鉄と鋼と魂と
19話
二十七日後、ヴェルテュ・ルロワとの再試合を翌日に控えた夜。
横浜バトルアリーナのメイン闘場で、徳栄は新しく生まれ変わったビッグマネーを、誇らしげに見上げていた。
事前搬入されたビッグマネーの頭部は、仙波マンパワーのものへと換装されている。失われたパーツの中で最も厄介だったのはカメラで、一ヶ月で調達し直すのも難しかったためだ。結果として面構えは変わってしまったが、存外、徳栄は満足していた。
I&Sを牽引してきた二大企業がビッグマネーの内に結実している。そう実感できたからだ。
仙波マンパワーから引き継いだパーツは他にも随所に取り入れられている。特に腕回りについては、仙波工業の技術提供がなければなし得なかった技がひとつ加わった。
他にも喜ばしい誤算がいくつもある。
かつて永和ロボティクスで作り、使えなかった製品群が、驚くべき精度の向上をみせた。これは『最後だから』と、永和の開発者グループと整備者たちが奮闘してくれたおかげである。
そして――。
「この足で、追いかけ回してやるぞ。ヴェルテュ・ルロワ」
徳栄の視線の先にあるビッグマネーの脹脛部は、以前のものより肥大化し、さらに最初からローラーダッシュ機構が展開されているような外観となった。足裏として床と接してしているのはつま先だけで、踵の先まで漆黒の球形タイヤが連なっている。
永和ロボティクスと仙波工業のみならず、永和重工からの技術提供を受けてまでして完成させた、高機動用ローラーの究極系である。本来ならば軽量の車両のために開発されていた球形タイヤを大型化し、たった一度の試合で使い潰す前提で取り付けた。
徳栄は度肝を抜かれるヴェルテュの顔を想像し、ほくそ笑んだ。
「フフフフ……フハッ……フハハハハハハ! 見ていろヴェルテュ・ルロワ! この総開発費400億円(含・永和重工開発分)ローラーで出し抜いてくれる!」
明日が待ち遠しく、ほとんど爆笑と言っていい笑い声へと変じていた。
「こらこら徳栄。悪い顔になっちゃってるよ?」
と、加奈子の身につける強化外骨格の機械的な足音がした。
興を削がれた徳栄は腕組みを崩し、ジト目をもって抗議する。
「仙波加奈子。その強化外骨格、ほぼ毎日つけているが、邪魔ではないのか?」
「邪魔だったらつけてるわけないじゃん。正直、我ながらいい製品を作ったと思うよ。どれだけ歩き回っても全然疲れないし、飛ぼうと思えば二十メートル級で飛べるし。逆関節型の足って思った以上に利点が多いよね」
「……いや、それは構わんのだが、危ないと思ったことはないのか? 大ジャンブした瞬間にバラバラになるとか……」
「構造上、バラバラになるとしたら飛び出す瞬間だから大丈夫だよ。それにほら、試作品だし、このまま外に出すつもりもないしさ。もったいないじゃん?」
加奈子はぺろっと舌を出し、その場で何度か足踏みをしてみせた。傍から見ている分にはそれほど危険な代物には見えないが、徳栄はその姿に不満があった。
強化外骨格が足を保持しているため見かけの背丈が伸び、徳栄と目線の高さが揃ってしまうのである。少し見下ろすはずがほぼ肩を並べた状態となり、それが妙に腹立たしい。
徳栄は細く息をついて怒気を払った。
「危険性はないと言っていたが、いつもつけているのはどうだろうな? 筋力の低下……あるいは運動不足になって体重が増加したり、なんてこともあるかもしれんぞ?」
う、と喉を詰まらせた加奈子は、「実は心当たりあるんだよね」と強化外骨格の主電源を切った。徳栄と同じように腕組みし、いささか不格好になったビッグマネーを眺める。その姿はやはり、どこか誇らしげだった。
「……見た目はちょっとアレな感じだけど、ちゃんと重量バランスは取れてるし、ぶっつけ本番になるけど秘密兵器もある。……負けんなよ、徳栄」
「誰が負けるか。観客席からこの永見川徳栄の勇姿を目に焼きつけておけ」
「泣きっ面にならなきゃいいけどね」
相変わらずの口の悪さに徳栄は苦笑した。思えば、一ヶ月間ほぼ毎日顔を合わせて怒鳴りあったのは、幼稚園のころ以来かもしれない。
「最初にできた友だち、か」
「ん?」
「いや。緋登美が戻ってきた。せっかくだ。この俺がメシを奢ってやろう」
「えっ!? マジで!? 徳栄がっ!?」
大げさに驚く加奈子の肩を叩く。
加奈子は気持ち悪いとばかりに顔を歪めて、手を払った。
徳栄は再び肩に手を置き、言った。
「任せろ。ぎゅ――」
