第2話
窪山蛍人はよく笑う少年だった。
東京から、親の都合で引っ越してきたのは私と窪山が齢にして九つを数える時だ。
「窪山さんのお宅はね、お母さん居なくて大変なんだから仲良くしてあげるのよ」
母の口癖は、窪山が引っ越してきた日からのものだ。
当時は彼と仲良くすることと彼に母親が居ないこと、この二つになんの因果関係があるのかとひどく不思議だった。友情を強制されている気もしたし、第一自分とは性別の違う生き物だ。姉と妹に囲まれた人生を送ってた自分が異性と仲良く遊ぶなど天地がひっくり返ってもあり得ないことだと思っていた。
そんな私が窪山と交流するようになったきっかけは、夏の暑さが酷く苦しいある日のこと。
私の通う小学校が夏休みに入り、やることと言えば大量に渡された宿題の山と子どもらしく外で遊びまわるくらい。
「夢子、あんた水当番はどうしたのさ」
「母さん。花は人じゃないんだから、一日くらい水を飲まなくても平気なんだよ」
「馬鹿な子ねぇ。人じゃないんだからこそ誰かが面倒見なきゃいけないんでしょう」
呆れた顔の母を横目に融けかけたバニラアイスをカップの中でかき混ぜた。
壁に掛けられたカレンダーには赤丸がついている。それが水当番を表すことは書いた私が一番理解していた。
母の言う通り「誰かが面倒を見なければならない」とするならば、その「誰か」が私である必要性はないのだ。一日くらい、私一人いなくたって変わらない。
ドロドロに融けたバニラアイスをもう食べる気にもならなくて、倒れこんだフローリングの冷たさに目を閉じた。
蛍は夢を見るか。 樽沢 @Tarusawa_HiRA
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