肆。 魔法少女な日々 前編

肆。 魔法少女な日々 前編


 前回のキミきせは――

 なんと、私は魔法少女になってしまいました。

 そして、敵らしいワームという蟲さんを倒しました!

 これで、世界の平和は守られたのかな?

 でも、なんだかこれだけでは終わらない気がするんですよね……

 だって、キミきせ肆話始まりますから!




2005年 9月 21日 午後9時


 とんぼはマンションを出て夜の町を歩いている。

「ったく、あの雑魚。わたしのプリンを食いやがって」

 とんぼは道の端に痰を吐く。

「今度やったら殺してやる」

 とんぼはコンビニに向かっているようだった。

 そんなとんぼに声をかけるものがあった。

 白いワイシャツを着込んだ、人当たりの良さを感じさせる男だった。

 今の季節であると少々寒いであろう恰好ではあるが、その時のとんぼには気にならなかった。

「あの、おねえさん。ちょっといいですか?」

 声をかけられたとんぼは笑顔で顔を歪める。

「いくら欲求不満だからって、わたしなんかでもいいのかしら」

 男は何も言わず、女に背を向けてゆっくりと歩き出した。

 とんぼはそれをついて来いという意味だと受け取った。


「ねえ、アンタ。どこまで連れて行くつもり?」

 とんぼは軽装で出てきてしまったので、体に寒さを感じている。

「寒いのが嫌だから、ホテルにでも入りたいんだけど、アンタ、出してくれるわよね」

 だが、男は気がつかないとでも言うようにとんぼの言葉に何一つ反応をみせない。それどころか、どんどんと一目のつかないところに向かって行く。

「まさか……アンタ、そういう趣味なの?」

 マジヤバい、ととんぼは膝先まで生い茂る雑草に足を取られそうになりながら、後ずさりした、その時であった。

 男がくるりととんぼを振り返る。

 男の笑顔を見た途端、とんぼは体が動かなくなっていた。

「ま、まあ、いいか。アンタみたいな若い男、そうそういないんだし」

 男はとんぼに近づく。とんぼは腕を開き、細く長い腕で男の首に腕をからめようとした。

「……」

 とんぼは自分の胸を見る。

 とんぼの胸には深々と何かが刺さっていた。とんぼに見えるのはそれがナイフらしいものの柄ということのみ。刃は完全にとんぼの体に埋まってしまっていた。

 ずりっ。ずしゃっ。

 あまり聞き覚えのない音が響く。

 しかし、人気のない場所でそのことに気がつく者はいなかった。

 とんぼの体から異物が抜き取られた。人の肘から先ほどの大きさはあろうナイフの刃がちらついた。

 赤黒い血の上に新たに鮮やかな血が上塗りされた。

「親という存在は二人のみ。他に血族関係はあるのか不明。現れた時に対処するか」

 しゅわしゅわと男の血塗られた手が音を立てる。男の手や衣服についていた汚れはコンピュータグラフィックで作られた映像のように硬さの先から異様な光がスライドしていき、光が去った場所には汚れ一つない腕が現れていた。右腕、左腕、胴、足、と次々に光はスライドしていき男の体を綺麗にしておく。

「我らは目的のためには手段を選ばない」

 妖精3号(仮称)はそう呟いた。


同年 9月 22日 午前6時


 魔法少女ユウ、起床する。

 長袖のパジャマでも肌寒さを覚える寒さのようで、ベッドから起き上がって両腕を抱いていた。

「え、ええっと……妖精さん?」

 ユウは妖精3号(仮称)を呼んだ。

「どうしたドリル?」

「……ええっと……どうして私の部屋に?」

 妖精3号(仮称)は首をかしげた。

「妖精としてキミのことを見守らせていただくドリル」

「いえ……それもそうなんですけど……」

 ユウは上目がちに妖精3号(仮称)を見た。

「男の人が女の子の部屋に入るのはどうかと思うのですが」

「?」

 今度は逆方向に妖精3号(仮称)が首をかしげる。

「なるほど!この恰好がダメなのドリルね!」

 妖精3号(仮称)はぬいぐるみのような体に戻る。

 ユウは大きく肩を落とした。

「そういうことでもないのですけれど……」

 そして、大きくため息をついた。


 ユウはリビングについて、大きく目を開く。

「これは一体――」

 食卓には朝食が並んでいた。このような光景はありふれた光景だと妖精3号(仮称)は考えていたのだが――

「うぅ……これは、妖精さんが?」

 妖精3号(仮称)はユウが突然泣き出したのを見て戸惑う。それが人間にとって苦痛が伴う時に現れる生理現象だと知っていたがために、今の状況が妖精3号(仮称)には理解できなかったのだった。

「朝食を作ることはいけないことだったのか?そうだったらすまない」

 妖精3号(仮称)は成人男性の姿に変身し、ユウの頬の涙を拭う。

「ううん。嬉しいの。こんなこと、初めてだから……当たり前のことをずっと夢見ていたから……」

(なんだ……?)

 妖精3号(仮称)は自分の胸のあたりに詳細不明の量子振動が発生したのを認識する。それはほんの少しの微々たるバグであったが……

(これが母親の望んだ進化というものの兆しなのか)

 妖精3号(仮称)はそのように結論付けた。

「そう言えば、あなたの名前は何ですか?聞いてなかったですよね」

 ユウは妖精3号(仮称)にありがとうと礼を言ってからチェアに腰かける。

 食卓にはユウの分しか食事は並んでいない。

「ぼくには名前がないドリルよ」

 妖精3号というのも仮の名であった。故に(仮称)なのである。

「そうなんだ……じゃあ、名前を決めてもいいのかな?」

 妖精3号(仮称)は静かに首を縦に振る。

「じゃあ、イスカっていうのはどうかな?10年前の聖杯戦争で猛威を振るった鯖なの」

「そういうのはいいドリルか?」

 ぽきり、とイスカは首をかしげた。

「征服王イスカンダルから、イスカ。いい名前じゃないかな?」

 イスカは首を静かに縦に振った。

「ありがとうドリル。ぼくの名前は今日からイスカ、ドリル」

 イスカはできる限り喜びを表現していった。

「それとなんですが……その語尾のドリルというのは人間の時だとすごく違和感があるのでやめた方が……」

「分かったドリル……気を付けるよ」

「ご飯は食べないんですか?」

「ごはんはおかずだからね」

「食べないと死にます」

「妖精は死なないんだ。夢の中の存在だからね。だから、食べなくてもいい」

 ユウはご飯に箸をつける。

 ふっくらと炊かれたご飯。鮮やかな黄身の目玉焼き。胡麻ドレッシングを振りかけたサラダが添えてある。

「そういえば、洗濯もしないと」

「洗濯はしておいたよ。掃除もユウが学校に行っている間にしておく」

 ユウはイスカの作った朝食を蕩けんばかりの笑顔で頬張る。

 食事を喉の奥に飲み込んだ後、ユウはしばらく何かを考えていた。

 温かいお茶を口に含んで考える。

「うぅ……猫舌なのを忘れていました」

「今度は少し冷まして出そう」

「洗濯物を洗ったって言いましたよね」

 ユウはふぅふぅと息を吹きかけ冷ました後、お茶を口に含む。

「下着はきちんとネットに入れて洗濯したが」

 ぶぶぅ……

「ごほっ。がはっ」

「さっきから不自然に狙っていただろう、それ」

「た、確かに、げほっ、ごほっ。狙ってましたが、ごほほっ。それとこれとは……」

 ユウは出されたハンカチで口を拭う。

「その……別に他人のあれこれに口を出すのはあれなんだが……その齢で黒い下着というのは……」

 イスカの顔の横を何かが通り過ぎる。

 イスカの後ろの壁に箸が垂直に突き刺さっていた。

「お箸はもう一本ありますね。今度は手元が狂うかもしれません。場合によっては」

「狙ったことは指定しないんだね。申し訳ありません」

 イスカは急いで土下座した。

「そう言えば、お母さんはどうしたんですか?」

「……」

 イスカの凍り付いた表情にユウは眉をしかめる。

「……魔法少女の修業のために、ずっとずっと遠くに行ってもらったドリル。お父さんも、お母さんも」

 選択完了の音声が鳴り響くと同時にイスカは揺らぎを感じ取る。

 異質な量子振動パターン。現世界がその存在を拒否している。

「流石に一話も変身しないまま終わるのはあれだから、頑張って戦ってくるドリル!」

「そんなに適当でいいの!?」


次回予告!


ワームは女の子を襲おうとしているみたい!

 今こそ、私の本気を見せてあげなきゃ!

 魔法少女に変身して、女の子を守るんだから!

 あれれ!?でも、なんだかワームは前よりも強くなっているみたいで。

 え?必殺技?そんなの分からないよ!

 放て!?サンライトイエローオーバードライブ!?


 次回、『魔法少女な日々 後編』


 そして罪はより深く――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る