「みんな! 徳栄が奢ってくれるって!」
徳栄の言おうとした『牛丼』という単語にかぶせるようにして、加奈子は整備を手伝ってくれている全社員に手を振った。おお、と野太い歓声があがり、否定するよりも早く、「ゴチになりまーす」なんて声まで飛んできた。
徳栄は、近づいてくる緋登美の意外そうな、けれど期待しているような目を見て、牛丼という食べ物を知ったのだと言っていいものかどうか、しばし悩んだ。
そして。
再試合当日。再びの横浜バトルアリーナ――のすぐ横にあるホテルの一室で、徳栄は白いピンストライプの入った黒スーツを身にまとい、鏡を睨んでいた。
緊張のせいか、興奮のせいなのか、昨晩はまったく眠れなかった。目の下には黒いくまがつき、どことなく覇気がなくみえる。これではいかんと冷水で顔を洗い、気合を入れために両頬を平手で打つ。痺れるような痛みを拾い集めて、神経を研ぎ澄ましていく。
永見川成徳に一矢を報いるために。
自分ごときのために奔走してくれた柳川緋登美のために。
そして最初の友人にして、最後まで付き合ってくれた仙波加奈子のために。
「勝つぞ。徳栄」
鏡の中にいる臆病なはぐれ狼に、胸を張らせる。
いつでも吼えかけられるように息を潜め、時がくれば噛みつけるように牙を剥く。
聞こえたノックの音に、徳栄は洗面台を叩くようにして背筋を伸ばした。
「行くぞ! 柳川緋登美!」
ほとんど飛びでるようにして、緋登美を連れだってホテルを後にした。ほんの数百メートルの移動のためだけに用意したハイヤー――ロングボディの永和グランツに乗り込み、開場を待つ長蛇の列の真ん前に車を止めさせた。
徳栄はことさら悠然と歩みでる。即座に向けられる数多のカメラと焚かれるフラッシュに凶暴な笑みを見せつけ会場入りし、脇目も振らずに闘場へと足を進める。ガランとした一般観客席を見上げ、視線を滑らせてVIP席を睨む。
永見川成徳と、ふたり分ほどの距離を離して、その元妻――母がいた。どちらも厳しい顔をしていることから察するに、どうやらすでに一戦やりあった後らしい。
視線を切った徳栄は、口角を吊って、まだ現れてこない異父妹の姿を対岸に重ねた。
「社長。ご武運をお祈りしております」
闘場までついてきていた緋登美は、心音をたしかめるように徳栄の背に手を当てた。
徳栄はじわりと感じる熱に、まるで姉のようだと呆れながらも感謝を込めてその手を取った。
「せっかくだ。そこで見ていくか? なかなかの迫力だぞ?」
「……その方が、心強いですか?」
徳栄は思わず振り向いた。まっすぐ見つめ返してくる緋登美と視線を交わし、頷く。
「うむ。その方が心強い。俺の横で、俺の勝利の、最初の証人となれ」
「かしこまりました。社長」
珍しく素直に一礼した緋登美の、胸の前で重ねられた両手には、すべてを見届けようという覚悟が見て取れる。
満足げに頷いた徳栄は腕時計に目を落とすと、声を張った。
「時間だ! 佐伯智仁!」
その咆哮にこたえて佐伯が作業の手を止め、徳栄にインカムを手渡す。
「徳栄社長。がんばってくださいね」
「大船に乗ったつもりで見ているがいい」
ふいに、照明が落とされた。
「いよいよか」
徳栄は獰猛な笑みを浮かべた。
定時どおりに現れたヴェルテュはスポットライトを浴びてはいたが、さすがに二度目の登場では荘厳な演出をするつもりはないようだ。異形の騎士、シュヴァリエ・ダルジャンを従えた彼女は、淡々と対岸の入場口から歩む。
ゴーレムは外装の更新をしなかったのか、外観に大きな変化はない。代わりに、どこかギクシャクしていた動きが、より滑らかになっていた。
その足元に立つヴェルテュの顔には、ひと月前にみせていたような人を魅了する微笑みはなく、どこか思いつめているかのような
ヴェルテュが真っ直ぐ手をのばす。
「
ごく単純な命令にしたがい、銀色の騎士が滑るようにして闘場に足を踏み入れる。
対して、徳栄も、静かに令を下す。
「行け」
黄金色の巨人が、いまは所々に武骨な仙波の力を得たゴーレムが、一歩一歩、踏みしめるようにして闘場に進みでる。
地響きにも似た重い音を立てながら、ポリカーボネイトの壁がせり上がっていく。対峙する二体のゴーレムだけに光が当てられ、観衆の視線もそこだけに集中する。
そして、大音響による開戦宣言と、ルールの説明が始まった。
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