、わかったのか?」
「うーん、わかりそうなんだけど……あとさ、一歩なんだよね。いや、二歩かもしれないけど」
「なんだそりゃ、どっちだよ」
カラス君は愉快そうに笑ったんだ。つられて僕も笑っちゃったよ。だけどもね、人間からしたら、僕等はただカーカー鳴いていただけかもしれないって考えると、少しだけ寂しくなったんだ。
「どうやってよ、お前はそれに近づいたんだ?」
カラス君は僕にそうきいてきたんだ。案外こういうことで、自分の行動を見つめ返せるってのはいいものだ。僕は話したんだよ。
アンくんのことを。
アマさんのことを。
あの女の子のことを。
パティのことを。
「ほう、変わったやつらばかりだな」
「それもそうだね、みんな変わっていたな」
「まあ今日はもう遅い、続きは家で話さねえか?」
その言葉に僕は驚いたさ。今まで誰かの家に招待されたことなんて、一度もなかったからさ。
「いいのかい?」
「ああ、それに、俺もお前の助けになれたらって思うしよ」
とっても嬉しくて僕は飛びあがりそうになったんだ。こんなに協力的になってくれるなんて、夢にも思わなかったからね。それから僕たちは、駅の裏の小さな通風孔の奥へと進んで、中の広いスペースへと入っていったんだ。そこがカラス君の家だったんだ。中には、カラス君が集めてきた石が集められていて、まるで家具みたいになっていたんだ。僕は感動したね。こんなに作りこまれたカラスの家なんて、世界中どこを探してもないだろうって、本気で思ったぐらいだもの。
「まあ適当にくつろいでくれ」
「すごい……すごいよカラス君!」
僕は自分の素直な感想を口にすると、カラス君は照れくさそうにそっぽを向いたんだ。
「からかうんじゃねえよ」
「からかってなんかないさ」
「……そうかよ」
カラス君は少し機嫌を悪くしたみたいで、僕の方を一度も向いてくれなかったんだ。
「まあ、話を戻そうぜ。えと……」
カラス君は僕の名前を呼ぼうとして困ったようだ。そう言えば、僕は彼に自己紹介をしていなかったのを思い出したんだ。そして慌てて自己紹介をしたんだ。
「僕はジョンだ」
「ジョン、名前があるのか。羨ましい限りだぜ」
そう言えば、彼には名前がなかったんだ。でも僕はその理由を聴いていなかったのを思い出したのさ。
「どうして、君には名前がないんだ?」
「そりゃ……忘れたからだよ」
「忘れた?」
親がいないとか、そういう理由じゃないみたいだ。忘れたってのも珍しいな。
「親はいたんだよ。ちゃんと。だけど、死んじまってから、誰も俺の名前を呼ぶこともなかったし、親もあまり俺の名前を呼ばなかったから、いつの間にか忘れちまったんだ。カラスといえども、所詮は鳥だからな」
そんなカラス君の表情は、なんだか寂しそうで、なんとかしてやりたいって思ったんだ。結局僕には何にもできないってことが、すぐに理解出来たけどね。
だって、彼を救えるのは、彼だけなんだから。それくらいカラスの僕でも理解しているよ。
「まあいい、そんなことよりよ、お前さんはそのたくさんの変わったやつらに出会って、いろんなことを聞いてきたわけだろ?」
「うん、そういうことだ」
「つまりよ、そいつらには、何か共通点があるんじゃねえか?」
「共通点?」
それは考えもしなかった。というか、考えなければいけないことなんだろうけど、僕はそれを怠ってしまっていたんだ。怠け者の僕らしいと思わないかい?
