第3話
26日
「じゃあ仕事行ってきますんで、戸締りお願いしますね」
「はーい! 空き巣が来ても呪っておきまーす」
「多分顔みせただけで……まぁ、じゃ行って来ますね」
後ろ手にドアを閉め、会社へと向かう。
幽霊さんが再び現れたのは、一日経った今日の朝だった。幽霊さん曰く霊体での睡眠は起床が難しいらしく、決めた時間寝るには練習が必要だそうだ。
だが幽霊さんが寝ている間は姿が消えるらしく、その点においては僥倖だったと言える。
とはいえ、幽霊さんは出ていく気は無いし、かと言って除霊する術を持っているわけでもない。
そんなこんなで一日中うんうん唸っていたお陰か、いつもより回される仕事が少なくなった。
なんだ案外幽霊さんも悪くないじゃないか。
「そうでしょう! 悪くないでしょう!」
帰宅後の第一声がこれか。
やっぱり退散していただきたい。
「査定厳し目なんで、僕。それよりご飯作りたいのでどいてくれます?ほかの家事も残ってますし」
「ふっふーん!残念! 炊事以外はこの幽霊さんが既に終わらせたのでごぜーますよ!」
え、嬉しい。
なんだよ気がきくじゃないか。
「まぁご飯は作れないんですけどね。ダークマターが生まれてしまうので」
なんだろうこの若干残念な感じは。
でもあれだ。ダークマターになるのをわかっていて作らないのは偉いと思う。
テロよりはマシだ。
というか、家事をやってくれるだけで万々歳。
「さ、ご飯作ってください」
「え? 幽霊さんも食べるの?」
「え? 食べますよ?」
いやじゃあこれただの扶養じゃん……
「いやいやいや! 幽霊なんですからどうせお腹とか空かないでしょう!」
「空かなくても食べたいんですよ!」
「えぇぇ、食材とか用意してないんですけど」
「そんな殺生な!!!!! あんまりだ!! うわーん!!! うわーん!!!! 」
うわっ、ちょっ、静かにしてくれないと
ドン!!
お隣さんに壁ドンをいただいちゃいます。
やだお胸がトゥンクしちゃう。怖い。
あとで謝りに行こう。
幽霊の所為ですって。
「ほらーお隣さんもご飯作れって言ってますよーほらほらー」
「お隣さんはうるさくするなって言ってると思うんですが」
「ていうか外食ならともかく、自炊なら一人も二人も変わらないですよ。そもそもハウスキーパー代にしたら安すぎですよ? 出るとこ出てやりましょうか?」
「出られるのなら出てほしいですけど。まぁそこまで言うのならご飯作りますけど、文句言わないでくださいね」
「ふははは! 勝ち申した! ふははは!」
毒入れたら消えるのかなこの人。
効くのかなぁ、毒。
まぁいいや、作ろ。
ありがたいことにシンクが片付いているからすぐに調理ができる。これはでかい。
お米を炊く際に洗剤を混ぜてやろうかと一瞬思ったのは内緒だ。
「幽霊さん。できたんで運んでください」
「待ってました! メニューはなんでしょう」
「米、サラダ、かぼちゃ」
「寂しっ! え! 寂しくないですか!? せめてお味噌汁とか」
「さてはお味噌汁が面倒だってしらないな?」
ていうか、かぼちゃだけで僕は疲れた。
「えー! そもそも肉か魚も食べたいです! メインがないのはいやなのです!」
どうしよう、コーヒーを飲んで儚く笑っていたあの頃の幽霊さんもういないようだ、どこへ落として来てしまったのだろう。
地縛霊だから部屋の中にあるはずなんだけどなぁ。
「ちょっと、ソファの下覗き込んで何やってるんですか? 話聞いてましたか?」
「え、あぁ、幽霊さんの遠慮ここらへん落ちてないかなって」
「そんなもの死体と一緒に燃やしました」
ブラックジョークすぎる。これがさっき言っていたダークマターだとでも言うのか。
「肌は真っ白ですけどね!」
やかましいわ!
