第19話 二十四日

十二月に入り、期末テストも無事に切り抜けた次の日からは、学園恒例の謎の”試験休み期間”だ。終業式までの一週間ある休みの内のある日、私たち五人はいつもの様に御苑近くの喫茶店で落ち合った。ついでに挨拶しようと思っていたのだが、この日は残念ながら、学園OBである大学生でバイトの里美さんはいなかった。

私たちは各々好きな飲み物を頼んで、いつもの定位置と化した窓際のテーブル席に座った。

…いつものとは言ったが、普段ではたまに座れないこともあった。まぁ当然のことだ。だが、今日みたいに平日の二時という、何とも微妙な時間帯に落ち合ったので、ただでさえ普段から程よく空いているのに、とても空いていて、こうして楽々と陣取れたのだった。

因みにというか、どうでもいいことを言えば、以前話した様に、この後は原宿まで移動をして、クレープでも買いながらブラブラとする予定だったので、スイーツは抜きだった。

私たちは絵里由来…いや、この間分かった新事実で言えば、絵里と有希が所属していた演劇部由来の乾杯をして、皆がそれぞれ一口づつ飲むのだった。相変わらず私と律は、今日は寒かったのでホットコーヒーの砂糖少々、裕美はホットレモンティ、紫と藤花は同じホットココアだった。

「…さてと」

と不意に紫が皆の顔を見渡すと、このグループのまとめ役らしく口火を切った。

「今年もこの時期が来ましたねぇ」

「おぉー」

と、裕美と藤花が声を上げた。それに続いて「うん」と律がボソッと、しかし微笑みつつ続いた。

私もそのまま続いても良かったのだが、何だかそれは味気ないと、「…え?」と惚けることにした。

「なんか…あったっけ?」

と言うと、すぐに紫がジト目をこちらに向けてきつつ言った。

「もーう、十二月のこの時期だよぉー?これだから世間知らずの姫は…」

「姫じゃないってばぁ…まぁ世間知らずに関しては強く反発出来ないのが辛いところだけれど」

と私が渋々返すと、途端に他の四人が笑顔を浮かべた。

「ちょっとー?笑うところじゃないんだけれど?」

と私はすかさず不満を述べたが、それでもどうしても笑みを抑えられなかった。

とここでふと何かを思いついた風を見せつつ、真顔でなるべく自然を装いつつ言った。

「えぇー?十二月でしょー…あ、分かった!大掃除の季節だ」

「主婦か!」

と紫が何とも言えない良い間を置いてから、キレのあるツッコミを入れてきた…いや、くれたので、ここでまた今度は五人一斉に笑い合うのだった。

とまぁ、私が始めたどうでも良い掛け合いが済むと、紫が改めてといった調子で口火を切った。

「さてと、世間知らずなお姫様は置いといて…ふふ、今年のクリスマスはどうしよっか?」

「あぁ、クリスマスか」

「琴音ー、もうそれは良いから」

と藤花にニヤケつつ突っ込まれた。

「藤花はまた今年も教会でミサ?」

と裕美が聞くと、藤花は「うん、まぁねー」と返した。

「まぁ毎年の事だからね。で、去年と同じ様に、今年もまた二十五日に独唱する事になってるけれど…」

「ってことはー…」

とそれを逃すまいと紫が悪戯っぽく笑いながら言った。

「一つの予定はこれで決まったわね」

「ちょ、ちょっとー」とすかさず苦笑交じりにだが藤花が口を挟んだが、その後で私たちの顔を眺めると、

「…もーう、分かったよ。…良いよ、是非来て」

とため息交じりに言った。どうやら私たちの顔が、絶対に断らせないぞという表情でいたらしい…とは藤花の弁だ。

「まったく…クリスチャンでもないでしょうに」

とボソッと独り言ちる藤花を他所に、私たちは一度喜びを示しあった後、話をどんどん進んでいった。

「去年みたいにさ、また私ん家に来る?」

紫が言った。

「え?いいの?またで悪いけど…」

と返す裕美。

「別に構わないよ。みんなで各々パジャマ着てさ?めっちゃ面白かったじゃない?…律の、色っぽい寝間着姿、また見たいし」

「ちょっとー…」

と返す律の顔には、苦笑が浮かんでいた。と同時に照れ臭げだ。

「あははは」

「まぁ…面白かったよねー。それぞれみんな、個性が出てた寝巻きだったし」

とここで藤花が悪戯っ子の様な、トレードマークの無邪気な笑みを浮かべつつ言った。

「紫はだって…普段は今みたいにお洒落に気を使うくせに、部屋の中では…ふふ、上下揃わないジャージ姿なんだもん」

「何よー?」

と紫は一度自分の格好を眺めてから、ジト目を向けつつ返した。口元は緩んでいる。

「それって、どういう意味ー?何か不満でも?」

「あははは!不満なんかないよ?ただ…」

とここで一度区切ると、藤花は自分の胸の辺りに両手を持っていき、膨らみを歩くなぞる様な動作を何度かして見せつつ続けた。

「紫のお胸がさぁ…あのジャージだと窮屈そうに見えたりして、…でもある意味大きさが強調されてたから、紫、あなた…律のこと言えないよ?」

「ちょっ!」

藤花の言葉を聞いた紫は、顔を赤らめつつ、自分の胸元を慌てて隠した。紫の普段のキャラからは、こう言っては何だが想像つかないが、結構この手の話題には奥手だった。そのギャップが、私個人の見解を言わせて貰うと、そんなウブなところが可愛らしい。

「やめてよー」

「あははは」

「もーう…そういうあなたは」

と紫は何とか反撃をしようとしてるが如く息巻きつつ、若干ニヤケ面を晒しながら、指を藤花に向けつつ言った。

「ある意味イメージ通りだったわ。…ふふ、ヌイグルミみたいな格好をして」

「え?いいじゃないのー?」

と藤花はほっぺを大きく膨らませつつ、ブー垂れながら言った。

「あれって、モフモフしてて、すっごく暖かいんだから」

「あはは!別に悪いだなんて言ってないでしょ?イメージ通りって言ってんだから」

「…なーんか、裏がありそうなんだよなぁ」

「ないない!」

…とまぁ、こんな具合で、思わず途中から、ちょうど去年の紫の家でのお泊まり会、その思い出話で盛り上がった。

この後もついでにというか、私と裕美の話にもなったが、まぁ特段取り上げるまでも無い。…今までの流れと似た様なものだったからだ。裕美のショートパンツ姿が”エロっぽい”と紫と藤花が騒ぎ立て、自分が”色っぽい”と言われたのを気にしていたのか、同じ類に茶化され始めた同士を見つけた喜び故か、律も声の表情はあいも変わらず少なかったが、それでも珍しくノリに乗っかっていた。律まで参戦するのは想定外だった様で、この手の流れでは珍しい、裕美の苦笑いを見れた。私はまぁ…一言で言えば、無理矢理にお姫様に終始例えられていた。…体のラインが出る長袖Tシャツと、伸縮性のあるレギンス姿だったのいうのに。


会話は逸れまくっていたが、それでもそれなりに盛り上がっていたその時、ふと紫が口火を切った。

「はぁーあ、まぁさ、今までみんなで話した様に、別に去年と同じ様に過ごしても、それはそれで良いと思うんだけれどさぁ?そのー…なんか後一つ、一つだけでも良いから新しい催しを加えてみたくない?」

「お、いいねぇー…で?」

と裕美が私を挟んで向こうに座る紫にニヤケ面を向けつつ言った。

「具体的には?何するの?」

「もーう…」

と紫は心からうんざりした風で、指先を裕美に向けつつ言った。

「だからー…それを今から考えんでしょうに」

「あはは」

とここでまた皆して笑い合った後、それぞれ五人で提案を出していった。

「ってかさ」

と裕美。

「これって、そもそも…クリスマス当日は無理だよね?」

「え?」

と、藤花は何か意外な提案をされたかの様な態度で返した。

裕美は藤花に顔を向けると、何か思い出しながらいう風に言った。

「だってさ、二十五日はアンタの歌を聴きに行って…そんでその後に紫の家に行くじゃない?…時間無いっしょ?」

「あ、そっか…」

と藤花はふと、隣に座る律の方をチラッと見つつ、少しバツが悪そうな反応を示したので、すかさず裕美は突っ込んだ。

「…あれ?何か…マズかった?」

「だって…うん」

と藤花は見るからにテンションを落としつつ言った。

「私さぁ…イブの日は夜通しで、教会にいるもの…ね?」

「うん…」

と律も瞬時に同調した。

「あ、律も?」

と紫。

「律もイブの日って…教会に行ってたんだ?」

「…ん?あれ…言って…無かったっけ?」

と律は、そう聞かれたのがさも意外だと言いたげに返した。

「うん…まぁ、藤花の家庭と違って、そもそも私の家は信者じゃないけれど、でも昔からの付き合いだから…というか、もう私と藤花の家族での恒例行事と化してるからさ、…うん、もしイブにするって言うなら、私と藤花は…無理かな?残念だけれど」

「ごめんね、みんな…?」

藤花と律が二人して急にすまなさげな態度をしだしたので、私を含む他の三人は慌ててフォローを入れた。

「それなら仕方ないなぁ…」

と紫。

「そんじゃ、まぁ、去年と同じ様にクリスマス当日に遊ぼう!」

「そうねー」

「えぇ」

紫の提案に、裕美と私が同調すると、途端に藤花が慌てて、苦笑いを浮かべつつ返した。

「いやいやいや、私と律はこの際置いといてさ、他のみんなはイブも楽しんできてよ?」

「そうそう」

と律も何度も頷きつつ言った。

「えぇー、でもなぁー」

と紫が腕を組みつつ首を傾げて悩むポーズをして見せると、藤花は今度はニターッと意地悪げに笑って言った。

「あはは、紫ぃー?何だかその態度、あなたらしくないよー?」

「え?…ちょっとー、それってどういう意味ー?」

聞いた直後にはすぐには返せなかった紫だったが、普段通りの軽口だと察したのか、同じ様な笑みを浮かべつつジト目気味に言った。

「私らしくないって…この中で私ほど、みんなの”和”の事を考えているのはいないと思うんだけれど」

「…ちょっと紫ー?」

とここですかさずツッコミを入れるのは裕美。顔中に悪戯っ子の様子が浮かんでいた。

「今のはアンタにらしからぬ”恥ずい”セリフだわぁー…どっかのお姫様みたいに」

と最後に私に視線を向けてきたので、「ちょっとー?」と私も身に降りかかった火の粉を叩くために、瞬時に応戦した。

「今の今まで私は関係なかったじゃないの…勝手に巻き込まないでよー」

「あはは、それを言うなら、キャラに似合わないセリフを吐いた紫に文句を言って?」

と裕美は変わらずににやけていた。仕方ないと、私は顔を一八〇度変えて紫に向かって、今度は私もニヤケつつ言った。

「…紫ぃー、ほら、あなたがこうしてこの場をしっちゃかめっちゃかしたんだから、早く治めてよ?」

「何よー琴音までー…何で私のせいになってるのかな…」

と紫は不満タラタラだったが、それでも顔には笑顔が覗いていた。まぁこんな事を言っては何だが、これも私たちの間ではよくあるノリだったので、今回も紫はコホンと一度咳払いをすると、