「そうだ、共通点だ。何かそいつらの言っていた事や、やっていた事で、通ずるものはなかったのかい?思い返してみろよ」
僕は思い返してみたんだ。一匹一匹、丁寧にね。
アンくんは、家族に認められるために一人で努力していた。
アマさんは、結果を残すために、みんなのことをちゃんと見ながら、心を鬼にしていた。
あの女の子は、誰かの為に歌を歌っていた。
パティは、一人の女の人の為に、自分を殺していた。
「……駄目だ、見えてこない」
「ふむ……何かあるとは思ったんだがな。難しいもんだな」
「でもさ、おじさんは簡単で、単純なものだって言っていたんだ。だから、見えているけど、僕が鈍感で気が付いていないだけかもしれない」
「なら俺も鈍感ってことじゃねえか」
カラスくんはそう言って、愉快そうにまた笑ったんだ。
また僕も、さっきみたいに笑っちゃったよ。恥ずかしいほどにね。
「でもさ、確かにみんなから感じられたんだ。みんなが自分の話をしていた時に、確かに僕は感じたんだ。あの大きくて、優しくて、温かい何かを」
「ほう……」
カラス君は何かを考え込むように、目をジッと細めたんだ。生まれつき目つきが悪いみたいで、少しだけ怖かったのは覚えているよ。
そこで僕は一個提案が思いついたんだ。何かの糸口にならないかと思ってね。
「ねえカラス君」
「どうした、ジョン」
「君の話を聞かせてくれないか?」
「俺の話?」
「そう、君の話だ」
そう言うと、カラス君は大声で笑い始めたんだ。さっきの時の何倍もの大声でね。今度はつられないように僕は耐えたさ。本当だよ、信じてくれ。
「俺の話なんか聞いてどうする気だよ。するってえとあれかい? 俺の中にも、その例の、大きくて、優しくて、温かい何かがあるってことかい?」
カラス君はまだ笑いがおさまらないらしくて、ひーひー言ってたんだ。傍から聞いたらかーかーだろうけどね。それでも僕は肯定したんだ。
「ある気がするんだ。だから、話してくれ。それが僕が戻ってきた意味かも知れないだろ?」
そう僕が言ったら、だんだん笑い声が小さくなって、ようやく静まったんだ。そして落ちついたカラス君は深呼吸をしたのさ。
「分かった分かった。観念するよ。何から話せばいいんだい?」
僕は困ったさ。なんでかって言うと、他の動物たちは、勝手気ままにいろんなことを迷わず話しだしてくれたからさ。リクエストなんてされたことがなかったんだよ。
「君が話したい事を、好きなだけ話してくれよ。僕はその中から、ヒントを見つけ出すから」
とりあえずはそういうことにしたんだ。それで上手いこと話してくれなかったら、どうしようかとも思ったけどね。
「そうだな……俺は、いわゆるエリートだったんだ」
いきなり始まったのは自慢話だったんだ。
「親はここら辺全体を支配するボスでな、俺はそんな親の背中を見ながら、一緒に狩りをしたんだ。するとそのうち、自然と上達したんだよ」
カラス君の話は続いた。僕は羽根の中にしまっていたリンゴを取り出して、羽根で半分個にしたんだ。
「いやどんな翼しているんだよお前」
カラス君が突然そう言ったんだ。見て分からないのかな?
「どんなって、真っ黒で」
「色の話はしてねえよ」
「え?」
「え?じゃねえよ、なんでそんな翼でリンゴを二等分出来るんだって話だよ」
せっかくの説明をカラス君のやつ、言い終わる前に止めたんだ。まったく失礼な奴だよ。
「みんなそうなんじゃないの?」
カラス君はなにをおかしなことを言っているんだろう。みんな翼で物を半分に切るくらい普通だろう?
