第20話 ネームド・モンスター(前編)
見上げるような崖が、下層の森林地帯と上層部の乾燥台地を隔てていた。崖の亀裂を這うようにして、数本の巨木が枝を伸ばしている。枝の間をヒョコヒョコと登って行く人影二人。エルムとユーリである。
「ふう……エルムー、ホントにここ、通らなきゃ行けないの?」
先を行くエルムに、浮かない表情で声をかけるユーリ。
「んー? 西側にある坂道が一応は正式なルートなんだけどさ、門番モンスターが厄介なんだよね。サンドゴーレムって戦闘長引くし、ドロップは美味しくないし」
そっちの方が気が楽だったなー、などと思いながら足もとを見るユーリ。高所恐怖というほどではないが、さすがに足場が悪く高い所で平然としていられない。エルムは気にする様子もなく、スルスルと木を登って行く。ぎこちない動きのユーリに笑みを向け、
「ちょっと休憩しよっか。この上にいい感じの場所があるから」
と声をかけた。
崖に刻まれたテーブル状の岩棚に、二人で座り込み足を伸ばした。緊張を解いたユーリの口から、思わずため息が漏れる。
「ふう……」
「あはは、ユーリは木登りは苦手?」
「いやその、あんまりやった事がなかったから」
「ふーん、都会っ子だったんだ。ボクは結構好きだったなー、木登り。高い所に登ると景色が違うし」
疲労の色も見せないエルムは、レベル差というよりリアルでの経験が物を言っているらしい。都会っ子は違うと思うけど、まあ身の回りに「自然」はなかったなーなどと思い返して苦笑するユーリ。
エルムの言葉に、眼下に広がる景色へ意識を移してみる。森の木々が波打つように連なる様は、まさに緑の海、樹海と呼ぶにふさわしいものだった。……なるほど、ここに登らなければ見られない景色なんだなあと、感慨を新たにする。
「さ、上までもう少しだよ」
「OK、行こうか」
ここまでより少し元気を出して、ユーリは木登りを再開した。実のところ、VRゲーム内とはいえ人生初の木登り体験だった。
◇
「あと一撃! 攻撃もらっちゃだめだよ!」
「了解っ! ……ふっ!」
エルムが瀕死に追い込み、ユーリがとどめの一撃を刻む。何度も繰り返されてきたコンボに巨大なサソリ型モンスターは討ち取られ、ポリゴン片となり散って行く。ユーリのタイミングの見究めもずいぶん上手くなってきた。初回のように長々と引き延ばさず、二~三秒で済むようになっていた。ユーリに言わせると「同じ文字列が回っているルーレットを止める」ようなものらしい。
「……あー、残念。レアだけど毒針の方だったよ。甲殻だったら防具に使えたのに」
「針なら武器につかえるよ。ムダにはならないさ」
「まあそうだけどね。ボクらは死なないのが最優先だから。まずは防具優先だよ」
「うん、それもそうだね」
レアドロップ品のえり好みとは、二人ともゼイタクになったものである。他のプレーヤーに知られたら、卒倒か逆上されてもおかしくない。サーカムの森で、めぼしいレアドロップを得たエルムとユーリは、さらに上級のアイテムを得ようとウェントス・エリアに近い荒野に狩り場を移した。崖に沿っての木登りは、知る人ぞ知るショートカット・ルートらしい。
今までのドロップ品でエルムは疾竜弓を、ユーリは緑鱗の盾という上級装備を手に入れた。しかしそこで突き当たったのが金欠問題。強力な装備を作るには資金もかさむ。製作費用のムダを節約するために、少し強めの敵を相手にして装備の「飛び級」をしようと考えた二人だった。青銅の剣、鉄の剣、鋼の剣とランクアップしていくゲームに例えるなら、鉄の剣を無視して鋼の剣を狙うやり方である。
「じゃ、レアハントはここまでにして、後は普通に狩ろう」
「うん了解」
何度かレア狙いを繰り返すうちに、二人の間で「レアハントは十回まで」がルール化しつつあった。それ以上の回数になると、ユーリの動きが目立って重くなる。後方から戦況を見て、エルムはそこらを一つの区切りと決めた。
エルムの言葉を受けて、ユーリはタイミングを読む〝
後から思えば、意識して感覚を切ったからこそ、危機に気づかなかったとも言える……
数匹、付近のモンスターを狩って経験値と通常アイテムを稼いだ。順調である。ユーリのレベルから言うと少々格上の相手のはずなのだが、特に苦戦もせずに倒して行ける。次第にユーリは単独で突出し始めた。前衛ユーリ・後衛エルムのフォーメーションだから、間違ってはいないのだが、やや距離が開きぎみなのが気に掛かる。
「ユーリ、あまり出過ぎないで。ボクが『遠見』で敵を確認してから、ね?」
「大丈夫だよ、この辺の相手なら……あ、いた。こっち向け! 『ウォークライ』っ!」
視界に入った見なれぬモンスターに、ユーリはヘイトを集めるスキルをたたき込む。が、「ピロリン」と状態異常系スキルが失敗した時の効果音が耳奥に響いた。え? 何でと、いぶかしむユーリ。モンスターがゆらりと体を回し、こちらを向いた。黒い体毛と巨大な犬歯。
「え? 『迅雷のダーククァール』って……」
「まさか……
ネームド・モンスターとは、固有名を持つ特に強力なモンスターの事だ。他のゲームでは「ユニーク・モンスター」とか「希少種」と呼ばれる事もある。うかつだった、まさかこんなシロモノが徘徊していたなんて! 事前の下調べでは危険を示す情報はなかったのに。アップデートで変更されたんだろうか?
「キシャァァァァ!」
かん高い吠え声とともにダーククァールが襲いかかってきた。
「くそっ!」
盾を構えながら、自分のうかつさを悔いるユーリ。FSOというゲームに於いて、モンスターと戦うかどうかの選択権は基本、プレーヤーの側にある。強力な相手ほど、その原則は守られている(「奇襲」をしてくる相手は通常モンスターだけ)。しかし今、ユーリは敵に向かってヘイトを集めるスキルを使ってしまった。それはプレーヤーの側からの開戦の意志と判定されたのだ。
交差する瞬間、前脚と触手の二段攻撃を繰りだして来た。サイドステップしながら盾で受け流したユーリだったが
「あ、ぐっ!」
異様な衝撃を身に覚え、HPが大きく削られていた。触手が「雷」の攻撃属性を帯びている上に、基本のステータスが比べものにならない。受け流しに成功してもダメージ判定が負わされるほどに。
おまけに、直接攻撃を受けたことで今まで見えなかった敵のステータスが見えるようになった。
*迅雷のダーククアール
*レベル:65
*攻撃属性:雷
*防御属性:変動
*物理攻撃耐性:大
いけない。レベルの高さはともかく、物理耐性持ちとは。見習い騎士のユーリと猟兵のエルムでは攻撃が通じない。自分が持っている属性攻撃スキルは雷属性と風属性の
これは自分たちが戦っていい相手じゃなかった。死に戻り縛りをしている身では尚更に。
「『リミッターカットex』!」
即座にユーリはパラメーター・アップのスキルを発動させた。ギルド講習卒業の時、ブランド教官から授けられたものだ。時間制限があり、それが過ぎると反動として弱体化してしまうという「諸刃の剣」だったが、今は出し惜しみをしている場合じゃない。さらに耐性賦与アイテムと継続回復アイテムを注ぎこんだ。
二合、三合、ダーククアールのなぶるような攻撃を受け流すユーリ。大幅なレベル差にも関わらず、なんとか持ちこたえられた。しかし攻撃手段がなくてはスキル・アイテムの効果時間が切れた所でゲームセットだ。後方から焦燥感に満ちたエルムの声が響く。
「ユーリ! 退いて! ボクがアイツを引きつけるから!」
「だめだエルム! 君こそ退いて! 僕が手を出しちゃった相手なんだから!」
エルムの指示は、二人のレベル差を考えれば一応筋が通っていた。しかしユーリに自分から退くという選択肢はなかった。自分のうかつさから陥った危機なのに、死に戻ったらゲームを引退するとまで思いつめているエルムを矢面に立たせるなんて。
「ば、ばかっ! 何カッコつけてるのよ、ユーリのくせに!」
「何とか隙を見て離脱するよ! 失敗したら……罰ゲームで許して!」
葛藤に満ちたエルムの叱声と、ムリにおどけたユーリの返事。さらに数撃わたりあって、ユーリは敵の攻撃をすかすのに成功し、行動後硬直にショートソードを突きこんだ。
「ギシィ……!」
「くぅ! はは、萎えるなぁ」
苦痛というより鬱陶しいといったモンスターの反応。事実ダーククアールのHPバーはほとんど変化していなかった。わかっていた事ではあるが「物理耐性」の絶望的な効果に、ユーリの顔に苦しい笑みが浮かぶ。と、その時、彼はパーティーメンバーのステータスボードから、エルムがスキルウェイト時間に入っている事に気づいた。強力な攻撃スキルを放つ前に必要な「ため」や「詠唱」時間だ。FSOでは満ちていく棒グラフで表示され、ステータスボードで確認しあえる。
「退いて、エルム! 何やってるの! いくら君でも物理耐性持ちには!」
「『ファイヤーストーム』!」
瞬間、後方から炎の奔流が走りダーククアールを飲み込んだ。
「ギシャアアァァ!!」
「え、ええっ!?」
大きな痛手を受けた獣の悲鳴と、驚愕と疑念が混ざりあったユーリの声。そしてエルムのステータスボードを見て、彼は目をむいた。
*エルム レベル61
*
クーリングタイム中
エルムの
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