第13話 ムチャ振り資格テスト

「気合いを入れろヒヨッコども! 俺がお前らの指導教官○ートマンだ!」

「レンドルくん、それ古すぎだから」


 レンドルに冷ややかなツッコミを入れるリズベル。ジブリール、オボロ、ヤヌスは笑っている。ユーリもようやくこれが古い時代の〝お約束〟だとわかってきた。

 コホンと一つせき払い。リズベルが改まった調子で皆に語りかける。


「みんな、私たちの訓練に参加してくれてありがとう。あなた方含めて全員が同じゲームのプレーヤーですから、本来私たちにあなた方を指図する資格などありません。しかし、より深くゲームを楽しむには持っていた方がいい知識・技能があると思うからこそ、私たちは『初心者指導クラン』という出しゃばりを敢えてやっています。そんな私たちを信頼して、ここまで勤め上げてくれたことに心から感謝します。あなたたちはもう『初心者』じゃない。私は自信を持ってそう言える。卒業、おめでとう!」


 祝福の言葉と一緒に、訓練生一人ひとりにユーザーメイドのアクセサリーが配られた。ゲーム中のレアアイテムには及ばないものの、充分に有用なパラメータアップ効果を持っている。初心者指導クラン・ネストボックスの卒業記念品だった。


「「「「ありがとうございました!」」」」


 四人は元気よく返事をし、目を潤ませているリズベル、(意外なことに目の赤い)レンドルと手を取りあった。みんな初回の転職をすませ、パラメータ的にもPSプレイヤーズスキルの上でも一回りたくましくなっていた。文字通り、もう「初心者」ではない。

 クランリーダーと副リーダーに挨拶をすませ、今度は「同級生」どうしで向かいあう四人。


「みんな、今までありがとうね。それでその……」

「皆まで言うなってジブ。へへへ、一度言ってみたかったんだ」

「ねえ、このまま一緒にパーティー結成しない?」

「あっ、オボロぉ、オレのセリフを!」


 ジブリールたちの気持ちは既に一緒のようだった。同じ時期にネストボックスに所属して、ログイン時間もよく合っている三人だ。当然の流れだろう。


「ね、どうかなユーリ? 僕らは結構いいバランスのパーティーになれると思うんだけど」


 当然同意してくれるだろうというジブリールたちの表情に、ユーリの胸は痛んだが、決めた思いは変わらなかった。


「……ごめん、みんな……」


 ◇


 港町ファストゥの市場前には小規模な噴水があり、待ち合わせ場所の定番になっていた。数人、人待ち顔で立つプレーヤーの中にユーリの姿があった。キョロキョロと辺りを見回していたが、待ち人を見つけパッと表情が明るくなる。羽根飾りと緑のベレー帽、赤みがかったブロンドの……


「エルム!」

「ユーリ!」


 呼び交わして彼女のもとに駆けよるユーリ。


「呼び出してゴメン。僕の方から出向くつもりだったんだけど……」

「いいよ、ユーリ、まだ他の町に行くイベントこなしてないでしょ? ならボクが動いた方が早いって。で、直接話したい事って何?」


 単刀直入なエルムの問いにうろたえかけたが、ユーリは胸に手を当て深呼吸し


「あの……僕と、パーティーを組んでくれませんかっ!」


勇気を振りしぼって口にした。その言葉に、にこやかだったエルムの表情が硬くなる。


「……聞いてなかった? ボクが……縛りプレイしてるってこと」

「うん、聞いたよ。レンドルさんとのデュエルの時に」

「知ってたら……何でさ?」

「何でって……その……一緒にプレイできたら、きっと楽しいって思って」

「だから……あーもう、わかってないよユーリ」


 エルムはいら立ったようすで、背負っていた弓を手に取りユーリに示した。


「コンポジット・ボウ+7……普通にプレイしていたら、レベル60にもなって使ってるような武器じゃないんだ。あの……モンクが言ってたのはある意味間違いじゃない。ボクは『適正レベル』以下の相手ばかりと戦っているし、正直そのために装備更新に必要なアイテムもゲットできないでいる。パーティーを組むってのは、それにつき合わされるってことだよ? 一回助けられたからって、そんなことにまでつき合う必要ないって!」

「……えーと……あのー……うん、たぶん大変なんだよね、死に戻り縛り。僕はわかっているとは言えない……と思うけど、エルムも少し勘違いしていると思うよ。僕が君とパーティーを組みたいと思ったのは、恩に着てとかそういうのじゃない。君と一緒にゲームがしたい、それだけなんだ。」

