第6話 デュエル(前編)

 FSOというゲーム内には「試練場」と呼ばれる、無制限に敵キャラを呼び出して戦えるポイントがある。戦闘ごとに挑戦者パーティーがインスタンス空間に飛ばされ、並列して複数のパーティーが利用できるタイプと、共通空間で代わりばんこに利用するタイプと二種類用意されている。ゲーム開始地点である港町ファストゥにあるコロシアム型の試練場は後者のタイプで、他パーティーの戦闘方法を見学できるよう工夫されていた。

 現在、ネストボックス一行がほとんど貸し切り状態で訓練中である。やって来た時にはいくつか別のパーティーも利用していたのだが、二回ほど戦闘を繰り返すと大抵はそこで終わらせてしまうので、ネストボックスが連続で挑戦する状況になっていた。「戦い方」を学ぶ場所という設定上、得られるレベルアップ用経験値は抑えめで、ドロップアイテムは一切ない仕様である。モンスターの「無限湧き」とバランスを取るためには、やむを得ない措置だろう。


「あ、レベルアップしました」

「あら、おめでとう。ボーナスポイントの割りふりする?」


 一戦終えた所でユーリがレベルアップした。経験値抑えめではあっても、レベル5段階では相応に有効だ。PSプレイヤーズスキルの比重が大きいVRゲームだが、パーティーで挑む試練場の適正レベルはざっくり言って10前後だろうか。


「いえ、ヘイトを取るやり方がわかってきた感じです。続けてみたいです」

「そう、みんなは連戦大丈夫?」

「オーケーでっす」

「私もいけますよー」

「僕も大丈夫です。ユーリ、も少しダメージもらっても回復いけるからね」

「ようし、じゃ、次いくぜ。『我ら古の誓約に従いて、魔の群との試練を望むなり』と」


 レンドルがコロシアム中央の宝珠に向かって挑戦の呪言を唱える。次第に新人パーティーの連携が機能し始めていた。いまだノービスの戦士だが、小盾を装備しているユーリがタンク役を務める。魔術師のヤヌスとシーフのオボロがアタッカー役を、神官のジブリールがヒーラーの受け持ちだ。大型の敵一体相手なら問題なく倒せるようになったので、複数相手の戦闘訓練に入っていた。最初は敵全てを引きつけられないユーリだったが、次第に持ち前の機動力を活かして敵の後逸を防ぐようになっていた。

 宝珠を中心に三体の猿が出現した。イビルハヌマーンという名で、鋭い目つきと逆だった体毛が特徴だ。凝ったデザインの敵ではないが、ダメージの与えにくさと行動パターンの読みづらさから「初心者の壁」扱いされているモンスターである。


「ゴガガガ!」

「ボーゥボーゥ!」

「ホホホッボーッ!」


 まるで互いに意思を確認しあうかのように鳴きかわし、散開して襲ってくる。それに対してユーリは、端の一頭めがけて突っ込んだ。


「おいっ! ユーリ、突出するな!」


 レンドルの叱責を背に受けながら、


「ギィ!」


くり出された引っかきの一撃を小盾で逸らす。と、イビルハヌマーンはまるで盾に腕を吸いつけられるように体勢を崩し、逸らした方向に投げとばされた。飛ばされた先には別の一頭が走っていた。かち合ってもつれ転ぶ。

 ダメージが入って自分にヘイトが向いたのを感じながら、ユーリは残り一頭に駆けよりながらショートソードを投擲した。闇雲な投擲ではない。剣の刃先がまっすぐ通り、堅い体毛をものともせずに突き刺さる。


「ギャン!」


 手傷を負った相手は怒りの表情を露わにし、これもまたユーリにヘイトを向けた。サブウエポンのナイフを抜き、襲いかかってくる三頭に身構える。


『剣は手に持って切りつけるだけの道具じゃないし、盾も相手の攻撃を受けるだけじゃないのよ。自分の目的は何? その目的の方に武器を従わせるの』


 ギルド研修で受けた、アドニア教官の言葉が思い出される。その言葉に触発されて、相応の時間をかけて投げ剣の技術を磨いてきたユーリだった。


(今やるべき事は、僕が敵のヘイトを集めること……!)


 そのためには一時メインウエポンが使えなくなってもかまわない。ナイフであっても手数を出せばヘイトを稼ぐのには問題ない。相手を引きつけ続けていれば、敵を倒すダメージは味方が出してくれる。


「あらぁ、これは……」

「初心者って、マジかよ……」


 ユーリの「敵あしらい」に目を丸くして見入るリズベルとレンドル。いまだ一度目の転職クラスチェンジに達していないユーリは、タンクとして中途半端なステータスしか持っていない。しかしそれはPSプレイヤーズスキルによっていかようにでも変化できるという事でもある。受け半分、回避半分。いや、盾で攻撃を受けたと見えても正面から衝撃を食らってないから、受け一割にいなし四割、回避が五割と言ったところか。縦横無尽に動き回り、ナイフでチクチク攻撃を入れて黒猿たちのヘイトを逸らさない。

 魔法職の低ステータスによる火力不足で時間はかかったが、結局ユーリたちは陣形を保ったままイビルハヌマーンの群れを撃破した。新人パーティー四人がハイタッチしながら互いの健闘をたたえ合う。


 パチパチパチパチ


 コロシアムの客席側から拍手が送られた。見ると、いつの間にか数名のプレーヤーが観客ギャラリーになっていた。その中のベレー帽と羽根かざりに、思わずユーリの視線が引きつけられる。


「すごいすごい、見違えたよユーリ! 切れっきれの動きじゃん! この間は、お腹でも痛かったの?」


 立ち上がって声を掛けてきたのはエルムだった。素直な賞賛に、気恥ずかしさとうれしさが半々で、ユーリは彼女に駆けよろうとしたが、それを副リーダーのレンドルがさえぎった。


「何の用だよ。うちのゲストにちょっかい出さないで欲しいな」


 いきなり自分に向けられた敵意に、表情を硬くするエルム。レンドルの態度に、ユーリを始めあたりの皆が当惑の表情をうかべた。


「ちょっかいって……別に何もする気はないよ。ちょっと知りあいに声を掛けただけで」

「ああそうかい。ならそれ以上関わらないでもらいたいもんだ。さ、みんな戻ったもどった。練習を続けるぞ。……卑怯者に関わってもロクな事はないからな」


 新人たちを仕切って訓練に戻そうとしたレンドルの背に


「ちょーっと待った。卑怯者ってどういう意味?」


エルムの硬い声が掛けられた。両手を腰にあて、ジト目でにらんでいる。


「……言ったとおりの意味さ。格上のモンスター相手に挑もうとしない臆病モンだろうに」


 返したレンドルの言葉に込められた敵意に、ユーリの困惑が深まる。何だろう? 警戒感を通りこして、まるで個人的な怨みでもあるかのような……

 エルムが、つい、と片眉を上げた。


「思い出したよ。ボレアス・ドラゴンに挑んだレイド戦で突撃主張してたモンクじゃん。『捨て身でかかればきっと!』とか言ってさ」

「何だよ、途中で逃げたオマエにあれこれ言われる覚えねえよ」

「こっちこそ卑怯者呼ばわりされる覚えはないね。ボクは、このままじゃ勝てないって判断して降りるのを宣言したんだ。戦闘中に逃げ出したわけじゃない。ああ、確かあのレイド戦、抜けたメンバー多いのにムリヤリ挑んで、ついでに先走ったモンクがタンク役無視して攻撃してヘイト管理が崩壊したって聞いたけど。勇気と無謀の区別がつかないモンクがいたもんだねえ?」

「くっ……! テメエ……!」


 エルムの切り返しはレンドルの痛い所を突いたようだった。怒りにゆがんだ顔が紅潮するさまを見て、ああ、こんな所も再現されてるのかスゴイなーと、場違いな感慨を持つユーリ。リーダーのリズベルはネガティブな感情にあてられたようでアタフタしている。


決闘デュエルを申しこむぜ羽根かざり! HPヒットポイント全損前に決着させる設定なら逃げる理由はねえはずだ!」

「ちょっと、ちょっと、レンドルくん!」


 さすがにリズベルが止めに入る。


「止めないでくださいリーダー。逃げるのがカッコいいなんてヤツに、新人の前で大きな顔させるわけにはいかないっすよ。これはオレの信念の問題っす!」

「いやあの、レンドルくん、私たちの目的はゲームを楽しむ手助けで、信念とかそういうのを吹き込むことじゃないでしょう?」

「HP30%で決着。再戦しろとかの粘着はナシ。その条件でなら受けて立つよ。ボクも侮辱されて黙ってられるほど聖人じゃないしね」


 混乱した状況に立ちすくむユーリたち新人四人。と、そこへ野太い声がかけられた。


「うむ、リズベル嬢や。いさかいを避けとっても後に禍根が残るものですぞ。ここは一つ気のすむようにやらせてみては。不肖、吾輩が立会人をつとめましょうほどに」

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