「よく僕はおじさんの料理の手伝いで、キャベツのみじん切りくらいしていたよ」
「聞いた事ねえよ、みじん切りが翼でできるカラスなんてよ……」
カラス君は混乱したように頭を抱えた。なんだか、僕の特技だったみたいだ。この特別丈夫な羽根はね。
「まあ、お前の翼はいいや。でよ、そのうち親が死んで、俺が一人で狩りをすることが増えたんだ。で、あまりにも収穫が多かったもんで、他のカラス達に分けていたんだ」
「優しいね」
「茶化すなよ」
別に僕は茶化したつもりはないんだけれどね。素直な感想を言ったまでさ。
「まあ続けよう。そんでよ、そういうことしていたら、自然と好かれるわけよ。いろんなカラスにな。『あいつはいいやつだ』ってな具合でな。俺もな、いつの間にかそいつらに愛想よくふるまっちまうんだ。いかにもいいやつって感じでな。誰に対しても、好ましい態度を取り続けていたんだ」
「どうして?」
僕はそこに疑問を感じたんだ。別に、わざわざ好かれようとするような態度をとる理由が、僕にはどうしても理解できなかったからさ。
「それはだな……そいつらに、冷たい態度をとって、嫌な思いをしてほしくなかったからだ。そんなことを続けるうちに、作り笑顔ばかりが上手くなっちまった。自分を演じる事だけが、俺の日常になっちまっていたんだよ」
そんなカラス君の過去を聴いて、僕は思った事がスルリと口から出てきちゃったんだ。だって、カラス君は自分の存在を誤解している。そう思ったからね。
「やっぱり君は優しいよ。どうしてそんなに、嫌な思いをしてほしくないって思ったんだ?」
「……相手の嫌な顔を見るのは、気持ちが悪いんだ」
やっぱり、彼はいいやつだ。素直に僕はそう思ったんだ。あの時、僕にやさしくしてくれた時から感じていた。
「どんなに性格が悪くても、ずる賢いやつだろうと、俺はそいつらを、どうしても嫌いになれないんだ。全員大切な存在に、かけがえのない存在に見えちまうんだ。だから、俺はそういうことを続けていた。そうすることで、俺はたくさんの仲間と出会えたんだ」
そんなこと、普通のやつは思えないって、僕はその時思ったんだ。誰だって、気に食わないやつの幸せなんて望めないし、ましてや大切なんて考える事すらできないはずなのに。彼は不思議な存在だって、純粋に思ったんだ。
「なんだ、素敵な話じゃないか」
リンゴをかじりながら僕はそう言ったんだ。彼はさっきとは違い、自嘲するみたいに静かに笑ったんだよね。
「そうかもしれねえ。でもな、そういうことを続けているとよ、あるもんが出てくるんだ。それは大きく二つある」
「二つ?」
「ああ、一つは、俺が時々苦しいんだ。なんで俺は、こんなにしんどい思いをしているんだろうってな。他のやつらの頭の中で、俺って存在は本当の俺とは、まるで違う形をしているんだ。綻びだらけの俺という像を、やつらは頭の中だけで、綻びも傷跡も、不完全な部分なんて何一つない、『完璧な俺』ってやつに仕立て上げちまう。それが嫌で堪らなくてな。俺だって、一人で海を歩いて、貝殻を集めたいときだってある。でもそんな時に限って、一緒に狩りに行こうだの、あいつのところに押しかけに行こうだの、くだらない誘いをしてくるんだ。我慢ならなかったさ」
何で断らなかったの?とはきけなかったんだ。何故かって? 答えが分かっていたからさ。彼は他のカラスが嫌な顔をするのを見たくないんだよ。それでも僕は胸が痛かったね。何でもっと自分を大切にしないんだって、そう言ってやりたかったよ。
「嘘を吐くのは苦しいさ。だけどよ、嘘を吐かなきゃやってけねえんだよ。悲しい事だがな」
嘘っていうのは、大体は自分を守るときにつかうものだ。だけども、カラス君は、誰かのことを思って嘘を吐くんだよ。純粋にそれが素敵だと思えた僕は、おかしいのかな。