「はいはい、私が悪うござんしたねぇー?…すんません」

と、いわれもないのに座ったまま頭を下げた。

その後ほんの一瞬間が空いたが、その直後にはまた一斉に笑い合うのだった。

笑い合っている間、ふと紫が笑顔のままボソッと呟いた。

「…あれ?何の話をしてたんだっけ?」


「しっかりしてよ司会者ー?」

と裕美が声をかけると、紫は「誰が司会者じゃ」と苦笑いで返していた。

と、その時、いつまでもこうしていても拉致が開かないと、「でもさぁ」とここでボソッと私から口火を切った。

「藤花と律の前だと、イブの予定を話すのは気がひけるなぁ」

「…ぷ」

とここで何故か裕美が吹き出した。

「何よ、裕美?」

と私が怪訝な顔つきで返すと、裕美は悪びれる様子もなく言った。

「あはは、ごめんごめん。いやね?今のアンタの言い方だと、まるで自分が彼氏かなんかがいてさ、その予定を友達の前で話そうとしてしまうのを、直前で躊躇ってる…そんな女の子風に聞こえたもんだからさ」

「…何よ、その…長くも分かり辛い例えは?」

と私が苦笑いで返すと、「確かにー」といった調子で他の三人も裕美に同調した。またここで話が大きく脱線していく気配を感じた私は、事前に対処しなくてはと思い、無理矢理にその空気に水を差しつつ言った。

「まぁ…律たちが別に不満が無いって言うのなら、今予定を立てても良いけれど」

「良いって、良いって」

と藤花が笑顔で返す。

「次の日のクリスマスにさ、この五人で集まって、少し街をぶらついてる時とか、その後で泊めてもらう紫の家でのおしゃべりネタとしてさ、私たちとしても楽しめそうじゃない?だからぁー…その計画、今ここで立ててよ。まぁ…何も知らない方が、後々で面白いだろうけれど…ね、律?」

「うん」

と律は向かいに座る、”イブに予定が無い女子組”の三人に微笑みをくれつつ言った。

「そう?なら良いけど…じゃあ」

と私は一度、両隣に座る裕美と紫に視線を配ってから笑みを浮かべつつ言った。

「イブに暇な私たちの計画を立てますか?」


「そう言われると、ちょっと虚しいわねぇ」

「あはは」

紫の苦笑混じりの言葉、裕美の明るい笑いと共に、作戦会議がはじま…いや、再開した。

当然と言うか、藤花と律も当然混じってアレコレと話し合っていた。と、しばらくして、「あっ」と紫が声を上げた。

「何?」

と私が声をかけると、紫は漫画なら頭の上に裸電球が浮かんでそうな表情のまま言った。

「そういやさ、今年って、去年と大きく違うことが…一つあるよね?」

「…?大きく…違うこと?」

「なになに、紫、それってナゾナゾか何か?」

と裕美がニヤケつつそう声をかけると、紫はやれやれと呆れ笑いを浮かべつつ返した。

「違う違う。ほら…何だか今年に入って、急に私たちの交友の幅が広がったと思わない?」

「あぁー」

と私は思わず声を漏らしたが、それは他の三人も同様だった。

そんな私たちの反応を見た紫は、さっきまでと違って少し機嫌が良さそうに続けた。

「ね?まぁ敢えて言えばさ、クラス替えから始まって…琴音、あなたのコンクールを応援に行ったその時、学園以外でのあなたの交友ある人たちとも知り合えたし」

「…えぇ、そうね」

と私が同意の意味を込めて自然な笑みで返すと、「まぁ…全体的に”大人”が多かったけれどね?」と紫は一度ニヤケつつ付け加えた後、私の反応を見る前に先を続けた。

「で、文化祭。ついこないだって今でも思うけれど、あれって九月末だったんだよねぇー…?で、そこで、私の地元での友達三人、琴音、裕美も三人ずつ招待してさー…楽しかったよねぇ?」

…さっきから続いている紫の話、ここからは今のところ何故こんな話をしているのか、その意図がまだ掴めずにいたが、でもいつの間にか始まった思い出話…何だかんだで思わないところが無きにしも非ずだったので、私は聞きながら一緒になって思い出にふけっていた。他の三人も何の不満を述べることなく同調しているところを見るに、私と同じ気持ちなのだろう。

「楽しかったねぇ」

と裕美。

「出し物を出したり」

「試合をしたり…」

とこれは言うまでもなく律。

「私もとうとう皆の目の前で歌ったり…」

と続くように藤花はボソッと言った後で、ふと私に顔を向けると、

「…琴音にまんまと乗せられてね」

と途端に意地悪げな笑みを浮かべつつ続けたので、私はそれに対しては「あはは」と乾いた笑いを浮かべるのみだった。

と、それらを聞き終えた紫は、司会者よろしくここでまた話に入った。

「琴音のコンクールで初めて会った、絵里さん…だよね?琴音と裕美の共通の友達、あの人も文化祭に来てくれて、とても気さくに話してくれてさ。二人の話した通りの人で、めっちゃ良い人だっていうのが分かったけれど…後一人」

「後一人?」

紫が変に最後で勿体ぶって見せたので聞き返すと、私、そして裕美にニヤケ視線を向けてから続けた。

「そう。えぇっと…そうそう、ヒロくん…だっけ?なんか…この呼び方は馴れ馴れしくて、今だに何だか気がひけるんだけれど」

「…え?ヒロ?…いや、ていうかさ」

と私は、ヒロが出てきた時点でようやく話が大きく逸れまくっていることに気づき、ここで軌道修正を試みることにした。

「紫、あなた一体何が言いたいの?いや、思い出話それ自体はとても面白いし良いんだけれど…ふふ、話が逸れまくってるじゃない?」

「え?…あ、あぁ。ふふ、確かにそうね?」

と紫自身もすぐに察して、また一度コホンと咳払いをしてから言った。

「うん、結局私が何が言いたかったかっていうとね?そのー…せっかくこれだけの人と一遍に知り合えたのだから、イブの日に…うん、もう一回くらい集まれないかなぁー…って思ってさ?」

「…あぁー、なるほどー」

とようやくここにきて、紫の意図とするところが分かり、途端に納得して声を出した。

「なるほどねぇ、要はクリスマスパーティーをするって事ね?」

と裕美も笑顔で続く。

「うん、まぁ予定が無くて来れる人だけね?無理強いはナシ!」

と紫は明るく何かを宣言するかのように言った。

「あ、いいなぁ」

と藤花が向かい側から羨ましげな声を上げた。

「まだどれくらい来るのか分からないけれど…でも楽しそう」

「うん」

と律も後に続く。

その二人に対して私たちはさも自慢げな笑みで返していたが、ふと私はあることに気づき、左右の二人に顔を振ってから言った。

「あ、でもさ…それってどこでやるの?」

「え?」

と、裕美と紫、それに藤花と律も同様に声を漏らした。

私は一度全員に視線を向けてから続けた。

「だって…もし仮に皆が来たりしたら、それって総勢…十人くらいになりそうじゃない?流石にその人数だと…誰かの家って訳にはいかないでしょ?」

「あ、そっかぁ」

と誰かが漏らすと、それからは「うーん…」と私も含めた全員で唸り声を上げた。

計画自体はとても魅力的なのだが、残念ながらまだ中学二年生という社会的にはまだ弱い立場にいるせいで、なかなか上手いアイデアは出てこなかった。

取り敢えず”場”については置いとくことにして、これが学生にありがちの見切り発車ではあるのだが、誰が暇か、そして来れるのかを各自が聞いておくようにという結論に終わった。


この後はまた少しだけ喋った後で、予定通り原宿に向かうために喫茶店を出たのだが、出るときに、ふとこの結論が出た直後の会話を思い出し、一人クスッと笑ってしまった。それは、こんなやり取りだった。

話が流れ掛けたその時、不意に瞬間的に意地悪な考えが浮かんで、それをそのまま裕美に対して、笑顔もそれに寄せつつ言った。

「じゃあ私は朋子とか、後一応絵里さんにも声を掛けておくけれど…ふふ、裕美はヒロに話を通しといてね?」

「え!?」

と反応した裕美の顔は、しばらく忘れられないだろう。そう言った後で、顔は私に向けたまま、チラチラと他の三人の方に視線を泳がせていた。その三人はというと、急に大きな声を上げたので、そのことに対して裕美を見ていたのだが、裕美の方では心中穏やかでは無かったようだ。

「どうしたの裕美?急に大きな声を出して?」と三人から声をかけられていたのだが、それに対して「な、なんでもないよ」と裕美は苦笑いを浮かべつつ返していた。

アタフタと落ち着きなく対応をし終えた後で、私に向かって抗議の視線を送ってきたので、私は一度ニコッと屈託無く笑って見せてから、無言のまま謝るジェスチャーをするのだった。それを受けた裕美は、やれやれとまた苦笑いを浮かべるのみだった。



…さて、ここで少し話は前後するが、前回の公園でのやり取りの続きを話させて頂きたい。実はまだその後で会話があったのだが、話の都合上、あそこで区切るのがキリ良かったので途中で終わらせてしまったのだ。まぁ…実際わざわざ取り上げるほどでも無いと言えば無いのだが、もしかしたら今後次第で必要になってくるかも知れないので、この場を借りて補足として入れさせて貰うとしよう。

「ところでさ…」

と裕美は少し遠慮がちに声をかけてきた。

「…何よ?」

自分から口を開いたのに中々続きを言わないので、私は少し意地悪く笑いつつ言った。

すると、まだ変わらずに言いづらそうな様子を見せていたが、何か一度覚悟を決めたようなそぶりを見せてから、ふと私の方に力強い視線を向けながら口を開いた。

「あ、あの…さ?そのー…琴音は私のー…事、さ?お、おう…応援ー…とか、…して、くれるの…かな?」

このように、あまりにぶつ切りな形で言うので、直接聞いた私自身もすぐには飲み込めなかったが、フッと力を抜くように笑うと返した。

「…ふふ、まぁ、そっか…好きだと言うんだから、そりゃあ…最終的には付き合いたいって事だよね?」

「う、うん…」

実際はどうだか知らないが、私目線で判断するに、裕美は私の笑顔に押されるようにしながらも答えた。

当然このような、誰かから好きな人がいるんだという話を聞くのは…いや、小学生の頃に、元いた仲良しグループ内では聞いたことがあったが、でもこうしてサシでは初めて、しかもかなりの真剣具合なのは初めてだったのだが、やはりというか持ったが病で、私は不謹慎にもこの状況を心から楽しんでいた。その相手が裕美だからと言うのは付け加えさせて頂く。

私はそれなりに気を使うつもりで、あまり気乗りはしなかったがヒロの事を褒めてやることにした。

「まぁ…ヒロは良い奴だよ、うん。…裕美なら、あんなお猿さんよりもイイ男がいそうにも思うけれど…ふふ、まぁあなた達は似た者同士だし、その分お似合いかもね?」

そう、ヒロは”良い奴”だ。…以前、というか大分前に、義一と”優しいとは何か?”について深く議論をした訳だったが、その中で似た様な言葉の例として”良い人”について触れた事を覚えておいでの方も…おそらくおられる事だろう。そうだ、確かに今ヒロについてのも、その意味合いで称したのだが、当時、そして今もこの”良い人”というのは私にとってはマイナスの言葉ではあるのだが、それは私自身についての事であって、他者であるヒロに対してのコレは、私なりの賛辞である。

ヒロは本人がどう思うかはともかく、私の意見を言えば、一緒にいると何かと”都合が良い”。何せ小学校入学以来の付き合いのお陰で、最近も言ったかも知れないが、何かいちいち言わなくてもツーカーで考えが通じ合うことが良くある。まさに”私にとって都合が良い人”、それがヒロだった。

誤解をさせるような言い方をしたようだが、必要以上に友達を持ち上げても仕方ないし、それが相手を貶めるために使うのではなく、自分なりに冷静に判断した結果だと自信を持って言えるのならば、そう言っても良いだろう…とここまで考えた上での判断だ。

…と、ここでもう一つ、裕美が分かってるのかどうか知らないし、コレは私にとってヒロの存在を話すに当たりかなり大事な部分なので、裕美相手にも言わないが、こんな話も出たというので、折角だから久しぶりに敢えて触れてみたいと思う。

そう、私から見るヒロの最大の長所、それは…どんな時でも誰かを…少なくとも私の事を一度も裏切ったことが無い点だった。私は良くも悪くもハスに構えて、世の中の事を反対から見ようとする習慣が、勿論義一の影響もあってあるのだが、そんな私の目から見ても、一度とて、敢えて上から目線な物言いをすれば、ガッカリさせたり落胆させられる事が一切無かった。…いや勿論、普段の生活の中でお互いにふざけあったりして、軽口を飛ばしあったりしてるから、側から見てると終始呆れてる様には見えるだろう。…ふふ、確かに呆れるのは日常茶飯事なのだが、それでもガッカリしたことは一度たりとて無かった。

具体的に言えば、何にも置いてやはり”義一関連”だろう。

小学五年生のあの夏、何の縁かヒロとまず二人で義一と出会うために土手を散策し、そしてその後、義一の家にお菓子を初めて作りに行ったその途中でも、これまた偶然にヒロに会い、無理やり付いて来るのを仕方なく許したあの日々だ。覚えておられるだろうか、私はあの時に、ヒロに真剣な態度で義一のこと、そして私が義一に会ってることを、私の両親を含んだ誰一人にも他言しないでと懇願したのだった。…何が言いたいのかというと、その私との約束を、ヒロは律義に中学になった今となっても忠実に守ってくれていた。その証拠は至る面で証明できるが、やはり一番最近で言えば、あのコンクールの決勝の場での事だろう。後で絵里に聞いたのだが、あの時お母さんは私に付きっきりだったので、そこまで時間があったわけでは無かったのだが、それでも私の見てないところでふと、絵里とヒロが何で打ち解けた感じで喋ってるのかの話になったらしい。絵里はその瞬間どきっとした様だ。それはそうだろう、何せヒロはあの花火大会、そう、義一もその中にいた花火大会を見るために、絵里のマンションに来ていたのだから。もしヒロがそこに触れたりなんかしたら、そこから漏れに漏れて終いには義一まで辿り着くんじゃないか…?とは絵里の弁だ。その話を聞いた時、私も同じ様にどきっとしたが、現実にはそうならなかった。話を聞くところによると、ヒロは『えぇっと…』と初めは言い渋っていたらしいが、その後には笑顔でこう言ったらしい。『あ、いやね、あれは…そう、去年、去年の夏休みに野球部の練習に向かっていた時に、途中で琴音と裕美に会ってね、それでまだ練習まで時間があったってんで、暇潰しについて行ったんだ。そこは図書館でさ、で絵里さんに出会ったんだよ。…”それだけ”』『へえ…って、”それだけ”?その一度きり?その一度きりで随分と仲良さげなのね?』とお母さんが容赦なく突っ込んできて、これには流石のヒロも少し上手く言葉を紡げなかったらしいが、この間で絵里がヒロの意図を汲み取れたらしく、その裏を合わせる様に代わりに答えた様だ。『あ、いやぁー…こないだ話した様に、私と琴音ちゃんは付き合いが長いんですが、今まで周りに男の子が見えなかったもので、それで初めてヒロ君という初男子を見た時に、思わずテンションが上がってしまってですね?そのー…色々と根掘り葉掘り喋っちゃったんですよ』と。

絵里の物言いに、何故かヒロは照れていたらしいが、まぁそれでその場はお母さんが何も疑問を持たずに治った…との事だった。

まぁここまで長々と具体例としてエピソードを述べてきたが、ここから何が言いたいのかというと、そのー…中々自分にとっては”大きな言葉”であり、”大事な言葉”なので、本人には勿論言わないし、言えないし、言ってあげないし、それを使ってヒロを称するのは、とても”恥ずすぎる”ので、この場を借りてサラッと一言投げてから、慌てて話に戻るとしよう。

…私にとって、ヒロは”良い奴”であり、それに…”優しい奴”だ。

「…てことは」

と裕美はおずおずと顔を窺うようにしながら、しかし声には若干喜びの感情を滲ませつつ言った。

「私のことを…応援してくれるのね?」

「…ふふ、もーう」

と私は悪いと思いつつも、

「当たり前でしょー?今までの話の文脈上」

と、思わず笑みを漏らしながら返した。

すると裕美は一瞬何か色々と思うところがありそうな、そんな意味深な表情を見せたが、だがそれは本当に一瞬で、後々の事を知っている今の私が思い返してやっと分かる程度だった。

この時の私の印象から言えば、裕美は一瞬苦笑を浮かべたかと思うと、すぐに自然な笑みを浮かべて見せると急に抱きついてきてそのまま言った。

「ありがとうね、琴音」

「ちょ、ちょっと裕美…」

と急に抱きしめられたので、驚きのあまり避難混じりの声を出してしまったが、すぐにその背中を摩りつつ返した。

「どういたしまして」

…そんな事があったからか、いや、私自身も何だかそれで満足してしまったのか、この時についつい聞くのを忘れてしまっていた。

それは…裕美がチラッと言っていた、何故私に、自分がヒロの事が好きだというのを話そうと思ったキッカケだという、あるセリフの具体的な意味についてだった。

『勇気のない意気地無しな私でも、とうとうそんな呑気な態度を取っていられなくなってきたのよ』

『…事態が急速に変化していってて、このままではどんどんライバルに出し抜かれて、終いには取られちゃうって結末になるんじゃないかって心配なのよ』




「クリスマスイブー?」

とヒロはストローを口に咥えたまま言った。

「えぇ、そう。あなた、暇?」

と私は、隣に座る裕美に薄眼を流しつつ聞き返した。

それに気づいた裕美は、私に苦笑いを浮かべている。

今日は終業式の三日前。土曜日。私とヒロ、そして裕美の三人で、地元の駅ビル内のファミレスに来ていた。義一と絵里とで来たのが思い出深いあのお店だ。ドリンクバー目的だったが、何か頼んだ方が安上がりだと言うので、ツマミがわりにポテトだとかその様なものを頼んだ。そんな類のジャンクな三品がテーブルに既に置かれていた。

…と、ここで当然不思議に思われるだろう。何故この場に私がいるのかを。それは…正直私自身も聞きたい。当初はこないだ私が頼んだ通り、裕美がヒロに話を通す予定だったのだが、直前になって『お願い、やっぱりアンタも来て』と頼まれたので、まぁ今回は予定日まで間がなく余裕が無かったので、変に渋ってる暇もないと仕方なしに承諾して、ノコノコと出てきた次第だった。

ヒロの方も、この日は学校も部活も無かったというので、こうしてお互いに普段着でいた。私たち二人も今日は予定が無かったが、ヒロの方でも練習は無かったらしい。

とまぁそんな雑談から始めたのだが、いつまでも裕美が切り出さないので、我慢弱い私が思わずそう話を振った…のが最初のところだ。

「ほらヒロ、あなた、今年は私のコンクールの応援に来てくれたじゃない?」

「お、おう…そうだな」

「その繋がりでさ、私たちの友達とも知り合ったでしょ?文化祭にも、あなた来たし」

「おう…で?だから?」

「だからー…」

とここで、『この先はあなたが言う?』的な視線を裕美に送ったが、なんだかキャラに似合わずしおらしく見せていたので、私はため息を吐きつつ続けた。

「皆とも話したんだけど、折角知り合えたんだし、それを記念にって訳じゃないけど、一緒にクリスマスイブだってんで過ごそうよって事なのよ」

「ふーん…」

とヒロは相変わらず無意味にストローを今まで咥えていたが、ここに来てようやく口から外すと、私と裕美の顔を交互に見てから言った。

「他には誰が来んの?」

「え?…」

暇かどうか聞いたのに、誰が来るのかを逆に聞かれたので、若干イラっとしつつも別に今に始まったことでもないかと、ここは素直に答えた。

「えぇっとねぇー…一応今回の趣旨に合わせてというんで、色んな人に声を掛けたんだけれど…」

と私はこの間、あの喫茶店から一週間ばかりの流れを思い返していた。

実はこの話が出た時に、真っ先に思い浮かべたのは師匠だった。我ながらに不思議に思ったのだが、だがすぐに一つの結論に達した。

一口に言えば、少しだけ師匠に対して後ろめたい気持ちがあって、そこから生じたのだろうというものだった。というのも、この間の百合子とマサ、有希の劇を観に行った時、この時は裕美を誘った訳だが、第二候補として師匠が上がっていた。勿論芸能関係だから、それを師匠と分かち合いたくて誘いたかったのだ。もしもう一人招待出来るのだったら間違いなく招待していたのだが、それとは別にもう一つ大きな理由があった。

それは…私が今だに言えずにいる、師匠に話せずにいる事を、いつか話すという約束、その手始めとして、その話せずにいる原因と所縁のある、百合子たちと顔を合わせてみたかったというのがあったのだ。 そこを取っ掛かりとして、将来的には義一と師匠を引き合わせたい…これは師匠関連では今一番大きな目標となっているのだ。だがそれはこうしてオジャンと流れてしまったので、また次の機会に期待するしか今は無い。

と、これと本当に関係しているのか、話していて自分でも不安になってきたが、取り敢えず次のレッスンの日に師匠に話を振ってみた。すると、師匠は途端に苦笑いを浮かべて、「それは…幾ら私でも何でも行きづらいわ」と言われてしまった。「一応私はあなたの師匠な訳だし、それを皆知ってるでしょ?私にその気が無くても、あの子たち、とても良い子達だから…気を使うんじゃないかな?」と言うのに、私も納得をした。でも私は自覚がないままに残念がって見せていたらしく、すかさず師匠が付け加えた。「まぁその日はアレでも、藤花ちゃんの独唱するミサ…これだったら、私もご一緒しても大丈夫…かな?さっきも言ったけれど、一応皆と私は面識ある訳だし。去年は私は一人で聴きに行った訳だけど、今年は…ね?」そう言うので、私は勿論瞬時に承諾した。そして、この件はすぐに他の四人にも確認を取った。本番に歌う藤花自身は、去年も聞きに来ていたという事実を初めて知ったのも含めて恐縮していたが、それでも他の三人と一緒に好意的に了承してくれた。勿論、その後で時間があればブラブラする程度はご一緒するが、その後のお泊まり会には参加しない事を確認して。

次に聞いたのは勿論…と言っていいのか、絵里だ。絵里に関してはすぐに分かった。結論としてはダメだった。何でも普通に図書館は開館しているらしく、またクリスマス企画もあるというので何かと忙しいらしい。

ただとても残念がってくれたので、それだけでヨシとしといた。

次に話を聞いたのは、文化祭に来てくれた朋子たちだ。小学五年生の二学期頭くらいまでよくつるんでいた、仲良しグループの面々だ。一応確認のために触れておくと、文化祭に来てくれたのは、朋子を含むそのうちの二人だった。朋子は私が裕美と知り合う前まで一緒に登下校をしていた仲だった。何故絵里のところで『勿論と言っていいのか』と渋って見せたのか、これで分かると思う。

さて、結論を言ってしまうと、皆彼氏持ちだったり、自分の学校のクラスメイトと過ごす予定が先に入ってたというので、とても残念がってくれつつ返事をくれた。しかし、そんな中で、なんと朋子が、今回急遽来てくれることとなった。朋子自身も、当然その予定が入っていたのにも関わらずだ。私が気を使って見せたが、朋子は意に介さずといった調子で、笑顔でもうひと押ししてくれたのだった。

