第10話 AIは誰だ!(後編)

 ボスによる敏捷低下の全体デバフという障害はあったが、スーチーの的確な解除・回復のおかげで大事には至らなかった。エルムなどは、少々攻撃の手を緩めてボス戦があっさり終わらないように配慮してくれたっぽい。そこそこ時間をかけて勝利を収めると、ユーリはレベル10になった。クラスチェンジの節目である。得られたドロップアイテム共々、初心者に美味しいクエストだった。しかし今回のクエストのメインは、この後に控えている。

 ピロロン、というシステム音と共にメッセージが流れた。


【クエストのストーリー部クリア、おめでとうございます! しかし皆さん、忘れてませんよね? 今回のイベントの名前は「AIは誰だ!」メインディッシュはここからです! これから皆さんには各自個室に分かれて、一緒に冒険してきたパーティーメンバーの誰がAI……NPCかを運営メールで投票していただきます。正解した方には素敵なアイテムを。外れた方にもそれなりの品を進呈いたします。なお、投票が終わったらそこで解散、クエスト終了になりますので、メンバー間の挨拶はその前に済ませる事をお勧めします】


 メンバー全員、輪になって向かい合った。


「ありがとう、楽しかったよ」

「いい経験になりました。またご一緒したいですね」

「……醜態をさらして申し訳ありません。できれば忘れていただきたいです……」

「まあ、ストレス解消もゲームの役割だからさ。今度は最初っからあのテンションで突っ走ったら? はははは」

「六人フルメンバーは初めてでした。楽しかったです。ありがとうございました!」

「……み、みんな、グッジョブ! だった!」


 パーティー解散の挨拶を交わし、壁面に現れたドアに一人ずつ入っていく。ユーリはエルムと手を振り交わし、部屋に入った。中は無機質な小部屋で、目の前にパーティーを組んだプレーヤー名の記されたプレートが投影されている。左から、エルム、アルトール、サイフリート、スーチー、ユーリ、イブリンと、レベル順らしい。自分の名前は灰色表示で、選択できなくなっていた。

 腕組みしてユーリは考える。……答えを「のぞいて見る」ならすぐなのだが、それではゲームにならない。

 まずエルムは除外。偶然のラッキーには素直に甘えさせてもらおう、うん。実際、自分としては滅多にないほど幸運ラッキーだった。

 そしてイブリン。……ああいう言動は、ゲームの運営会社としてはどうなんだろう。むろん、「あれはないだろう……」と思わせるのが目的の〝演技〟と読むこともできるし、あの特徴的なゴブリン・チーフの造形も、偶然ではなくペアで用意されていたという仮説も成り立つ。しかし、あの狂態はパンフィリア社としてアピールポイントになるだろうか? キャッチコピーは「キレる! パンフィリアのAI!」……無いような気がする。

 アルトールは……妙にぎこちない受け答えだった。彼がAIだとしたら、運営としてはあまり自慢にならないのではないか。しかし当然「裏をかくための……」もあり得る。決め手に欠けるな。

 サイフリート。くだけた口調だったけど、まんべんなくメンバーに声をかけて、いいムードメーカー役だった。疑問なのは……なにか、メンバーに声をかける順番が均等で、パターン化されていたように感じる。

 そしてスーチー。礼儀正しい優等生という印象で、ゲーム中の行動も模範的と言ってよかった。しかし……あくまで印象なんだけど、ギルド講習の教官たちと、どことなく同質なものを感じる。言葉でハッキリ「ここ」と指摘はできないけれど。


「うーん……」


 ユーリの挙げた〝容疑者〟は、アルトール、サイフリート、スーチーの三人。心情的にはスーチーが怪しいと思うのだが、あくまで印象であって明確な根拠をあげられないのが決断を鈍らせる。


(サイフリートさんの声かけも、単にまんべんなくと思ったら、結果としてパターン化してしまったとも考えられるし……。スーチーさんは……うーん、この違和感をはっきり言葉にできれば迷いが晴れるのに……。アルトールさんは、うむむむむ……どうしてああいう、ずれたテンポで……はっ!)


