第2話
「これ、キリマンジャロですか、それともコロンビアですか」
「いや、あの。インスタントなので、ちょっとよくわからないです」
「奇遇ですね! 私もよくわからないです!」
え、じゃあなんで聞いたのこの人。
ねぇなんで産地聞いたの? ねぇ!
いやそれよりもだ、なんで二人でコーヒー飲んでるの?
待って無理。我いま現状を理解できない。
そもそも幽霊の数え方って人でいいの?
「あ、私心読めるんですけど、その数え方でいいですよー」ズズッ
そう言ってカップに口をつけ、しばらく味わった後に目を細める。
どうせ心を読めるのなら僕のこの戸惑いの方を解決してほしいものではある。
「まぁ断片的なものなので、普通に会話してください」
わかった。つまり会話するのは確定のようだ。
それだけはわかった。
けれどもまぁ不思議なもので、幽霊さんに言われるがままにコーヒーを追加で入れ、カップを渡し、そのまま並んでソファで飲む。
そんな訳の分からない状況であるのに、彼女に害がないと分かると震えは収まり、幾分か冷静に向き合うことができている。
いや多分思考を放棄しただけだと思う。
そもそも幽霊であっているのか。
「えっと、間違えていたら申し訳ないんですけど、その、幽霊さんですか?」
多分全人類で僕くらいであろう、こんな訳のわからないセリフを発したのは。
なんだこの問い、アホだろ。
「幽霊ですよ? なんかほら、透けてますし」
確かに透けている。足元がよく見えなくなっている。それによく見れば目だけは赤い。
いかにもって感じである。
「地縛霊、まぁコモンレアですなぁ」ズズッ
自分のレア度を告げ、再びコーヒーをズズる。
今度は完全に目を閉じ、満足気に頷き始める幽霊さん。
非常に美味しそうだ。
「地縛霊がポピュラーな霊だとは初めて知りました。てかあの、そのコーヒーそんなに美味しいですかね」
聞いておいてなんだが、安物のインスタントだけあってそんなに美味くはない。
所謂コモンレアだ。
「……地縛霊になってからはじめて味を感じたものでして。なんでも、いいんですよ」
それまでのハキハキとした話し方のうちに、ここでようやく幽霊らしい儚さというか、朧げな気配というものが含まれた気がした。
もっとも、それも一瞬の出来事で、本当にそう感じたのかさえもどこか危うい。
「初めてって今まではどうしていたんですか」
これらすごく気になる。
ここに越して来てまだそんなに経っていないとは言え、ゆうに一月は過ごしている。
地縛霊ならば引っ越してから僕ら二人はズッ友だったはずだろう。ならば今までは行儀よくうちの食べ物に手を付けず、しかも姿も隠していたのか。
僕はとってもとっても気になります。
「それがよくわかんないんです。今日になって不意に物に触れられるようになったっていうか。そもそも今までは空気同然でしたので」
小首を傾げてお目目をパチクリ。
あらやだかわいい。
そのお目目が長い前髪にほとんど隠れたハイライトの消えた赤い瞳という事を除けばだがな!
怖いわ! 普通に怖いわ!
だが不思議だ。なにが原因なのだろう。
いつもと違うことと言えば、いつもより自炊に向けるやる気が高いくらいだ。
それも大した理由じゃない。
まぁそれよりも
「えっと、それで、成仏のプランをですね」
どうやって成仏していただこう。
「え、ここまでしておいて!? ここは二人で楽しく暮らしましょうのパターンじゃないんですかね!?」
え、やだなにこの幽霊。
ものすごく図々しいんですけど。
「あ! いま図々しいとか思った!! わかるんですよ! 負の感情は特に!」
負の塊みたいな人がなに言ってるんだろう。
「いやほら、幽霊さん地縛霊なんでしょう? どこかに移動してもらえないなら成仏かなと」
「意地でも幽霊さんとの共同生活を拒否するつもりなんですね!」
頬を膨らませて言われても困る。
今は若干ちびりそうで済んでいるが、毎日毎日一緒はきつい。
「じゃあせめて姿が見えなくなるようにとか」
「うーん、ちょっとやってみますね。できるかわかりませんけど」
そういうと、幽霊さんはスッと目を閉じ真剣な表情を浮かべて始める。
も、早々に諦めるとソファに転がり「無理でした! やり方がわかりません!」と叫び、ふて寝を決め込んだので呆然と見つめる他ない。
──それから数分後、寝息が聞こえたかと思うと徐々に幽霊さんは透け、やがて消えた。
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