今日はハロウィンだそうですよ

春雨夏希

第1話

10月25日

昼下がり。


引っ越し用の段ボールが積まれる玄関を抜け、真新しい灰色のソファにどっかりと腰を下ろす。なぜだろう、休憩のためこうしているのにも関わらず、物凄く神経を使う。


(陶器のように白い腕を上げて伸びを一つ)


やるべき日課は全て終え、ようやくリラックスができるのだというのに、なぜこうも体を強張らせなければいけないのだろう。


(腰まである長い黒髪が、伸びに合わせてふるふると震えている)


そうだ、コーヒーでも入れよう。それできっと心も休まるはずだ

そう思い、インスタントの粉をカップにすくい、お湯を沸かす。


(しばしばと音がなりそうな程長い睫毛を連れて頻繁に上下する瞼からは、赤い瞳が見え隠れしている)


やがてピロピロと楽しげな音がお湯の沸騰を知らせてくれたので、大雑把な量の熱湯を注ぐ。


コーヒーの穏やかな香りが部屋中に広がると、だんだんと気分が落ち着いてきたのを感じた。

大丈夫、すこし疲れているだけで、僕はきっと幻覚かなにかを……


(コーヒーの香りに誘われたのか、鼻をひくつかせて目を細める)


だめだ、やっぱりいる。幻覚じゃない。


色白で眠たげな幽霊がいる!


朝方には確かにいなかったはず。だが今は確かにそこにいる。ソファのやや前方に漂うように空に座るそれは、あまりにも白く。そしてまたその長い髪は不気味なほどに黒く揺らいでいる。


きちんと観察いた訳ではないけれど、透けているようには見えず一見ただの女性のように感じるものの、浮かぶ姿や不自然な色彩がそうではないと主張している。


「あの……」


っ!話しかけてくるタイプだなんて聞いていないぞ。どうすればいい。


しかしまぁ怖いのでひとまず無視をしよう。


「あのぉ……」


ブリキのようにぎこちない動作でゆっくりと体をひねり、顔を背けると、キッチンの窓から遠く緑を眺める。


あぁ、いい景色だ。自然の緑を眺める事は視力の回復にも役立つそうだ。視力回復のついでにブルーベリーを食べよう。目に優しいらしい。


ブルーベリー、旬はいつであったか。



「……あの、すみません」



……どうやら現実逃避は許してはくれないらしい。でも現実離れした現状で現実に向き合えとはなんというか無茶苦茶だ。


口元へ近づけようとカップを持ち上げるも、手の震えによってとてもではないが運べそうにもなかった。


カタカタとカップが小気味よいビートを刻むと、音楽性の違いからか彼女はより一層大きな声で話しかけてくる。


「あの! すみません!」


そのまま解散となれば好ましいがそうもいかないだろう。

怖くて怖くて仕方がないが、きっと振り返らなければ延々とこの緊張から解放されないと思える。ならばいっそのこと思い切って振り返ってやろう。


そうすれば、とてつもない恐怖心と同時に、この緊張からの解放に伴う安堵も得られるはず。




……あぁうん、振り返る。一二の三でいく。


……いち



……すぅぅぅ


……いち、にの



……いちにの、にの、にの、にの





……えぇい! 無理だ怖い!

怖いし無理だがやるしかない!


先程からだらだらと季節外れの大汗で体を湿らせているのに、一向に体は滑らかに動かず、やはりギギギと音がなりそうな程ブリキなまでに振り返る。



めっちゃ、見られている。



そう、めっちゃ目があっている。


目線と目線がこんにちはをしている。


カップから手を離したのに未だにガチガチとうるさいと思ったら、歯が震えているようだ。


おっほ。天然のカスタネットやぁ……


歯が震える、足が震える、ふるふるする。


やがてゆっくりと女性の口が開く。

何を言うつもりなのだろうか。


きっと呪詛だろう、いや絶対呪詛だろう、殺しにかかって来たな!


来る、いや来るな! やめろ、何も言うな!そのまま消えてくれ!「結局、あれはなんだったのだろう」とか後で語り継いでやるからとりあえず消えてくれ!お願い!消えろ!消えろ!



「あの」



ひぃいいいい! 消えろとか言ってすみませんでした! 僕が消えますんで許してください!



「あの、私もコーヒー飲みたいです」




「は?」


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