 これはイベントだ。普段よりずっと多くのNPCがゲーム内で活動しているはずだ。ユーリの脳裏に閃いた言葉は、


「処理落ち!?」


反射的にアルトールのプレートをタッチし、運営にメールした。

 数秒の後、返信が送られてきた。ドキドキしながら開いてみる。


【不正解です! 残念でした! 参加賞を収納庫インベントリに送ります。いかがでした? 楽しんでいただけたでしょうか? ちなみに、あなたに投じられたAI判定は 0人 でした!】

「あーーっ、残念!」


 思わず口走ってしまった。別な心当たりもあったのに決断できなかった、悔しい……

 気を取り直して収納庫を調べると『癒やしの呪符』というアイテムが増えていた。使用すると十分間継続回復されるものらしい。初めての取得だし、これはこれで初心者としてはなかなか有益なアイテムだ。

 フワリと転移の感覚のあと、ユーリは南の遺跡付近に転送された。あたりには自分と同じ参加プレーヤーが湧いている。三々五々、ファストゥの町へ歩いて行く。ここで一旦ログアウトする者も多いらしく、青いログアウト・エフェクトがあちこちに光っていた。祭のあと、か……

 と、町へ歩いて行くプレーヤーの中にベレー帽と羽根かざりが見えた。駆けよって声をかける。


「エルム!」

「あ、ユーリ!」


 笑顔で迎えてくれた彼女と並び、町まで歩く。


「どうだった?」

「はずれちゃったよ。アルトールさんとサイフリートさん、スーチーさんで迷ったんだけど……」

「ああ、途中まではいい線行ってたのにね」

「エルムは? やっぱり余裕?」

「まあね……」


 ポーチから正解の賞品らしいアイテムを取り出して見せてくれる。『抗致死の呪符』というアイテムだった。名前どおりなら、サドンデス系統のスキルや魔法から身を守るものだろう。なるほど、あって困るものじゃなし、中級以降のプレーヤーでも参加したがるか。

 エルムが明かしてくれた正解は、やはりスーチーだった。


「あー、そうか……。負け惜しみになるけど、なんか他のNPCと似た雰囲気を感じてはいたんだ」

「あー、ホントに惜しかったね。このゲームのAIってね……」


 そしてエルムはFSOのAI……NPCが「顕在意識部」と「潜在意識部」に分かれていて、潜在意識部は一つのユニットで共用されている事を教えてくれた。


「だから無意識のちょっとしたしぐさなんかが似てくるんだって。慣れるとおおよそわかるようになるよ」

「へー、詳しいんだね。AIのこと」

「もちろん! だってボクの……」

「……なに?」

「いや、なんでもない……。で、さ、見分けるのが決して難しくはないって知れてきて、運営はサクラを導入したわけなのさ」

「サクラあ?!」


 何となくエルムは話題を逸らしたように思えたが、ユーリは素直にそれに乗った。実際、ちょっと驚いていた。


「今回のメンバーだと、サイフリートさんあたりが怪しいね。わかりやすい話しかけのパターン化をしてたみたいだし」

「えー……初心者に『見わけてみろ!』って挑戦状だと思ってたのに、運営、せこくない?」


 不審な動きをしていたプレーヤーがいたから「怪しい」と思ってAI判定すると、「残念、ホントのプレーヤーだよ! 運営側の意図に従って動いているけどね!」となるわけだ。確かにちょっとゲームを仕掛けた側としては潔くないというか……


「あはは、初回と二回目はなかったんだけど、繰りかえし参加していたプレーヤーから『簡単すぎる』って要望が出たみたいで、三回目から冒険者ギルドのクエスト募集に出るようになったんだ。『クエスト「AIは誰だ!」のサクラを募集』って」

「ど、堂々とギルドのクエストに?!」


 せこいと言うべきか、豪快と言うべきか。ユーリはもう言葉が見つからない。エルムの話によると、「AIは誰だ!」の開催一週間前くらいからギルドに募集が出るらしい。応募した冒険者はクエスト時だけ外見や声を変えられる変装アイテムを支給され、ランダムにパーティーにもぐり込む。いろいろと演技して、首尾良く自分にAI判定を集められれば、その人数によって報酬がアップしていく、と。


「サクラ経験者の専用掲示板なんかもあるみたいだよ。さりげなく自然に『不自然さ』を見せて誤誘導しなきゃいけないからムズカシイ! って」

「う、う~~~ん……」


 サクラも奥深いものらしい。運営公認の場で相手をだます快感にはまるプレーヤーもいるみたいで、そうなると何度でも「AIは誰だ!」に参加するようになるそうな。なるほど、初心者イベントと言いながら中級以上が目立つのは、そういう事情もあったのか。