「…………」

「まだレベルは低いけど、この間最初のクラスチェンジして、『見習い騎士』になったよ。僕がタンク役でエルムがアタッカーで、二人で役割分担すればきっとうまくいくと思う。お世辞かも知れないけど、リズベルさんたちにも『筋がいい』ってほめられたし。それに……それに、その、ぼ、僕が本気になったら、滅多に、いや、絶対に死に戻ったりしないから!」


 ユーリは必死で自分をアピールする。売り込みセリフの中には、明かしてはいけない部分まで少し含まれていた。ためらう様子のエルムだったが……突然ぐーんとふんぞり返って胸をはり、形だけでもユーリを見おろすポーズをとった。……年齢のわりに、発育は控えめかも知れない。


「縛りプレイってね、美学の問題なの」

「うん」

「ボクは死に戻りしたら、このキャラ削除して、いや、アカウント自体削除してこのゲームから引退する。そのくらいの覚悟でやってんの。わかる?」

「うん……」


 ゴーマンかましているつもりらしいが、エルムもいい加減大根である。おまけに、この前のデュエルの時もそうだったが、テンション高い感情表現しようとすると緊張感・切迫感よりファニーな雰囲気がにじみ出るのはどうしたものか。


「だから当然、誰かと組むなら同じ心構えを要求するわけ。いや、心構えだけじゃない。PSプレイヤーズスキルが必要ね。口先で『ガンバる』って言っても技倆が伴わなければ無意味だよ。ユーリ、キミにその能力がある? 見せてちょうだい」

「見せるっていうと……」

「テストだね、生存テスト。言っておくけど、ハンパじゃないから」


 ◇


 ファストゥの港町から内陸部に伸びる街道を行くと、冒険者プレーヤーにとって第二の目標になるセカンダリア同盟都市に辿り着く。単に道を辿れば着けるわけではなく、通行資格取得イベントをこなさなければ先には進めない。二つの町のほぼ中間地点にある温泉地、「硫黄の森」と呼ばれる資格取得イベントのフィールドに二人はいた。地面のあちこちから水蒸気が吹きだし、硫黄が小高く堆積したものがシロアリの塚状にいくつもそびえ立つ。硫黄の塚のいくつかには食虫植物を大型化したモンスターが寄生しており、冒険者たちの関門となっていた。


「とうっ!」


 ひときわ高い硫黄塚にエルムが飛び乗った。腕を組んで仁王立ちする。ゴーマンかますノリに自分で影響されてきたらしい。


「さあユーリ! フィールド奥にいるボスモンスター『サルファ・ポイズンプラント』を倒してシードを持ち帰って見せよ! ただし、一切の被弾ダメージなしで!」

「ええぇ~~っ!!」


 ユーリの悲鳴もムリはない。硫黄の森のパーティー攻略推奨レベルは16。ユーリは12で、しかも一人である。おまけにこの森の攻略難度を上げる要因があって……


ブシューーーブゴゴゴゴゴ……


 ランダムで吹き出す間欠泉だ。はっきり言って、回復手段を準備した上である程度のダメージ覚悟で押し切るしかない場所である。


「あのーエルム、間欠泉あれを相手にノーダメって、生存能力っていうよりほとんど運なんじゃ……」

「できなければ、それまでと諦めよ。縛りプレイはイバラの道。これしきの事ができぬようでは、到底ボクと同じ道は歩めない!」

「……これ、何回勝負?」

「一回こっきりだ! 死に戻りにやり直しがあるものか!」

「せめて練習回を」

「死に戻りには練習もない!」


 変なノリにまかせているエルムだが、じっと見つめると顔を赤らめて目を反らした。自分がムチャ振りをしている自覚はあるらしい。……仕方ないなと、ユーリは覚悟を決めた。


「ちょっとごめん。見るくらいならいいでしょ?」


 エルムが立っている硫黄塚にユーリもよじ登り、高い位置からルートの大まかな見当をつける。ユーリの真剣な横顔を見て、ぽつりとエルムが漏らした。


「……ホントにやるの?」

「? うん」


 エルムとしては、ユーリがやる前から諦めるのを期待していたらしい。……自分の束縛につき合わせまいとしただけなのに、かえって友人を危険にさらしてしまう。その矛盾に彼女の心は揺れた。が、


