第9話 AIは誰だ!(前編)
ファストゥの町にログインしたユーリは、今日は何をしようかと軽く頭を悩ませる。ログインの都合が合わなくてネストボックスの訓練もない日だった。まあ、今のユーリほどの頻度でログインしているゲーマーは、かなりな少数派のはずである。いわゆる「廃人」という尊称で呼ばれる方々だ。
……順当にレベル上げをしようかとも考えたが、どうも気がのらない。仲間同士での集団戦闘を経験してしまうと一人で延々と同じ作業を繰り返す経験値稼ぎは、どうにも味気なく思えてしまう。ゼイタクになったものだなー、などと考えていると、ピロンとメールの着信音が聞こえてきた。確認すると運営からのお知らせメールだった。
【期間限定クエスト、第六次「AIは誰だ!」を開催します! 参加希望プレーヤーはファストゥの町南にある「丘の上遺跡」にお集まり下さい。詳細は添付ファイルのクエスト解説書にて。初心者歓迎!】
「……ふぅん、面白そう……!」
◇
回復アイテムを少し買いこんでから丘の上遺跡に行ってみると、辺りには大勢のプレーヤーが集まっていた。
このクエストは解説書によると、参加者集団からランダムで選抜され、六名の人数上限パーティーを組まされる。しかしその中にAI……NPCが加えられるという。短いインスタンスダンジョンを攻略する間に、誰がNPCかを見分けようというものだ。FSO運営側の、AIの完成度に対する自負がうかがえる。「見分けられるものなら、やって見ろ!」という、プレーヤーに対する一種の挑戦状である。参加者は最後に、パーティーメンバーの誰がAIだと思うかを運営メールで送信し、結果によって報酬アイテムに当たり外れが出るという。「初心者歓迎」は、FSOを始めたばかりのプレーヤーへのアピールという意味合いがあるのだろう。しかし……
(装備を見ると、初心者とは言えないプレーヤーも多いような……)
ジブリールたちの勧めにしたがって少しずつ攻略サイトなどを見て回り、以前よりは装備の善し悪しが判別できるユーリだった。辺りには、中級以上の装備を身につけたプレーヤーも多数たむろしている。
(よほど報酬がおいしいイベントなんだろうか? それとも見分けられなかったのが悔しくてリベンジとか?)
後者だとすると、かなり難しいイベントなのかなー、などと考えるとワクワク感が止まらなくなってくる。遺跡の入り口前で順番に、おおよそ三十名くらいずつプレーヤーの姿がかき消えて行く。自分たちの番になり、ユーリは白い光に包まれながらフワリと浮き上がるような感覚を覚えた。ログイン時に感じる「別な場所に転移する」感覚である。
視界の光が引いて視力が戻ってくると、自分が数人の冒険者と一緒に石造りのダンジョンの中にいるのがわかった。と、右手から
「えっ! ユーリ?」
かけられる驚いた声。顔を向けると目を丸くしたエルムがいた。
「エルムー! 参加してたの?」
「あ、あはははは……」
偶然の再会がうれしく、思わず駆けよったユーリに、エルムは居心地わるそうな笑みを浮かべた。と言ってユーリ自身に嫌悪を感じてる風ではないから、おそらくレベル60の身で「初心者歓迎」イベントに参加している事への照れだろう。
あたりのプレーヤーが声をかけてくる。
「知りあい? ラッキーだねー、トクしたじゃん」
「……ああ、単純に選択肢が一つ減るものね」
かけられた言葉に、意識をあたりに向けると説明書どおりフルパーティー分の六人が集められていた。
大柄で金属鎧を身につけた男性。顔は面あてのついたヘルメットでよく見えない。
初期装備のままの女性魔道士。影のある大人の女といった美貌に初々しい初心者装備と、妙なギャップがある。
非常に派手な格好をした、
そして落ち着いた雰囲気の尼僧職の女性。そしてユーリとエルムとで六人である。
とりあえずは、という事で自己紹介をする。
「ユーリです。まだ一度目の転職をしてないノービス戦士です。レベルは8。よろしくお願いします」
「レベルは言わなくていいよ。パーティー組めば分かることだし。むしろ言わない習慣つけた方がいい。……エルムです。クラスは
