Reunion:再会

ドアを開けた先の光景に理解が追いつかなかった。そこには仮装に身を包んだ幼い少女が満面の笑みでかぼちゃの容器を差し出している。小さな可愛らしい魔女さんだ。それも犬か何かの耳を生やした魔女。そのケモ耳が生えるトンガリ帽子はハロウィンらしいオレンジ色の帯びが巻かれ、愛らしい大きなリボンがアクセントになっている。それと同じようなリボンは少女の胸元を飾り、その上の赤いチョーカーだろうか?からは小さな三日月の飾りが下がる。そして黒とオレンジを基調としたワンピースのような服の上から少女は真っ黒なマントを羽織る。そしてお菓子を貰うためにかぼちゃを差し出す手はモコモコとした毛に覆われた丸々としたシルエットだ。差し出されたかぼちゃの容器は小さな花やコウモリの形の飾り付けで彩られている。だけどその中身は空っぽで、まるでお菓子を入れて貰うのを今か今かと待っているようだった。

少女がニコニコと差し出すそれをみて、おれはハッと我に返る。今日はハロウィンだ。特にお菓子を配るだなんてことをしてるわけではなかったけど、折角楽しそうに訪ねてきてくれたのだ、追い返すのも気が引けるので家に何かお菓子は置いてなかったか思い返す。あぁ、そうだ。家で読書したり、たまに持ち帰った仕事をする時のお供にと買っておいたチョコがあった筈だ。


「イタズラされるのは困るな、確かチョコがあった筈だからとってくるよ。ちょっと待っててね」


おれはそう言ってチョコを取りに行こうとすると、少女がスルりと閉まるドアの隙間から部屋に入ってくる。


「チョコは私食べれないよ!お菓子がないんじゃ仕方ないしイタズラするしかないね!」


少女は自分の嗜好でもてなしを無かったことにしてしまう。それから部屋の様子をクルリと見回して振り向くと、悪戯っぽく笑う。土足のままで。


「えっと…、とりあえず靴は脱いでね?」


なんとも情けない話だが、突然のこと過ぎてそれしか言葉が出なかった。少女は「あっ」と手で口を覆い、慌てて玄関に戻ると、くるぶしの辺りがふかふかの毛で覆われた靴を脱いで隅っこの方にキチンと揃えて置く。少女はその様子を眺めると満足そうにこちらを振り向く。その誇らしげな様子がどこか懐かしく、何故か心の奥が軋む。だから思わず疑問が口から漏れた。


「君、どこかであったことある?」


「うん、たーくさんあるよ!」


「え?い、いつ…?」


沢山?嘘だろう…、そんなもの全く記憶にない。いやでも、あるのか…?正直、今まで会った人全員なんて記憶に留めてなんかいない。だから一方的に覚えられたのだろうか。それにもしかしたら今日は少女がハロウィンの衣装に身を包んでいるせいで分からないだけで、ほんとは覚えてるのかもしれない。

だけど一瞬頭によぎった可能性は少女の言葉であっさり打ち砕かれる。


「いつって…?うーん、私が生まれてからずっとだよ、パパ!」


「パパぁっ?!!」


いやいやいやいや、それはない。有り得ないぞ!それには自信がある。なんたって賢者も目前な大魔法使い様だぞ、おれは!間違ってもおれに子供がいるなんてことはない。ここまでくると、一周回って冷静になるな!おれは一旦ふぅと息をつく。


「人はからかうのも程々にしときなよ、えーと…、君名前は?」


少女は人差し指を唇にあてて少し悩む素振りをみせる。何を悩んでいるのだろうか…、自分の名前だろ?考えることなんてない、少女の思案は2秒と経たないうちに終わり、少女は楽しげに笑う。


「んー?あ、そうだ!じゃあ、それが悪戯!名前当て!当てて、私の名前!私が今日帰るまでに当ててね、パパ!!」


ははは、これは困った。この子が帰るまでなんて割と直ぐだろう。それまでに名前を当てろって?ははは…。いや、果たして本当に直ぐ帰るのか?そもそもなんで家に上げてしまったんだろうか…。

思わずついたため息は途方に暮れ換気扇に誘われていく。コンロがチチチと火花が散らし再び炎に包まれると、色とりどりの食材は熱を取り戻していく。おれは料理を温め直しながら我が物顔で寛ぎ始めた少女に問いかける。


