第24話 (休題)とある番組内からの抜粋 Ⅱ
毎週月曜日の夜九時から放映されている一時間番組、いわゆる討論バラエティー番組内での一コマ。
この番組は、私は正直そんなに評価しない…といっても、まぁどうしたって先日亡くなった”師匠”と比べてしまうので仕方ないが、世間一般的にはお笑い界での大御所と持ち上げられている還暦過ぎたお笑い芸人と、やたら口の回る歳のいった女性、この二人がメイン司会者で番組は進行される。
テーマによってそれぞれ出演者も変わるのだが、この日はこの度話題になっている『FTA』がテーマだったので、経済界関係者なり、学者先生なり、そして極め付けは、それを主導する内閣の一人、経産大臣までが出席していた。
…いや、私からしたらこんな経産大臣なんぞどうでも良い。私にとっての極め付けはやはり…
女「…です。その隣に座られているのは、今月にこちらの本、『亡国のFTA』をお書きになって、発売してから一気に話題をさらった訳ですが、その著者で国立大学准教授でいらっしゃいます、政治思想がご専門の中山武史さんです」
武史「(ただお辞儀する)」
女「はい。で、最後にですねぇ…ようやくと言いましょうか、ここ一ヶ月以上ずっと世間を賑わせていた…なんと言いますか、発売は今年一月の中旬辺りでしたが、それから今までどこの本屋でも平積みされているのを見ない日は無いって程のベストセラーを書かれたにも関わらず、ご本人が一切表に出てこないものだから、そのミステリアス加減に益々話題が加速された感があるわけですが…当番組にてようやく顔出しをしてくれました。初のメディア出演です。ご紹介しましょう、『自由貿易の罠 黒い協定』をお書きになった、…望月義一さんです」
とここで画面がパッと義一一人にフォーカスが行った。画面一杯に現れた義一は、一度辿々しく周囲を見渡してから、ハニかんだ笑みを零しつつペコっと一礼をした。
…本当だ、本当に義一さんがテレビに出ている。
そこにいる義一は、私が今までの付き合いの中で見たことのない様な、ビシッとしたスーツに身を包み、髪も相変わらず長かったが、普段よりもピチッと纏められている印象があった。
女「いやぁ…初めましてですね」
芸人「当たり前だろ?(笑)」
女「そりゃそうですけど…(笑)。いやぁ、ご本はもちろん読ませて頂きましたが、まさかこんな、まるでモデルの様な綺麗な見た目の方が書かれたなんて、意外ですもの」
芸人「初っ端からそんなので浮かれすぎだろ(笑)」
一同「あははは」
と、まだ序盤だからか、まるで意味のない話から始まったが、こういった笑い合う空気の中、カメラは何度も義一の表情を抜いて映していた。義一特有の苦笑いからは、居た堪れなくて離席したくて仕方ないといった心境が、ヒシヒシと感じ取れた。何となくだが、この時の心中は、よく分かるような気がしつつも、どこか意地悪な気持ちも湧いてきていて、私は一人クスッと笑いながら眺めていた。
そんな空気の中、突如としてBGMが流れて、一気に話の本題へと進行していった。
番組はまず、私も義一の本を読んで初めて知ったのだが、今話題のFTA は、まだ交渉に参加するかどうかで国内が紛糾しているという現状で、それで交渉参加すべきかどうかの話になった。
元々義一の本を読み、その後で何度か宝箱で議論を重ねたり、質問に答えてもらったり、そして、この放映日までに何とか武史の本も読破し終えたので、それなりに何とかすんなりと主張が頭に入っていっていた。何が言いたいのかというと、結論としては義一も武史も一緒で、”交渉参加自体を行なってはダメだ”といったものだった。それについては、私自身も何も知らないなりに、それまでのやり取りなどの中で、それは当然のように思えた。