「……カラス君、何で君は、そんなにかっこいいんだ」
「褒められるのは好きじゃねえ。それが二つ目のことだ」
カラス君は、リンゴを一口かじって、話し始めたんだ。
「嫉妬さ」
「嫉妬?」
「ああ、こんな俺に対して、嫉妬を抱くカラスだって当然いるんだ。そいつらは、俺に対して、いっつも嫌味な事を陰でこそこそ言っているくせに、俺のわけるえさをもらうんだ。それが俺には、気持ちが悪かったな」
「でも、渡さなかったらそいつらがって、君は考えるんだね」
「ああ、そういうことさ。でもよ、今日俺は思い切って反抗してみたんだぜ?」
「反抗?」
それは少し意外だったな。だって、さっきまで言っていた彼のポリシーに反してしまうからだよ。
「えさは今日は渡せねえ、だから自分で探してくれってな」
「おお、すごいじゃないか!がんばったね」
「……そういう言い方はやめろよ」
じゃあどうやって褒めればいいんだ。カラス君はややこしいやつだよ、本当に。
「それでも、ちょっともやもやしているんだ。あんな言い方をして、傷つかなかったのかとかさ、そんなことばっかり考えちまう。だからよ、今日はお前にこの話を聞いてほしかったんだ。ありがとよ」
カラス君はそう言って、照れくさそうに笑ったんだ。感謝したいのは僕もなのに。だって、また感じてしまったんだ。あの大きくて、優しくて、温かい何かを。
「君は正しいことをしたんだ。それは誇っていいよ」
「なんだい偉そうに」
カラス君はそう言って、そっぽを向いたんだ。機嫌の上下が激しい分、わかりやすいやつだと思ったね。
「上からものを言われるのは好きじゃねえ」
「ご、ごめん」
おじさんにもよく言われた言葉だ。『お前はいつだって、心のどこかでみんなを見下している部分があるんだ。それがうっかり表に出ちまったとき、きっと損をする事になるぜ』
おじさんはそう言って、僕にお説教を続けたんだ。あの時は嫌になったりもしたけど、今では少し、あの声や、気味の悪い笑顔が恋しいから、不思議なもんだよね。
でも、思い返せば僕は、旅に出てからも、ずっといろんなものを見下してきていたのかもしれない。自分が大した事のないカラスだからこそ、斜に構えた姿勢でしか、物事を見る事が出来ないんだ。
それでも君は僕をよく好きになってくれたね。そのことは、とても嬉しく思っているよ。ありがとうね。
「まあ、俺の話はこんなところだ。何か、力になれたか?」
そこでカラス君は話題を打ち切ったんだ。
「うん。もちろんさ。ありがとう、カラス君」
僕は心の底から感謝した。あと一歩くらいで、正体がわかりそうな気がしたんだ。だけど、それがまた難しいものだね。ほんとに。
「せっかくだ、今日は泊まってけ」
「いいのかい?」
しばらくロクなところで寝ていなかったものだから、その言葉にはとっても救われたんだ。久しぶりに落ちついて眠る事ができるなんて思うと、飛び上がりそうだったよ。
「それに、今日はサービスして、俺の宝物を見せてやるよ」
カラス君はそう言って、奥の方へ何かを探しに行ったんだ。一体何なんだろうって思って、とっても期待したんだ。そしてそれは、僕の期待に応える、素敵なものだったんだ。
「ほら、見ろ」
カラス君が持ってきたものは、たくさんの変わった形の貝殻だったんだ。青いものやピンクのもの。そして渦を巻いている形をした白いものまで、たくさんだ。カラス君が全部持ってくる間には、石の机はほとんど貝殻だけで埋まってしまったんだ。
「すごい……すごいよカラス君!こんなにいっぱい、どれくらいかかったんだい?」
「さあ、覚えてねえよ。なんなら一個くれてやろうか?」
「いいのかい!」
僕はまた飛び上がりそうになったんだ。こんなに素敵なものを、一個もらえるなんて、そんな夢みたいな事、想像だにしていなかったもんだからね。
「ああ、好きなのを持って行ってくれ」
