21話
銀色の騎士に睨まれてなお、徳栄は笑んでいた。
ここぞとばかりに牙を剥き出し、獰猛に笑んでいた。
「フハハハハハハ! 愚かなりヴェルテュ・ルロワ!」言いつつ闘場の端を目指して駆ける。「敵に背を向けさせるとはなぁ!!」
咬みつくのなら、いま。
徳栄は走りながら肩越しに背後を見やった。異形の騎士がじりじりと向きを変え、追ってこようとしている。
「ついてこい! この人工無能めが!!」
言って駆け出す。後ろから地響きが追いかけてくる。突如として訪れた血の昂ぶりに熱狂しながら巨大ディスプレイを見上げると、自分を追う異形の騎士と、その背を見つめる黄金の巨人が大写しになっていた。
「ビッグマネー! ターゲット変更! 背中を狙え!」
徳栄のオーダーに答えて単眼が僅かに向きを変え、シュヴァリエ・ダルジャンの背中を追い始める。それを目視し、すでに上がった息を興奮に任せて振り絞る。
「全速前進!」
巨大ディスプレイに映るビッグマネーの足元で、球形タイヤが煙を吐きながら加速し始めていた。そしてまた、すぐ後ろで、ポリカーボネイトの壁にゴーレムの躰がぶつかる轟音が鳴った。
異形の騎士は千切れた左腕を壁にこすりつけるようにして、猛追してきていた。
徳栄はディスプレイを睨みながら懸命に走った。床を滑走しながら振り向く。まさにそのとき、異形の騎士が正面から壁に衝突した。
猛烈な打音と同時に壁が歪む。ワッと細かく罅入った。
操縦者と観客を守るポリカーボネイトの盾は、計算通りの耐久性をもって、異形の騎士の足を阻んだ。
その止まった脚の間から、こちらに走り寄るビッグマネーが見える。
――が、シュヴァリエ・ダルジャンの躰に隠れた。異形の騎士が沈み込んだのだ。つまり壁を飛び越えて徳栄を踏み潰そうというのである。
徳栄は眼前の鋼のバケモノを睨み、握り固めた右拳を引き絞る。
「爆裂離断! パァァァァァンチ!!」
追走していたビッグマネーが右拳を振りかぶり、突いた。と同時に爆散――否、円筒形の前腕部にしこたま仕込んだ高性能炸薬が、拳を、文字通り撃ち出したのだ。
爆音轟かせる拳は閃きを残して真っ直ぐに飛翔、シュヴァリエ・ダルジャンが跳ねる直前、その背中に命中した。
大気を切り裂く高音が、徳栄に装甲の貫徹を伝える。
しかし、シュヴァリエ・ダルジャンは動作を止めない。床が一瞬沈む。跳ねた。
ほとんど同時に徳栄は叫んでいた。
「アーンド! ワインディングゥ!!」
飛び上がったばかりのシュヴァリエ・ダルジャンが、まるでなにかに撃ち落とされたかのように空中で動きを止めて、次の瞬間には背中から床に叩きつけられていた。
両足をバタつかせて起き上がろうとしているが、後ろへと引かれているらしく、起きあがるそばから倒れ、ビッグマネーの方へと引き摺られていく。
それを成しているのは、撃ち出した腕から伸びる人工クモ糸線維製ワイヤーであった。
シュヴァリエ・ダルジャンの装甲を貫徹した後に、拳を握ってフックとし、ワイヤーと重量差を利用して引きずり倒したのだ。
仙波製『爆裂離断ロックボルト』を使った、半ば反則と思いながらも誘惑に負けてつけてしまったロケットパンチ――推進剤を使用していないので正確にはカノンパンチ――を、さらに前後への衝撃に弱い逆関節への対抗手段として発展させたものである。
「フハハハハハ! 見たかヴェルテュ・ルロワ! これぞ! 諸々の開発費コミコミおよそ八百億円+計算するのが怖いくらいのマンアワーパンチだぁぁぁ!!」
ひっくり返った亀のようにもがき苦しむ異形の騎士を指差し、徳栄は嘲笑した。記録に残っていない残業時間や、不本意ながらも協力してくれた取峰らの時間、さらには仙波工業および永和重工開発部などなど、など。計算したくてもできない、いや、してはいけない、多くの人の時間を消費して作りあげた必殺の拳であった。
「俺の勝ちだヴェルテュ・ルロワ! ゴーレムを停止させろ!」
徳栄は未だもがくヴェルテュのゴーレムを睨めつけ、宣言した。もし停める気がないようなら止めを刺すしかないが、できればそれはしたくない。
初対戦時、勝敗の決した後に見せつけられた、ゴーレムによるゴーレムの破壊。あれは望まない。二度と見たくない光景であるし、ビッグマネーにさせたくない仕事でもある。