「……アルトールです。クラスは
「イブリンです。ノービスの
「なーに、初心者歓迎イベントなんだからさ、足手まといとか気にしなくていいって。オレはサイフリート。見ての通り
「見ての通りって……盗賊はふつう、目立たないようにするものじゃないですか? 私はスーチー。
ひと通りあいさつを終えてパーティーを組む。メンバーのレベルは、自己紹介をした順番に、8、60、36、7、29、15。一番レベルが高いエルムがリーダー役を務めることになった。
「リーダーって……ボクの柄じゃないんだけど」
「まあピッチリした指揮がなくても行けるでしょ。初心者歓迎イベントなんだし。運営が鬼畜な修正とか入れてなければ」
「……大丈夫。だいたいで、なんとかなる」
話の内容からして、エルム、サイフリート、アルトールはこのイベントの経験者らしい。
まずサイフリートが先頭を進みながら警戒索敵。モンスターに遭遇したらアルトールとユーリが前に出て止め、エルム、イブリンが攻撃。サイフリートは戦闘中は遊撃役で。スーチーは言うまでもなく回復担当。そう取り決めて、攻略を開始した。
「来たきたぁ、懐かしい連中だね。後、ヨロシク!」
サイフリートが敵を発見し、タンク役に場を譲って退く。まず出会ったのはゴブリンの一団。七体と、やや数は多かったものの事前の役割どおりに攻略する。
「出る! 『ウォークライ』!」
「行きます! それ、こっち向けっ!」
重装兵より足が速いユーリは先行して軽く相手に切りつける。ヘイトを取ると大きくバックステップし、アルトールと戦列を合わせた。ヘイト取りスキル『ウォークライ』にかかったゴブリンはそろってアルトールに向かう。壁役は安定して敵をかかえ込んだ。
「ふっ」
「ファイヤー・ボール!」
「スナイプ・スロー!」
後衛職がゴブリンたちをうち倒す。エルムは一矢で一体を仕留めると、後は手をとめて観察に徹した。ほどなく、危なげない勝利で戦闘は終結する。
「ん~エルムちゃん、ヒマそうだったね~」
「新人さんに経験つんでもらった方がいいでしょ」
「あ、ありがとう。気をつかってもらって」
「私の出番はありませんでしたね……」
後衛職が互いに声をかけ合っている。追いついてくるのを待っていると、アルトールがユーリのそばにやってきた。
「…………」
「なんでしょう?」
「ぐ……」
「はい?」
「グッジョブ!」
「は、はあ、ありがとうございます」
なんか、テンポが読めない人だなーという感想を持つユーリ。
「……ユーリくんは……タンク志望かな?」
「はい、固定のパーティーメンバーがいないので、はっきりそうだとは決めたわけじゃないですけど、敵の攻撃を集めてさばくのは面白いです」
「うん、なら、その」
「よ~ぉ、いい動きだったじゃん新人くん。レベル8とは思えないねえ。避けタンクやってくの? でも受けにせよ避けにせよ、敵のヘイト集めるスキル一つは持っとかないとね」
サイフリートが会話に割り込んできた。後衛が追いついてきたのだ。何か言いたそうにしていたアルトールだが、サイフリートの最後のセリフにうんうんとうなずいて賛意を示した。
「……次からは私も攻撃してみます。威力が低い魔法しか使えませんが」
「うん、ヘイト管理に神経質にならなくていい程度の相手だし、いいんじゃない?」
「亜人種の敵って、やっぱりちょっと気持ち悪いわね……」
その後も同じ手順で攻略していく。新人歓迎の名のとおり経験値的にはおいしいようで、数回の戦闘を終えた時点でユーリとイブリンのレベルが上がった。ユーリは次回のレベルアップで10となり、一回目の
洞窟ダンジョンを一階層降りると、敵編成に変化が起こった。ゴブリン・チーフという上位種が混じって、下位種を率いる形になってきた。時々ゴブリン・ソルジャーやゴブリン・アーチャーなどという種類もまじり、より連携のとれた動きをするようになってきた。上位種は顔の造作もランダムで変化が現れるようだ。下位種は鋳型にはめたように同じなのだが。
幾度目かで遭ったゴブリン・チーフに、パーティーの数名が思わず吹きだした。
「!……ぷっ……くくくっ」