僕は悩んで、机の上の貝殻を眺めたんだ。青いものやピンクの物もいいけれど、やっぱり、白い変わった形のやつにしよう。
そう思った時だったんだ。
「おい、隠れろ」
カラス君が急に厳しい声で言ったんだ。
「え?」
「いいから」
カラス君はそう言って、僕を奥の方の見えにくい、端っこの場所へと追いやったんだ。何事かと思ったけれど、黙って従う事にしたんだ。
暗くて狭いところだったから、ずっといるとどんどん不安になってきたんだよ。怖かったし、何が起きているのか分からなかったからね。
だから僕は、よく耳を澄ませることにしたんだ。何が起きているのか、少しでも判断するためにさ。
すると、ぼんやりとだけど、会話を聴きとることが出来たんだ。
「よう七光り。えさくれよ」
「今日は断っただろう?」
「隠し持っているんだろ?おい、探せ」
どうやら、何羽かのカラスが、ここに侵入してきたみたいだったんだ。えさを要求してきて、さらには家を荒らし始める音が聞こえたんだ。幸い、僕のところには入ってこなかったけれど、怖かったな。とってもね。体ががくがく震えて、止まらなかったんだ。今すぐここを出て行って、立ち向かうことだってできたはずなんだ。だけど、僕にはそんな勇気のあることはできなかったんだよ。
いつだって、心のどこかでは、他のやつらを見下しているって、おじさんに言われたのは覚えている。でも、見下すって事は、恐れていることなんだ。立ち向かうのが怖いから、心の中だけで見下すんだよ。
だって、僕は他のやつらに勝っているものなんて、何一つないってことは、ちゃんと知っていたからね。だから、僕は何にもできなかったんだよ。
そう、僕は世界で一番駄目で弱虫なカラスだったんだ。
「ちっ、ほんとに何もねえな」
「おい、貝殻があるぜ」
「や、やめろ!」
「いっただきー」
「あ、これもいいな、もーらい」
「こ洒落たもん持ってんじゃねえか、七光りさんよお」
「じゃあ、ズラかるぜ」
しばらくして、部屋の中は静かになったんだ。どうやら、やつらは行ってしまったみたいだ。
僕は安心した後に、無性に腹が立ったんだ。
カラス達にかって? ああ、間違ってはないさ。だけどカラスはカラスでも、このジョンって名前のカラスには、心底腹が立ったね。だって、部屋の隅でただ震えていただけなんだから。
「おい、もう出てきていいぜ、ジョン」
僕はカラス君の言葉に従って、ひょこひょこ奥から歩いてきたんだ。
「すまねえな、貝殻、全部持ってかれちまったんだ。かっこ悪くてすまねえな。俺に抵抗なんて、できなかったんだ。いつだって俺は、誰かが傷つくことで、自分が傷つくのが怖い……臆病者さ」
僕は体が震えたよ。初めて怒りってものを感じたんだ。お腹の奥が煮えているようで、熱くて熱くてたまらなくなったさ。
だって、本当の臆病者は、何もできなかった僕じゃないか。そして僕は、最初にこう言ったんだ。
「あいつらの住処はどこだい?」
「えと……城の近くのほら穴……っておい、それ聞いてお前どうする気だ」
僕はそれを聞いてから、迷わず巣を出て、飛び出して行ったんだ。何故かって? 貝殻を取り戻すためだけじゃない。さっきの自分の名誉を挽回するためさ。名誉なんてもの、最初からなかったかもしれないけどね。
でもね、残念な事に、そこからの事は、よく覚えていないんだ。ただ、僕が彼の巣に戻ってきたときには、体の羽根があちこち抜けて、体中から血が出ていたんだ。
あと二つ覚えていることがあるんだよ。
一つは、あの白い変わった形の貝殻を持って帰った事と。
彼らの住処に行った時の僕の言葉さ。
「何で彼の事をわかってやれないんだ!」
僕は、今までで一番大きな声で、そう言ったんだ。
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