チェンジ・ザ・ドリーム
イグニスクリムゾン
チェンジ・ザ・ドリーム
十一月の下旬。完全に陽の暮れた
大体予想はできているのだが、一応その誰かを確認すべく、俺は顔を横に向けてみた。
するとその誰かはすぐに分かった。
背丈は俺の肩くらいしかなく、全体的に痩せており、下ろせば腰くらいまではあろうかという程の長い髪を、ポニーテールで結んだ黒髪のかわいらしい女性だった。また、丁度いいサイズの
言うまでも無く、俺の彼女のなぎ。本名―白石渚―なのだが、ほんとに俺にはもったいないくらい超絶かわいい。
なんて考えながら空を見上げていた俺は、再びなぎの顔を覗き込むように顔を横に向ける。
なんだかとても楽しそうだが、どこか疲れたような顔をしているなぎの顔を見るに、おそらくデートの帰り道だろうと推測できた。
「今日は楽しかったね。」
不意にそんなことを言われ、思わず素っ頓狂な声を発しそうになるがどうにか堪える。
「あぁ、そうだな。」
どこに行ってどんなことをしたかは記憶に無いが、とりあえずそう答えておいた。
何故記憶に無いかは追々わかるとして、俺たちが今歩いてるのは、三人が並列になって歩けるくらいの広さの路地裏だ。車の通りは少ないのだが、なぜか猛スピードの自転車がやたらと行き交っている気がしなくも無い。
今気づいたのだが、なぎの鞄には、前までストラップが三つしかなかったのだが、四つに増えていた。ポケットからひょいっと顔を出してる俺の財布にもお揃いのストラップが付けてあることから、おそらくデートの最中に購入したのだろう。なんて考えていたらいつの間にかなぎとの分かれ道であるT字路に差し掛かっていた。
なぎと何も喋らないってなにやってんだよ俺。と心の中で思わず叫んでしまった。瞬間先ほどまで前後に揺れていた右手が急にその運動をやめるのと同時に、握られていた手は解かれた。
右手に微かに残るなぎの温もりを味わっていると、俺の目の前に下から目線でなぎが顔を覗かせてきて口を開いた。
「んーっ、やっぱ一緒に暮らしたいよね。ほら、こういうときとか急に寂しくなったりするし…あっはっは、なんてね。冗談だよ。それと今日はホンッとに楽しかったよ。また明日学校でね、雄也。」
満面の笑みでそう言ってくるなぎの顔を見てると、なぜか気恥ずかしくなり顔を逸らしてしまう。
「おう、ならよかったよ。まあ、考えておく…。」
なんて言ってみると顔が熱くなるのを感じたのでわざとらしく咳払いをする。
「じゃあまた明日ななぎ。」
そう返した俺に対し、なぎは途中何も聞こえないよといわんばかりににっこりと微笑み、「また誘ってね」と言ってきたので、「もちろん」と答えると、鞄を大事に両手で抱えながら小走りに去っていった。
その背を見送る前に急激に眠気が襲ってきた。
「なんか眠いから家に帰るか。」
小声でそう呟き俺はT字路を再び歩き出そうとした瞬間、先ほどなぎが去っていった方向から車の急ブレーキの掛かる音と共に、何かが割れる音が鳴り響いた。
その
「ん…、何だ?」
反射的に両腕で顔を覆いながら思わず目を瞑ってしまった。
爆風のようなものが俺の全身を容赦なく叩いて行く。
十秒もしない内にその風は止んだ。途端、強烈な鉄の臭いが鼻を刺した。
その臭いのせいか
不吉な予感が外れている事を願いながら恐る恐る両の腕を解きつつ、瞑った目を開く。
俺の不吉な予感は……当たっていた…というより、それをはるかに超えていた。
なぎの歩いていった方向。車が鳴らした急ブレーキが聞こえてきた方向。その二つの出来事は同じ方向であり、二つの事が起きるまでの空き時間は数秒もなく、何かが飛んできたのも同じ方向であることからなぎが轢かれたであろう事はすぐに予想できた。また、無事じゃないことも。
けど、今目の前に広がる光景はそんなものじゃなかった。それと同時、何かが割れる音も理解できた。
結果から言うと、なぎは死んでいた。
ただ死に方があまりにも悲惨すぎた。