さて、今までずっと話を聞いてくれた中で、ふと腑に落ちていない方もいるかも知れない。というのは、そう、コンクールの事を彼女らには話さなかったのかという事だ。…うん、その通り、彼女らには全てが終わってからになってしまった。まず初めに簡単なところから言い訳をさせて貰うと、紫たちのお母さんたちに断った様に、人数が多すぎたので、これ以上は増やせなかったというのがあった。だが、それでも、話すことだけは出来たはずだ。そうなのだが、ついには彼女らには話せずに全てが終わってしまった。後になって、文化祭で藤花と一緒に後夜祭に出場することになって、招待する意味も含めて話したのが初めてだった。その瞬間、彼女らは驚きに満ちた反応を示していたが、何というか、私は好意的に解釈をしたのだが、要は彼女らが私に対して大変に心を広く持ってくれていたせいか、何で今まで黙っていたのかという話にはならずに、ただ単純に全国大会での準優勝を頻りに褒め称えてくれたのだった。我ながらずるいと思うのだが、私は彼女らのそんな好意に対して甘えて乗っかり、ただただ感謝を述べたのだった。話を戻そう。


「えぇっと…絵里さんは図書館が忙しくてダメで、あと…あ、そうそう、朋子は来てくれるみたい」

「?…あ、あぁ、こないだ文化祭に来てくれてた、アンタの元同級生ね?」

「そうそう。後は…って、これくらいかな?私は。裕美はどうだった?」

「え?私ー?私はね…」

と裕美は途端に苦い表情を浮かべると、首を大きく横に振りつつ言った。

「…私の方は全滅。ちょーっとばかし、タイミングが遅かったみたいね。文化祭に私が呼んだあの子達とか、他のにも声を掛けたけれど、もう既に予定が入っちゃってたわ…。だからさ?」

とここで裕美はふと自然な笑みを浮かべてヒロに言った。

「このままだと、私と琴音がさ…急とはいえ声を掛けたら、琴音の同級生一人、朋子ちゃんしか呼べないっていう、人徳の無さが露呈しちゃうのよぉ…。ってのもあってさ、ヒロ君、ね?どうかな…?」

「どうかなって言われてもよぉ?」

と言われたヒロは、顔中に苦笑いを浮かべていたが、すぐ直後には意地悪げな笑みを浮かべつつ返した。

「人徳のなさ…それはどうだか知らねぇけれどもよ?どうだって良いじゃねぇか?」

「いやいや、ヒロ君。これで紫が、こないだの文化祭組を全員連れて来るような事になったら、ちょっと…気まずいじゃない?」

「んー…そんなもんかね?っていうかよ」

とヒロは途端にブッキラ棒な調子になりつつ言った。

「そう言われると、何だか”イイぜ”って言いにくいんだよなぁ…」

「…え?」

と、そんなヒロのセリフを聞いた裕美は、見るからにテンションを上げてヒロに聞いた。

「って事は…来てくれるの?」

「…だーかーらー」

ヒロは照れ隠しなのか、ますます不機嫌に見せつつ言った。

「いつ俺が行かないって言ったよ?他に誰が来るのか、聞いただけだろ?…まぁ、せっかくだからな。この三人、まぁ実際はこの三人だけじゃねぇけれど、何だかんだクリスマスを過ごすってのも初めてだろ?別にそのー…良いぜ?」

「ヒロ…」「ヒロ君…」

と、私と裕美がほぼ同時に声を漏らし、その後でお礼を述べようとしたその時、「…ただし!」とヒロがなぜか得意げに目を瞑りつつ言った。

「条件があるぜ?」

「じょ、条件…?」

と、私と裕美が顔を見合わせつつ漏らすと、ヒロは坊主頭を掻きつつ、何だか面倒臭そうに言った。

「あぁ。そのー…よ?まぁ、今回の集まりってのは、お前らの所の文化祭だとかに来たことのある奴ってのが、ある種の条件だろ?」

「えぇ」

と私が返答すると、今度は照れ笑いを交えつつ続けた。

「そのよー…結局それって、その中で男は俺だけだろ?…スッゲェ嫌じゃん。あ、いや…浮きまくるだろ?その中で俺がいたら」

「あー…」

「ふふ」

聞いた瞬間、裕美は納得した風に声を上げていたが、私は思わず笑みを零してしまった。それを見たヒロは、途端に私にジト目を向けて来つつ「何だよ?」と聞いてきたので答えた。

「あ、いや、ゴメンね?…ふふ、クリスマス…いや、厳密に言えばイブだけれどさ、そんな日に、あの野生児のヒロが女子に囲まれてアタフタしてるの想像したら…笑っちゃったの」

「おいおい…喧嘩売ってんのか?」

と口調は凄んで見せていたが、口元はニヤケ…いや、思いっきり苦笑いでいた。

「お前なぁ…こっちは頼まれてる方だってのに、この仕打ちはないだろ?」

「ふふ、だからゴメンって」

「ったくー」

とまだ顔には不機嫌が残っていたが、これもいつもの事だというので、半分諦めの境地なのだろう、すぐに態勢を取り戻し、今度は自然な笑みを浮かべつつ言った。

「いや、その条件っていうのはよ?そのー…お前らの文化祭には来ていないんだけど、男の俺の友達の一人を…招待していいか?」

「…え?」

私と裕美はほぼ同時に声を漏らすと、またお互いの顔を見合わせた。

「どうかな?」

「どうかなって…どうだろう琴音?」

と裕美が私にすぐさま流すように振ってきたので、私は思わず苦笑まじりに言った。

「ふふ、もーう、すぐそうやって私に流してー…。そうねぇ…ヒロ、それって本当に一人なの?」

「ん?…おう、一人だけだ」

「そう…。ねぇ裕美」

と私は少しだけ考えて末、裕美に言った。

「別にいいんじゃないかな?一人くらいは。他の三人も、一人くらい男子が増えても、それほど変な感じにはならないんじゃない?」

「そうだねぇー…まぁ、後でみんなに一応確認は取ってみるけれど、多分大丈夫だと思う」

という裕美の考えを聞いて、そのままヒロの提案に乗っかろうとしたその時、ふと一つの考えが頭を過ぎったので、大したことでは無かったが敢えて聞いてみた。

「…あっと、その前にヒロ…?」

「ん?何だよ?」

「その男子さぁ…そんな中に連れて来ても大丈夫な人?」

「…?どういう意味だ?」

「つまりさ…和気藹々とした雰囲気をさ、妙なハイテンションでぶち壊しに掛かるような、そんな人ではないかって事。つまりさ…」

とここで私はニヤッと笑いつつ、ビシッとヒロに指をさしてから続けた。

「騒がしいムードメイカーは、ヒロ、あなただけで十分だからさぁ…”ソレ要員”はもういらないからね?」

「おいおい、あのなぁ…」

もう怒りを通り越してるのか、ヒロは、ただただ呆れ笑いを見せるのみだった。が、しかし、ふと一度考えを巡らす素振りを見せたかと思うと、何だかバツが悪そうな笑みを浮かべつつ言った。

「まぁ…場の雰囲気をぶち壊すような奴では、そのー…無いと、…思う」

「何よー、その自信なさげなのは?」

と私が今度は薄目を向けつつ言うと、

「だ、大丈夫、大丈夫だって!何かあっても、俺が何とかするから」

「何?”たまに”何とかしなくちゃいけない事が、その呼ぼうとしてる人は起こすの?」

「そ、そんなことは…ねぇよ?」

「どうだか…」

ヒロの自信のなさ加減に、ため息まじりに対応していた私だったが、そんな私たち二人の様子を見ていた裕美が「あはは」と一度笑うと、隣の私の肩にそっと手を置いてから言った。

「まぁまぁ、琴音、ヒロ君がこう言ってるんだし、なるべくなら人数が欲しいところなんだしさ、任せてみようよ…ね?」

「さすが裕美、分かってるなぁ」

「まぁ…裕美がそう言うなら」

「ふふ、ありがとう。っていうかヒロ君?」

と裕美は私の肩から手を離すと声をかけた。

「勝手に話してるけれどさー…その肝心の彼は、その日に予定は入ってないの?」

「あ、ソレもそうね」

と、今更なことに気づいて、私もヒロに視線を向けた。

すると、ヒロはここでは何故か自信ありげに胸を張りつつ笑顔で返した。

「あぁ、それなら心配いらねぇよ。”こんな”機会、アイツならどんな用事をもすっぽかしてでも参加してくるからさ」

点で囲った部分が気にならないでも無かったが、まぁそのどこに根拠があるのか定かでは無い人の言葉を、諸々含めて、とりあえずは信用することにした。まぁ実際、結局のところダメでしたとなっても、それほどの実害は無いのだし。

「じゃあ決まりだな!」

とヒロが目をギュッと瞑るようにして笑いながら言うと

「そうだね!」と裕美も同じように笑うのだった。

私も同じように笑いに混ざったその時、ふとヒロが笑みを残しつつ言った。

「あっ、そういえば…」

「どうしたの?」

「ん?何?」

「あぁ、あのよー…、ところでさ、まださ、そのクリスマス会って、どこでするのか、その場所を聞いてなかったなって思ってさ」

「あぁ」

と私は一度裕美に目配せをすると、何も言おうとする気配が無かったので、私が答えることにした。

「その場所はね…」




二十四日当日。今は午前十時。私と裕美はいつものようにマンション前で待ち合わせをした。

この日は快晴だったのだが、もうすっかり冬といった風情で、二人揃ってコートを羽織り、マフラーに顔を埋めていた。

軽い挨拶を交わした後、そのまま何気無く地元の駅へ行き、それから電車に乗って目的地へと向かった。

結局今回のパーティー会場は、カラオケボックスに決まった。喫茶店でアレコレと会話した後、手分けしてというか、ネットなども屈指して、私たち中学二年生がクリスマスパーティーが出来る”場”がどこかに無いか、あれこれと探してみたのだが、大概において居酒屋だったりばかりが引っかかり、当然の事ながら私たちが利用出来そうに無かった。勿論、親同伴だったらなんとか出来るところは数多くあったのだが、それは何だか…嫌だというのが共通認識だった。まぁ当然だろう。

結局最終的に候補として残ったのは、カラオケボックスだった。事前に予約をしておけば、大人数でも入れる部屋も取れるし、中には外から持ち込みオッケーな場所もあったりと、これが一番現実的かと思われた。…思われたのだが、ただ一つ、贅沢な悩みなのだが、ただ一つ引っかかる所があった。それは…なんでも都の条例にあるとかで、中学生がいられるのは夕方の六時までとの事だった。…でもまぁ別に、六時までと言われても、そんなに困る訳でもない。ということで決まったのだった。具体的には、いつも屯する喫茶店近くのカラオケボックスだった。

外から持ち込み可、そしてもうシーズンに入っていたというのにも関わらずに予約の取れるカラオケボックス、そんな条件を満たした場所…それがソコだったのだ。私たちのグループは、ごくたまにしかカラオケに行かないのだが、それでも数回行った中で、こうしたことにも対応しているというのは知っていたので、そう相成った。

…さて、もしかしたら今回の話を聞いた時に、こんなことを思い描いた人がいるかも知れない。というのは…そう、集まる”場”が欲しいのなら、”数寄屋”などどうだろう?というものだ。

それは確かに私も考えた。ママや…まぁ無口だから直接は聞いていないがマスターも、『何も雑誌の集まりである土曜日以外でも、気軽な気持ちで来てね?』といった様な事を言ってくれてたので、どうせならと頭を過ぎったのは本当だ。

もしかしたら突っ込まれるかも知れないが、私の考えでは、もし仮に数寄屋に皆を集めてしまったとしても、そこからお父さんたちにバレるような心配はしていなかった。いざという時は、絵里に一肌脱いで貰おうと都合よく勝手に思っていたというのもある。絵里が防波堤になって、それ以上は広まらないだろうという易い算段をしていた。だが、見ての通り、それはただの思いつきに留まった。まず義一を通してママ達に話をしなければだったし、やはりというか当たり前の話として、今更ながら絵里を無理やり巻き込む事に気が引けたというのが…一番デカかった。話を戻そう。

今ここで、私の誘った朋子、裕美が誘った体のヒロ、そしてヒロが連れてくるであろう誰かさん、その三人が何故今一緒にいないかの説明も込みで色々と触れようと思う。

まずパーティーの開始時間。開始時間自体は十二時に設定していた。

…とここで、いくら私と裕美の地元から御苑まで時間がかかるとはいえ、多く見積もっても一時間で着くので、あまりに早過ぎじゃないかと思われるかも知れないが、これには訳があった。というのも、先ほども少し触れたが、”外から持ち込むため”その準備のためだった。まぁ引き延ばす話でもないので先に言うと、その準備とは、あらかじめ予約しておいた、これまた喫茶店近辺にある洋菓子屋さんからケーキを受け取るためだった。ホールケーキだ。この役割は私と裕美に任されていた。このケーキ代は、私たち学園組の私、裕美、紫のお母さんたちが割り勘で出してくれた物だった。因みに、紫と後一人という、”紫の地元組”は誰よりも早くカラオケボックスの中に入って、外から注文したオードブルの様なものを待ち構える役だった。…ここでネタバレというか、結局紫も呼べたのが一人のみだというのが分かるだろう。

と、ついでにというか、ここで少し下世話な話にも触れておこう。このパーティーの経費の出所についてだ。今話した様に、ケーキ代、それにオードブル代も、私たち三人の家庭から出されていたのだが、ふとこれだけ聞くと、他の参加者に対して優遇し過ぎじゃないかと思われるかも知れない。だが、その心配はいらない。何故なら、当たり前といえば当たり前だが、今から数日前に最終的に誰が来れるのか分かったので、そこから計算して、私、裕美、紫以外の参加者から、会費という形で幾らか出してもらう事にしていたからだ。

カラオケボックスの使用料などなどを込みで、皆が平等に負担するようにしたので、そこに関しては問題はない。

この流れで、ヒロや朋子、その他の面々が何をしているのかも軽く触れておこう。まぁ今言える範囲で、ヒロと朋子について。

この二人は同じ学校だし、同じクラスだというので話は通っていた。という事で、地元組の中でも私と裕美の”学園組”、そしてヒロと朋子、それにヒロが連れて来るという男子一人、そして、これは今初めて言うが直前にもう一人増えて合わせた四人の”地元同中組”、こうして二班に別れて買い出しに行こうという話になったのだ。

地元の駅でもしかしたら鉢会うかもと思ったが、そうはならず、詳しくは知らないが向こうも今頃新宿に向かっていて、私と裕美がケーキを受け取っている頃には、お菓子類や飲み物という一応決まっている課題に沿った物を、繁華街で買っている事だろう。


私と裕美は向かう途中、今日の会について色々とおしゃべりをしていたが、あまりヒロの話…いや、”例”に関連してのヒロの話にはならなかった。

というよりも、何だかんだ裕美からの”告白”があってから、それ以降にはあまり私と裕美の間でコレ系の話にならなかったのだった。別に避けていた訳ではないと自分では思っているのだが…いや、無意識のうちに避けていたのかも知れない。あの公園での会話の中で、「相談に乗ってくれる?」的なことも言われたので、当然私は快く応じたのだが、肝心の裕美が相談しない事には、私から出しゃばってアレコレとは言えない… うん、言えないし、そもそも何か言うだけの”経験値”がゼロだったので、ただ出方を待つ他にないというのも理由としてあった。だから、こんなイブという、世間的には絶好の日ではあるのだが、何だかからかって良いのかどうなのか、そこから私は未だに判断がつきかねているのだった。

なので、こうして電車の中での会話でも、イブというのとヒロを組み合わせて話すことは無かった。


乗り換えしつつ雑談に花を咲かせていると、私たち二人は御苑に降り立ち、そしてそのまま真っ直ぐに洋菓子屋へと向かいケーキを受け取った。

それから会場であるカラオケボックスに向かったのだが、私が持ったケーキの入った紙袋に目を向けつつ「大丈夫?やっぱり私が持とうか?」などといった、まるで幼子に対してハラハラしている母親然とした言葉を投げかけてきたので、

「大丈夫だよママ」と、そんな軽口を吐きあいつつ歩いていた。

お店に着き、受付の人に声を掛けると、もう二名ほどが来ている旨を知らせてくれた。お気付きの通り、すぐに紫とその友達の事だというのは分かった。部屋の番号を教えてくれたのにお礼を言うと、私と裕美は揃ってその部屋に向かった。そこは一階部分の一番奥まった所だった。

ガチャっ。

と、手に荷物を持った私に気を使って裕美が開けてくれた。

中に入ると、そこは中々に広いお部屋だった。入ってすぐ右手には、カラオケにありがちな大きなモニターが置かれており、その脇には、これまた特有の機械類で占められていた。”ザ・カラオケ”といった風だ。当たり前だが。

入って左手に空間が広がっていた。長テーブルが一つドンとあり、その周りをソファーがぐるっと取り囲んでいた。容易に十人以上が楽々と座れそうだった。

「…あ、琴音ー、裕美ー」

とテーブルの上で色々と、人数分のお皿を並べたりしていた紫が声をかけてきた。

「ケーキ、取って来てくれたー?」

「ふふ、もちろんよ」

と私は誇らしげに、手に持った紙袋を軽く持ち上げて見せた。

それを見た紫も、何故か胸を張って見せつつ「よろしい!」と返してきたので、私と裕美、それに紫の友達と笑い合うのだった。

改めて紫の友達と挨拶をし、まだ途中だと言うので準備を手伝った。それから…おそらく十分も経ってないだろう、不意に部屋のドアが開けられた。そして、その開けた主はすぐには入って来ないで、何故かヒョコッと顔だけ中に入れて、そして中をキョロキョロと見渡していた。ヒロだった。

と、ヒロは私と裕美の姿を認めると、途端に悪戯っ子な笑みを浮かべて、部屋に入ってきつつ言った。

「…お、琴音ー、裕美ー!良かったぁ、部屋間違えてなかったみたいだな」

中に入ってきて初めて気づいたが、手には大きく膨らんだビニール袋が二、三個あった。

「よく来たわね」「いらっしゃい、ヒロ君!」

私と裕美がほぼ同時に声を掛けた。

「おう」とヒロも今度は無邪気な”ガキ大将スマイル”を見せながら返した。

「…ふふ、ヒロ、随分な大荷物ね?」

と私がニヤケつつ聞くと、ヒロも同様の表情を見せて言った。

「あぁ、こうやってお前らの注文通りの品を買って来たからな!…っと、ここに置いとけば良いか?」

「えぇ」

「うん、そこで良いよ」

と紫がここで今日初めてヒロに声を掛けた。

「お、そうか?じゃあ置くぜ…っと」

「ありがとう」

と紫が笑顔で返すと、「どーいたしまして」と何故か棒読み気味にヒロが返していた。その直後、紫、ヒロ、そして紫の三人が一緒になってクスッと笑うのだった。

その後で、三人が久しぶり的な挨拶を交わしていたその時、私は開けっ放しのドアをチラッと見てから、ヒロに話しかけた。

「…あれ?そういえば他の三人は?」

「ん?」

ヒロは紫とその友達に言われるがままに、自分の持ってきたお菓子の盛り付けをしていた所だった。

ヒロは一度私の方に視線を向けると、一瞬何かを思い出すかのような様子を見せてから言った。

「んー…あ、あぁ、そういや…置いてきちまったんだった」

「え?」

と、ヒロ以外の私を含めた皆で声を揃えて漏らした。

「置いてきちゃった?」

「あぁ、なんつーかな、今日寒かったじゃんか?」

「え、えぇ」

「でな、ここまで来る途中でよ、信号が点滅してるから、早く室内に入りたい一心で走って渡っちまったんだ。そしたらそこで信号渡れなかったアイツらと、渡った俺とで分かれちまったんだ。待っても良かったんだけれどもよー…」

とここで不意に何故かヒロは意味深な笑みを少し浮かべてから、また呑気な調子で続けた。

「まぁ…よ、さっきも言ったけど俺は寒かったからなぁ…で、こうして二人を残して一足先に来たって訳さ」

「何よそれー…呆れた」

と私がため息まじりに言うと、その後に続くように

「来たって訳さじゃないよヒロ君」

「ひどいなぁ」

「ひどい、ひどい」

裕美、紫たちの順に非難をヒロに浴びせかけていた。まぁもっとも、皆して明るい笑顔ではあったが。

「でもさ?」

と私一人は呆れ顔を保ちつつ言った。

「それにしたって遅すぎじゃない?たかが信号くらいで」

「んー…そうだなぁ」

とヒロはその場で腕を組みつつ考えて見せたが、すぐに何かひらめいた様子を見せると言った。

「…あ!そっか、アイツらな、俺とは違って水系を運んでいるからよぉ…それで遅くなってるんだ」

「呆れた…」

と私は腰に両手を当てつつ大きく溜息を吐いてから言った。

「あなた…そんな三人を置いて一人ここまで来たの?」

「え?…あ、いやいや、勘違いすんなよ?」

とヒロはアタフタしながら返した。

「俺は今、たまたまお菓子袋を持って来たけれどよ?さっき言った信号の辺りまでは俺が水系持ってたんだぜ?そこでアイツにバトンタッチして、それでついつい身が軽くなった序でに走ってここへ…」

「はぁ…」

と私がもう何もいえないって風でまた大きく息を吐くと、

「もーう…悪い男だなぁ」と流石の裕美も苦笑まじりに言った、その時

「ほんとほんと、悪い男だよお前は」

と不意にドアの方から声が聞こえた。男の声だ。

その瞬間部屋にいた全員が手を休めて一斉にそちらに顔を向けた。

そこに立っていたのは、身長がヒロよりも数センチ程高い、ぱっと見では痩せ型に見える男子だった。冬着特有の膨張して見える服装をしていたというのに、その下には引き締まった体があるのが分かった。頭はボウス頭だった。顔付きは如何にも男性的なヒロと違って、髪型さえ見なければ女に見えなくもない程に中性的な顔つきをしていた。両手には見るからに重そうなビニール袋が手袋越しに握られていた。顔には苦笑いが浮かんでいる。

「お!遅かったじゃねぇか」

とヒロが悪びれる様子を一切見せずに男の元に歩み寄ると、

「遅かったじゃないよ全く…ほら」

と男子は苦笑いのまま投げやりな感じでヒロに”水系”を渡していた。

「本当に置いてくんだもんなぁ」

「あはは、悪い悪い!」

とヒロは言葉とは裏腹な態度を取ったまま、受け取った水系を空いてるソファーの上に置いた。

そんな二人の様子を、男子と同じように苦笑まじりに私たちも眺めていたその時、

「…ちょっと翔悟くん?そんな入り口で立ってられると、私が入れないんだけど?」

と廊下側から声が聞こえてきた。女性の声だ。見ての通り不満げだが、もちろん冗談調だった。

「ふふ、言い方、言い方」

と続いてまた別の女子の声が聞こえた。こちらは呆れ調だ。

「あ、ごめんごめん」

と”翔悟”と呼ばれた男子が脇に一歩寄ると、外からこれまた両手にビニール袋を二つ持った女子が不満げに膨れ顔を見せつつ入ってきた。今日来た皆…いや、”私を除いた”女子は、クリスマスだというんでそれなりにオシャレに気合を入れて来ていたが、今入って来た女子も負けていなかった。ここでは触れないが、その小柄な体型にとても似合った服装をしていたとだけ言っておこう。

