第4話

■■4


「骨になっちまえばそれは仏だ」

 シゲさんの言葉が何度も胸の中でリフレインされる。本当にそうだろうか。私の心は晴れなかった。眠れない。それでも疲れていたのだろう。いつともなしに寝入っていたようだ。気がつくと朝になっていた。朝と言うより昼に近い。目覚めはよかった。パジャマを脱いで洗濯し、テレビを見ながらコーヒーを煎れる。父の骨壺が目に入る。

 立っていって箱をテーブルに持ってくると白い布の結び目をほどく。更に白い陶器の骨壺を開けてみた。がれきの様な父を想像した。が、違っていた。


「え?」

 思わず声が出る。

 奇妙な白い、まん丸のものが入っていた。父の骨壺の中に、である。

 焼かれた骨というものは、白といっても所々は茶色や薄い黄色が混じる。表面はざらついて、端は尖りを持っている。薄っぺらで砕けている。のど仏の小さな塊だけが骨壺のてっぺんにちょこんと乗っている、そういうものだ。幾つかの葬儀で見たので分かる。一番最近見たお骨は母のもの。もう三年も前になる。

 真っ白でつるんとした球体は、そういうごく当たり前のお骨の代わりに、骨壺の中にころんと納まっていたのだった。

「……ボール」

 に見えた。テニスボールの大きさである。指先でそっと突いてみる。

 片栗粉を少量の水で溶かしたような、ぬっぺりとなめらかで、湿ったような質感だった。かといって、押した指がめり込むような風もない。しっかりとした弾力があった。突いた指の先を見る。粉や湿りが指に移るでもなかった。どうも材質の得体が知れない。恐る恐る取りだして手の平に載せると、ひんやりとしている。ただ丸かった。


 どうして、こんなものが骨壺の中にあるんだろうか。第一、これはなんだろう。もっとよく見てみようと手を目の高さまで持ち上げてみた時である。

「あっ」

 落とした、というか、それは落ちた。床についた時、「テン」と軽い音が鳴った。


 床でバウンドしたそれは、みるみる私の胸の高さにまで上がった。そして重力の法則に従ってまた落ちていく。もう一度「テン」。

 なんだ、やっぱりボールだったか。私は吐息混じりの笑みを浮かべる。なーんだ。ああ、もう、びっくりした。なんだか意味深に骨壺の中に入ってるから、なんだろうと思っちゃった。ボールを掴もうと手を伸ばす。


 ボールは。驚いたことにボールは、私の手を逃れるように後ろに「テン」と弾みをつけて一歩下がった。え、と思う。見間違いか。今度は両手で掬うように弾むボールの真下に入れる。すると、ボールは何もない空中で突如方向を変え、横に飛んだ。そのまま、さして広くもない私の部屋を、テン、テン、テンとナナメに横断する。


 二人掛けテーブルの横を通って、テレビの前で一度跳ねる。本棚の前で二度跳ねる。鏡台の所では三度跳ねた。母の遺品の古いもので椅子は壊れて既にない。そして、ボールはローボードの前でなぜか突然立ち止まった。立ち止まると言っても、そこはボールだ。やはり跳ねたままなのだが、私にはそれが立ち止まったように見えたのだ。一箇所に留まり、「テンテン」としている。白いボールの跳ねる度合いが低くなった。私の腰の高さ程度でずっと一定に跳ねている。その様が今度は俯いた人であるように見えてきた。俯くボールの眼前――つまり、ローボードの上――には、母の位牌と遺影が置かれているのである。


 母の位牌の前でうなだれる、父の骨壺から飛び出した不思議なボール。

「……お父さん」

 異常な事態に驚いて固まっていた私の口のこわばりがようよう解けた。

「お父さん、なの?」

 白くて丸いそれは、ただずっと床で跳ねている。

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