その肢体は辛うじて残ってはいるものの、心臓があるであろう部分には鉄のパイプが刺さっており、全身から流れた血が衣服に滲み出ていた。また、左手はちゃんとバックはを握っているのだが、ストラップは全て引きちぎられていた。
超絶かわいらしいなぎの顔はその原型を留めておらず、口からは血とともに折れた歯が幾つも流れ出ていた。
それを見た瞬間目から幾つもの涙が零れるのと同時に吐き気が漂ってきた。
「うぅ…。」
左手で口元を抑え、膝立ちをするような形で地面に倒れ込んでしまった。そのまま泣き叫びたくて仕方がなかったが、それよりも俺の大切ななぎを轢き殺した犯人を殴りたかったため、急ブレーキの聞こえた方向を睨み付ける。
涙の
涙を拭うために腕に目を擦り付けていると不意に、先ほど睨み付けた所から成人男性のものと思われる複数の声が聞こえてきた。
「あれれ?死んじゃったぁ?」や「ブレーキ踏んだだけで鉄パイプが刺さっちゃってるよ」などを含む笑い声が聞こえてきた。
それを耳にした途端、身体が勝手に動き出し、なぎの傍まで行き「ごめんな…殺してくる」と亡骸に声を掛けながら、なぎに突き刺さった鉄パイプを引き抜き男性たちに突進した。
男性たちがそれに気づいたらしく、車にたくさん積んでたらしい鉄パイプを取り出し、俺に向かって投げてきた。
俺が男性たちの所にたどり着くよりも早く鉄パイプの方が顔面に迫っていた。
それを交わすには今から足を止めても間に合わず、避けるにしても勢いを付けすぎたため困難だった。そのため真向から当りに行った。
「ぐっ…。」
反射的に目を瞑ってしまったのだが、幾ら待っても、鉄パイプの当る衝撃もなく、ただ視界が暗くなり、音が無くなるだけだった。
気がつくと、俺はベッドで天井を向いて寝ていた。
それを自覚したときにはもう、今置かれているすべての状況を一瞬で把握した。
とりあえず起きるために目を開けた。
視界に入ってきたのは予想通り、病院の天井ではなく、自室の見慣れた天井だった。
上体を起こし、ため息をひとつ吐いてから「長いわっ!」と朝一番の大声を出しそうになるが、毎度言うのは面倒なので堪える。
いつもならこれで終わりなのだが、今日は
「正夢って…、それを受け入れるしかないのかなぁ。」
普段ならそんなことも考えず、すぐ朝食を摂るのだが、今日に限っては、朝食も摂らずに朝からパソコンと睨めっこを始めてしまった。
検索ワード「正夢」で調べてみると、俺は正夢の意味を生まれて初めて理解した。
正夢。それは夢で見たことが現実ものとして起きた時の夢のこと。また、ある
この文からすると、「現実のものとして起きること」をひっくり返せば正夢じゃないということになる。
それは強ち間違っていなかった。
逆夢と言うらしいそれは、夢で見たのと反対のことが起こった時の夢の事だという。
けど、それをするにはどうすればいいのか全く見当がつかなかった。
俺がこれまでに見た夢は全てが現実のものとして起こっている。がそれを変えようなどと思ったことが無かったため策が浮かばないのだ。否、一度だけ変えようとしたことがある。
俺は逆夢、当初は「逆夢」というワードを知らないため、正夢にしたくないと行動に出たことがある。やり方は単純。その日の行動を、正確にはその夢の前後の行動をかえたことがあるのだが、結果が変わらなかったため、それ以降変えようとしなかったのだ。
が、今回は意地でも逆夢に変えなければならない。
あまり気は進まないのだが、俺が正夢を見るということに対し一番の理解者であり、彼女でもあるなぎに電話を掛けようと思い、現在時刻を確認すると、まだ六時前だったため、朝食を摂り、時間を潰すことにする。
俺の家は二階建てで、自室が二階にあり、台所は一階のため一度部屋から出て台所に向かう。
冷蔵庫を開けると、何故か今日に限ってトマトジュースやらイチゴジャムパンやらと赤いものばかり入っていた。
それを見た途端に食欲が失せそうになったため極力視界から外し、真っ白のヨーグルトを食べることにする。すぐにそれを平らげると、部屋に戻った。
再びパソコンに向き直り、睨めっこをしようとするといきなり携帯の軽快な着信音が鳴り響いた。
咄嗟に時間を確認すると、六時二分前だった。
とりあえず携帯を手に取り、発信者を確認するとそこにはなぎと書いてあった。急いで応答ボタンを押し、電話に出る。
「あっ、もしもしぃ。」
電話越しに聞こえてくるなぎの眠たげな声を聞いた途端に涙が溢れそうになりそれをどうにか堪えながら応答する。
「もしもし、なぎか。朝早くに掛けてくるなんて珍しいな。どうかしたのか?」
なぎはいつも、朝に弱いためこんな時間に掛けてくるのは珍しいのだ。
「んー、ゆーやが忘れてるかもって思ったから。ていうか、何で涙声なのぉ?」
涙声だったらしい。
忘れてるって何をだ?と当と思ったがすぐに思い出す。
「忘れてないよ。十時に近所の公園集合だろ。」
「おぉ、当たってるよぉ。」
なぜか眠たげな声で驚かれた。
「おう。そういえばなぎに聞きたい事があるんだけど、いいか?」
なぎが電話を切らない内にと、応答しながら言葉を続ける。
「うん。いいよぉ。」
「『逆夢』って知ってるか?」
「うん。知ってるよぉ。」
相談の前提として聞いてみたが、どうやら知っているらしい。
「ちょっと待ってて。」
そう言うと、ガチャっと電話を置く音が聞こえた。その後、いろいろな物音が聞こえたかと思うと、何かを飲むような音が電話越しに聞こえてくる。一泊おいて電話を取る音が聞こえたかと思うと、「ごめんごめん」と先ほどとは打って変わって、いつもどおりのなぎの声が聞こえてきた。
おそらくなぎの好物であるコーヒーを飲んで目を覚ましたのだろう。
「確か、夢で見たのと逆の事が起きたときの夢だっけ?」
「うん。てか、なぎ…お前よく知ってるな。」
「まぁね。雄也に正夢の事聞いたときに調べたの。」
知っているならそうと教えて欲しかったものだ。と話が逸れそうになったので本題に入ることにする。
「実はさ、どうしても逆夢にしたい夢を見てしまって、どうすれば逆夢にできるか知りたくて…何かいい方法はないかな?」
「うーん、雄也が逆夢にしたい夢ね…私が死ぬ夢だったりして。」
その言葉を聴いた瞬間脈が速くなるのを自覚した。
「なんてね。で、どういう夢だったの?」
なんてねと言われて、冗談だとわかっても脈は治まらなかった。
「……」
「どうしかたの?」
少しの間間が空いたらしく、何事かと問われた。
「いや、なんでもない。…あまり思い出せなくてさ…、ごめん。また後でな。」
「わかった。また後でね。」
本当の事を言おうかと迷ったが、今から大事なデートがあるため伏せておいた。今は深く考えず、途中で策を練ることにして。
―四時間後―
秋が終わり、もう直ぐ冬に入ろうとしている十一月下旬、太陽が爽やかに顔を出している
目が覚めてからおよそ四時間近くが経過しているというのに、今朝見た夢の所為で未だに心臓の波打つ音が鳴り止まなかった。
正夢を逆夢に変えるべく、後で策を練ろうと考えたものの、その間なにも考えずにはいられなかったため、結局あの後も何回も策を練っていた。が、結局良さそうなのは出てこなかった。
もし、この結末がわかっている出来事が変えられぬ運命ならば、せめて今日はやめて欲しかった。
今日―十一月二十五日―はなぎの誕生日だからだ。
くどいとは思うが、ほんとに今日はやめて欲しかった。
なんて心の中で誰かと話しているような感じで考えながら空を見上げた。
嗚呼。空が蒼い。血は紅い。そして雲は…無い。
「おまたせ、黒崎くん。」
「うわっ…、」
独りギャグ的なものを楽しんでいたら不意に、前方からそんな声を掛けられ、驚いてしまう。
その声の主がなぎだと直ぐにわかったが、念のためその顔を下から覗かせる。
薄手の長袖に、ジーパンを身に纏い、少しだけかかとの高いブーツを履き、左腕にはストラップが三つほど付いたバックを提げており、長めの黒髪はポニーテールで編まれていた。
「なんだ、なぎか。」
「なによ、その残念そうな
俺が何をしたのか、なぎが突然頬を膨らませながらそう言ってきたので、その膨らんだ頬を両手でプレスしながら立ち上がる。
「何かしたか?てか早く行くぞ。」
「いたっ…ってちょっと待ってよ。」
「はいはい。」
なんて片手をひらひらさせながら言いながら待っていると、「自覚ないのね」と聞こえた気がするが、あえて無視しておいた。
「雄也、何か飲みたい。」
「コンビニでなら買うよ。」
そういいながらまだ人通りの少ない繁華街を二人で歩き出した。
繁華街といっても、居酒屋やバーが多いため、ほとんどの店がシャッターを降ろしていた。
とりあえずこの繁華街で楽しむという行為を出来ないのは目に見えているので、足早に繁華街を抜ける。
すると、先ほどまでのシャッターゾーンとは一変し、ワンダフールな雰囲気をだす店達が左右に広がっていた。
食べ物、飲み物、乗り物、酔い物、様々な店がある中でコンビニがぽつんと孤独化してるのが伺えた。
「なぎ、あっちのぼっちでいいか?」
とコンビニを指差しながら問うと「OK」と即答だったため入ることにする。
「いらっしゃいませえぃ!お客様ぁ!」
客足が少ないのか、目をこれでもかというくらいに見開いた店員が、これでもかというくらい声を張り上げ、これでもかというくらい綺麗な直角九十度のお辞儀をしてきた。
俺となぎはそれを横目に見ながら、飲み物コーナーへ足を運ぶ。
「なぎはなに飲むか決めた?」
俺は
さすがにこの光景にも慣れたのか、これには無反応で「うん。決めたよ」と返された。
レジに飲み物を四本ほどを置き、支払おうとしたら、店員が会計をしながら突然話しかけてきた。
「その財布って何処で買ったんですか?その
と店員が言いかけたところで、おつりの出ないようにお金をご丁寧に払いながらそのコンビニを後にした。
「あのコンビニにあんな
「さぁ、わからないけど、
「同感だ。」
この日を境に俺は…俺たちは、あのコンビニへ脚を踏み入れないことを固く決心したのだった。
それからどれくらい歩いただろうか、食べ物、飲み物、乗り物、酔い物、様々な店のある通りを抜け、都心部に着いていた。
「今日は何処に行くの?」
となぎに聞かれて思い出した。デートだったと。
「今日はなぎの行きたい所行かないか?ほら、今日はなぎの誕生日だろ?だからさ。」
「私の行きたい所?うーん、そうだなぁ、洋服とか見たいな。ていうかさ、今日私の誕生日ってわかるなら朝からへんなこと聞かないでよね。」
一瞬そんなこと聞いたかなと、頭をフル回転させようとして直ぐに思い出した。逆夢の事だ。
逆夢というワードが頭を過ぎった瞬間、忘れていたわけではないが、再び今朝の悪夢が蘇える。
今日は大事なデートだからこんなことを切り出したくは無いのだが、もし切り出さず、ほんとに正夢になれば俺は後悔するだろう。けど、切り出せばせっかくの雰囲気を壊してしまいそうで躊躇ってしまう。
「…や……」
何も躊躇う必要は無いはずなのだが、何故か躊躇う自分がいた。
「や………雄也……雄也」
そこでなぎに呼ばれてることに気づく。
「ん?どうした?」
「どうした?じゃないよ。やっぱり逆夢にしたいことって…」
俺はなぎが何を言おうとしたのか、それを察せなかったが、なぎの口から「私が死ぬ夢なの?」と出るような気がして怖かったのだろう。なぎの言葉を遮るように深々と頭を下げた。
「ごめん…せっかくなぎの誕生日なのに…こうしている内にも時間は過ぎるから急ごうぜ。」
そう言って何とか誤魔化し、なぎの手を引きながら洋服店に駆け足で向かう。
「あまり無理しないでね。」
心配されたため、「わかってる」といい、今朝の夢は少しの間だけ忘れることにする。
駆け出して二分経たずくらいで洋服店の入り口に到着する。
「ここでいいか?洋服店。」
「いいよ。一緒に見よ。」
先ほど俺が引いていた手をなぎが引くような形になり、洋服店に吸い込まれた。
洋服の種類はそんな詳しくは無いのだが、見る感じ、羊毛のコートや、フリルのついたワンピース?やレザーコート?的なのがたくさんあった。
いったいなぎはどんな服を選ぶか、またどんなのが似合うかなどと考えていたら、一通り見終えたらしいなぎが幾つか服を抱えていた。
「結構とったな…」
と少々驚きと本音の混じった声でそう言っていると、「えっへっへぇ」などと笑みを浮かべながらスタスタ歩いていくので、とりあえずついて行く事にする。
なぎの向かった先は…大体察しは着くと思うが、勿論試着室だった。
「ちょっと持ってて」
などと言いながら、なぎがいつの間にか腕から手に提げ直していたバックを放り投げてきたので、それを受け取る。
なぎは俺がバックを受け取ったのを確認せず、試着室に入り扉を閉めた。
とりあえず、試着室の周辺で待つことにする。
どれくらい経ったのか、試着室からなぎがひょこっと顔を覗かせ、ひょいひょいと手招きをしてきた。
ため息を一つ、なぎに聞こえないくらいの音量で吐く。
「似合うかな」
とフリルの付いたワンピースをひらひらさせながら問うてくるので、「似合ってるよ」と返す。
すると、なぎは満足げな笑顔を浮かべたかと思うと、その笑顔のまま再び試着室に数分間閉じこもった。
そして再び試着室から顔をひょこっと覗かせたので ため息を一つ、なぎに聞こえないくらいの音量で吐き、なぎの方へ向かう。
先ほどと打って変わって、大きめのとんがり帽子に、黒いローブを羽織っていた。今のなぎに木製の杖とか、箒を持たしたら魔女と勘違いしてもおかしくない程違和感が無かった。
「どう?似合うかな?」
「魔女かよ…まぁ、似合ってるぞ。」
「魔女に見えるんだぁ。なんだかうれしいなぁ。」
魔女に見えるのがそんなにうれしかったのか、満面の笑みを浮かべながら、喜びを噛み締めている…ように見えた。もしなぎに、動物のそれと同じ耳や尻尾が付いてるなら、パタパタさせていただろう。
そして再び試着室にこもったなぎは五分足らずで直ぐに出てきた。
幸い俺は今口には何も含んでいなかったため、
「けほっ…けほっ…、何だその格好…。」
だが、それに気づいた素振りを見せないなぎは、「どう?似合うかな?」とどこぞのRPGに出てくるモブキャラだよ、と突っ込みたくなるようなことを聞いてくるので、今一度なぎの服装を上から見直してみる。
頭には白と黒のカチューシャ的なものが髪飾りの様に付けられており、フリルのたくさん付いた白と黒のエプロンを思わせるような服。その
何処からどう観たって、完璧なメイドさんだった。
とりあえず、「うん、似合うぞ」と言っておいた。
「へへっ、ちょっと待っててね。」
とコレで何度目か、再度試着室に入っていくなぎ。そして微かに見えるウサギの耳…そこでなんとなく嫌な予感がし、なぎを引き止める。
「なぎ。ちょっと待て。その手に持ってるものを見せろ。」
とやや強引にその手にあるものを見て驚愕する。なんせその手に握られていたのは明らかにバニーガールになるための服だったのだから。
「ナニコレ?」
つい、片言で喋ってしまう。
「何って…バニーガール?」
「うん。それはわかるよ。なぎはコスプレでもする気かな?」
「だめ?」
そう返ってきた瞬間、一目散になぎが持っていた服を元の売り場に戻し、店から飛び出た。
「いつもならもっとこう…うーん、さっき以上に乗ってくれるのにさ…どうしたの?雄也」
言われて気づいた。
確かに、いつもならなぎがこういう悪乗りに俺も乗っていたのだ。
自覚は無かったが、今朝の夢のことで少し神経質になってたっぽい。
「あぁ、わりぃ。」
「無理しないでね。」
「わかった。」
俺たちは再び店に入り、なぎが気に入ったという洋服を何点か買うことにした。
「コレでいいのか?」
「うん。」
気を取り直し、買い物を再開したのはいいものの、なんか気まずかった。無論俺が悪いのだが。
「さっきはごめんな…。」
「気にしなくていいよ…まぁ、雄也の事だから今朝の事を引きずってるんだろうけど。」
マンガならギクッの文字がエフェクトとして浮かびそうだが、何も出てこない。代わりに額に脂汗が浮かんだ。
「お見通しかよ。」
となぎに聞こえないくらいの音量でそう呟く。
「後で話すよ。」
そう言ってレジに向かい、支払いを済ませて店を出る。
「雄也。なんか飲もう。」
「また?まぁ、構わないけど。」
そう言って近くにあったコーヒーチェーン店に入り、コーヒーを飲みながら話をすることにする。
まだ昼前のせいか、店の中は
「なぎは何飲むの?」
「雄也と同じので。」
「じゃあブラックだけどいいか?」
「うん。」
注文を済ませ、店の最奥の席をとり、腰掛ける。
テーブルの真ん中にコーヒーを挟み、向かい合うような形で座っているのだが、腰掛けてから数分(体感)一言も喋らずに、異様な空気が流れている。
コーヒーを互いに一口飲んだ後、コップの置く音が響き、さらに緊張感が高まる。
「あのさ…なぎ…。」
「どしたの?」
やけにのん気に返してきたため、なんとなく突っ込みたくなったが、それを突っ込むための
次に言おうとしている事の所為で俺独り緊張してるのだが。
「今日よ…うちに泊まっていくか?」
「うーん…今日ね…ブフッ…今なんて?」
とベタなリアクションの所為で、なぎが口に含んでいたコーヒーが俺の顔面にクリティカルヒットした。
「あっゴメ…。」
と慌てるなぎを見ながら手元にあるハンカチで一拭きする。
「もう一度言うぞ」
と完全に緊張感の欠片すら失った俺はそう告げる。
「うん…。」
次はなぎが緊張してるのか、固くなりながら頷きコーヒーを持ち上げるので、とりあえず、それを一時的に没収する。
「今日うちに泊まっていくか?」
「まぁ、いいけど…って明日学校だけど…」
完全に忘れていた。
明日から俺にとっては地獄の学校だった。けど、まぁ、関係ない。か。
「大丈夫だよ。」
「わかった。けど、珍しいね。」
そう言われ、何のことか自覚が無かったため、首を傾げてしまう。それを察したのだろう。その理由を説明すべく、続けて言ってきた。
「んー、そのなんて言うかさ、雄也ってこういう誘いをする時って最低でも一週間前とかに確認してくるじゃん?それなのに今日は急だからさ。珍しいなぁって思っただけ。」
言われて自覚した。確かにそうだが、今回は急いでるので仕方ない。
「まぁ、詳しくはうちで話すけど、急だから。なんかわりぃな。」
今日何度目かの「わりぃな」を言った後、店を出てなぎの家に行き、その後俺の家に戻った。
移動時間は三十分弱。正午まで十分くらいは余裕があった。
「お邪魔します。」
なぎを家に上げ、家族オールスターがリビングにいたため、自室に招き入れた。
「その辺適当に座って」
となぎに座るよう促し、家にあった適当なインスタントラーメンを用意してから俺も椅子に腰掛けた。ちなみになぎは俺のベットに座っていた。
「本題に入るぞ。」
「うん。」
なぎに了承を得た後、今朝見た夢の事、一度逆夢にしようとして失敗し、それ以降逆夢にしようとしなかった事を話した。
なぎは目を見開き、今にも泣き出しそうな顔をしながら、今朝の俺のいつもと違う行動について理解してくれた。また、急に泊まりに誘った
「なぎ、ごめん…。」
「何で雄也が謝るの?雄也は何も悪くないんだよ?むしろわたしは雄也に感謝しなきゃ…。」
「なんで感謝するんだ?」
なぎの言ってることがわからず、思わず問い返してしまう。
「だって、雄也が教えてくれたから少しだけ死ぬのが怖くなくなったから。」
先ほどまでのテンションの高い何処にでもいる普通の女の子の面影は無く、恐怖におびえる人に変わってしまっていた。
「それは違うだろ…。」
「違わないでしょ…。だって私は今日死ぬんでしょ?」
