Secret:秘密

久しぶりのパパはやっぱり昔のままだった。屈託もなく私に笑いかけてくれて、色々な私の知らないものを教えてくれる優しいパパ。でも帰ってくる時はいつも大体つまらないものを片付けてきたって感じの表情で帰ってくる。今もそうなのだろう。きっと私がいなくなってからなんて家の中でもその顔が続いているのだろうし、私がいる時だって家にいる時程楽しそうに帰ってくることなんてなかった。勿論楽しそうな風に帰ってくることもあったけどその多くは外であったことでの笑顔ではなかっただろう。私に玩具を買ってきたりだとかで、結局は楽しかった時の笑顔ではなく、やっと楽しい時がやってきたという感じの笑顔。その笑顔はもうどこにも向かず、ひっそりと息を潜めているのだろうか。それが絶対に悪い事だとは言わないけれど、やはり大好きな人のその感情が色褪せ枯れていくのは胸が苦しくなる。ちゃんと笑わなければ心は笑い方を忘れて行ってしまう。そんなのはダメだ。何か変えてあげられたらな、と思う。少女は余りに無力だったとしても今夜の再会のような奇跡が起こらないとも限らない。それにーー少女は懐かしい部屋の中を見渡す。新しい本が増えてたり、多少ものの置き場所が変わったりだとかしてはいるが昔のままだ。ーー久しぶりに帰ってきたのだ、折角の奇跡を満喫しなければ。少女は悩みの種をそっと心の隅におく。

少女は軽い足取りで部屋の中へ入る。昔見た時とは少女の視線の高さも随分と変わり、部屋の中の景色も全く別物に見えた。懐かしいが新鮮。なんとも不思議な感覚だ。少女が感慨に耽っていると机の上に置かれたリモコンが目に入る。テレビのリモコン。昔はこれが何かわからず適当にーーなんか縦に長いボタンをーー押したら、テレビが凄まじい音を発するようになってパパの影に飛んでいって助けを求めたのも懐かしい思い出だ。パパのいるキッチンからはその時と同じようないい匂いが漂ってくる。チャンネルを適当に切り替えて色んな番組を眺めてみたが、面白そうなものは見つからなかった。パパはいつもすぐ面白い番組を見つけてくれるのにな、とチャンネルを放り出しパパの様子を伺う。鍋から美味しそうな料理が皿に盛られ、もうすぐこの机まで料理と私のホットミルクを運んでくれるだろう。少女はコタツの机、少女の定位置でもあった場所に背筋をピンと伸ばして座りパパを待つ。

直ぐにパパは「お待たせ」と言ってやってくる。料理を机に並べるとテレビのチャンネルを切り替えた。私がホットミルクから顔をあげてテレビをみるとそこには真っ赤な森が映っていた。燃えるような赤や黄の木々達とそこを楽しげに歩く人々。思わず目を奪われる。なんて綺麗で美しそうな場所なんだろうか。興奮してその感動をパパに伝えるがパパはどうやらあまり感動してるわけでは無さそうだった。やっぱりそういう楽しい場所は自分と関係ないものだと言わんばかりの様子。少女は少しムッとする。


「パパもあんまりこーゆーの行かないでしょ!パパは行けるんだから沢山楽しんできてその話を私にしてよ!」


どんな流れだったか忘れたが、私はそんなことを口にした。パパは少し困惑した表情をすると、最近あった休日の話をしてくれる。休日はパパが遊ぶ日のことだ。パパはその事を話すのが何だかバツの悪そうな感じで、あんまり遊んでないのかなと少しだけ心配したけど、そうでもなかったようだ。パパはたまに″えーがかん″という所に″えーが″というのを見に行くらしい。そこにはこのテレビの何十倍も大きなテレビがあって綺麗な景色とが見れるのらしい。他にも沢山の物語が詰まっているという場所に出かけたり、″はんばーがー″や″ぎゅーどん″とかいう美味しい料理を良く食べに行くらしい。最初はあんまりバツが悪そうに話すものだから嘘でもついてるのかなとも思ったけれど、そんな感じでは無さそうだった。それよりもパパは凄く魅力的な日々を″そんなもの″と思っているらしく楽しめていない風にも思えた。