ついでに、ここで少し細かい事に触れると、この番組は一応表面上は”賛成派”と”反対派”を公正中立に呼んだ体をしていたが、義一と武史を除く、経産大臣は言うに及ばず、それ以外の出演者はみんな賛成派で占められていた。
色んな今回のFTAについてのVTRが流された後で、映像はスタジオに戻り、メイン司会者の二人に戻った。
芸人「そういえば、いつだったか…以前ここに来た経済学者の一人が、『これは合コンみたいなもので、好みじゃない子しかいなかったら、無理してその中から一人を選ばずに、外に出ちゃえばいい』みたいな事を言ってたんだけれど…」
賛成派「そうだと思います」
武史「いやぁー…違うと思いますね」
芸人「というと?」
武史「それは、んー…ここにいる望月さんが本の中で書かれている事だから、本人に言ってもらうのが一番良いんでしょうけれど…これは合コンなんかじゃないですよ。ね?」
義一「…ふふ、そうですね」
女「あ、では望月さん、是非お願いします」
義一「そうですねー…これは少なくとも、合コンなどではなく”婚約”と、僕はまぁ本では書いたんですけど」
女「婚約…ですか?」
義一「えぇ…。んー…これはまぁ、そもそもこの例え自体がクダラナイんですけど、この『合コン話』は、この協定が急に持ち上がった頃から言われてたんで、それに一応レベルを合わせる意味も込めて、反論として婚約と例えたんですがね」
…ふふ、義一さんらしいな。
芸人「婚約…って、まだ今だによく意味が分かってないんだけど、それってどういう意味ですか?」
義一「あ、あぁ、すみません…僕の悪い癖で、どうしても話が脱線してしまうんですよ。コホン、婚約というのはですね…まぁ、そのまんまの意味ですよ。そもそも考えてみてください?『さぁ、これから貿易交渉をするぞ』って周りが息巻いてる時に、ぬけぬけと後から来たくせに『あ、僕はちょっと今顔を出しておくけれど、別に本気じゃないから。嫌だったら出て行くからねー』だなんていう奴がいたら、どう思います?」
芸人「あはは、張り倒したくなりますな」
女「ほんと、ほんと」
義一「まぁ合コンって喩えている人は、こんな考えのもとで言ってるんですよ。そうでしょ?でも婚約…って、今思えば、コレよりも、昔ながらの古風な”お見合い”の方が例えとしては近いかも知れません。両家お互いが中々に歴史のある家柄だとして、当人たちが顔を突き合わせてお見合いに臨む…。ここには、先ほどのようなフザケタ空気は生じ得ませんよね?国家間の交渉だって…まぁこんなお見合い話と一緒にするのもどうかと思いますが、同じです。それほどの緊張感を持ってやり取りを交わし、本人たちの問題だけではなく、両家の都合も当人たちは考えなくてはいけない、そんな難しい交渉を重ねた挙句に、先ほどの軟派な男みたいに『やっぱ気にくわないから止めるわ。じゃーねー」みたいな事を言って、実際に仮に出ていったと考えてみてください?残った両家の面々は、この男のことをどう思いますか?」
司会者「あはは」
とここで何故か司会の二人のアップになり、笑っている映像が流れたが、賛成派の面々の姿は映さなかった。まぁ、特には気にならなかったけど。
義一「同じ事をしたなら、その瞬間どの国からも軽蔑されますよ」
武史「あはは。まぁその通りでしょう。まぁ尤も…もっと昔から馬鹿にはされてるでしょうけれどね」
賛成派「な!?」
と急にここにきて賛成派の並ぶ陣営が映されたが、「あはは」と豪快に笑う例の武史の笑い声が画面外から聞こえてきて、その直後にはまた武史が画面に映った。微妙に義一も見切れて入っていたが、武史をチラッと見つつ、手で軽く上品に隠してはいたが、口元は”思いっきり”緩めていた。
