第2話 百鬼夜行

「くへへ……面白い事になった」


 話を持ちかけた子狐はこっそり影で笑います。狐にとってマイナーな妖怪がどうなろうと知ったこっちゃありません。ただ面白い事が起きればそれで満足だったのです。

 そんな意図だった事に誰も気付かないまま、ついに作戦決行日である10月31日はやってきました。



 子狐の話を信じた妖怪達がそのままの格好で人里に降りてくると、街は老若男女仮装した人々で溢れているではありませんか。この初めて見る光景に経験豊かな爺系妖怪達もポカーンと大きく口を開いてしまいます。

 街の雰囲気がそうなので、妖怪達がそのまま歩いていても誰も不審がりません。


「本当にどうなっとるんじゃ……。あの狐の言った通りではないか」

「さっき聞いたのじゃが、夜にはもっと派手になるらしいぞ」

「やはり山に籠もってばかりではならんのう。まさかこんな事になっておるとは……」


 子泣きじじいと山爺が話をしていると、その近くでゾンビのコスプレをした集団が突然大声を上げました。


「ウェーイ! ハロウィンたーのしうぃねー!」


 初めて見るその凝った仮装に爺達は大変驚きます。初めて見たせいもあって、どう見てもその仮装が本物に見えてしまったのです。


「うわああっ!」

「?」


 コスプレパリピ集団は何故爺2人に驚かれているのか分からずに首を傾げながら歩いていきました。その集団が去った後で、アレが仮装だと気付いた子泣きじじいが相棒の頬を叩きます。


「落ち着け! あれは人の仮装だぞ!」

「嘘じゃろ……。本物かと思うたわい」


 こうしてハロウィンがどんなものかを実感した妖怪達はじっくりと街の様子を観察し始めました。街を歩く人々の仮装は西洋のおばけだったり、ゾンビだったり、魔女だったり――見れば見るほど子狐の話の通りで妖怪達は頭を抱えます。


「しかし見事に俺等の仮装をする者がおらんとは……」

「西洋のお祭りだから西洋のおばけが多いんじゃない?」


 落胆するひとつ目小僧にろくろ首が慰めの言葉をかけます。この状況に怒りを覚えた赤鬼は気合を入れました。


「だからってここは日本だ! 日本の妖怪の本気を見せねばならん!」


 妖怪達が立てた計画はハロウィン本番とされるこの日の夜に話に賛同してくれた妖怪達を集めて派手に練り歩くと言うもの。かつての百鬼夜行の再現です。

 行列を派手に演出するために妖怪達は知り合いに話を持ちかけて、沢山の仲間を街に呼び寄せていたのでした。


「時は満ちた! いざ、百鬼夜行じゃあ~っ!」


 やがて日が落ちて夜空に星が瞬き始めたのを合図に、妖怪達は大勢の集団となって街を練り歩き始めました。最初は道を歩いていたものの、仮装している人ばかりのハロウィンの夜ではあんまり目立つ事が出来ません。そこで妖怪らしさを強調するために空中に浮かんで人々の注目を集める作戦に切り替えました。

 この変更は大成功。一気に人々は空中を練り歩く大行列に注目し始めます。


「うわっ! 何あれ!」

「ひゅ~! 凝ってる~!」

「これ絶対いいね稼げるっしょ!」


 最初にこの空中百鬼夜行に気付いたコスプレ集団達が一斉に騒ぎ始めました。その騒ぎはすぐに周りの人々にも広がっていき、ついには親子連れにも伝わります。


「ママ~、あれ~!」

「すごいね~! どこの最新技術かしら~」


 人々は騒いではいるのですが、誰もパニックにはなっていませんでした。昔だったら大騒ぎになった挙げ句に討伐隊が組織されて辺りは騒然となったものです。

 それがみんなニコニコ笑いながら、まるで珍しいものを見るような好奇心旺盛な視線を浴びせかけるばかり。この状況に流石の妖怪達も不思議に思い始めます。


「あれ? おかしいぞ。昔ならこんな街中で騒げばみんな大混乱になっていたはずなのに」

「もしかして受け入れられているの? 私達」


 空中で練り歩きながら、騒がれ方に違和感を感じた妖怪達は口々に思った事を口にし始めました。人々からの視線が好奇から来ている事に勘付いた子泣きじじいは、この状況について冷静に分析します。


「いや、どうやら俺等の行列が何かの催し物じゃと思われているようじゃのう……」

「驚いてはくれてるしいいじゃねーか。今は名前が残る事を一番に考えようぜ」


 赤鬼はその状況もまるっと受け入れて、人々の印象に残る事を第一にと訴えました。ひとつ目小僧はそんな友人の心意気を称賛します。


「お前のその前向きなところ、俺は好きだぜ」

「よせやい、照れるぜ」


 さて、どうして人々はパニックにならなかったのでしょう。それは最新の技術の発達によるところが大きいのです。プロジェクションマッピングやら何やらの発達で空中に映像を浮かばせる事が科学の力で擬似的に表現可能となりました。

 そのおかげでこの妖怪達のパレードが人々には何かのイベントのように映っていたと言う事なのです。


 こうして妖怪達の印象付け大作戦がいい感じで進んでいたところで、突然どこからか強い意志を含んだ声が飛んできます。


「ちょっと待ちな!」

「な、何だ?」


 その声に調子良く歩いていた行列は止まりました。人々は楽しんで見ていたはずなのに一体誰が水を差したのでしょう。声の主を探していたひとつ目小僧は同じく空中に浮かぶ不審な団体を見つけます。その団体の先頭にいたのはタキシードを着た見慣れない妖怪でした。


「土着の田舎妖怪共が! 俺達の計画を阻止しようとはな!」

「西洋妖怪! まさか本物もいたのか!」


 正体に気付いた彼が叫んだ通りにその団体は西洋妖怪達でした。先頭のドラキュラを筆頭に狼男やら魔女やらゾンビやら、他にも有名な怪物達が勢揃いです。

 本場ハロウィンからの刺客であるかぼちゃのおばけも当然のように沢山浮かんでいました。正体を見破った日本妖怪達を前にしてドラキュラは叫びます。


「ああ、俺達は本物だ! ハロウィン人気を仕掛けたのも俺達さ」

「何のためにそんな事を?」


 日本の地に西洋妖怪が進出してきた事を赤鬼が訝しみました。この質問にドラキュラはニヤリと笑うとマントを翻します。


「決まってるだろ! この国を支配するためだよ」

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