「じゃ、行ってくる!」

「あっ」


ユーリは元気よく飛び出した。そのまま一番手近な敵……硫黄塚に生えた『食人蘭イーターオーキッド』に向かう。


「キシャーッ!」


 鎌首を掲げ、牙の生えた花弁を振るうモンスター。しかしユーリはそれをかわすと、相手にせず駆け抜けた。と、次の瞬間


ブボォォォーーー


今までユーリのいた位置に間欠泉が吹きあがる。確かに一々敵を相手にして足を止めたら、巻きこまれるのは避けられない。そのまま数匹の敵をかわしてボスのフィールドに迫っていたユーリだが、


「あっ!」


予兆なく横合いから間欠泉が吹きだした。これはムリとエルムは思ったが、硫黄塚を叩く噴水の中にユーリの姿はなかった。見る間に、塚の陰から飛び出してその場を走り去る。


「ええっ?! ウソ!」


 今のは自分でも避けられなかったろうと思うタイミングだった。しかしユーリは一瞬早く塚の陰に飛び込んで噴泉を逃れのだ。まるで、事前にそれが分かっていたかのように。呆気にとられるエルムの視界から、ユーリの姿が消えた。ボスモンスターが待つインスタンス・フィールドに入ったのだ。

 そのまま待つこと十数分……エルムの胸には「ムリ、レベルが足りてない」という思いと「ユーリの動きならあるいは」という二つの気持ちがない交ぜになっていた。と、境界ラインからにじみ出るようにユーリが姿を現した。死に戻りもせずインスタンス・フィールドから出てきたという事は


「ウソ……ホントに勝っちゃった?!」


 そのままユーリは危なげなく敵と間欠泉をかわして、エルムの待つ硫黄塚に戻ってきた。


「ただ今戻りましたー」

「…………」


 フィールド・ボスのドロップアイテムを手にしながら屈託ないユーリの笑顔に、エルムは言葉がなかった。諦めさせるためにやった「ムチャ振り」である。自分でも同レベル帯で同じ事ができるとは思えない。


「エルム?」

「……せ、戦闘ログは取った?」

「動画キャプチャー機能を使ったよ」

「見せてちょうだい」


 動揺を顔に出さぬようにして、エルムはユーリのボス戦動画をチェックする。

 ……ユーリの動きは安全第一だった。敵の攻撃をかわして、あるいは逸らして、直後の硬直時間に攻撃スキルを重ねる。パーティー討伐が推奨されているボスモンスターが、見る見るHPを削られていく。と、突然ボスモンスターの攻撃パターンが変化する。HPが9割を切ると起きる特殊行動だ。


『フゴォォォォ!!』


 全身から黄色いガスが吹きだす。初見だったら食らって当然の範囲攻撃だ。しかしユーリは事前に大きく距離を取ってガスの範囲から逃れていた。


「えぇ?!」

「あー、その、なんかやりそうな気配がしたからさ。ポイズンプラントなんて名前だし」


 驚きを通りこし疑念に近い表情のエルムに、ユーリはつい言い訳じみたことを言ってしまう。戦闘動画は、そのままボスをノーダメージで倒しきり、レベルアップメッセージが流れる所で終わった。


「…………」

「えっと……その、センセー、課題はクリアしました!」


 言葉が出ないエルムに、シュタっと右手を挙げ、おどけた調子で申告するユーリ。しばらく無言だったエルムは、瞳を伏せながらぽつりと漏らした。


「なんで……ユーリ、ここまでのPS持ってたら引く手あまただよ? ボクの縛りプレイなんかにつき合わなくても」

「……エルム、思うんだけど、例え戦闘でHPが0になっても、しばらくは蘇生猶予時間があるじゃない」

「うん?」

「だからさ、その間に助けてくれる仲間がいたほうが、縛りプレイだってずっと安全性が高まるよ。この間、サドンデス防止アイテムもらっていたし、プレーヤーが自分の力で対策する事は、エルムは否定しないでしょ?」

「……うん……」


 なおもしばらく逡巡する様子のエルムだったが、はあっと一つため息をついて頭を振った。


「しょうがない……約束だもんね」

「ぃやったー! よろしくね、エルム! きっと役に立ってみせるから!」


 自分の手を取ってぶんぶんと振るユーリに、エルムは苦笑を向けながら、胸の底に安堵感に似た温かい感情が湧くのを感じていた。

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