武史「時間があるか分かりませんが、今のぎい…あ、失礼、望月さんの話をより具体的に証明する事例を挙げますとね、そもそもアメリカの今回の交渉担当官がズバッと言ってのけてますよ。『そんな途中で抜けてもいいだなんて考えで交渉に来られても困る。これだけ今回のFTAは、何カ国か巻き込んでする大事業なのだから。交渉には勿論我が国も含めて、本来ならあまりテーブルに出したく無いような手札も出さざるを得ない…そんな調子だというのに、それを我々の手札だけをチラッと見て、それで後はさよならと言われては…”困る”』と言ってましたよ」
武史は手元に持ってきていた自身の資料を読み上げつつ、最後の部分だけ意味深に溜めてから言い終えた。
ここでまた何だかドキッとさせるようなBGMが鳴ったかと思うと、前回との脈略がない感じで次に議題に移っていった。
賛成派の経済界関係者で、紹介では何でも今の内閣のブレーンの一人だとの触れ込みだった。
ブレーン「望月さんと中山さん両名のご本を読ませて頂きまして、それなりに面白く、その反論もよく分からないでも無いのですが…まずそもそも現時点で今回のアメリカ主導の地域間FTAが出てくるまで、それまでは別に中国が自分でFTAを既に作ろうとしていた訳です。今我々に突きつけられているのは、アメリカ主導のFTAに参加するか、中国主導のFTAに参加するか、これを選ばなくてはいけない…」
武史「…」
…は?
義一「…プッ」
画面には映っていなかったが、明らかに義一と思われる吹き出し笑いが聞こえていた。が、私は武史と同じで無表情…いや、もしかしたらかなり怖い表情でいたかも知れない。
ブレーン「これはお二人も、私たちと同じ考えのはずですよ?中国のか、アメリカのか…このどちらかを選べと言われたら、それはー…今回のアメリカ主導のものでしょ?」
はぁー?
と私は先ほどから、この男性…いや、この男が軽薄な笑みを浮かべつつ、ツラツラと述べる言葉を聞くたびに、その中身の無さとその態度の相乗効果か、思わずテレビ前で声を漏らすほどに、イライラが募りに募っていっていた。
が、画面に映し出されていた賛成派の者たちは、大臣も含めて時折賛意を示すような頷きを見せていた。
とその時、
「プッ」
という吹き出し音が”また”聞こえてきた。
この時ばかりは、勿論これは収録したものだからそう編集したのだろうが、パッと画面が切り替わったそこには、テーブルに両肘をつき、手を組んでそれを口元に軽く当てるという、義一独特の考えるポーズの一つをしていたが、目を凝らさねば分かり辛いが、若干緩んだ口元が見えていた。
そんな様子を見た、先程まで少し怒りが見える無表情でいた武史は、やれやれと言いたげな呆れ笑いを浮かべつつ義一を眺めていた。
とここで一瞬パッとまた賛成側が映し出されていたが、こちらはさっきと打って変わって、見るからに不機嫌そうな様子を見せていた。
ブレーン「…何ですか?さっきから…」
義一「あ、いや、すみません。悪気はないんですけれどー…ふふ、いや、何せ今の政府のブレーンだと言われる方が、ここまで堂々と、『我が国にはそもそも主権がなく、せめて今の二つの超大国のどっちにつくかしか、生き残れるのは不可能なんです』と言われるもんですから…」
ブレーン「そ、そんなことは一言も言ってないでしょ!?」
義一「まぁまぁ、そんなに興奮なさらないでください。私はある意味で感心してるんですから。そのー…仮にも政権中枢と繋がりがあるお人の口から、そんな事を仰るだなんて…ある意味、勇気があるなぁー…と」
ブレーン「なっ…」
…クスッ。あははは。
武史「あははは。まぁそうですねぇー…まぁ今望月さんが”正直”な事を仰ったので、それを私が”上塗り”しますとね…」
とここで武史は、先ほどまで義一の話す言葉に一々この中で一人爆笑していたのだが、スンっと無表情に戻すと、今度は若干緊張感を滲ませた口調で続けた。