「あ、そうだ。君ご飯は食べた?」


リビングの方に目を向けると、テレビから目を離した少女と目が合う。少女がザッピングしたのか普段見ない局のニュースの音と共に、「いらなーい」という声が届く。


「じゃあ、何か飲み物はいる?」


「う〜ん…、ミルク!身体があったまるいつものほっとミルク!」


投げかけた問いに少女の元気な答えが返ってくる。「はーい、ミルクねー」と生返事をし、コップに注いだ牛乳をレンジに入れる。適当なタイミングで鍋の中身を皿に移し、ホットミルクと共にリビングへ持っていく。その頃には少女はテレビに飽きたのか、コタツ机にチョコんと座り大人しく待っている。「どうぞ」と牛乳を差し出すと、直ぐには口を付けず、ふーっ、ふーっと必死に冷ましはじめる。おれは炊飯器からご飯をよそうと、テレビのチャンネルをいつものニュースに切り替えていつもよりちょっと遅めの夕飯を食べる。ニュースはいつもの癖で切り替えた生活の中の雑音のようなものだったが、どうやら少女にとってはそうでもなかったようで、赤や黄に染まる行楽地の映像をぼーっと放心するように眺めていた。テレビがスタジオの映像に切り替わると興奮した様子でこちらを振り向く。


「すごい、すごい!今日は街の人達も浮かれてたし、世界には楽しそうな事が沢山あるんだね!」


おれは少女の言葉に何処と無く引っかかるものを覚える。


「君はレジャースポットとかイベントには参加したりしないの?」


「うん、いつも家の近くを散歩するくらいだったよ。イベントに1人で行ってもあんまり相手にしてくれないし…」


少女はしゅんと下を向く。一人ぼっちで構って貰う人がいないというのは寂しいことなのだろう。孤独。普通はそう言うのだろう。独りであることに慣れた、それを選んでしまったおれにはもうその言葉は色褪せたようにどこかに行ってしまっていた。あるいはそう悲嘆に暮れるということは別の世界の話になっていた。だからあまり心のない空虚な言葉を紡ぐ。


「まあ、両親とかだれかに連れて行って貰うといいよ。楽しいところは沢山あるから」


少女をそれを聞くと少しムッとした顔でピッとおれを指差す。


「パパ!」


え?えぇー…。


「あー、それなら保護者。保護者とかいるでしょ」


「天国!」


部屋が固まる。やっべ、藪蛇だったか。参ったな…。それよりこれって保護者が亡くなって、頼るアテがなくて父親、と思い込んでるおれの元に転がり込んできたとか話じゃないよな?少しばかりの冷や汗が背中を伝う。と、明後日の方向に思考が逸れたおれの意識を少女が机をバンと叩いて引き戻す。


「それよりもパパ!パパもあんまりこーゆーの行かないでしょ!パパは行けるんだから沢山楽しんできてその話を私にしてよ!」


思わず話をはぐらかそうかとも思ったが、少女のその剣幕に気圧されて「はい…」とだけ口から漏れてしまう。あるいはその必死な瞳にどこか懐かしいものを見てしまったからなのかもしれない。少女はそれからもおれの休日の過ごし方で色々と質問責めにしてきたが、意外とそこまで厳しいものでも無く、気まぐれにふらっと見に行った映画や、手持ち無沙汰に任せて入っていった本屋での立ち読みの話とかでも満足してくれた。食事を終える頃には覚えているようなことをした週末は尽きかけていた。シンクに運んだ食器を洗っていると、リビングからはテレビをザッピングで不意に切り替わる音声が聞こえてきていた。10分もしないうちに食器は洗い終わり食器棚に整列する。おれがリビングに戻ると少女はうとうとし始めていて、いつの間に見つけたのか古い毛布とクッションを小脇に抱えていた。


「あっ、それちょっと埃っぽいから…!少し待ってね」


おれはカラーボックスの上に無造作に置いてあるコロコロと転がすタイプのクリーナーを手に取ると毛布とクッションをガシガシと擦って綺麗にしていく。まあ、そんなことをしたって元々傷んでいたものだからそこまで綺麗になるでもない、前の持ち主がいなくなってから何年経つだろうか…。ふと前の持ち主のことが思い出される。忘れてしまっていた訳では無い。思い出せば多少悲しくなることはあれど、心を満たす感情は温かな懐かしいものだ。悲壮感なんて名付けるよりも郷愁だとか懐古とかそんなような言葉のがしっくりくる大切な過去の記憶。


その前の持ち主は、今はもう…

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