もうお気づきかも知れないが、敢えて言えば、そう、千華だった。先ほどに軽く触れた、急遽一人追加となったという人物は千華なのだった。…まぁ、これは言い方が悪いかも知れない。意外だと言いたげに聞こえるかも知れないからだ。まぁもっとも、今回の趣旨には当然千華は当たる訳だから、意外でもなんでも無い。もし急な提案なのに参加してくれたというのが理由なのだとしたら、紫の友達、ヒロ、そしてその友達の”翔悟”もそれに当たるだろう。…いや、もう一人いた。

「ちょっと千華ー?あなたこそ入り口にいつまでも立ってたら、私が入れないじゃない?」

と言いながら、片手で千華の背中を押して入ってくる人がいた。朋子だった。千華と同様に両手に袋を持っていた。ついでに言うと、二人とも、片手には水系、もう片方にはお菓子系を持っていた。

「ちょっとー」

と背中を押された千華は不満げな声を上げていたが、表情は愉快げだった。

「はぁーあっと…ほら森田!」

と朋子は瞬時にヒロの姿を見つけると、ジト目を向けつつ手に持った袋をグッとヒロの方に向けた。

「あなた勝手に行っちゃうんだからー…ほら、さっさと私と千華の分を受け取って」

「へいへい…」

とヒロは、まるで尻に敷かれた気弱な夫よろしく、苦笑いを浮かべながら千華と朋子から荷物を受け取り、翔悟から受け取った荷物の側に置いた。

「まったく…女子二人に重い荷物を持たせて、そんで自分は軽いお菓子だけ入った荷物を持ってさっさと行っちゃうんだからなぁ…ね、千華?」

「ほんとほんと!」

と千華もすかさず同調したが、荷物を整理していたヒロが作業を続けつつ、顔だけ千華に向けながらニヤケつつ言った。

「おいおい倉田、お前は平気だろー?いつも部活の最後に、俺らと一緒になって片付けしてるじゃねぇか…な?翔悟?」

「んー…」

と翔悟は千華にチラッと視線を向けてから苦笑まじりに答えた。

「…ノーコメント」

「ちょっと昌弘くん?それってどういう意味ー?」

と千華が薄眼を使って言うと、ヒロは一度翔悟をチラッと見てから、「じゃあ俺も…ノーコメントで」

と悪戯っぽい笑みを浮かべて返した。

「何よそれー」

「あはは」

とここで誰からともなく、いわゆる”地元同中組”以外の皆で笑い声をあげた。

私たちをそっちのけで、急に目の前で”内輪ネタ”に近いものをやり出したのには戸惑ったが、それでもその場にいなくても、今の会話から普段の彼らの様子が手に取るように分かるようで、それが微笑ましくも面白く、それで思わず吹き出し笑ったという次第だった。

そんな私たちの様子を見て、同中組は揃って顔を一度見合わすと、こちらに照れ笑いに近い苦笑を向けてくるのだった。


その後はそれぞれ持ってきた物を整理しつつ、お互いに軽く挨拶をした。私個人としては朋子とお互いに…私の姿には褒める要素は無かったと思うのだが、それでもお互いに服装を褒め合いつつ準備を進めたりした。まだこの段階では、ヒロが連れてきた男子とは会話が無かった。今だに彼の名前が”翔悟”というのしか分からずじまいだった。裕美と千華もこの時挨拶を交わしていたが、側から見ててもやはり、何かギスギスしたような雰囲気は見られなかった。


準備も整い、紫たちが持ってきてくれた紙コップに、ヒロたち…いや、ヒロ”以外”の皆で持って来てくれた飲み物を注ぎ終えると、不意に部屋の入り口に一番近い位置に座っていた紫がふと立ち上がると、モニター前に立ち、おもむろにマイクを手にした。

因みにというか細かい事だが、今言ったように紫が一番入り口に近いところに座り、そこから順に紫の友達、裕美、私、朋子、千華、ヒロ、そして”翔悟”の順に座っていた。”翔悟”と向かい合わせに紫が座るような形だ。

トン、トン

紫がマイクのスイッチを入れたまま、指先で叩いたので、それがそのままスピーカーから鳴っていた。

紫は何かの確認を終えると、空いてるもう片方の手に紙コップを持つと、一同を見渡してからマイクを口元に近付けて口を開いた。

「えぇーっと…今日はお日柄もよく…」

「…ぷ、何それ?」

とまず瞬時に紫の友達が吹き出しつつ言うと

「天気は良いけど、寒いぞー!」

とそれに続いて裕美がニヤケつつ、よく分からないツッコミを入れていた。その直後、二人して顔を見合わせつつクスッと笑い合っていたが、それに続くように、私がボソッと苦笑まじりに呟いた。

「何だか…ふふ、オジン臭いよ?その挨拶」

「何よ皆してー…」

と紫がいじけて見せると、「良いぞー!宮脇ー!」と前触れも無くヒロが明るく声を上げた。

「琴音たちのことなんか気にすんなよー?俺は良いと思うぜー?」

「何よあなた、今紫が挨拶をしてる途中なんだから、口を挟まないでよ」

とすかさず私が突っ込むと「お前が言うかそれー…」とヒロが苦笑いで応じてきた。と、その時

「おほん!」と紫がマイクを使ってわざとらしく咳払いをしたので、私とヒロも同じようにワザとらしく畏まって見せながら体勢を戻した。

それを見た紫もこくんと偉ぶって見せつつ大仰に頷いて見せたが、次の瞬間にフッと力を抜くような笑みをこぼすと、片手に持ったコップを軽く持ち上げつつ言った。

「…ふふ、まぁ確かに挨拶なんかいらないよねぇー、上手いこととか面白いことなんか言えないし、まぁ取り敢えず、琴音や裕美はともかく、他の学校のみんな、よくこうしてクリスマスイブという日に来てくれたね?今日は思う存分楽しもう!」

「おぉー!」

「では…かんぱーい!」

「かんぱーい!」


紫も一度着席し、そして一人残らず改めて挨拶を交わしつつ「メリークリスマス」と紙コップをぶつけ合った。

一通り終えると、ここでふとヒロが隣に座っている彼の背中を一度バシンと叩いてから声をかけた。

「そういやよ、翔悟、お前この集まりがそもそも何だか知ってるだろ?こないだ俺が誘った琴音たちの文化祭に来なかったんだからさ、当然皆お前のこと知らないだろ?だからさー、ここで一つ自分で自己紹介をしてくれよ」

「えぇー…」

と彼は一同を見渡しつつ声を漏らしたが、顔は笑顔だった。

最後にヒロに顔を戻すと、少し不満げな調子で返した。

「文化祭来なかったってさぁー…俺は昌弘、お前に誘われた時乗り気だっただろう?俺だって女子校の…しかも、俺だって知ってるお嬢様校の文化祭となっては、何としてでも行きたかっ…あ、いやー」

とここで、私、裕美、紫の視線に気づいたのか、何だか照れ臭そうにしながらも続けた。

「ともかく、行きたくても外せない用事が入っちゃったからって、それで泣く泣く千華ちゃんに譲ったんじゃないかぁ…ね?」

「ね?って言われても…」

と千華はコップに入っているジュースを一口飲むと、苦笑まじりに返した。

「なんて答えれば良いの?」

「あ、いや、なんでも無いんだけれどさー…ともかく、是非とも行きたかったんですよ皆さん!」

とここで”翔悟”は私たち学園組の顔を見渡しつつ言ったので、私と紫は一度顔を見合わせると「はぁ…」とだけ返した。そうとしか返しようが無かった。紫がどう思っていたのかはともかく、私個人としては、第一印象とは全く違うなと思い始めていた。まぁいきなり千華に色々と言われてたり何なりを見ていたから、少し大人しめなタイプかと思っていたのだが、どうも違うらしい。ヒロとはまた違うタイプの”お調子者”キャラのようだった。類友ってやつらしい。

裕美だけが何故か動じていなかったが、そんな私たちの反応をよそに、彼は続けた。

「ま、そんな事は置いといて、自己紹介ね!えぇっと…俺の名前は溝口翔悟。ここにいる昌弘と同じ野球部です!そこで一応キャプテン兼部長をしていまーす。で、後は…そうそう、ここにいる千華ちゃんと朋子ちゃんとも同じ中学に通ってます」

「当たり前だろー」

バシッ

とすかさずヒロが漫才よろしくツッコミを入れていた。

「スベっているぞー」

と私の左隣に座っていた朋子も後に続く。

「そういうのいらないから」

と最後に千華が声に表情をつけないままに冷たく言った。

ここで余談だが、何だか普段はキャピキャピしてる…いや、してそうなのに、何だか彼に対してだけは、この短い時間の間だけ見ての判断ではあるが、千華の彼に対する対応が違って見えるという感想を持っていた。まぁそれだけだ。

翔悟は「何だよ、みんな冷たいなぁ」と見るからに大げさに落ち込んで見せつつボヤいていたが、ふとまた私たちに顔を向けると満面の笑顔を作り言った。

「まぁ昌弘たち同中は、こうして俺のことを”翔悟、翔悟”って呼んでるからさ、みんなも気軽に翔悟って呼んでね?」

そう言い終えると、ぱちっとウィンクをしてきたので、冗談だとは知りつつも、翔悟には悪いがサブイボが立ってしまった。

「は、はぁ…うん」

と、相変わらず平静でいる裕美をチラッと横目で見てから、紫と顔を見合わせていたが、お互いにフッと苦笑を漏らすと、紫が今度は一同を見渡して、それから空気を変える為かのように、パンっと一度手を打ってから明るく言った。

「さて、翔悟くんの自己紹介も終わったところで、ここから改めてパーティーを楽しもう!」


「おー!」「おー!」

ヒロが率先して声を上げた後を続く形で、他のみんなも続いた。

それからは、んー…この会の前半部分に関しては、これといって取り上げる事は無い。

というと、まるで退屈だったと受け取られそうだが、それは違う。私個人の感想を言えば、とてもリラックスした雰囲気の中、時間を忘れて楽しんでいた。ただ…言い方が悪くて、他のみんなには悪いかもだが、私含む中学二年生の集まりでワイワイやった中身について、時間を割いてまで全編を話すほどでは無いと思うのだ。

まぁそれでも流れだけ軽く触れると、まず私と裕美が持ってきたケーキを皆で分け合って食べたり、紫たちが取り分けてくれたオードブルを食べたり、ヒロたちが買い込んできたお菓子や飲み物を飲み食いしたり…と、勿論楽しくお喋りをしながらだったが、まぁこんな調子だったので、前半部分は端折らせて頂く。


途中から、せっかくカラオケに来たというので、紫、紫の友達、朋子、それに千華がそれぞれ歌を楽しんでいた。その関係で席順も変わり、紫とその友達はそのままだったが、その向かいには翔悟に変わって、朋子と千華が座っていた。最終的には、入り口に近い所から時計回りに紫、その友達、裕美、私、ヒロ、翔悟、千華、朋子の順に座っていた。

ここに来て、すっかり”紫組”と”同中女子組”はこの短時間でより親密になったらしく、厳密にはこの四人は終始立ちっぱなしで、アイドルやら何やら本人の物真似を交えつつモニターを前に盛り上がっていた。

