プロローグ
「お
呼びとめられた
「いやですよ、ご主人様。あたしゃお嬢さんなんて歳じゃありませんよ」
そう答えると、声をかけてきた人物は不敵に笑った。
この
「そこで何をしている」
イーディスの隣にいる従者が口を開いた。片手で抜き身の剣を構え、主人より半歩先にかばうような体勢で立っている。眼光は
肉づきのよい体を
「あたしゃ
「こんな夜中に? 熱心だな」
からかうようにイーディスが言い、
時刻は真夜中。屋敷の者は
ここは屋敷の東塔だ。
それが今ようやく張り
首を軽く
「
従者は舌打ちした。
だが、その瞬間、螺旋階段を突き上げるように強い風が吹き、煙は
「なっ……!」
驚いて動きが止まったところを、イーディスに両手首をつかまれ
「掃除は掃除でも、金庫を
名前を呼ばれた瞬間、
丸々と肥えた中年女性の
これが、本来のアルメリアの姿だった。
突然の
「表向きは俺の屋敷に
アルメリアは
「五年前に
ぎくりと背筋が
――何でそれを。
「ま、世間的には一家心中ってことになってるがな」
表情から
「当時十一だったから、今は十六か。何の後ろ
――この男は私を捜していた。五年前の事件のことも知っている。
――なら、お父様とお母様を殺したのは……。
心臓が凍りつく思いで、アルメリアは彼を見上げる。
「けど、ちょっと
と言うと、イーディスはアルメリアの耳元に
「お前、何で生きてんの?」
「五年前の事件でアストリッド大臣が死んだとき、
体が
「さて、これは一体どういうことかな? 説明してもらおうじゃねえの」
――どうすればいい?
力の差は歴然、しかもイーディスの背後には従者がいる。今ここで屋敷の床が
かといって、
何とかして時間を
「さすがはイーディス様。その若さで、この国を裏で
たっぷり皮肉のこもった物言いに、従者の腕がぴくりと動く。
イーディスはそれを目で制すと、軽く笑った。
「それは買いかぶりってもんだ。俺はただの商人だよ、ちょっと
「イーディス・クラウン。二十五歳。この国
だが、アルメリアの次の発言が
「『ゴッドアイ』はもともと、
イーディスの顔色が変わったのを見て、アルメリアはすかさずその
その隙に腕を
背後から近づいてきた従者に
「それ
「おいおい。そんな命令してないぞ、ベオ」
イーディスが軽く手を振ると、
アルメリアは横目でベオと呼ばれた従者を見やった。どうやら、今のは彼の《まじない》らしい。数秒の間、他者の動きを止められる能力といったところか。
「その情報、
問いかけに対して、アルメリアは
「簡単に調べられるようなネタじゃないんだがな……」
「私を殺せば、あなたやゴッドアイに関する不利益な情報が外部に流れる
「貴様っ」
ベオの締め上げる腕に力がこもり、アルメリアは痛みに顔をしかめつつも
「どうする? イーディス様」
イーディスはしばらく真顔で、
「……合格だ」
「は?」
「お前のその調査力と、数日でここまで
彼はピアスを
ピアスとイーディスを
「盗賊として雇ってやるよ。それは前金だ。任務を成功させれば命は取らない、見合うだけの
「任務? いや、それより合格って何よ。まさか私を
「そのまさかさ」
イーディスはにやりと笑う。
だが、アルメリアには信じられなかった。
「私を……殺すつもりじゃないの?」
「言ったろ? 雇ってやるって。今のところは生かしておいてやるよ。任務に使えそうな奴を殺すのはもったいないからな」
「
アルメリアは吐き捨てた。ハンナの変装を見抜いていたのなら、最初から
「信じる信じないはどうでもいいけどな。とにかく、お前らにはやってもらうことがある」
「任務だか何だか知らないけど、あんたに利用されるくらいなら死んだほうがましよ」
「そんなこと言っていいのかな?」
イーディスは目を細めると、
「お前が死んだら、大事な弟はどうなる」
全身から血の気が引いた。
「お前らがペアで動いてることは分かってるんだよ」
心臓が縮み上がる。わずかに残っていた強がりと意地は消え、心が
「残念だが、俺にはったりは通用しないぞ。商人は情報が命だ、取引する品については調べ尽くして当然」
アルメリアは最後の悪あがきを試みた。
「弟なんていない。この
「だから
イーディスは
「ま、いいや。証拠を見せてやるよ」
彼が手を叩くと、扉の
その瞬間、アルメリアは動いていた。
「何……っ!?」
ベオが
「くっ……」
見えない拘束を引きちぎってでも進もうとするアルメリアに、少年は言った。
「姉さん、落ちついて」
少年の後ろでもう一人の従者が剣を構え、喉元に突きつけている。それが目に入ると同時に、イーディスが言った。
「それ以上動くと、弟が死ぬことになるぞ」
先ほどより短い時間で金縛りが解けると、アルメリアは床に崩れ落ちた。
ベオが
激しい
「放せ」
ベオはぞっとした顔で呟いた。
「こいつ……痛みを感じないのか」
もちろん、そんなはずはない。首や指からは血がどくどくと流れ、腕は死ぬほど痛む。いつ殺されてもおかしくない状況だ。しかし、恐怖や痛みに
「やれやれ。まるで野生の
イーディスはどこか
床にしたたり落ちた血は、点々と赤い花を咲かせている。
彼はしゃがみ込み、アルメリアと目を合わせると、口を開いた。
「
だが、アルメリアの瞳はイーディスを素通りして、弟しか見ていない。
「イーディス様。この女、俺が今ここで」
「黙ってろ、ベオウルフ」
「いやー、
「ティルザ!」
すると、ティルザはがっくりと
「ティルザ、ティルザ!! っ放せっ!!!」
ベオの腕の中でもがくアルメリアに、ティルザは静かに「姉さん」と呼びかけた。
それだけで、アルメリアの瞳に光が灯る。
「落ちついて。僕は大丈夫だから。とにかく今はこの人たちに従おう」
「でも……」
ティルザは泣き笑いのような表情で、首を
「ね?」
アルメリアは長い
「……分かった。あなたたちに従う」
「いい子だ」
イーディスは満足げに
「ベオ、放してやれ」
「よろしいのですか」
驚いたようにベオは問い返したが、イーディスはあっさりと頷く。
解放されたアルメリアは、よろめきながらティルザに駆け寄り、強くしがみついた。
「ティルザ……ごめんなさい、私……」
「ううん、しくじったのは僕だよ。ごめん姉さん」
アルメリアは弟の頭を
「
平静を
ティルザはゆっくりと首を振り、もう
「大丈夫だよ。何もされてない」
前髪を上げて
そしてようやく腕を離し、大きく息をつくと、アルメリアは
両手を上げた状態で立ち上がり、イーディスに問いかける。
「で? 私に何をさせる気」
「まあ、そう
彼は
「お前も、もう下がっていいぞ」
イーディスはもう一人の従者に命じると、ベオに向き直った。
「ベオ、止血してやれ」
「……かしこまりました」
ベオは
「痛いか」
イーディスに問われ、アルメリアはそっぽを向いた。
「別に」
「意地張るなよ。痛いに決まってんだろ」
じゃあ何で聞くのよ、とアルメリアは思ったが、口には出さないでおいた。
とにかく今は耐えるしかない。ティルザの命がかかっているのだから。
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