「そうならないためになぎを此処に連れてきたんだ。」
「前もそうやって失敗しちゃったんじゃないの?」
熱っぽくなりすぎたせいで、それを聞いた瞬間なぎの頬に
勢い余り、なぎが体制を崩してしまった。が、幸い、俺のベットがクッションになり、その勢いを和らげてはくれたが、そのままなぎが泣き崩れてしまう。
「ごめん…。」
なぎはそれには答えなかったが、俺は無言でなぎの隣に腰掛け、抱き寄せてそっと頭を撫でた。
「確かに、前もそうやって失敗した。」
そう言った瞬間、なぎの体が震えるのがわかった。が、そのまま言葉を続ける。
「けど…、前とは大きく違うことがある。前は家に呼んで、そのままにしてしまった。しかも、家に呼んだその五分後くらいに勝手にいなくなってさ、後日心筋梗塞で公園で倒れてるのが発見された。あとで医者に聞いてみたら、あれはいつ発症してもおかしくない状態だって言われてさ…」
そこで、両の目から涙が零れるのを自覚した。
「それじゃあ俺が何をやっても無駄だったんだなって思っちゃってさ。…そのせいで逆夢にする勇気が出なくてさ。」
俺が言葉を続けている内に、なぎが泣き止んでるのがわかった。
「でも今考えたらそれって病気だったから防げなかったんだって思うよ…。でも…今回違うのは殺人者がいるって事だ。」
そこまで聞いて、なぎが顔を上げ、泣き止んではいるがまだくしゃくしゃの顔のまま、俺の意図を察したのか突然抱きついてきた。
「さっきはあんなこと言ってごめん…。」
すると、泣き止んでいたはずのなぎが再び泣き始めた。
「殺人者がいるから、そいつらと遭遇しなければいい…だから大丈夫だ。仮に遭遇しても、俺が守るから…。」
最後のほうは少し照れくさくなり、声が小さくなった。が、それを聞き取れる距離にいるなぎはうんうんと頷き、小声で「ありがと」と言い再びしゃっくり交じりに泣いてしまう。
どれくらい経ったころだろうか、なぎは泣き止んだ後にベットで寝ていた。
俺は一安心し、全身から力が抜けそうになる。それと同時にのどが渇ききっていることに気づき、一度部屋を出た。扉を閉める際、極力物音を立てないようにしながら。
キッチンに向かうと、そこには姉と母が口をそろえて「何カノジョ泣かしてるのよ」とからかい混じりに言ってきたので、それを軽く受け流し、冷蔵庫を開ける。が、何故か、トマトジュースも空になり、飲み物がすべて空になっていた。
「ちょっと飲み物かって来る」
と言い、家を出て最寄りのコンビニに向かう。
店内は思ってたよりも混んでおり、レジには列が出来ていた。
ふと時刻を確認すると、午後五時半を回ったところだった。
「そんなものか。」
十分くらい並ばされて、ジュースを二本ほど購入した。
それだけでもかなりの疲労を覚えたため、直ぐに家に戻ることにする。
コンビニから家までは一直線に路地裏で通じていたため、そこをあるくことにする。
そこは静かで、車のエンジン音もとより、物音ひとつしなかった。
「疲れたぁ」
なんて呟いていると、前方から誰かが近づいて来るのが見えた。なぎだ。
コンビニで十分くらい、家から出て十五分くらい経つため、目を覚まし飛び出てきたのだろうと思い、手を振った。
すると、なぎもそれに応えるように手を振り返してきた。が何か様子がおかしかった。
何か叫んでいるように見える。
よく耳を研ぎ澄ますと、「急いで」と言ってるよう聞こえる。
不思議に思っていると、何処からとも無く車のエンジン音が聞こえてきた。
「なぎぃー、来るなぁ!」
エンジン音を聞いた瞬間全身から鳥肌が立ち、気づいたらそう叫んでいた。
なぎにその声が届いたのか、届いてないのか、首を振りながらこちらに走ってくる。
そのなぎの顔は恐怖に染まっていた。
「くっ…、」
俺は余計な荷物であるレジ袋をそのまま放り投げ、全速力でなぎの方に走っていく。
「家にもどれー!なぎ!」
