第7話 デュエル(後編)

 客席からノッシノッシと、タルみたいな体型の男が降りてきた。一瞬ドワーフかと思ったが、このゲーム、プレーヤーは人間ヒューマン以外のキャラを選べない。少なくとも今の所は。しかし背中に背負った斧といいヒゲ面といい、カスタマイズの範囲でドワーフを表現したとしか思えない姿だった。声の調子などからすると結構年配のプレーヤーらしい。新人たち以外のプレーヤーとは顔見知りらしく、リズベルがほっと表情をゆるめる。


「ハンプティ、そうは言っても私たちは新人の手本になるべきで……」

「決闘もゲームの一要素でありますぞ。やり方を教えておくのも悪くはないでしょう」

「そう、さすがは爺さん。わかってるじゃねーか」

「面白がってるだけでしょハンプ爺ちゃん……どうでもいいからさっさと済ませよう?」


 成り行きを見守るしかないユーリたちだったが、


「聞いた事があるよ。ソロ活動している斧使いのハンプティ。一時期、決闘デュエルで負けなしで、彼のせいで斧に敏捷低下の修整が入ったってウワサされてる」


神官ジブリールが皆にささやいた。ヒーラー志望だけあって、なかなか事情通のようで、ついでに相当な美青年である。アバターをいじれば誰でも美形になれるゲームではあるが、彼にはどこか、自分自身の容姿を気に懸けない自然な伸びやかさが感じられた。

 結局、リズベルが折れて決闘を許可した。押しに弱い女性らしい。

 ユーリたちを含め、五人はコロシアムの観客席に場を移した。闘技場中央には、向かい合うエルムとレンドル。やや離れてハンプティが立っている。


「……ふむう、レンドルくん。装備のレベルをそろえてはいかがか?」

「嫌だね。それもふくめて、オレはこいつのプレイスタイルが気に入らないんだ。強敵に挑まないから素材も採れないし装備も更新できない。自業自得じゃないか」

「ボクはそのままでかまわないよ。どのみち同じ事さ」


 話の意味がわからず、ユーリは客席で首をひねる。


「どういう事?」

「……見たところ、装備の強さというかレア度がレンドルさんの方が上らしい。それを一段階下げて相手のレア度にそろえたら? って提案だったみたいだ」

「あの子、『死に戻り縛り』してるエルムだよね? そうか、だから素材が集まらないわけか。確かにレベル60行ってるプレイヤーにしては物足りない装備かな」

「そうなの?」

「うん、ユーリはwikiや掲示板とか、あまり見ないほう? 少しは目を通していたほうがいいよ……あ、始まるみたい」


 魔道士ヤヌスが、かすかに興奮した口調で武器のレア度を解説してくれた。陽気な悪童といった雰囲気だが、ゲーム内知識は広く確かなものがある。女盗賊シーフオボロは、首を傾げながらエルムの装備を評する。控えめな雰囲気の子で、順当に行けば後衛職を選びそうなものだが、「自分を変えたくて」常道を外したクラス選択をしたという。

 エルムとレンドルは、改めて五メートルほど離れ向かい合う。エルムは弓、レンドルは格闘家用のナックル・サックを装備。


「双方遺恨を残さぬように。では……始め!」

「『箭疾歩せんしつほ』!」


 開始の合図と同事にレンドルが高速移動のスキルを使った。近接格闘職にとって、弓矢相手には距離を詰めるのが定石だ。と、エルムは何を思ったかその場から動かず、ポロリと弓を手放した。


「なにっ!」


 レンドルとエルムが交錯する。目にも留まらぬステップで体を入れかえ、向かいあったエルムの手には黒い刃の短剣が握られていた。


「あ! 状態異常デバフエフェクトが!」


 レンドルの体に黒い霧のようなエフェクトがまとわりついていた。交錯の一瞬、エルムが状態異常効果を持つ短剣で切りつけたらしい。


「敏捷低下……だね」

「でも、あのレベルの武器じゃ大した低下度はないはず」


 レンドルも同じ判断をしたのだろうか。かまわずエルムへの攻撃を始める。目にも留まらぬコンビネーション。本当に敏捷低下がかかっているのか疑問に思うような速さ。そしてエルムは、その攻撃を紙一重でかわし続けている。

 ジブリールとヤヌスが声を交わす隣で、ユーリは自分自身が戦っているような切迫感を感じていた。エルムの姿から目が離せない。


「くっ!」

「ふっ」


 レンドルの顔が焦りに歪んだ。クラス的に決してスピードで劣ってないはずなのに、エルムに有効打を与えられない。対するエルムは、体を入れかえるたびに短刀で斬撃を入れてくる。一発は決して大きくないが、ジワジワとレンドルのHPが削られていく。


「……すげえ、二人ともスキル使わないであんな動きを」

「信じらんない、エルムって子、ホントに見た目どおりの歳なの?」

「まずい、ほんのわずかな差だけど、敏捷低下が効いてるね」


 興奮したようすで言いかわす新人三人。そしてジブリールの懸念と同じ事を、レンドルも考えたらしい。


「『箭疾歩』! ……『チャクラ』!」


 スキルを使って一度距離をとり、自己回復スキルでデバフ解除を行った。これで盛り返せるとエルムに向き直った時、レンドルの目が驚愕に開かれた。


「あっ!」

「弓を!」


 エルムが捨てたはずの弓を持ち、矢をつがえていた。


「まさか、レンドルさんが距離をとるのを……タイミングまで読んで?!」


 唖然とするオボロ。レンドルが離れた瞬間、捨てた弓の場所にいたというのは、偶然と言うにはできすぎている。


「ねえ、今なんで……」

「後だ、ユーリ! レンドルさん! しのいで距離を詰めて!」


 クランの副リーダーに声援を送るヤヌス。世話になっている心情的には当然か。

 エルムが矢を放った。


「くっ! 『矢落とし』!」


 スキルを使って攻撃をかわしたレンドル。そのままダッシュで接近しようとしたのだが


「ぐわあぁっ!」


彼の左肩、鎖骨のくぼみあたりに矢が突きたった。上空、斜め上から予想外の一撃が振ってきた。


「「「ええっ!」」」

「あ、そういうことか!」


 驚愕の三人と、驚きながらも納得のユーリ。エルムを目で追っていた彼は、レンドルが距離を取った瞬間、彼女が素早く弓を拾い上空に向けて一矢射たのを見ていたのだ。レンドルが向き直った後でつがえた矢は、相手の注意を引くオトリでしかなかった。なんという計算。自分が〝感覚センス〟を使っても、同じ事ができるだろうか? エルムの技倆に畏敬の念を感じるユーリ。

 レンドルは必死にエルムに肉薄しようとしたが、彼女はもう距離をつめさせる事をしなかった。


「『箭疾歩』!」

「『フロートステップ』」


 彼がスキルを使う予備動作にあわせて彼女も移動系のスキルを使い。近接戦闘に持ち込ませなかった。時折矢も放ったが、ダメージ狙いというより移動阻止の意味合いが強かった。


「それまで! 時間ですぞ!」


 ハンプティの宣言とともに、エルムの頭上に「YOU WIN!」、レンドルには「YOU LOSS!」のアイコンが浮かんだ。大差の残りHPによる、エルムの判定勝利である。

 が、しかし


「ちくしょうっ! こんなのが認められるか! デュエルの仕方まで臆病者かよ!」


レンドルが激高してエルムに詰め寄ろうとする。


「レンドルくん!」


 明らかに怒りのこもったリズベルの叱声があがった。それを聞いたレンドルはビクリと身をすくめる。客席から飛びおり、リズベルがレンドルのもとに駆けよる。懇々と諭すような説教が始まった。興奮しきっていたレンドルが、しおれるようにしょげて行く。さすがにクランリーダー。締めるべき所は心得ているようだ。


「リーダー、ツッヨーい!」

「聞いた話だと、実の姉弟だとか……」

「あー、それじゃ逆らえないわー」

「そういうもんですか……」


 ふだん大人しいひとほど怒らせると恐ろしい。肝に銘じるユーリたちだった。


 リズベルに引きずられるようにして、レンドルはエルムの前に立つ。


「さあ、ほら」

「……す、済まなかった……。イテッ、済みませんでした! もう、二度と卑怯者とか、言いません!」


 言葉の途中で尻を叩かれながら、エルムに謝罪するレンドルだった。が、それに返したエルムの言葉は意外なものだった。


「……『臆病者』は、言いたきゃ言えば? ボクのプレイスタイル、受け入れられない人がいるのは仕方がないことだから」

「え……」


 かすかに目を伏せて言い切ると、彼女は踵を返しコロシアムから立ち去っていった。……妙に沈んだ表情の横顔が印象的だった。戦いに勝ったことへの喜びとか興奮とか、そういうものが感じられない……


「……どういう事……」


 後ろ姿を見送りながら、思わずもらしたユーリのつぶやきをオボロが耳ざとく拾った。


「あの子、『死に戻り縛り』プレイしている事で有名なプレーヤーなんだ。絶対、死に戻りはしないって条件を自分に課しているそうよ」

「そういう話だね。かなりな時間INしているヘビーゲーマーなんだけど、そんな縛りをしているから、なかなか合うパーティーが組めないみたいって聞いたよ。さっきレンドルさんとの話でも出た、レイド戦で『このままじゃ勝てない』って抜けたって話とか」

「『マージンとりすぎ、慎重すぎ』って聞いた事はあるな。しかし……今のでずいぶん印象が変わったよ。あそこまでの腕があって、なんでだろう? いや、腕に覚えがあるからこその縛りプレイなのか?」

「はいはい、そこまで。ゲームのプレイスタイルはプレイヤーの数だけあるものよ。他人のそれを否定しないで、ね」


 リズベルが手を叩いて新人たちのゴシップを打ちきる。ふだんのほんわかした雰囲気に戻っていた。ノッシノッシと、ハンプティも新人たちの所にやって来た。


「今回も元気な新人が集まったようでなによりですな。では、人生の先達たる老人から諸君へ一言。『スポーツマンシップの尊厳は、敗者側がその多くを担っている』吾輩の好きなことわざでしてな。まあ、潔くあれということです。では、ゲーム神の導きで、また合うその時まで」


 タルのような体を折り曲げ、恭しく一礼して立ち去っていった。いろんなロールプレイをしている人がいるものだ……

 直に見た決闘デュエルの興奮冷めやらぬままに、ネストボックスのゲストたちは戦闘訓練に戻っていく。……エルムの、立ち去りぎわに見せた孤独な表情が、脳裏から離れないユーリだった。

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