「このイベント、中級者以降にも人気あるんだけど、事情は人さまざまだね。あはは」


 ◇


 ……アルトールです……

 前回の「AIは誰だ!」で、パーティーメンバー一人からAI判定をもらったアルトールです……

 微妙に悔しくて、つい今回も参加してしまいました。


 ……二人からAI判定食らいました……


 みんなに話しかけるのを心がけてたのに、切ないです……

 次回も参加しちゃうかも知れません……


 ◇


 町に着いてからエルムと別れた。今度はフレンド登録を申しこみOKしてもらったユーリ。エルムと手を振り交わし、彼女の背中が見えなくなったあたりでジャンプしてガッツポーズ。本当に今日はラッキーな一日だ。


「♪……そっか。サドンデス防止アイテムが目的か。エルムは死に戻り縛りしてるもんな」


 フンフンと鼻歌まじりでログアウト地点を探していたユーリだったが、


「……?」


次第に違和感を覚えて首をかしげた。


 ◇─────◇


「ごちそうさま」

「はい、お粗末さま」


 アルカディアの食堂で夕食を終えたユーリ。当直のグェン看護師が食器の片付けにかかる。


「グェンさん、聞いて欲しいことがあるんですけど」

「なあに? 改まって」

「その……うまく言えないんですけど」


 細かい部分は省略しつつ、ユーリは知りあいのプレーヤーが「死に戻り縛り」をしていて、彼女がサドンデス防止のアイテム目的でイベントに参加していた事を話した。


「……僕の理解だと、縛りプレイって自分自身でルールを決めるものだから、ルールの裏をかくような事はできないと思うんです。自分自身の美学の問題というか……」

「ふんふん」

「それでその、死に戻りをしないためにアイテムを使うって言うのが、何というか……」

「こういう事かな? 即死防止アイテムを用意して、それを使ってしまった時点で『ルール違反』じゃないか? って。死に戻りをしない行動自体が目的のはずなのに、それに失敗した場合の保険を掛けておくのは、矛盾していないか? と」

「そう、そういう事です! ……どう思います?」

「うーん、そうねえ」


 手元はとめず、ちゃっちゃと仕事をこなしながらしばらく考えて、


「それは、どういう種類の『縛り』をやっているかによるから、一概には言えないわねぇ。例えば、縛りの範囲があくまでプレーヤーが対処できる範囲のもので、突発事故みたいな場合には及ばないという『自分ルール』を決めている場合もあるだろうし」

「あー、言われてみればそうですね。自分が対策できる範囲しか『自己責任』とは言えないはずですよね。サドンデスは、事故みたいなもの、か……」


返したグェンの答えに、ユーリはうんうんとうなずいた。納得してくれたようでなにより。

 スッキリしたようすのユーリを横目で見ながら、グェンは考える。


(『死に戻り縛り』しているプレーヤーって言ったら……猟兵レンジャーのエルムの事よね。色々ウワサは聞くけど、かなりなヘビーユーザーで、今のレベルキャップ上限に達しているはず)


 ゲーム内のユーリの交友関係は、なるべく関わらないようにと思っていたのだが、ログイン初日に彼がエルムに助けられたらしい話は、メニエル医師からの申し送りで知っていた。どんなプレイヤーだろう? と、詮索しないつもりでいても気にはなってしまう。変わった縛りプレイをしている少女のウワサを、求めるともなく聞き知るに至ってた。

 ユーリが言うイベントと即死防止アイテムは、近々開催されると予告されてた名物イベント「AIは誰だ!」と、その賞品の「抗致死の呪符」だろう。……省略された部分を推論で埋めるうちに、グェンの胸にも違和感というか、疑問が湧いてきた。


(レベル60になって、初心者歓迎イベントに出てまで……)


 何かエルムの行動に「必死さ」というか、ゆとりのないものを感じる……


「……グェンさん、このあと一緒にプレイしませんか? 今日はもう大した仕事はないでしょう?」


 就寝前もログインするつもりらしい。そんなユーリの誘いに


「誘ってくれるのはうれしいけど、職場は仕事をする場所なの。そこはけじめをつけないとね」

「ちぇー」


笑顔を向けながらも大人の対応をするグェン。あてられる時間内はゲームに熱中しているように、決して仕事一筋の人間ではないが、プロとしての一線はきっちり保つ看護師だ。

 ユーリの言葉が、つまらぬ想念を絶ち切ってくれた。他者に干渉しないのが彼女のルールである。ましてや、ゲームのプレイスタイルを、あれこれあげつらう事など意味がない。少年を自室に送り届けた後には、小さな違和感は彼女の胸から消え去っていた。

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