勿論他の私たちも一緒になって盛り上がっていたが、ある所でふと小さな疑問を思い出したので、どんちゃん騒ぎの中、聞いてみることにした。

「しかしさぁ」

と私はふと裕美に声をかけた。

「裕美、あなた、翔悟くんの”色々”を見ても、何の驚きも見せなかったわね?」

「え?」

と裕美が声を漏らしたその時、

「えぇー、ヒドイな琴音ちゃーん」と聞こえたのか翔悟がすかさず横から入ってきた。

「あ、いや」と私が軽くフォローを入れようとしたその時、

「お前なぁー」とヒロがウンザリそうにため息交じりに制した。

「一々そう絡むなって…面倒いやつだなぁ。すまねぇな琴音、こいつは悪いやつじゃ無いんだけれどよー」

「あ、いや、私は別に…」

「ほらー、琴音ちゃんは”別に”って言ってるだろー?」

「いやいや…はぁー、琴音、あまりコイツを甘やかすなよ?すぐに調子に乗るんだから」

「…まぁ、肝に銘じとくわ」

と私は悪戯っぽく笑いながら翔悟に視線を流しつつ言った。

「二人揃って、ヒドイなぁ…」と翔悟が苦笑交じりに愚痴った後、裕美が私に答えた。

「それはねー、私は前から翔悟くんの事を知ってたからなの」

「…?」

「そうそう」

とここでまた翔悟が若干上体を前のめりにしつつ話に入ってきた。

「裕美ちゃんはね、よく俺らの試合の応援に来てくれてるんだよ。な、昌弘?こんな可愛い子に応援されたら、俄然やる気が湧いてくるってもんだよな?」

「そ、そんな可愛いって…」

と裕美はここで一人軽く照れて見せていたが、ここでヒロがチラッとそんな裕美を薄目がちに見た後で翔悟に答えた。

「あのなぁ…そりゃ試合に必死になるってもんだろ。だってこんなゴリラ女が見てる前で何かとちったりしたらよー…後で何されるか分かったもんじゃねぇ…」

「…ちょっとヒロ君?」

と、さっきまで照れ気味だったのが嘘みたいに、裕美は冷めた表情でヒロを気持ち睨みつつ言った。

「誰がゴリラ女だってー?それに…まるで普段から私が色々とヒロ君にしてるみたいじゃない?」

「え?してるだろ?」

とわざとらしくキョトン顔を作りながらヒロが答えるのを見て、「あはは」と私と翔悟が、ほぼ同時に笑い声をあげた。

それに気づいた翔悟が、また体勢を前のめりにしつつ、私の方に自分の体を、ヒロ越しとは言いつつも寄せてきながら言った。

「まぁそれで裕美ちゃんは良く応援に来てくれてたからさ、昌弘の紹介もあって何度かお喋りなんかもしてたんだけれど…その会話の中でね、琴音ちゃん、しょっちゅう君の話を二人から聞いてたんだ」

「ふーん…どうせ私の悪口でしょ?」

と私がヒロと裕美に視線を配りつつ、意地悪げな微笑を湛えながら言うと、「あははは」と翔悟は明るく笑いながら答えた。

「いやいやいや、悪口なんか言ってないよ。まぁ…敢えて悪口っぽいのを取り上げるとしたら、『何度も見に来いって言ってんのに、アイツは中々来ねぇ…そんな薄情者なんだ』と昌弘が言って、それに裕美ちゃんが同調して見せたり、後は何かにつけて琴音ちゃんの事を『チンチクリンの変わり者』と称したりね?」

「ふーん…二人とも、随分な褒め言葉をありがとう」

と私がわざとらしく屈託無さそうな笑みを向けて言うと、二人は一度顔を見合わせてから、悪びれる様子を見せずに、むしろ何故か照れ笑いを浮かべるのだった。

それを見て何かを察したのか、少し慌てつつ翔悟が付け加えた。

「いやいや、勿論褒め言葉も言ってたよ?えぇっと…あ、そうそう、これは裕美ちゃんだと思うけど…」

とここで翔悟は不意に私の全身…まぁ座っていたしテーブルもあったから厳密には違うが、まるで全身を眺めるようにしてから続けた。

「『あの子は変わってるけれど、そこが面白いし、それにそんな中身なのに容姿はバッツグンに良くて、ピアノもバッツグンに上手いし、なんか色んなことに詳しかったりするから、それらを全部ひっくるめて、私たちの間では”お姫様”もしくは”お嬢様”って呼んでるの』って言ってたよ」

翔悟は何故か得意げにここまで言い切ったが、当の私はますます顔に苦い表情を滲ませつつ、話の途中からヒロと裕美にジト目を向けていた。向けられた二人は「あははは」と棒読み風な笑みを浮かべていた。

「はぁ…」と私は大きく溜息をついてから翔悟に噛んで含めるように返した。

「あのね翔悟君、今の話はねー…私が変わってるだとか以上の悪口なんだよ」

「え?…今の話にソレ以外で何か悪いところあったかなー?」

と翔悟が心から不思議そうにしているのを見て、裕美が苦笑交じりに言った。

「…ね?変わってるでしょ?翔悟君、要はねー…この子が悪口だって言ってるのは、私たちが”お姫様”って呼んでて、それに因んで扱われてる事についてなのよ」

「へ?」

「普通だったらさぁ、喜んでしかるべしだと思うんだけれど、この子ったら…中々受け入れてくれないんだもん」

「あのね…」

と怒る気も失せてしまった私は、私こそその権利が大アリだと苦笑交じりに言った。

「あなた達はただ単に、そう言って面白がってるだけでしょうがー?」

「ソンナコトナイヨー」

と裕美はあからさまに私から視線をそらして、今にも口笛でも吹き出しそうなほどに唇を軽く尖らせつつ、棒読み風に返した。

「まったく…」と私が溜息つきつつ力無く笑い、ふと翔悟の方を見ると、いつからなのか、ジロジロとまた私の方を眺めてきてるのに気づいた。

「…?なに?どうかした?」

と私が聞くと、翔悟はニコッと満面の笑みを浮かべて見せてから答えた。

「いやね、そんなルックスをしてるのに、それを多かれ少なかれっていうか、普通は自慢に思ったりするもんだと思うんだけれど…君は違うんだねぇー」

「…は?」

と私は何の話をし出したのか分からないと素直に疑問の声を上げたが、それに構うことなく翔悟は続けた。

「いやー、俺の周りには君みたいなタイプが今まで一人もいなかったからさ?こう言っちゃあ何だけど、そこそこの見た目ってだけで、それを誇らしげに見せびらかすのがほどんどでさー?君みたいな本当に可愛い…っていうか、美人と言った方が良いのかな?それなのにむしろ控え目っていうのが面白いよ」

「はぁ…」

初めからずっと私の容姿を面と向かって褒めてきていて、これは私が毛嫌いする代表的なことの一つであったハズなのだが、あまりにも明け透けに言われたせいか、嫌悪感よりも、この男が何の意図を持ってこんな話をするのかの方に関心が向いて最後まで聞いたのだった。

「あ、ありがとう…」

と取り敢えず相槌がわりにお礼を言うと、翔悟は満足げに頷いていて、また私に話しかけてきた。

「そういやさー、裕美ちゃんから聞いてたけれど…やっぱり小学生時代からモテてた?」

「やっぱりって何よー…?」

と私が苦笑いを浮かべるのを無視して、想像通りというか案の定、裕美が嬉々として”無いこと無いこと”をツラツラと、本当に何だか感心しちゃうほどに止め処なく話していた。普段からおそらくストックしているのだろう。…無駄な。

裕美の話を最後まで愉快げに聞いていた翔悟だったが、聞き終えるとまた前傾姿勢になって、私にニコッと微笑みを向けてきつつ言った。

「なるほどなぁ…高嶺の花だったって訳だ。…あははは!琴音ちゃん、そんな冷たい視線を向けないでくれよー?でもそっか…じゃあ今琴音ちゃんは、そのー…フリーなんだね?」

「え?」

と私は何だか怪しい気配を感じて少し体を翔悟の方から離しつつ返した。

「それって…どういう意味?」

「え?…って、そりゃあ勿論…」

と何故か翔悟は少しここで一度溜めてから続けた。

「…彼氏?」

辛子…?と一瞬、自分でもサムイと思うダジャレがふと頭を過ぎったが、そんなくだらない事を考えるほどに、自分に聞かれている事だとすぐには認識できなかった。

以前に裕美から”告白”をされた時に、まるでヒロと恋愛話が結びつかないといった旨を話したと思うが、それ以上に自分自身にこのような話が振られるとは、下手すれば物心ついてこの方一瞬でも考えた事が無かったのだ。だから我が事のようには思えず暫く沈黙をしてしまったのだが、ふと隣に視線を配ったその時、ここでまた心の中でだけで態度には出さなかったが驚いてしまった。

何故なら、ヒロも裕美も口元には笑みを浮かべていたのだが、私を見てくる目の奥には真剣味のある光を宿していたからだった。裕美に関して言えば、例の告白の時と似たような光を帯びていた。

私はそこでますます面を食らってしまったが、気を取り直す意味も、場の雰囲気をもっと柔らかいものにしようという意図を持って冗談めかして笑いつつ答えた。

「…え?私?私に彼氏がいるかって?…ぷ、あははは!中々にブラックなことを聞くのね?もし彼氏、恋人がいるのなら、今日みたいなイブって日に、こうしてみんなで騒ぐところに来やしないよ」

「あ、そうなんだー。あははは」

私と翔悟はここで少しの間笑い合ったのだが、その間もヒロと裕美は、何となく合わせるためだけの、社交辞令的な微笑みを浮かべるのみだった。

「でもそっか…」

とここで翔悟は不意に落ち着きを取り戻すと、また体を前のめりにして、そして柔らかな笑みを浮かべつつボソッと言った。

「フリーなら、それじゃあ…俺が彼氏に立候補しようかなー?」

「へ?」「え?」「は?」

それを聞いた瞬間、私、裕美、ヒロは同時に声を上げた。私は翔悟に視線を釘付けにしていたが、おそらく他の二人も私と同様に目をまん丸にしている事だろう。

と、この時ふと視界の隅にたまたま見えたのだが、さっきから変わらずに紫たちと一緒に歌を楽しんでいた千華が、ふとこちらの方に視線を向けていたのに気付いたのだが、この時の私は、千華が少しの間こちらを見てきていた意味を考える程の余裕が無かった。

そんな私たちの驚きを他所に、ますます笑みを強めつつ、ジリッとお尻半分分私の方に近寄りつつ言った。

「確かに今日初めて会う訳だけれどさー、さっきも話したけど、昌弘たち二人から散々君の話を聞いててね、それですっかり惹かれちゃったんだよー」

「う、うん…」

と私はあのセリフを聞いた瞬間に頭が真っ白になってしまい、大げさな言い方をすれば茫然自失してしまっていたので、ただそう相槌を打つことしか出来ないでいた。

そんな私を他所に「だめかなー?」とまたお尻半分翔悟がこちらによってきたその時、

「お前な…本当にいい加減にしろよ」

とヒロが私の方に背を向けて、結果的に庇うような形になって、翔悟の肩に両手を置いて抑えながら言った。声からは若干の苛立ちが見えていた。

「何だよー?」

と翔悟は素直に少し体を後退させながらもブー垂れつつ言うと、ヒロは肩から手を離して、チラッと私の方を振り返りつつ言った。

「何だよじゃねぇーだろ?お前な…時と場合を考えろよ。今はみんなでワイワイ楽しくって場だろう?自分勝手な事を、思い付きでするんじゃねぇよ」

「思い付きだなんて、酷いなぁー」

と相変わらず翔悟は膨れたままだったが、ここでふとヒロは急に今だに歌って騒いでいる紫たちの方を見ると、急に明るげな態度を見せて、おもむろにバッと立ち上がり、翔悟の前を通り、そして力任せに翔悟の腕を取った。

「そんなずっと座ってるから余計な事をするんだよ。ほら、俺らのタイプはそんなんじゃないだろー?アイツらみたいに楽しまなくちゃ!ほら、行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待てよ昌弘ー?…やれやれ仕方ない」

と初めの方は無理やりだったのもあってか、顔に少しイラつきが見えていたが、ヒロの勢いに絆されたか、すぐにヒロと同じような調子になって一緒になって紫たちと混ざって騒ぎ歌っていた。

二人が行こうとしている間、私はふと何気無く隣の裕美を見たが、この時に初めて裕美が真顔だったのに気付いた。

それを不思議に思ったその瞬間、裕美は我に返ったように途端に苦笑いを浮かべて「あはは…」と力無げに呆れ笑いをしたので、私も合わせて苦笑いをしたのだった。

それから私たちは、今までずっと部屋の一番奥まった所にいたので、二人して移動して紫の定位置の席まで行き、そこで座りながら一緒になって盛り上がっていた。最終的には私と裕美も立ち上がり、そこからは予約の夕方六時まで皆して立ちっぱなしで騒いだのだった。


六時になると、皆してゴミを片付けて、あとはお店の人が捨てるまでの事はしてくれるというので、去り際すれ違う店員さんや、受付の人に対してそれぞれが挨拶をしつつ外に出た。

当たり前だがもう六時のせいか、空は真っ暗になっていた。新宿とは言っても御苑近くなので、空は真っ暗だった。だがふと視線を逸らせば、すぐそこの空は新宿のネオンに照らされた、もやっとした白みのかかった色合いを見せていた。

そこから私たちは新宿駅までゾロゾロと、しかし広がる事なく整列しながらもワイワイお喋りをしつつ、年末の繁華街を歩いた。駅に着き、人で犇めく構内を歩き、やっとの思いでJRの改札に辿り着き皆で入り、そこから学園沿線の電車に乗り込んだ。

秋葉原で紫たちと別れて、その他の地元組である私たちは揃って最寄り駅まで一緒に帰った。

駅に着くと、駅ビルの正面口に出て、一度時計が先についたポールの下に皆で足を止めた。

それぞれが「今日は楽しかった」などの事を挨拶がわりにした後で、朋子と千華、それに翔悟の三人は今から地元の友達たちと合流するというので、そこでさよならの挨拶をした。

と、去り際「琴音ちゃん、俺は真剣だから、ちゃんと考えといてね?」と翔悟が言うのを「もういいから、さっさと行け」とヒロがすかさず苦笑まじりに両手で朋子たちの方に押し出した。

「何だよー」と翔悟も苦笑いだったが、素直にヒロに従い、そして三人は私たちの方角とは反対の方に歩いて行った。時折振り返ってきたので、私たち三人が手を振ると、向こうでも皆して手を振り返してくれた。

三人の姿が見えなくなった頃、「じゃあ…私たちも行こっか?」と裕美が言うので、

「えぇ」「おう」

と、私とヒロが同時に答えて、それから三人並んで人通りの少なく明かりの乏しい道を歩いて行った。



「いやー、しっかし驚いたねぇ」

と歩いてすぐに裕美が、何だか感心した風に声を漏らした。

「何が?」

と私が聞くと、裕美はチラッと私を挟んで向こうにいたヒロの顔を見つつ答えた。

「何がって…そりゃあ、ヒロ君が連れてきた翔悟君だよ」

「…あぁー」

と私はため息まじりに声を漏らすと、ヒロに顔を向けて言った。

「何だったの?アレは…?」

「んー…すまん」

とヒロは少し長めに唸って見せたかと思うと、その場でペコっと頭を下げた。

「別にヒロが謝る事じゃないよ」

と私は苦笑まじりに言った。

「まぁ驚いたけれど、でもまぁ結果としては、彼がいた事も含めて盛り上がったんだし…ね?気にしてないよ?裕美もでしょ?」

と裕美に振ると、振られるとは思ってなかったのか、少しきょどりつつも「うん、まぁね」と返してくれた。

「そっか?まぁお前が良いって言うんなら、それで良いけどよ…っと」

とヒロは呟きつつふと足を止めた。そこはヒロの家の前だった。過去に何度か触れたが、ヒロの家が駅近だったので、すぐに着いてしまった。

ヒロは門扉に手を掛けたまま後ろを振り返り言った。

「そんじゃまぁ…今日は誘ってくれてありがとうな?楽しかったぜ」

「えぇ、そうね。私も楽しかった」

「うん、私も…うん」

私が応えた後に続くようにして裕美も応えたが、何かを言いかけてすぐに口を噤み、最後に静かな、意味深な笑みを浮かべた。

そんな裕美の変化に気づいているのかどうか、その顔からは判別が出来なかったが、パッと見では普段と変わらない調子で「おう」とだけ、いつもの笑顔を浮かべつつ返した。

「じゃあまたな?」

とヒロが門扉を開けようとしたその時、ふとまた振り返ると、こちらを数瞬の間だけジッと見た。

挨拶を返そうと思っていた矢先だったので、不思議に思い、相手の出方を待つ意味で私もジッと見つめ返したが、ふとヒロが途端に照れ臭そうに坊主頭を掻きつつ言った。

「こ、琴音…?あのよー…本当に、別に、そのー…気にしてないんだよな?」

「…え?」

何をそんな事で何度も確認取ってくるんだろうと、私はその裏の意図までいつもの癖で探ろうとしてしまったが、良くも悪くも相手がヒロだとすぐに悟り、少し呆れて見せながら答えた。

「…もーう、さっきも言ったでしょ?別に気にしてないって」

「そ、そうか…?なら良い」

とヒロは見るからにホッとした様子を見せたので、その意外な反応に心内では驚いてしまっていたのだが、それでもこの場はスルーしておいた。

それからは改めてお互いに挨拶をし合い、ヒロとはそこで別れた。


裕美と二人での帰り道、ここでも不思議とヒロの話にはそれ程にはならなかった。先ほどのヒロの不思議な態度についてもだ。あの変化を裕美が見逃すはずがない。…それは別にヒロに惚れてるだとか置いといてもだ。

取り敢えずというか、今日のパーティーの内容だとかで、如何にも女子中学生が喋りあうようなノリで明るく笑いながら歩いた。

しばらくして裕美のマンション前に着くと、何歩かエントランスの方に歩いて行ってから振り返り

「じゃあ琴音、また明日ここでねー?」

と明るく声を上げた。

…お忘れかも知れないが、明日は明日で、今度は藤花と律と一緒という普段のグループでクリスマスを過ごす予定になっていたのだ。内容はほぼ去年と同じで、教会で藤花の歌を聴き、街を少しぶらついてから最後は紫の家でお泊まり会だった。

「えぇ、また明日ねー」

と私は声を掛けつつ普段通りにスッと自宅への道を歩き始めていたが、ここでふと一瞬違和感を覚えた。

それは…もう辺りは暗くなっていて、この辺りは街灯も少なく、それ故に薄暗かったので、尚更マンションのエントランスからの明かりが際立ち、毎度の事とはいえ裕美の姿が逆光により黒い塊に見えてしまっていたのだが、それでも一瞬裕美が帰途につく私に向かって手を振ってくれたその表情が、笑顔は笑顔でいたのだが、何だか寂しげな、そんな影のようなものが差していたように感じたのだった。

…だが、多分私の思い過ごしか、勘違いだろう。


家に帰ったのは七時半になるところだった。玄関までお母さんが出迎えてくれて挨拶をしてくれたので、私からも返した。

それからは、一緒に居間に行く間に、今日のパーティーの事を軽く聞かれたので、今日の情景を思い浮かべつつ、自分でも分かる程にテンションが若干上がりつつ答えていった。

この日もお父さんは病院だというので、お母さんと二人、これまた普段通りの馴染みある夕食を摂ると、また先ほどの今日の事についてお喋りをして、その後は寝支度に入った。

風呂から上がり、お母さんに寝る前の挨拶をして自室に引き上げたのは夜の十時半を過ぎていた。

私は何も考えないまま真っ直ぐにベッドに向かい、ただその上に横になったのだが、お母さんとの会話もあってか、パーティーでのテンションが残っていたせいか目がまだ冴えていたので、またスクッと起き上がると、ふと時計に目を向けた。

…そうか、今日は土曜日か。…あ、そういえば今回は…

と私はおもむろに立ち上がると、パソコンデスクに向かった。そして電源を入れて、最初のデスクトップ画面が表示されると、慣れた手つきで暗証番号を打ち込んだ。その後はすぐにネットに入り、ブックマークの中からある一つのサイトに飛んだ。

それというのが、以前にも触れた、ネット内で”右のネットテレビ局”と称されているホームページだった。今日は土曜日。この局は毎週のように新たな討論番組が放送されているのだが、こうして毎週土曜日の夜十時に動画としてアップしていた。三時間番組だ。

…まぁこれも以前に軽く話した事だが、私は別に毎回見ているわけではない。ただ欠かさずに見ていたのは、そう、神谷さんを含む”オーソドックス”に集う面々が出てくる時のみだった。毎回欠かさずに、この局の社長兼代表が司会者兼パネリストとして同席しているのだが、どうやら神谷さん自身とこの人が懇意な間柄らしく、一、二ヶ月に一回というペースで『オーソドックス・スペシャル』と題を打って討論がなされていた。

…と、わざわざ今こんな説明をしたのかというと、そう、今日この日が、その『オーソドックス・スペシャル』の回だというのを思い出したからだった。また年末というのもあって、そのまんまだが『年末スペシャル』と副題が付けられていた。

それを思い出したので、まだ眠れないというので暇つぶしに軽く覗いて見るつもりで、番組名の所にカーソルを合わせるとクリックした。

その直後には画面いっぱいに討論番組のサムネイルが出た。真ん中に再生マークが出ていたが、三時間もあるというので、また普段見る時も勉強のつもりで覚悟をしてメモ帳を傍らに見ていたので、実際見るのは後ほどという事にして、今はただ出演者欄を見た。

年齢順やキャリア順ではなく”アイウエオ順”に縦に名前がズラッと並べられていた。


ふんふん…えぇっと、神谷先生は当然出ていてっと…ん?


と、ここで一人、この局では馴染みの無い名前が載っているのに気付いた。


中山…武史?…あ、あぁ!武史さん!へぇー…今回初めての出演になるなぁー。あれから何度か雑誌の中の寄稿を読んだけれど、ヨーロッパの政治哲学者の思想を中心に据えて、今の日本のみならず世界の情勢を分析するのが、私みたいな門外漢からしても切り味が鋭くて、しかも論理的で、予め反論が予想される所もキチンと抑えているから、疑問を持つ事なくサラッと読めちゃうんだよねぇー。皆んな勿論それぞれに面白く読んでるけれど、やっぱり毎号に寄稿している中でと言うと、神谷先生、義一さん、そして武史さんってなっちゃうんだよねぇ。…まぁ、それは直接こないだ話した時も感じたんだけれど、とても楽しみだなぁー…って、ん?


ってな具合に、武史が出演するというので、こんな事を思いながら一人モニターを眺めつつニヤケながら今からワクワクしていたのだが、ふとスクロールしていく中で、その出演者欄の一番下に”見覚えがあり過ぎる”名前が載っているのを見つけて、武史の名前を見た時以上…いや、比べ物にならない程に驚いてしまった。

心の中でとはいえ絶句してしまった。

その名前とは…

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