武史「そもそもですよ?確かに今望月さんが何の衒いもなく正直に言われた通り、この国というのは戦後に入ってから、アメリカやその他の大国…以前はソ連だった訳ですけれど、海外の目ばかり気にして、一切の主体性を放棄し続けてきた国です。…確かにそんな情けない国なんですが、それを…仮にも政権のブレーンとして働いていらっしゃる方が、自らの口からそんな事を言うというのは…もし他の国だったら、その時点で袋叩きに遭いますよ?『何なんだお前らは?この国の行く先を、国益の観点から考えて行く先を決める、そんなエリートじゃないのか?』とね」
うんうん
それからは、このブレーン(?)から始まり、賛成派が二人に野次る様子が一瞬映し出されていたが、ここでまたVTRへと画面は切り替わっていった。
が、その直前、一瞬義一と武史の表情が映っていたのだが、二人共、向かい側の面々とは対照的に愉快げな笑みを浮かべていたのが印象的だった。私も揃って笑みを浮かべてしまうほどに。
番組は中盤から終盤に差し掛かり、議題は”食の安全、それと他の交渉材料について”に移っていった。
女「貿易が自由になって、まぁ価格が安くなるのは主婦としても助かるなぁって思うんですが、それでもやはり安かろう悪かろうっていうんで、食品の安全は保たれるのかなぁって思ったりもするんですけど…守れ…るんですか?」
これに答える男性は、肩書きが某日本最高学府と称されている大学の経済学部教授というものだった。
「それは守れるしー…守らなくてはいけないものですよ。恐らく今回のFTAも、WTO(World Trade Organization)つまり『世界貿易機関』ですね、そこの取り決めに従ってする事になると思います。でそこでは食の安全に関しては、科学的根拠に基づくというのが大原則です。これはハッキリとどの国も従うはずなので、そこは心配が要らないと…」
武史「んー…?」
教授「…?お、思います」
女「あら?中山さんが唸っていらっしゃいますけれど…?」
義一「ふふ」
と義一はそんな武史の様子を見て、一人また和かに笑みを浮かべるのだった。ちなみに私も画面内の義一に釣られて笑みを零していた。
武史「いやだってー…あまりにも無責任…いや、もし覚えておいでだとしたら無責任、確信犯、でー…もしど忘れしておいでだとしたら、それはもう…”色々と”不自由な方なのかなって同情しますけれど」
義一「ぷっ」
…ふふ、いつも雑誌内で言っている『”頭”の不自由な方』って言おうとして止めたわね。
教授「…ゴホン、それは一体…ど、どういう意味ですかな?」
武史「え?あ、いや、簡単な話ですよ。私の口から説明させるんですかー?最高学府の教授ともあろう方が、京都とはいえ同じ国立大学に職を持つとはいえ、単なる准教授の私に…?まぁいいですよ、後輩としてでは恐れながらも説明させていただきます」
ふふ。
武史「そもそもですねぇー…いや、先生が惚けていらっしゃる前提で話しますけれど、確かにWTOでは今仰ったような取り決めは”一応”していますよ?していますけれど…お忘れではないですか?数年前になりますが、アメリカから輸入された牛肉が汚染されていた事を」
義一「んー」
うんうん
武史「あれだってWTOの取り決めの中での貿易の中で起きた事象ですよね?…あ、まだ待ってください。私は何もWTOを批判したいんじゃないんですよ。いやむしろ、今回のFTAだって、このWTOの枠組みでなら良いと思ってるんです。何せ…」
とここで武史は一度隣の義一に視線を配り、それに応えるように義一が微笑みつつ頷くと、武史はまたその教授の方に向き直って、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ続けた。
