第4話


「思い出したって、見当がついたとかじゃなくてですか」


「えぇ! 完全に忘れていただけでした!」


胸を張って得意顔で浮遊を始める幽霊さん。

長い髪がファッサファッサと舞っております。


やっぱり馬鹿であっていた。どうすればそんな大事な事を忘れられるのか疑問だ。


「むむむむむ、幽霊さんを侮っていますね。地縛霊のレアリティでここまでの力を持つ幽霊はいないというのに」


コモンレアの中で優秀って微妙過ぎると思うのは僕だけだろうか。幽霊界隈の話は大いに気になるが、それよりもさっきの話だ。


「それで、結局幽霊さんが実体化?した理由はなんなんですか? いつ消えてくれますか?」


「消えませんよ! と、言いたいところなんですが、11月には消えますよ」


11月、までか。約一週間で消えるとは、長いのやら短いのやら。

それはともかく、幽霊さんが悲しそうな表情がするものだから居心地が悪くてしょうがない。


消えろ消えろと言ってはいるが、なんだかんだで幽霊さんにも慣れてきた。無理に成仏してもらおうとはあまり思ってはいない。


「……なんで10月までなんですか」


とりあえず会話を繋げてみると、幽霊さんは少し困った表情を浮かべた。


「幽霊の力について説明すると色々と話が長くなるんですけど、とりあえずざっくりと説明しますね」


そう言うと、幽霊さんはぽつりぽつりとそのわけを話しはじめた。



ざっくりまとめると、ハロウィンは幽霊さんの誕生日らしく、生前はとても楽しみにしていたらしい。しかし不慮の事故でハロウィン直前で死んでしまい、どうしても最後にもう一度ハロウィンパーティをしたかったそうだ。

そうしてこの家で漂っていたところ、ハロウィンシーズンに僕が「かぼちゃ」を買ってきた事によってそれが因果となり実体を得たわけだ。


「つまりなんですか、ハロウィンを楽しめれば成仏という事になるんですか」


「そうですねぇ、ハロウィンに向ける意気込みみたいなものが源ですので、楽しまないでハロウィンを過ごしたとして流石に1年後のハロウィンまでこのままではいられません」


「それじゃ楽しめなくとも成仏はすると? 」


「いや、また空気同然に戻るだけで、来年もかぼちゃで登場すると思いますよ」


そうすると、中途半端に楽しんで毎年ハロウィンパーティするのが幽霊さんにとってはベストなのだろうか。


「うーん、どうでしょう、確かにこうしてわちゃわちゃとするのは楽しいのですが、やっぱり全力でハロウィンパーティもしたいですし」


そう言うと幽霊はウンウン唸りながら部屋中を旋回し始めた。

地縛霊となるほどの強い願いと天秤に掛けられるほど僕との生活が楽しいのか思うと驚きである。


「あ、別に人と話すのが楽しいって意味ですので勘違いしないでください」


「やっぱりハロウィンは全力でやりましょう、二度と現界したくないと思うほど徹底的に」


よーし頑張っちゃうぞー!


「やっぱり幽霊さんだけ心読めるとかずるくないですか」


「その代わりここから出られませんよ」


あれ? よく考えたらハロウィンの買い出しは僕一人で行かなければいけないのか。

だが幽霊さんが好むものがわからないのでこれは困った。


「そのためのネットショップですよ」


なるほど。



27日



「あの、幽霊さん、幽霊さん」


「いま忙しいので少し待ってくれませんか」


おかしい、絶対におかしい。

確かにハロウィンと言えば衣装や装飾だ。それはわかる。

だがアクアリウムやら《自宅で簡単栽培キット》やらは絶対に関係ない。そんなものをカゴにポンポン入れておいてなにが忙しいだ。


そもそもたとえ明日に届いても楽しめるのは3日4日である。


「装飾は大事です、草食も大事です」


肉を焼けと騒いだくせに何を言ってるんだろうかこの幽霊は。あとアクアリウムに関しては弁護すらしなかったぞ。


「あ、プラネタリウムの投影機もいいですね」


「いいですねじゃないんですよ、ハロウィン関係なくなっちゃってますから」


ハロウィン関係のものを選び終わったので、一息つこうとコーヒーを入れて戻ってきたらこれだ。熱々のコーヒーをかけてやろうか。


「ほら、いい加減にしてください。カゴから外して必要なものだけ購入しますから」


「ぶーぶー!どけちー!」


騒ぎながら僕を揺らす幽霊さん。椅子がギシギシ鳴っているのでやめてほしい。あと純粋に頭がクラクラする。


「わかりました、じゃあ栽培キットだけは購入しますから! それでいいでしょ」


「もう一声! もう一声いこう! 」


なぜ譲歩したのにさらに激しく揺らされているのか疑問だが、いよいよちょっと気持ち悪くなってきた。


体制を整えるため机を掴もうと手を伸ばしたが、揺らされている中で不用意に動くのは得策ではなかった。


不規則に揺れる腕が、あろうことかコーヒーの入ったカップを打ち上げた。


まずい、入れたばかりでまだ熱湯だ。こんなものを被ればまず間違いなく火傷をする。

僕一人ならいいが、原因とはいえ幽霊さんにかけるわけにはいかない。


先程コーヒーをかけてやろうかと思った手前、非常に居心地が悪いというものもあるが、何より幽霊さんの綺麗な肌をこんなもので荒らすのは忍びなかった。


そう思うと、咄嗟に幽霊さんに被さったのはごくごく自然な行動であった。


「あ、あわわわわ!! 大丈夫ですか! とりあえずお風呂で水を! 服の上からですよ! 」


幽霊さん、よほど焦っているのかただでさえ白い肌をいっそう青白く際立たせている。


「いやまぁ、たかがコーヒーですし、そんなに大した事じゃないので大丈夫ですよ」


「そ、そうですか。よかった……あ、いやでも早く冷やしてきてください! 」


幽霊さんの指示に従い、服の上から冷水をかける。ちべたい。


適当に着替えて戻ってみると、掃除を終えた幽霊さんが部屋の隅で小さく丸まっていた。


「あの、幽霊さん? 」


声をかけると、弾かれたバネのようにすっ飛んで来て体をペタペタと触られる。


「大丈夫ですか? カップの破片とか刺さってませんでした? 」


そうか、カップは割れてしまったか。

気まずそうに自分の身を案じてくれる幽霊さんを前にすると、咎める事は出来なかった。

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