第5話 また会えた

 ある日、嵐が来たんだ。僕が飛びながら、あの大きくて、優しくて、温かいなにかを探してると、さっきまで流れていた穏やかな空気が、ふと変わったんだよ。それとおんなじくらいに、僕は、大きな建物を見つけたんだ。だいぶ前に見つけた、子ども達が集められた建物にとてもよく似ていたんだ。でも大きさが全然違ったね。しかも、キラキラした飾りがたくさんついていて、お祭りでも始めそうだたんだ。

 僕はずっと飛び続けていて、疲れていたから、寝るのに調度いい場所だと思って、中に入ったんだ。天井にあった上の柱にあった隙間がちょうどよくて、僕はぐっすりと眠りこんだ。嵐の音なんか、これっぽっちも気にならなかったね。

 久しぶりに雨と風をしのげて、僕はほっとしたんだ。そこまでは、とてもよかった。だが、これよりさらにいいことが起きたんだ。

 僕の目を覚まさせたのは、風の音でも、雨の音でも、鶏の声でもなかったんだ。何だと思う?

僕を目覚めさせた真犯人は、歌声だったんだよ。

 それもただの歌声じゃ無い。あの子だったんだ。あの日、島で歌っていたあの女の子だよ! 僕は聴き入ったさ。今度ばかりは、歌詞だってちゃんと聴きとったんだよ?

 羽根なんかさ、もう全部抜けてしまいそうだったんだ。下にいる人間でさ、泣いている人までいたんだよ?

 僕はね、そこで当然、あの大きくて、優しくて、温かい何かに触れたよ。だけどそれを受けとったのは、僕だけじゃないようだ。

 前の方で顔をうずめている男の子や、後ろで腕を組んで目を閉じている女性だって、僕と同じものを感じているんだよ。なんでわかるかって? それは僕がカラスだからだよ。当然だろ?

 その空間はね、きっと何かの奇跡が寄せ集められた場所なんだ。奇跡だけじゃ無い。たくさんの人の持っている強い『意志』みたいなものまで寄せ集められた一枚のお皿みたいな感じだ。ごちそうなんてものじゃないよ。こんな素敵な空間は、僕は今まで見た事がないんだ。

 こんなに温かくて、大切なもので充満した空間なんて、世界中どこを探したって、ここにしか存在しないだろう。

 そして何よりね、歌っているその子が、あの日よりも、ずっとずっと、キラキラ輝いているんだ。本当さ。だって、僕が眩しくて、ずっと見ていられなかったんだ、太陽何かと同じさ。太陽もこの子に会いたがっていたはずだよ。

 何故かって? 簡単さ。その子の歌が終わって、後片付けが始まるんだ。

 その子は、一人で、さっきまで熱く歌いあげていた姿なんて想像できないくらい、黙々と作業をしていたんだ。

 その時に、太陽が顔を出したんだ。雲で覆われていた空から、その子を祝福するように、ただ照らし続けたんだよ。彼女は空を見上げて、にっこりと笑ったんだ。

その時の顔を見ていると、僕は女の子がこんなことを想像しているんじゃないかって、勝手に考えてしまったんだ。「私はやったよ、がんばったよ。これで、認められるのかな、私は」ってね。

 カラスの僕の言葉は、おじさんか他の動物にしか届かないんだ。こればっかりはどうしようもない。だから、自分の声でこう言ったさ。聞こえたか聞こえないかはどうでもよかったんだ。意味が分かるかわからないかもどうでもよかったさ。だけど、僕はこう言ったんだ。

「君は最高だ」

 ってね。

 彼女には『カー』としか聞こえなかっただろうね。でも僕はそう言ったんだ。その事実は、誰にだって変えられない。僕はその後にもこう言ったんだ。

「また君の歌を聞かせておくれよ」

 僕は、あの大きくて、温かくて、優しいなにかに触れられる、彼女の歌が、とてもとても気に入ってしまったんだ。この感情はなんなんだろうね。不思議だな。

 彼女はこれまでどんなものがあったんだろう。

 アンくんのように、苦しみながらなにかを運び続けたのかもしれないし、蟻地獄を越えてきたのかもしれない。

 アマさんのように、うまくいかなくて叫んだ事もあるかもしれない。どうしようもなくてふさぎこんだこともあったかもしれないよ。

 でもどんな過去があったとしても、彼女はそれを受け入れて、あれを歌ったんだ。

 勝手な想像かもしれないけど、彼女は自分自身の心と、意志に従って、やりきったんだ。

 あの笑顔が、その証拠な気がしたんだ。

 僕はあの子の歌を聴く事で、またあの大きくて、優しくて、温かいなにかの正体に、グンと近づけた気がしたんだ。

 でも、それの正体がまだ見えてこないんだ。二回もあの子に会ったのにね。全く、ふがいない。

 それでも僕は、答えがどこかにあるんだと、信じて羽根をはばたかすんだ。

 そして飛びながら彼女にこう祈ったんだ。

 笑えなくなることがあったとしても、苦しい事があったとしても。あの時の笑顔を、あの時の思いを、どうか、どうか、忘れないでください。ってね。

 雲はどこか遠くへ行ってしまったみたいで、僕は青空の下をはばたいたんだ。彼女も、キラキラした目で、この空を見ていたら、嬉しいな。そう思ったんだ。






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