武史「二〇〇一年十一月に、カタールのドーハで行われた、いわゆる”ドーハ・ラウンド”が開催された訳ですが、九年にも及ぶ交渉にも関わらず、先進国と、当時急速に台頭してきたブラジル、ロシア、インド、中国の四カ国からなる、通称BRICsと呼ばれる新興諸国との対立によって、中断と再開を繰り返した挙句に、ジュネーブで行われた第四回WTO閣僚会議で『交渉を継続していくことを確認するものの、近い将来の妥結を断念する』との議長総括が出されて、事実上停止状態になった訳ですよね?…何が言いたいかというと、今回のFTAもそうなれば良いなっていう希望はあるのですが、それはともかく、発言が長くて恐縮ですけど…そもそもそんな法律文書に何が書かれていたって、それを守らない限りは何の意味もない、ただの紙切れに過ぎない訳です」
教授「ちょ、ちょっと待ってください。どの国だってキチンと国際法を守るというのが大原則なんですよ?それをそんな軽率に扱って…」
義一「ふふ」
教授「…何が”また”おかしいんですか?」
義一「あ、すみません…ついつい議論が面白くて笑ってしまいました」
…ふふ、嘘ばっかり
義一「いやぁ…たけ…あ、違う、中山さん、ちょっと横から失礼しても良いですか?」
武史「あはは、どうぞどうぞ」
義一「すみません。…いやぁ、先生、先生が法を遵守してるというのは痛いほどに伝わってくるのですけれど、今この場では深いことは話せないのが歯痒いですが…先生、そもそも法律というのは、それを犯したものに対して罰する、いわば権力が無ければ成り立たないのは分かりますね? …まぁ、答えて下さらないのなら良いです。誰でもわかることですからね?…ふふ。では先生…国際法、この場合はWTOの取り決めですけど、これを犯すと誰がその国に対して罰を、ペナルティを与えるんですか?…これは答えられないでしょう?それは僕もです。なぜなら…そもそも世界を纏める統治機構が無い限り、それを罰する機構も存在し得ないからです」
うんうん
「これを聞いてる方の中には、『それは国連じゃないか?』だとか、中には『それは世界の警察であるアメリカじゃないか?』のような意見まで出てきそうですが、それのどれも違う…少なくとも先生、あなたはこの意見は分かってくれてますよね?何せ…ご自分でこの話を振ったのですから」
教授「…」
義一「そもそも今の時代、多様性がどうのこうの云々カンヌンと言われている中で、そんな”世界統一機構”、言うなれば”世界政府”…こんなものは少なくとも現時点ではどう考えても無理だし、そもそも出来てはいけないものですよね?出来たらそれこそ”多様性”が失われるのですから。…話が大きく逸れてしまって、今僕が話したのがどれほどオンエアで使われるのかは知りませんが、僕の発言はこのあたりで終えようと思います」
ここからは終盤戦。議題はそのまま延長戦といった趣だったが、ここからは今まで黙って議論を静観していた経産大臣が、満を辞してといった感じで加わった。
大臣「そもそも我々日本政府とアメリカ政府との間で共有しているのはですね?国際基準を重要視しましょうって事なんです。で、ですね、先程来の議論ですけれど、WTOには”SPS”という、衛生植物検疫措置の適用に関する協定がありまして、これがいわゆる食の安全に関わる重大なものの一つなんですが、アメリカは『それについて外せなどとは言いません』と言ってるんです」
…は?
司会者「ふーん」
と大臣のこの発言を聞いて、賛成派含む皆して頷いたり感心して見せたりしていたが、ただ二人、そう、もちろん義一と武史はそれには当然加わらなかった。
順々に出演者の顔が映し出されていっていたが、最後の方で義一と武史が出されたが、二人して怒りを通り越したような、そんな類の苦笑いを浮かべていた。義一に至っては、頭をカリカリと掻いている程だった。それはそうだろう。
…この大臣、今回の協定に関する、総理を除いての最高責任者のはずだけど…一体今まで、何の議論をしていたのかキチンと聞いてたのかしら…?いや、そもそも、義一さんと武史さんの話を、キチンと真剣に真面目に聞いてたのかな…?