「めんどくさいなぁ生姜焼きでいいですか?」
「ふぅう! わかってるぅー!」
幽霊ってもっとこう、ぼんやりとした存在なんじゃないんですかね。主張強すぎません?
あと下の階の人にも謝りに行くの嫌なのでぴょんぴょん跳ねるのやめてくれないかな。
あ、でも足音してない! 透けてる所は当たり判定ないんだ! すごい!
そんなこんなで生姜焼きを仲間に加えて、食卓に皿を並べていく。
「うっは、お肉です! 頂きまーす!」
シュババッと肉を同時に三枚どり。
しまった大皿に盛ってしまった。
この幽霊に遠慮がないのを確認したばかりなのに!
だがそれよりもですよ、気になることが。
「いや、がっつきますね。味わわなくていいんですか? 久しぶりなんでしょう」
「ハッ! 忘れていた……まぁいいや」
驚愕する幽霊さん。
再びお目目がぱっちりです。
もう幽霊やめた方がいいと思う。
絶対に向いていない。
早く転生先を探すべきだ。
それとお目目をぱっちりさせるのはいいが、絶妙に前髪が邪魔だ。目に刺さりそうで怖い。
「その前髪鬱陶しくないんですか? こう、横に流すとか」
「横に流す…こうですかね?」
おずおずと髪の毛をいじくる幽霊さん。
おぉ可愛い。
なにぶん髪が長いので、いまだ片目は隠れたままではあるが、それでも幾分か人間味を感じられる顔つきにはなった。
ただなんかドヤ顔してるのが非常に腹立つ。
「わたし、可愛いでしょう?」
「ポマード、ポマード、ポマード」
「妖怪と一緒にするのはやめてくれませんかね!」
ちっ、これでも退散できないか。
幽霊さんは五月蝿く喋りながら、それでもパクパクとご飯を食べ続けている。
器用な人だ。人じゃないけど。
「あ、このかぼちゃの煮付け美味しいです!」
ほほぉ! 肉より先にかぼちゃを褒めるとは! わかってるじゃないか。
「なんかかぼちゃ安くなってたんで適当に見てたんです。そしたら結構美味しそうなやつがありまして、つい買っちゃったんですよ」
そう、それで昨日は自炊をしようと……
結局今日になってしまったが。
「へぇ、かぼちゃが安く……なぜ? かぼちゃいっぱいとれたんですかね?」
「多分ハロウィン近いからじゃないですか?」
そう、ハロウィン。スーパーや百貨店は基本的に何かしらイベントを要しているようで、この時期だとちょうどハロウィンだ。
まぁ少し早い気もするが。
不意に、幽霊さんの端が止まる。
「あれ、なんか変なものでも入ってました」
「……ハロウィン」
「え?」
ぼそりと呟いたかと思うと、おもむろに俯き、なにやらブツブツと唱え始める。
怖い怖い怖い! 急に幽霊感だすのやめて!!
せっかく可愛かった顔も再び前髪がバサリ垂れた事によって完全に隠れてしまった。
ハロウィンが何かの引き金だったのだろうか?
それなんて変化球だよ。
初見殺しすぎる。
そもそも口裂け女だってどうしてポマードなのだろう。そんなの知らなかったら対処出来るはずがないじゃないか、理不尽だ。
あいや、でもそれが広まったって事はそれを最初に試したやつがいたって事で、そいつファンキーっていうか馬鹿っていうか、いやむしろ天才なのかもしれない。
「……馬鹿、天才」
うーんなぜその部分を復唱したのか。
だがどちらかと言えば幽霊さんは馬鹿の方だと思う。
「なっ! 紙よりも薄い幽霊さんは天才でなおかつおっちょこちょいを紙一重どころか兼ね備えるレベルのプリティゴーストだぞ!」
「うわびっくりした!」
いきなり大声を上げないでほしい。
どうだろう、いきなり頭をガバッと上げたって事は元のアホ可愛いプリティゴーストさんに戻ってくれたと言う事だろうか。
あ、前髪直してる。
「えっとですね、幽霊さんがこうして姿を現していられる理由を思い出したんです! えっへん!」
アホ可愛いじゃない、アホだ。
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