「
マイクを通じて響いた声は、永見川成徳のものだった。
徳栄は闘場の対角線上を見やった。いつの間にか降りてきていた成徳が、ヴェルテュからインカムを取り上げて命令したらしい。
成徳はインカムを投げ捨てた手を振りあげ、ヴェルテュの頬を張っていた。
眉をひそめた徳栄は、インカムを手で押さえて呟いた。
「……少しだけだが、羨ましいではないか」
「怒られるのが、ですか?」
喉から絞り出したような声に驚き、身を震わせる。
徳栄は恐る恐る首を振った。緋登美が肩で息をしていた。無理矢理に吊っているであろう口角が、ピクピクと痙攣している。
「先に、弁明しますか? 怒られてからにしますか?」
有無を言わさぬ迫力に、徳栄は異形の騎士を相手取ったときより強い恐怖を覚えた。
が、約束のひと月を終えたいま、先にやらなければならないことがある。
「さ、先に弁明してからだ!」
言って徳栄は内ポケットから白封筒を取りだす。
「これを! 柳川緋登美に預ける!」
「……はい?」
緋登美は力の込められていた目を何度かシパシパと瞬き、小首を傾げた。
「なんですか? これ」
「柳川緋登美と、それに――」
徳栄は躰を傾けて、闘場に降りてきたばかりの、まだ遠い加奈子の姿に手を振った。彼女は大きくため息をついていた。いま会えばきっと怒鳴り散らされるに違いない。
「柳川緋登美と、仙波加奈子への手紙が入っている」
「て、手紙!?」
上ずるような声を上げ、緋登美は封筒と徳栄の顔を交互に見た。
徳栄は胸を張り、力強く頷いた。
「われながら、なかなかに照れくさいことを書いた! だから俺のいないところで、ふたりで読め! いいな!? これは命令だぞ!?」
「えっ? 命令、ですか? わ、わかりました、けど……」
「では、俺は成徳と少し話をしてくる。加奈子と一緒に、後始末を頼む」
徳栄はインカムを外し、緋登美に手渡す。一瞬だけ感じた柔らかな手の温もりに、微かに後ろ髪を引かれるような思いが過る。
が、決めたことだと振り切って、成徳の元へと小走りで向かう。無論、戦勝を父に報告するため……ではない。
徳栄はヴェルテュ側のベースまで息を切らせて走ると、ヴェルテュと話す成徳に目礼して、そのまま出入場口から闘場の外へと出た。
暗い廊下を抜けて背に届く歓声が、徐々に遠くなっていく。まるで長い夢を見ていたような気分だった。最後の最後になって、宿敵たる仙波加奈子と手を組むことになるとは。
すべて終えたのだと実感すると、こみ上げてくるものがあった。誰も見ていないであろういまだけはこらえなくてもいいのだと思うと、自然と笑みが零れた。
徳栄は溢れでる熱を流れ落ちるにまかせて、暗い道を歩き続けた。
緋登美に渡した封筒には、彼女への退職金代わりに、徳栄の保有していた種々の権利の譲渡契約書が収められている。この一ヶ月間をかけて、ある意味では初めて自分ひとりで成した事務仕事でもあった。
いまごろ封筒を開けているだろうか、と思いを馳せる。
みたら、きっと驚くだろう。
一応は探さなくていいと書いておいたが、それでも慌ててしまうのだろうか。
緋登美と加奈子の慌てる顔を想像し、徳栄は一人ほくそ笑んだ。
と、壁際から姿を出した女が「徳栄」と名を呼んだ。
ふいを突かれた徳栄は思わず顔を向け、そして歪めた。
「……かあさ――」言いかけた言葉を飲み込み、虚勢を張った。「先を急いでいる」
徳栄の母は、首を振って立ち去ろうとする徳栄を呼び止めた。
「久しぶりに会えたというのに、それだけ? お母さまに話すことは――」
「ない」母の言葉を食いとって言う。「その時間は、俺にとっては苦痛でしかない」
吼え立てることすらせずに、徳栄は夕日の下に出た。
腕時計に目を落とし、追いすがってくる母には目もくれず、待たせていたタクシーに乗り込む。しばし考え、運転手に窓を降ろすように頼んだ。
「俺はいま、最高に気分がいいんだ。邪魔をしないでくれないか?」
それだけ伝えて、車を出してもらった。
窓越しに、その向こうのサイドミラー越しに母の姿を見つめて、顔を覆った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます