弐。 ワクワク!?私が魔法少女に!?

 弐。 ワクワク!?私が魔法少女に!?



 前回のキミきせは――


 はわわわっ。なんだか妖精さんたちが難しいことを言ってるよ!?

 簡単に要約すると、なんだか怖いラスボスが出てくるからボクと契約して魔法少女になってよ、ってことだって!

 なんだか大変だね!

 そして、なんだか物語が始まる模様!


 魔法少女――!

 レディ、ゴォー!



 2005年 9月 21日 午前6時


 少女佐上悠12才、起床する。

 佐上悠、布団を畳み、居間へと足を運ぶ。居間で椅子に座っている女性、四方とんぼにあいさつをする。

「おはよう、おかあさん」

「おかあさんなんて言わないでって言ってるでしょう?」

 悠のパジャマに一粒、とんぼの口から飛んで来た唾が付着した。

「あんたはおとうさんに引き取られたの。だから、もうわたしの子じゃない。なのに、どうしてわたしはあんたを住まわせてやらないといけないんだか」

 何か文句あるの、ととんぼは悠を睨みつける。

 そして、近くにあったガラス製の灰皿を手に取り、2メートルほど離れていた悠に投げつける。悠はとんぼの手が灰皿に伸びた時には腕を顔のあたりに持って行き、ボクシングのパンチを防ぐ形態を取っていた。拳は強く握りしめられている。

 ごふっ、という音がした後、床にゴンッ、という音が響く。

 悠の腕の肘辺りにガラス製の灰皿がぶつかった後、灰皿はフローリングに落ちたのだった。その際、フローリングには傷がついた。木製の床に小さなへこみがついている。とんぼはそれを見つめていた。そして、視線をゆっくりと悠のもとに戻す。

「なに避けてんだよ!受け取れよ!床が傷付いたじゃねえかよ!」

 とんぼは素早く椅子から立ち上がり、一歩踏み出すと、その勢いのまま、悠の腹部を蹴りつける。

 ぶぐっ。

 悠の喉からはおかしな声が漏れた。

 急に肺から空気が漏れ出てしまったためである。

 とんぼは興奮した声で悠に告げる。

「今日もお前の父親の様子を見に行け。早くくたばれって言ってやれ」

 それだけ言うと、とんぼは今の入り口で四つん這いになり妙な呼吸をしている悠の脇をすり抜けて玄関の方へと向かった。

 玄関から外に出ると、大きな音を立ててドアを閉める。

 アパートのワンルームには未だ続く悠の妙な呼吸の音だけが響いていた。


 同日 午前7時


 悠は食べるものを探していた。とんぼは自分のものだけを平らげた後、仕事へと向かったのだった。

 悠は冷蔵庫の中を開けて物色するものの、めぼしいものはない。とんぼは料理をしない。故に、食材が冷蔵庫に眠っていることはまずなく、あるとしてもコンビニで買った弁当を一人前だけ次の日の朝にとっておいたものだけだった。

 悠は慣れた手つきで上段の冷凍庫も見る。しかし、そこには何もなかった。

「昨日、全部食べちゃった」

 弱々しい声であった。

 悠はゆっくりと再び下段の冷蔵庫を開ける。そして、冷蔵庫の奥に手を伸ばし、焼きプリンを手に取った。

「おかあさん。ごめん」

 焼きプリンはとんぼの大好物だった。冷蔵庫に必ず一つは眠っている。悠はそれを食べることにした。

 その行為が発覚した後、どのような仕打ちが待っているのかを悠はよく理解していた。


 同日 午前8時


 悠はかつての家に足を運ぶ。そこは現在の家と変わりない小さなアパートであった。

 扉には幾つもの赤字が書かれた紙が張り付けてある。ドアノブにも紙がかけられていた。悠はそのドアノブを回し、扉を開ける。

 鍵はもとよりかかってなどいなかった。

 部屋に入った瞬間、刺激臭が押し寄せる。

 悠は鼻を塞ぎ、部屋へと進む。

「おとうさん。大丈夫?」

 酒瓶しかない部屋に一つ、物のような生物が横たわっていた。

 それはニンゲンの男性であった。男性は返事をしない。

 悠は男性が呼吸をしているのを見て取った。

「生きてるのか」

 そう呟くと悠は玄関へと向かって行った。

 赤いランドセルが玄関を開けた際の光に反射し、鮮やかに映えた。


 同日 午前9時


 悠は学校に行く。自分のクラスの梁をまたぐ。生徒たちはすでにほとんどが登校していた。その生徒たちが悠を見た瞬間、一瞬言葉を失った。そして、再び何事もなかったかのようにおしゃべりを始める。そんな中を悠は一人きりで過ごした。


 同日 正午


 悠が給食を食べていると教師が悠を呼び出す。

 悠は教師の待っている廊下に出た。

「佐上さん。給食費なんだけど……」

「すいません」

 悠はこの日初めて学校でしゃべった。そして、悠が学校で話したのはその一言だけだった。

 教師は一瞬、眉に皺を寄せると悠に言った。

「ずっと払ってないから、早くなんとかしてね」

 そうとだけ言って教師は悠に背を向け去っていく。

 教師の鳴らす大きな靴音が廊下に響いていた。


 同日 午後3時


 悠は下校していた。悠の背中など目に入らないように男子たちは通学路を走って下校していった。

 悠は歩いている間、始終うつむきがちだった。故になんどか電信柱にぶつかりそうになる。悠は顔を赤くして辺りを見渡すが、誰一人悠が電信柱に当たりそうになったことなど気にしてはいなかった。

 悠は再びうつむきがちに歩いて下校していく。

 そんな折だった。

 妖精3号(仮称)が悠の前に姿を現す。

「やあ、キミ。悩み事でもあるドリルか?」

 悠はぼんやりと妖精3号(仮称)を見つめる。

 目を大きく開いたかと思うと、すぐに普段の目の大きさまで戻る。

「へちまのぬいぐるみがしゃべるわけないか」

「へちまとは失礼ドリル」

 妖精3号(仮称)には感情と呼べるものはない。故に、彼にとって知的生命体との会話は思考プログラムに則するものなのだった。

「え……えっと、本当にぬいぐるみがしゃべってるの?」

 悠が一歩後さる。悠の背後には電柱があり、悠は電柱に背負っていたランドセルを打ち付ける。

「そうドリル。ぼくは妖精ドリル。キミにお願いがあってやってきたドリル」

「えっと……あの、ごめんなさい。そういうのはちょっと……」

 妖精3号(仮称)は首をかしげる。

 彼にとっては確実な方法だった。佐上悠を確実に魔法少女にできるはずだった。

「キミしかいないドリル」

 妖精3号(仮称)は声色を変えてみる。必死さが伝わるような語調であった。

 背中を向けて走り去ろうとしていた悠は動きを止める。そして、ゆっくりと妖精3号(仮称)を振り向く。

 だが、悠は雑念を振り払うように頭を振った。

「私にはできないですよぉ……だって……」

 妖精3号(仮称)は最後の賭けに出る。

 妖精という存在が故に、その実態は不確定かつ自動的な、焔に照らされ揺らめく影のようなものだからこそできたことであった。

 ポムン。

「え?」

 奇妙な音とともに妖精3号(仮称)から煙が立ち込める。冬に近づきかけている風は妖精3号(仮称)にまとわりついていた煙を吹き飛ばした。

「え?」

 そしてもう一度。

「え?」

 悠は口を大きく開けて呟いた。

「よろしくお願いするドリル」

 長身の男性が悠にひざまずき、悠の幼く小さな手を取った。

「どうか魔法少女になって世界の敵と戦って欲しいドリル」

 長身の男性は悠の顔を除くため、顔を上げる。

 そして、そのまま悠の瞳を見つめ続けつつ、手の甲にキスをした。

「え?ええ!?えええええ!?」

 悠の悲鳴のような驚き声が響き渡る。

「も、もしかして、さっきのへちまさん!?」

 妖精3号(仮称)はゆっくりと頷いた。

「世界の敵はすぐそこに迫っているドリル。魔法少女になってくれるドリルか?」

 妖精3号(仮称)は悠の瞳を見つめながら言った。

「は、はい!」

 悠はそう答えていた。

「ならば、キミは今日からユウ、ドリル。魔法少女ユウ、ドリル」

 妖精3号(仮称)はユウの手に手のひら大のものを握らせた。

 それはコンパクトだった。

 現世界の魔法少女を模しつつ、即戦力として少女がすぐにでも戦うことのできるデバイスを組み込んだ、初心者用の戦闘用兵器。

「さあ!魔法少女に変身するドリル!」


 次回予告!?

 うわぁっ。私、魔法少女になっちゃいました!?

 なんだか名乗ったりしてとっても恥ずかしい!

 でも、魔法少女衣装は可愛いかな?

 でも、フリルいっぱいのミニスカっていうのもはた目から見たら――やっぱり恥ずかしいです!

 さて!魔法少女に変身した私は一体どうなってしまうのか!

 ハラハラドキドキの次回を見逃すな!


 次回、『颯爽登場!魔法少女ユウ!』


 そして罪はより深く――

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