「くっくっくっ……ち、チカラが抜ける……」
「ひゃひゃひゃ! 何じゃありゃあ、狙った造形かよ?」
凶悪というより間の抜けた……何というか、そこらのおっさんと表現するほかないような顔のゴブリン・チーフが、シーシー言いながら配下を指揮している。と、突然
「課長ぉぉぉあああ!!」
パーティー後衛から金切り声が上がり、風をまいて魔道士ローブがユーリとアルトールの間を突っ切った。
「いけません、イブリンさん!」
「えっ! ちょっと戻って!」
イブリンは、ノーマル種ゴブリンなど目に入らぬと言わんばかりに突きとばし、驚愕に目を見ひらくおっさん……ゴブリン・チーフに殴りかかった。
「だめだイブリンさん! 魔法使いが前に出ちゃ!」
予想外の事態に一瞬固まっていたユーリがイブリンのもとに駆けつける。彼の脳裏に孤立して切り刻まれるイブリンの姿が浮かぶ。が、
「お前がっ! お前がっ! お前がっ! お前がぁぁっ! 『自分で勝手に進めるな』あ? 『この程度自分で考えろ』ぉ? おのれの舌は何枚あるぅぅぅ~~!!」
「えっと……」
「あのー……」
「イ、イブリンさん、杖に罪はありません!」
目の前で繰り広げられた惨劇は、魔道士ロッドでめった打ちにされるゴブリン・チーフの哀れな姿。どういう敵性AIが組み込まれているものか、頭を手でかばうポーズでキーキー泣きわめくばかり。
手下ゴブリンはエルムたちに速やかに殲滅された。戦闘はすでに終結したと言っていいのだが、皆、狂乱のイブリンを止める決意が湧かない。
「既婚者が独身部下を食事に誘うなんぞ、それだけでセクハラだってぇーのが理解できないかぁぁぁっ!! 常識だの礼儀だの、講釈垂れる前に鏡みろぉぉぉっ!!」
「あ、あの、イブリンさん。もうそこら辺で終わりにして、先に進みませんか……ひっ!」
もはや戦闘というよりいじめのような図になったところで、ユーリはイブリンをなだめにかかったのだが……彼女の顔をのぞき込むと蒼白になって後じさりし、何も言えなくなった。敵AIに恐怖を感じる能力があるなら、そりゃ、こうもなるかと……
おっさん、もといゴブリン・チーフのHPが尽き消失すると、後に残されたのは地面に座り込んで悄然としているイブリンの姿。
「……ごめんなさい……見苦しいところを、お目にかけて……」
「……あー、何だ、そのー……」
「……先、行こうよ、先」
誰もあえて今の光景に触れようとはしなかったのだが
「……ま、まあ、
アルトールだけがワンテンポ遅れて口にした。
「……ありがと」
ユーリにはイブリンの返事が、『むしろ触れて欲しくなかった』と言ってるように聞こえた。
ダンジョンの下層五階で、重々しい装飾が施された扉を発見した。開けて踏みいると、やはりそこはボス部屋だった。中央に玉座があり、周りに膝をついて恭順を示しているゴブリン・チーフ、ゴブリン・ソルジャー、ゴブリン・アーチャー、ゴブリン・メイジたち。だが玉座にすわる者は、意表を突いて──
「スケルトン・ゴブリン・キング?!」
生者ではなく、アンデッドだった。死者に仕え続ける生者という、なかなか皮肉な構図である。
「落ち着いていこう! 回復役はいないみたいだから、時間がかかっても必ず勝てるよ!」
「アンデッド相手なら、ようやく私の出番ですね」
「……よかった、キレイな骨で。グロ耐性ないし」
エルムをはじめ後衛の声にはげまされて、アルトールとユーリが横並び、サイフリートが少し後から前進する。敵も、ゴブリン・チーフとソルジャーが粗末ながらも盾を構えて前進してくる。互いの攻撃が届く一歩前で、突然スケルトン・ゴブリン・キングが立ち上がり、かん高い吠え声を上げた。ユーリたちの背筋に寒気が走り、体が重くなったように感じる。
「ちっ、有りがちだけど、
サイフリートが軽口を叩きながら投げナイフで牽制してくれる。デバフをかけられてまずいと思う心と裏腹に、あるいは表裏一体に、ユーリは自分がゲームを楽しんでいるのを実感していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます