20話

 スポットライトが徳栄を抜く。強い光の中で瞼を閉じて、あがった大歓声を耳の奥で遠ざけていく。すでにそれらの声は徳栄にとって重要ではなかった。必要なものはすべて背負っていたのだ。双肩にかかる重圧すら、彼を鼓舞する燃料へと形を変えていく。


「勝つぞ。ビッグマネー」


 徳栄は、今日この日のために練りあげられた鉄と鋼に、魂が宿るのを視た。それは青い炎となって燃えあがり、異形の騎士を討たんとしている。

 無音。長い長い静寂の中、黄金の巨人と徳栄は、獲物を捉えた獣のように息を潜めて、そのときを待つ。

 音が僅かに戻る。けたたましくゴングが打ち鳴らされた。と同時に、


Destroy壊せ


 ヴェルテュのボイスオーダーが飛ぶと同時にシュヴァリエ・ダルジャンが前傾、背部に張り出した異形の脚が地を蹴った。初対戦時よりも加速が早い。床を削り取るようにして金属質な擦過音を立て、みるみる内にビッグマネーに迫る。


「ローラーダッヂ! 右に回り込め!」


 徳栄は落ち着き払って命令する。ビッグマネーがつま先を僅かに上げ、球形タイヤを回転させ始める。黄金の巨体が真横に滑っていく。仙波マンパワーから譲り受けた単眼モノアイの中心に異形の騎士を据え、左側部へと回り込みながら斜めに前進し始めた。


 新たに手に入れた球形タイヤの脚――たった一度の試合で使用不可能となることを前提として、さらには暴力的なまでの電力消費による戦闘時間の減少を代償にした脚で、ビッグマネーがシュヴァリエ・ダルジャンの左脚部に接近する。


「三万六千マンアワー(人時)パァァァァァァァァンチ!!!」


 徳栄の咆哮と同期して、ビッグマネーのつま先が床を食んだ。

 第三回大会で振るわれた仙波の拳にさらに改良を加えた一撃が、銀色の騎士の脚を打った。響く打音、飛び散る火花。銀色に輝く体躯が傾いだ。

 が、倒すには至らない。そう目視すると同時、


「アンド、アウェイ!」


 徳栄が新たに令を飛ばし、ビッグマネーが滑るように間合いを取る。体勢を整えるシュヴァリエ・ダルジャンの脚に、一筋の線のような傷がついていた。ビッグマネーの新たな拳がつけた傷だ。五指を握り込んだ際に、周囲を覆う小手の先が一枚のブレードのような役割を果す。


『あっちが槍ならこっちは剣だよ』


 そう言って加奈子が図面を引いた。初戦でシュヴァリエ・ダルジャンが見せた手刀を槍に見立てた一撃に対抗するための処置で、目的は脚部関節の切断にあるという。

 逆関節は構造上、巨大な重量を支える関節部の負担がどうしても大きくなる。人間用の強化外骨格程度の重量であればともかく、ゴーレムほどのサイズとなると、そこにかかる荷重は想像を絶する。もちろん、その分だけ相応の防御も固められていると予想されるが――。

 しかし、弱点に変わりはない。


「左に回り込め!」


 バックスウェイをしているビッグマネーが、即座に左方に滑って回り込み始めた。球形タイヤによる全方位移動である。

 その動きを追おうとシュヴァリエ・ダルジャンが懸命に両足をバタつかせているが、旋回速度がまるで足らない。あれほど恐ろしく思えた異形の脚が、いまでは見ようによっては駄々をこねる子どものようにも思え、どこか滑稽とすら感じる。


 ビッグマネーの打撃が異形の騎士の右足を打った。硬質な打音が空気を振動させる。観客たちがポツポツと歓声を上げ始めていた。

 だが、徳栄は小さく舌打ちして顔を歪める。

 線形の傷が残るのは言わば骨の部分。またしても関節部を捉えきれていなかったのだ。


「とはいえ……当たるまで繰り返すまでよ」


 横目でちらと覗くと、ヴェルテュの端正な顔が醜く歪んでいた。高いプライドを持つ者は、それが崩れやもという予感を恐れる。恐れは躰を強張らせ、固い頭は判断を違える。

 その瞬間こそが勝負どころだと、徳栄は誰よりもよく知っていた。


 試合の展開は前回と打って変わって、一方的なものとなっていた。

 打音を響かせるのはビッグマネーばかりで、時には二段連続で打ち込んでみせることもあった。その都度少しずつ歓声が高まっていき、ヴェルテュが事前の演出を放棄したのもあってか、会場の空気は徳栄に味方するようになっていった。


 が、異形の騎士のAIの学習能力も凄まじい。いつごろからか関節部への打撃を躱すことに集中しはじめたらしく、攻撃を捨てることにより精度の高い回避を見せていた。

 二体の勝負はどちらも決定打に欠け、長引いていく。


 ゴーレムへの命令を吼える徳栄の双眸が、ビッグマネーの足を見つめる。残存電力も気になるが、それ以上に足回りへの懸念があった。新型のローラーダッシュ機構は、元から長時間の試合を想定していない代物だ。


 また、トウーピック――打撃時の足場として使うつま先の耐久性にも疑問符がつく。ただ巨体を支えるだけではなく、打撃によるさらなる負荷をも受け止めるのだ。もしも、歪むか、折れるかすれば、戦闘続行は不可能だろう。


 やむをえん、か。


 焦れた徳栄が秘密兵器の使用を決定しようかというとき、

 この日初めて、ヴェルテュの新たな命令が飛んだ。


Jumpとべ, Turnまわれ


 囁くような命令に答えて異形の騎士が小さく跳ねた。空中で躰を捻り、正面をビッグマネーに向けて着地する。勢いで前傾姿勢をつくった銀色騎士が、突っ込んでくる黄金巨人を目掛けて固めた手刀を引き絞る――。


「サイドスライドカウンター!」


 とっさに徳栄が吼えた。なんという学習能力かと驚嘆しつつも、ヴェルテュがゴーレムに跳躍させた時点で次の局面が視えていたのだ。

 ビッグマネーは左拳を突き込みながら、槍の内側に滑り込んでいった。


 衝突と同時に火花が舞う。

 武骨な小手がブレードとなり、異形の騎士の右肩関節部を断ち切った。流れた巨体が交錯し、ビッグマネーの左腕ブレードがひしゃげ、肘関節が悲鳴を上げた。肩ごと千切れたシュヴァリエ・ダルジャンの右腕は放物線を描き、ポリカーボネイトの壁を揺らした。


「トゥーピックだ! ビッグマネー!」


 予期せぬ衝撃で躰を泳がされたゴーレムがつま先を立てる。床上に傷跡を刻みつけながら闘場を横断していく。唸る球形タイヤが煙を吐きだし、巨体を静止させた。

 好機、と徳栄は獰猛に笑んだ。

 そのときだった。


Killやつを himころせ !」


 徳栄を指差すヴェルテュの絶叫が、マイクを通じて会場に響いた。異形の騎士が小さく跳ねて、徳栄の方へと向き直る。赤く輝く両眼が、徳栄を狙って光の尾を引いていた。

 会場を満たす歓声が一瞬にしてどよめきへと変わり、やがて悲鳴となる。

 観客席の加奈子と傍らの緋登美が声を重ねた。


「徳栄」「社長!」


 緋登美が腕を引っ張り、加奈子と一緒になって叫ぶ。


「逃げましょう!」「逃げて!」

 

 しかし徳栄は腕を振り払った。

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