Ⅰ 発端①
ローランシアは女王が治める島国の名前である。
国民は
魔力が発現するのは十歳前後、生まれつきの才能が
かつて、《まじない》を使える一族は単に『
――故郷であるラクリモサの森を捨て、誰にも
そうして二百年前、
王家であるレム家を筆頭に、王家の分家筋のルツ家、『王家の
しかし、
手当てがすむと、四人はイーディスの
「さて、お前たちを見込んでの依頼だ。ある方を王宮から
――王宮?
「ある方、というのは」
ティルザが
「ビルキス女王
アルメリアは
「正気で言ってるの?」
「もちろん」
楽しげなイーディスの横で、ベオは小さく
イーディスはアルメリアを指さして言う。
「お前にはクラウン家の
「
「それはお前のやり方
――王子を
そんな
「知ってのとおり、ローランシアを治めているのはビルキス女王陛下だ。アレクト殿下も十六、本来なら領地を治めたり、公務に取り組まれてもいいお年頃だが……ご病弱ということで、
「つまり、サボってるってことでしょ?」
アルメリアが言い刺すと、イーディスは苦笑した。
「さあな。俺にもよく分からん。が、王子不在でも無事に政務が回ってるってのは、陛下の
「女王陛下は
ティルザが口を
「そもそも王位は男性が継ぎ、女性が長子の場合は
「さすが元国務大臣の
「
感心したようなイーディスの口ぶりに、しれっとした顔でティルザは応じる。
「食えないねえ」
とイーディスは笑って
「あの方が即位されてから二十年、良くも悪くもこの国は様変わりした。とはいえ、あまりに急進的すぎて法整備が及んでいなかったり、国民感情が追いついていない政策も多い。そこを本来なら王子が補佐すべきところなんだろうが……」
「後宮に引きこもって出てこない、と」
アルメリアは鼻に
「そういうことだな。殿下が国民の前にお出ましになったのは、十歳におなりになった
「で、僕たちにその大事な箱入り息子を奪えと言うんですね?」
ティルザが
「ああ、そのとおりだ」
アルメリアは
「王子を誘拐する理由は?」
「
「見下げ
「こそ
しゃあしゃあとイーディスは言い返すと、人差し指の先に黒い小箱を
「転移
小箱の側面には金で
アルメリアは目を細める。魔法陣は秘術とも呼ばれる
「この屋敷の地下に、同じ魔法陣が
な、簡単だろ? とイーディスはあっさりと言ってのける。
「王族を誘拐すれば、国家反逆罪で
イーディスは
「だから、お前らに働いてもらうんだよ。万一失敗したところで、足がつく心配はないからな。何せお
その優美な声を聞きながら、アルメリアは冷静に判じた。
この男、相当頭が切れる。こちらの事情を
――五年前の事件も同じ?
金を積まれ、依頼されてアストリッド家を
だとすると、たとえ任務が成功したところで、自分もティルザも
――何とかしてこの男の手から
翌朝、屋敷の客室で目を覚ましたアルメリアは、ドアの外の気配に気づいて耳をすませた。
「お嬢様。入室してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
許可すると、美しい
アルメリアの外見が本来のものに戻ってしまったため、相手は気づいていないようだが、こちらは相手の顔に見覚えがあった。ハンナとして屋敷に
思わずお礼を言いかけて、
「今日はいいお天気ですよ。窓をお開けしますね」
メイド長はにこやかに言うと、
いい部屋だ。アルメリアは周囲を見回して思う。広々として
――ふかふかのベッドで寝るなんて、何年ぶりかな……。
しみじみと
「申しおくれました。わたくしはこの屋敷のメイド長を
礼儀正しく頭を下げられ、アルメリアは
だが、ブリジットはアルメリアに何も
焼きたてのパンにオムレツ、サラダにコーンクリームスープ、クランベリージュース。食後のホットチョコレートまで、何もかもおいしかった。毒が入っていないかと
――ティルザは無事かしら。
あの後、ティルザは別の部屋に連れていかれてしまった。
じわじわと足元から不安が
アルメリアが両手を
「よう、元気か」
室内に入ってきたイーディスが、そのまま当然のようにアルメリアの正面に腰かける。
「イーディス様」
ブリジットが目を丸くして言った。
「お越しになるのでしたら、二人分のご用意をさせていただきましたのに」
「いいっていいって。ありがとな、下がっていいぞ」
イーディスがひらひらと手を振り、「かしこまりました」と
二人きりの空間に、
「ティルザはどこにいるの」
イーディスはアルメリアの問いかけを無視して言った。
「今からお前の名前はシルヴィアだ。シルヴィア・モンテミリオン。資本家階級で、小麦商を
「ティルザはどこにいるのかって聞いてるの」
「お前はそればっかだなー」
イーディスは
「心配しなくても取って食いやしねえよ。大事な預かり物だからな」
アルメリアは疑念のこもった
「
言いながらイーディスの手が首に伸び、アルメリアはびくりとした。
冷たい手が首筋に触れ、包帯の上をなぞる。その手が今度は
「ちょっ、何すんのよ!」
イーディスはあっさりした
「包帯ちゃんと巻いとけ。ほどけかけてるぞ」
「余計なお世話よ! 放っといて」
「あっそ」
イーディスは立ち上がった。
「屋敷内は自由にうろついていいぞ。お前が外に出ようとするなら、弟君の身の安全は保証しないけどな」
「ティルザに会わせて」
「
満面の笑みで
「
「何とでも」
「任務が成功すれば弟君は無傷で返す、それが約束だ。商人はビジネス上の約束をたがえたりしない。俺のことは信じられなくても、その約束だけは信じてもらっていい」
イーディスはアルメリアの目を見つめ、確信のこもった口調で言った。
背を向けて歩き去ろうとする彼に、思わず問いかける。
「ちょっと待って」
「何だ?」
振り返った彼の、緋色の瞳と目が合う。
「五年前の」
と言いかけ、アルメリアは口を
「……何でもない」
イーディスはふっと笑った。
「まずはその痛々しい傷を治せ。話はそれからだ」
そして軽く片手を上げると、扉の向こうへ消えていった。
アルメリアはベッドの上に腰を下ろし、
――怖い。
イーディスが何を考えているのか分からない。立派な客室、親切なメイド長、
このまま利用するだけ利用されて、殺される? そんなのは
五年前の真実が知りたい。両親のためにも、自分のためにも。
でも、それより何より、早くティルザを取り返したい。ティルザのそばにいたい。
――ティルザがいなきゃ、私は一歩も前に進めない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます