第18話 乱数チート?(後編)

「うまく行きそうだよ。さ、ハシリトカゲ探そう!」


 うれしそうに言うユーリ。エルムはしばらくの沈黙のあと、ユーリの両肩に手を置いて真正面から顔を合わせる。


「ちょっ……エ、エルム、何を」

「ユーリ……正直に言えば許して上げるから白状しなさい。何のチートツール使ってるの?」


 ジト目で詰め寄るエルムに半笑いで脱力し、ユーリは抗議の声を上げる。


「使ってないよぉ、そんなの。第一、何をどうすればいいのか、僕、知らないし」

「偶然でこんなの、あり得ないでしょう? 運営に目を付けられてBAN(アカウント停止・削除)されたら死に戻りどころじゃないんだよ?」

「いや、だから倒すタイミングを見計らって……」

「どうやってそのタイミングが分かるのさ?」

「えーっとね、敵が倒される前の……そう! 秒数をカウントしてね、今だ! って所でバーっと! ……信じてよぉ。僕、チートなんかしてないってばぁ」


 必死に弁明するユーリの姿に、エルムも判断がつかなくなってくる。彼女の目には、彼がウソをついているとは見えない。また、以前実際に見たチートプレーヤーの例を思い出した。ツールを使用した瞬間に警告ブザーがなって、プレーヤーは即刻強制ログアウトに追いやられていた。

 FSOというゲームに於いては、全体の物理演算を担当する部位「ユピテル」が、自らの処理の中で異常・不正を見つけることも受け持っており、その精度はハンパではない。そういった措置が即座に執られないのは、常時自動監視している「ユピテル」や「ミネルヴァ(戦闘演算担当)」の目をかいくぐる極めて巧妙なチートをやっているか、あるいは無実か、どちらかのはずだ。


「……ほんっとーに、不正行為じゃないんだよね」

「は、はいっ、チートプログラムなんか使ってません! ホントです!」

「じゃあ……信用するけど……」

「はー……良かった……。じゃ、ハシリトカゲ探そう、エルム!」


 コロコロ変わるユーリの表情に苦笑するエルム。……やはりこの無邪気な少年がウソをついているとは、どうしても思えなかった。


 ──一時間ほど後。


「やったぁ! 堅骨ゲット!」

「あ……うん……」


 二度目のレアアイテムは、すんなりとは行かなかった。ハシリトカゲや、合間にエンカウントする別のモンスターを倒し続けて十回目。結果は通常ドロップ七回、準レア二回、そして今回のレア。

 喜色満面のユーリと裏腹に、エルムの疑念と困惑はさらに深まる。確かに確率的にあり得ない高頻度だ。しかし確実に出るわけでないなら、データ書き変えツールの類ではない。そしてエルムの懸念は他にもあり……


「ユーリ、今日はここまでにしよう」

「え?」


 ユーリに歩み寄り、いつになく真剣な顔で告げるエルム。


「何を見てタイミングを計っているかわからないけど、それってすごい集中が必要な事なんじゃない? 最初は『タイミングを見る』のに手一杯で、敵の攻撃もかわせなかったし」

「……いや、その……今のはそんなに攻撃もらわなかったし」

「慣れてきたんだろうけど、動き自体は段々重くなってきてるよ。後ろから見てたからすぐわかった。すごく集中が必要で、疲れる事なんじゃない? だから今日はここまで。これに関しては抗議は受けつけません! パーティーリーダーはボクだから!」


 ふんっと胸を張ってゴーマンモードのエルムに苦笑しながら


「わかったよ……でも、レア狙いをしないなら、まだ大丈夫。経験値も稼ぎたいからさ、もう少し狩っていこうよ」

「……いいけど、でもムリだと思ったらすぐ止めるからね?」


ユーリの出した妥協案に、もう少し狩りは続けられる事になった。

 実際、その後ユーリの動きは見違えるほどよくなって、危なげなく稼ぎを続ける事ができた。

 自分の疑念に答えは出ていなかったが、ユーリの「レア稼ぎ」は、チートでないにせよ多用すべき手段ではないと胸に刻むエルム。前と後との動きの差は、負担の大きさを表しているはずだ……


 日が傾き初めたので、切り上げることにする。経験値にも金銭的にも収穫の多い狩りだった。何より、得られたレアと準レアアイテムからは、数ランク上の装備製作が可能になる。

 サーカムの森を出て、人家をつなぐ街道に出る。二人揃ってセカンダリアに向かい、テクテク歩いていたのだが、前を進む荷馬車を見つけてエルムは駆けよった。


「おじさーん、街まで乗せてよ。二人分、白銅貨六枚でどう?」

「おや、エルム嬢ちゃんじゃないか、久しぶりだね。金なんぞいらんよ、乗ってお行き」

「ありがと。悪いね」


 どうやら顔見知りのNPCらしい。初老の農夫に礼を言い、二人荷台に乗り込んだ。ゴトゴトと馬車の揺れに身を任せ、しだいに暮れてゆく農村風景を眺める。


「おおそうだ。久しぶりにエルム嬢ちゃんの歌が聴きたいのう」

「えっ」


 荷台に振り向き朴訥な笑顔を向ける農夫に、エルムは戸惑ったようす。チラッと視線を走らせる様を見れば、ユーリの存在を気にしているらしい。


「へえ、僕も聴きたいなあ。歌ってよエルム」

「えーと……もう、しょうがないなあ」


 ユーリのリクエストに、照れながらもエルムは歌い出した。


「♪草の波を越えていく 風の翼 五色に光る波よ 春の日は暮れゆく……♪」


「……はぁ……」


 風に溶けていくような澄んだ歌声に、ユーリは目を丸くして聴き入る。上手いと思った。本職の歌手のように鍛えられた声ではないが、むしろそのぶん伸びやかな魅力をたたえた声。清明な音節と、しっかりした音階。街角で歌えば普通にお金が稼げるんじゃないか。そんな事さえ思った。


「♪お帰りよ お帰り 温かなわが家にお帰りよ お日さまがあなたを忘れて 暮れてしまう前に……♪ へへっ、お粗末さまっ」


 ぺこりと頭を下げたエルムに、農夫とユーリは惜しみない拍手をおくった。


「へーえ、歌も上手いんだね」

「えへへ、実はちょっとだけ自信があるんだ。昔からね。お母さんも、よく褒めてくれた」

「うん、お金取れるレベルだと思う」

「それはないよ、あはははは」


 西空の夕焼けが色を濃くして行くころ、セカンダリアの門が見えてきた。今日はいい冒険だった。エルムの歌も聴けたし。そんな余韻にユーリが浸っていると


ゴゴゴゴゴ……


西の方角から、遠い地鳴りの音が響いてきた。何事と二人で荷台に立ち上がり音の方を見ると、夕焼けがまるでオーロラのように変色して波打ち、ヒュー、ヒュゥーと、鳥の鳴き声のような音が木霊こだまする。これは……一体……


「凶兆じゃ……嬢ちゃん、坊ちゃん、飛ばして戻るで、荷台に座りや!」


 おびえの混じった農夫の声に、急いで荷台に腰を下ろす二人。と、ピロンとメールの着信音がなった。今のに関係する何かかと、急いで開いて見ると運営からのメッセージである。


【第四次アップデート実行。イグニス・エリアが解放され、レベルキャップが70に上昇】


 何だ、そういう事か。ホッと胸をなで下ろすユーリ。心にゆとりが戻ると好奇心がわいてくる。アップデートって、ゲームにログインしているとこんな風に見えるのか。あの光の向こう側が今回解放されたイグニス・エリアなのだろう。……しかし、えらくつっけんどんなメールだなぁ。『AIは誰だ!』案内時のメールとの落差に、首をかしげるユーリだった。

 農夫を安心させようと事情を話してみたが、NPCには「ゲームの都合」といったメタ情報が通じなかった。話の内容自体が聞こえないようになっているらしい。闇雲に駆られる馬車に揺られ、ユーリたちはセカンダリアの城門に逃げるように飛びこんだ。

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