蛍は夢を見るか。

樽沢

第1話

「やめてよ」


唇から零れたそれが鋭い棘を持つ生き物のように揺らいだ。

その棘に傷付く対象はいつも決まって周りの人間ばかりで、私にかけられた呪いなのではないかと錯覚するほどだった。震えた拳を隠すように握りしめて唇を強く噛み締める。

彼はいつも通りの笑顔で眉を下げて右頬を掻いた。それはいつもの癖だ。どう私をフォローしようかと思考している時の、彼の癖だ。


「困らせたかった訳じゃないんだ」


この後に続く言葉は容易に想像できた。

「忘れてくれて構わない」もしくは「ごめんね」。はたまたその両方か。

どちらにしたって私の聞きたい言葉でないのは確かで、遮るように駆け出した私を彼は追ってくることはなかった。


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