大臣「今世界では、日本の食品の安全性が認知されてきていますよね?例えば中国産の粉ミルク…これを含めて、もう中国人自身が自国のものをなるべく買わないようにしてますよ。安全かどうか分からないですからね?ですから、今中国だとかでも、日本の物産品の人気は高まっているんです。とても国際競争力があるものだと思いますよ?日本の農産品は」
その他の一同「あー」
義一・武史「はぁ…」
私「はぁ…この大臣、何で急に中国の話をし出しているんだろ…?今回のFTAは、さっきブレーンかなんか知らないけれど、そもそもいち早く中国が動き出していたFTAに対抗する意味もあるって言ったばかりだよね…?それを今中国では日本製品が人気みたいな、まるで関係ないことを言い出して、ついには日本の農産品には国際競争力があるだなんて…。はぁ…大臣という重要なポジションについているというのに、まるで食に関しての国防意識が一切無いんだな…。義一さん、それに武史さんも本に書いてるけれど、それでもし仮に日本の農産品が負けて無くなってしまったら、一体どうするつもりなんだろう?」
と、知らず知らずのうちに、ボソボソとテレビ画面に向かって独り言ちてしまっていた。普段だったらすぐに気づいた後で、一人赤面…とまではいかないまでも、自嘲気味に苦笑するところだったが、この時ばかりは番組に殊の外集中していたせいか、そんな暇なく没頭していた。
女「まぁしかしー…そんな話し合うだけで、そんな共通のルールなんて物が容易に出来るもんですかねー?それぞれの思惑が当然あって議論を戦わすわけでしょ?」
…お、結構良いこと言ってるなぁ
教授「それはですねぇ、日本政府の肩を持つわけじゃ無いですけれども…大丈夫だと思いますよ?」
義一「…クス」
女「…大丈夫なんですかー?」
と女がふと、視線だけチラッと義一に向けつつ言ったのが印象的だった。
教授「こういう交渉ごとというのは、WTOでもやってきてますし」
だからさー…そもそもWTOというのは、義一さんたちの本で知ったけれど、今現在百六十四カ国もの国々が加盟してる…そんな多国間での交渉だったら、いくら弱ったとはいえ世界一の力を保持しているアメリカにも、早々簡単に好き勝手は出来なかった訳だけれど…自分たちも認めたように、今回のはアメリカが主導の、あくまで地域間のFTAじゃないの…?はぁ…頭が痛くなってきた…。
番組が終わる残り五分前になった。ここで個人的見解から軽く総括すると、最初の方は義一と武史が沢山話していた印象だったが、結局後半部分はずっと賛成派が話している様な感じだった。義一たちはずっと、賛成派の、何も分からない私が聞いても、その議論の筋道がデタラメ過ぎるのが分かる程の、賛成する中身スカスカな論拠を恥じなく述べ立てられたのに対して、終始苦笑いを浮かべている映像のみだった。
最後に言葉を求められて、大臣はまた勿体振るようにゆったりとした調子で口を開いた。
大臣「まず日本の現状を見てもらうのが重要だと思うんですよね。日本というのは少子高齢化社会に大分前から突入していてですね…このまま無策でいると五十年後には、日本の全人口が一億人を割るという試算が出ています」
…で?
大臣「それによって生産年齢人口も、消費人口も減っていきます。老人が増えていくわけです」
…は?もう色々とツッコミどころ満載だけれど、仮に生産人口が云々を良しとしても、何で消費人口まで減るの?老人が増えるんでしょ?だったら消費人口は減らないじゃないの…。老人は一切消費しないとでも思ってるのかな?この大臣は…
大臣「当然老人が増えれば社会保障費も増えてくるわけで、このままだと税収が先細りになるだけではなく、支出ばかりがどんどん増えて聞く事になるわけです。…で、ですね?ふと周辺の国々を見渡すと、人口爆発していて、それで経済成長もしている国々がたくさんあるわけです。だったら、その国々と行き来を自由にしてですよ?そこの成長を取り込んでいく事を普通に考えていかなくてはいけないんじゃないでしょうか」
はぁー…
と私がリアルに頭を両手で抱えてしまったので、本当の最後までは見えなかったが、耳には司会者二人が番組を締める旨を伝えるのが入ってきていた。
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