これでやっと声が聞こえたらしいなぎは、頷きつつも、一向に戻ろうとしなかった。
なぎとの距離が残り数メートルまで迫った瞬間、なぎが加速し、俺に向かって突進してきた。
そのままなぎは俺にぶつかり、思わずしりもちを付いてしまう。
直後車の急ブレーキの掛かる音と共に、何かが割れる音が鳴り響いた。
それを聞いた瞬間俺は顔を絶望の色に染めた。
目の前には、おおよそ予想通りの景色が広がっていた。
その肢体は辛うじて残ってはいるものの、心臓があるであろう部分には鉄のパイプが刺さっており、全身から流れた血が衣服に滲み出ていた。また、口からは血とともに折れた歯が幾つも流れ出ていた。
それを見た瞬間目から幾つもの涙が零れるのと同時に吐き気が漂ってきた。
が、俺はそこである違和感を覚えた。
俺は一応確認のため、その場から立ち上がろうとした瞬間、足の上に何かが圧し掛かっており、身動きが取れなかった。
けど、俺はその足の上に圧し掛かるものを見て少しだけ安堵の息を吐いた。
そう、足の上に圧し掛かっていたのがなぎだったからだ。
「え…、じゃあ今のは…?」
そう思い、その残酷な遺体の方を確認してみる。
そしてその遺体の身元は直ぐにわかる。信じがたいことに、その遺体は俺だった。
「どういうことだ?」
わけがわからず回りを確認すると、俺の後ろに誰かがいるのが確認できた。
が、その人はあやふやにしか見えなくて、しかも、危険な匂いが漂う人だった。
「あんた…誰…?」
その人は、それには答えず、代わりに、俺の遺体の目の前まで移動した。
「
今の俺の脳は処理速度が追いつかず、頭に疑問符が十数個並びそうだ。
「どういうことか説明してくれ。」
「では説明しよう。」
と、案外のりの良さそうな感じで、返された。
「本来、今は君じゃなくて、この目の前にいる少女…白石渚君が死ぬ予定だったのよ。何でそれを回避で来ちゃうわけ?」
「逆夢になったのか…、夢で見たから。」
と前半は聞こえないように言いながら、後半を理由として述べた。
「成程。それで回避できたわけね。では何で自ら身を挺してこの少女を庇ったの。」
「んなの決まってる。大切だからだ。」
少し力強く言ってやると、納得したようなそぶりを見せてくる。
「ふーむ…、なら仕方ない、君は生きなさい。」
「いや…どうやって?俺死んでるよ?」
と死人とは思えないことを言いながら生きる方法を考えてみる。
が、やはり出てこない。
俺は此処である疑問を抱いた。
「仮に俺が生き返ったとして、俺の代わりに誰かが死ぬのか?」
そこは秘密だといわれ、そこで俺は無理やり意識を飛ばされた。
気が付くと、俺は横になっていることがわかった。続いて、消毒液のような匂いが鼻を擽った。この瞬間俺は生きているということを自覚した。
うっすらと目を明けると、そこには見慣れた顔があった。なぎだ。
「な…ぎ…。うまく…いった…な…。」
すると、なぎも気づいたのだろう、超絶かわいらしい顔をくしゃくしゃにし、泣きついてきた。
「何がうまくいったよ…人を心配させておいて。雄也のバカッ…バカッ…。」
そう言いながら泣き出したなぎは、俺の身体をボカスカ叩いてきたためあちこちが痛むが、今は我慢しておくことにする。
それから色々精密検査を受けたが、後遺症なども無く、健康上特に以上もなしで、俺は事故当初、車に轢かれたが、目立った外傷はそこまで無かったらしい。
またそのときの事故での死者も出てないというのでコレで一安心だ。
ただ、コレを機に俺は正夢を見ることも無くなり、死んだ後に見たあの人も結局はなぞのままだった。
でも、コレを気に、俺となぎは一緒に住むことになった。きっかけは不本意だが。
俺はこれからは悔いの無いように生きることに決めた。なぎと一緒に。
チェンジ・ザ・ドリーム イグニスクリムゾン @igniscrimson
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