それでも予想してたよりは色々な所にも行ってるようで安心してしまったのか、私はパパの話を聞いているうちにどこか眠くなってきてうとうとしてしまう。ご飯を食べ終わったパパは器を流しで洗いに行ってしまった。私は眠気まなこを擦りながら昔使っていた毛布とクッションを引っ張り出す。昔と同じ場所に置いてあったそれは埃を被り、所々日に焼け時間の流れを感じさせられた。毛布にくるまって寝ようとすると洗い物を終えたパパがやってきて毛布とクッションを綺麗にしてくれる。パパは綺麗にしたクッションを渡そうとした時、私をみつめて何か考えこむ。私をみつめているようでどこか遠くをみているような。そんな視線に私が小首を傾げると「まさかな」と呟きつつ首を振って毛布を渡してくれる。それからパパはソファの上で毛布にくるまり丸くなった私の隣に座り本を開いて読書を始めた。

私はその横顔を眺めながらぼーっと考え事をする。さっきのパパの「まさかな」はきっと真実を思い当たったのだろう。でも信じられなかったのだろうなとも思う。私自身だってこんな日が、こんな奇跡があるだなんて思いもしなかった。もうずっと昔。ずっと昔に死んでしまった私がパパにもう一度会えるだなんて。そう私はもう死んでしまった。3年目と少し前くらいに。だからもうパパとは会えない。そんな筈だった。だから、こんな奇跡も信じられなくて当然だ。でもそれは起きた。奇跡はあったのだ。ハロウィンの夜。それはこの世とあの世の境があやふやになる日、そして死者が家族に会いにくる夜。そんな夜の奇跡の再会だった。

折角の再会なんだからいつまでも秘密にしとくのは勿体無いよね…。そろそろ教えてあげようかな。少女はのそのそとパパのそばに這い、本と膝の間に入りこんで丸くなる。昔と同じように。パパは本をパッと上に上げると驚いた顔でこちらを見つめる。


「な、何してるの…?」


「ん?何ってここ、私の特等席だもん!」


パパは苦笑すると本を脇において、「これはとんだ我儘さんだ」と言いながら私の黒い髪を梳いてくれる。その手つきはなんとも心地よく、喉を鳴らす。少し昔を思い出す。その頃の私の真っ黒なそれは不吉の象徴と忌み嫌われ捨てられた黒。その時はこんな黒い髪じゃなくて、真っ黒な毛並みだった。彼はそれを丁寧に梳いて毛繕いをしてくれた。くつろぐ私にパパはポツリと零す。


「ははは、そんなに気持ちいい?でも、これじゃまるで…、まるで……」


「まるで何?」


私は悪戯っぽく笑う。言葉を言い淀んだパパは暫く私の瞳を見つめる。それから視線はスっと少し下に落ちて私の胸元を飾るそれを捉える。私がずっと昔からつけてる″それ″は私がパパに始めて貰ったもので私の名前にちなんで選んでくれたもの。月を象った赤い首輪。それを手に取ってパパの口から言葉にならない何かが微かに漏れる。


「ははは、まさかな。まさかそんな…、」


ぽたぽたと私の上に雫が落ちてくる。パパの目に溜まったそれは、まだまだ溢れどんどん零れ落ちてくる。


「…ははは、元気にしてたか、ルナ…!おかえり…、」


パパは私を引き寄せてギュッと抱きしめる。その手は優しく力強く、私をしっかりとらえて離さない。私はそっと抱きしめ返して目を瞑る。やっと気付いてくれた。


「…ただいま、パパ。」

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