Truth:真実

ルナは元々捨て猫だった。大学入りたての頃、アパートのすぐ側に雨の中捨てられていた。幸いおれの住むアパートはペット可の物件だったから拾ってやって飼うことができた。ルナの真っ黒な毛並みはまるで夜のようで、その瞳はさながら夜空に浮かぶ月のようで。だから『ルナ』。親元を離れ少しばかり寂しさを感じていたおれの元にやってきた新たなルームメイトは好奇心旺盛で無邪気、悪戯なんかが大好きだった。玩具なんかを買っていってやると、凄く楽しそうに遊び、その様子がとても可愛いかった。だけどそんな幸せな日々もそう長くは続かなかった。社会人になって3年目、その日の朝、ルナは朝ご飯を食べるとそのまま吐いてしまった。狼狽したおれはその日、会社を休んですぐに動物病院に連れて行った。が、もって1週間。余りにも唐突だった。元々体は弱く体調面には気を配っていたつもりだったが、その宣告は無慈悲だった。お別れはあっという間にやってきて心の決心がつく前にルナを奪い去っていった。だから今、目の前のこの光景は信じられるものではなかった。

気持ちが少し落ち着いてくると、きつく抱きしめていた手を緩め、ルナを解放してやる。


「今まで何やってたんだよ、会いたかったんだぞ…!」


その満面の笑みを浮かべた頭をくしゃくしゃに撫でてやる。


「わー、パパやめて〜!あはは!でもね、仕方なかったんだよ?それにね!化ける練習とか色々頑張ったんだよ!」


「ん?化けるって…?」


「ふふん!ルナね、猫又になったんだよ!ほらっ、化け猫!もう10才だしね!」


おれの膝がらぴょんと飛び降りたルナは誇らしげに小さなその胸を張る。


「ははは、えらい、えらい!あ、化けれるようになったから女の子の姿なんだね。すっかり化かされたな…。」


褒めるとルナは満足したようにすぐおれの膝の上に戻って座る。そして足をぶらぶらさせながら楽しそうに続ける。


「えへへ、化かすの上手でしょ!それとね、ハロウィンでも人間に化けれない子はこっちにきちゃいけないことになってるの。だからほんとはパパに会うために頑張ったんだよ」


「へー、そうなんだ。でもまさかルナともう一度会って、しかも話まで出来る日が来るなんて思わなかったな。向こうの生活は楽しい?」


「ううん、退屈。神様は優しい人だしね、何不自由なくていい所なんだけど、何もないから飽きちゃうの。」


どうやらルナは天国に行けたらしい。どこか安堵する。


「でね、退屈。だから!退屈じゃなくて色々楽しいことが出来るパパの話が沢山聞きたいの!」


ルナはニッシッシッシッと笑う。

あー、これは困ったな。おれは苦笑いを浮べるしかない。なんせハロウィンの夜もこうして一人で過ごそうとしてた奴だ。楽しく遊んだ話など沢山ある筈もない。そして数少ない休日の話は全部夕飯の時にして話してしまったしな。


「パパ、そんなに遊びに行かないんでしょ?私知ってるよ。」


ここまで見透かされてるともうぐうの音も出ない。「ははは…、」とだけ苦笑いが漏れる。そしてルナは「だから」と続ける。


「だから、来年!」


「え?」


きょとんとしてしまう。来年?


「うん、来年!また来年くるからそれまでに沢山話を用意しておいてよね!」


「来年も来れるの…?ははは。よし、分かった。約束する。来年までに沢山楽しい話用意しとくよ。」



「楽しみにしてる!」「任せといて。」「あ、私さっきの山の話とか聞きたい!」「紅葉?」「それ!山が紅くって綺麗だった!」「それは急がないと、シーズンが終わっちゃうな。」「一年中みれるんじゃないの?」「ううん。秋の間だけ。」「そうなんだ。秋しかみれないんだったら、おなさら聞きたいな。」「分かったよ」「あとさ!あとさ!山が白くなるやつ!あれも限定?」「それは雪のことかな?それも冬限定だよ」「ならそれも聞きたい!」「ははは、なら今年の冬はスキーにでもいくかな。」「スキー?何それ!」「……!」「…?…!!」「…。」……


この日の夜どんな話をしたかなんて余りハッキリと覚えてもいない。ただこの広い世界に溢れる様々な楽しいこと。それらへのルナの関心は大きく興味が尽きず、それを教えてくれとせがまれてその話をする。そして実際に体験した話を来年のハロウィンにするようにお願いされて、どんどんとスケジュールが埋まっていく。この1年忙しいことになりそうだな。内心こっそりと微笑む。きっとルナはいつも一人でいるおれのことを心配してやってきたのだろう。これはいつまでも心配させていられないな…。

そこでふとそう言えばあのお節介焼きとも言えそうな同僚が紅葉狩りなんかに誘ってきてたっけ。たまには懲りない彼の誘いにのってみるかとかそんなことを思ったりもした。

夜は他愛もない話と共にゆっくりと更けて、そして白む東の空から徐々に魔法は解けていく。いつの間にか眠ってしまっていたおれの隣には空になった毛布だけが残っていた。

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