第4話 卒業試験
「気合いを入れろ、ヒヨッコども! オレがお前らの試験教官ハルトマンだ! 口でクソたれる前と後にサーと言え! わかったかウジ虫ども!」
「サー、イエス、サー!」
「ふざけるな! 大声だせ! タマ落としたか!」
「サー! イエス、サー!」
場所は港町ファストゥの冒険者ギルド練兵場。ユーリをどなりつけている威丈夫は、○ートマンではなくハルトマンである。
FSOを始めて一週間ほどになる。今日も一回目ログイン時間で、ギルドの訓練をこなすユーリだった。
ちなみに、FSOにはプレーヤー保護のために連続ログイン制限が課せられており、一度の上限は六時間。他にやりたい事もない少年は、検査やリハビリを除く一日のほとんどをこのゲームに充てていた。午前と午後と就寝前との三部構成である。
新規プレーヤー参入が一段落した時期でもあり、初心者演習を受ける者は少なかった。皆、クエストを受注してゲーム本編に進んでしまう方を選ぶから、当たり前と言えば当たり前だ。始めた初日にチュートリアルの続きと思って受ける者はいるけれど、大抵はその日一日でお終いである。ユーリのように長期間ぶっ続けというのは、かなり異例な部類に入る。
「ぃようし、始めるぞ! お前もこの三週間でかなりマシなウジ虫になってきた! 今日は今までやってきた教練の最終審査を行う! 見事クリアしてのけて、ウジ虫よりはましなクソバエに成って見せるがいい!」
「ク、クソバエって……サー! イエス、サー!」
FSOのゲーム内では、現実の三倍速で時間が経過する。ユーリの体感として、一日十二時間の訓練を三週間にわたって受けてきた事になる。最終審査と聞いて身の引き締まる思いがすると同時に、また変な人が試験官に来たもんだなあと当惑も感じるユーリ。
「装備を確認してその場で待機!」
言い残してハルトマンは、駆け足で演習場端に向かい、掘っ立て小屋に入っていった。あたりが急に暗くなる。演習場は「魔法によって通常の空間と区切られており、様々な状況を再現する事ができる」という設定である。ユーリの正面、十メートルほど先に光の粒子が集まって、何ものかの巨体が形づくられて行く。試験用モンスターの現出が完了し、簡易ステータスが表示された。
「……ダーク・トータス。斬撃耐性持ち、か」
現れたのは、カミツキガメを体高二メートルほどに巨大化したような姿のモンスター。プレーヤー初期値の鑑定能力のままで種族名と特性が見えるのは訓練場ならでは。フィールド上現れるモンスターなら、もっと情報は制限されるはずだ。出現シーンが終わっても十秒ほど静止したままで、武器選択の間を与えている所も併せて〝演習〟である。
しかしユーリは相手の耐性を見ても、装備していた片手剣と小型盾の構成を変えようとはしなかった。
「グガァァッ!」
「行きます!」
モンスターの吠え声を開始の合図に、一声あげて突っ込むユーリ。ダーク・トータスは意外なほど長くのびる首を掲げて、
「ガァッ!」
なぎ払うように噛みつきを放ち、敵を迎え撃つ。が、少年は軽いバックステップで攻撃の軌跡から逃れると、身を翻して鋭く踏み込んだ。伸びきった首の根本に剣を突きこみ、走りながら詠唱していた魔法の発動とタイミングを重ねる。
「エンチャント・サンダー!」
「グゲェェェェ!!」
斬撃耐性を持つモンスターといえど、場所ごとに設定された弱点に関して耐性は及ばない。ハンマー系の武器に持ち替えて攻めるのがセオリーだったが、あえて剣のままで通したのは、確実に弱点を突けるという今のユーリの自信からだった。エンチャント(強化・付与)魔法を最初からかけておかなかったのも、発動エフェクトに攻撃判定が上乗せされるのを利用するため。三週間の戦闘訓練は、つまずきながら走っていた少年を
相手の噛みつきを誘い、空振りさせて首元を狙う。危なげなく相手の体力を奪っていくユーリ。
「グゴオォォォ!」
突然くぐもった吠え声をあげ、ダーク・トータスは首を甲羅の中に縮め、足を踏んばって竜巻状にスピンしながら跳躍した。
「うわっと!」
落下地点から大きく距離を取るユーリ。地響きを立てて落下した大亀は回転するまま、首と手足を伸ばしてあたりをなぎ払った。ほとんど範囲攻撃と言っていい。HPが一定量減ると始まる特殊行動と思われた。しかし、特殊行動とは追い込まれた故の悪あがきとも言える。エネルギーを使い果たしたように動きが止まるダーク・トータス。ユーリはとどめとばかりに、エンチャントを重ねた剣を大亀の目に突きこんだ。
「ブゴォォォ……」
空気が抜けるような断末魔とともに、ダーク・トータスは光るポリゴン片を散らして消滅した。
「ふう……」
吐息と共に剣を収めるユーリ。
「ようし、悪くないできだ! 最後のジャンプを大きくかわしたが、ダーク・トータスとはもう戦った事があったのか? 初見だと、大抵あの後のなぎ払いに吹っ飛ばされるもんだが」
ハルトマンが、小屋の窓から声を掛けてきた。
「いえその……なんとなくそうした方がいいような気がして」
「ふむ、なんとなくとは良い勘をしているな。しかし大きく距離を取るのは追撃が遅れる事も意味する。なるべく意図を持って戦術を選ぶようにな。まあ多くの敵と戦って、体で覚えてくしかないんだが。では、次だ。ドンドン行くぞ!」
「はいっ……サー! イエス、サー!」
「……あのノリに合わせるのは最初だけでいいぞ」
「は、はあ……」
教官のセリフに、訳が分からず気の抜けた返事をするユーリ。お約束が理解できない彼だった。
遠距離から魔法攻撃をしてくるゴブリン・シャーマン。空を飛びながらデバフ攻撃をしてくるカース・バット。役割がはっきりした課題を次々と攻略していく。
「はあっ!」
「ギイィィィ……!」
退却すると見せかけ一直線に追ってきたカース・バットを、振り向きざまの跳び斬りで捉えたユーリ。四散するポリゴン片を見上げ軽く息を吐く。思い通りに体が動くとはこういう事かと感慨を新たにする。ユーリに自覚はなかったが、彼の身のこなしは同じレベル・職種の平均的なそれを相当に大きく上回っていた。まるで、ふさわしい器が与えられなかったために眠ったままだった才能が、条件が満たされたために一気に開花したかのよう。
「ようし、終了だ! 中々よろしい。うむ!」
「あ、ありがとうございます!」
実際、ハルトマンはかなり感心しているようだった。声の調子からそれが伝わってくる。小屋から出て、悠然とした足取りで近づいてきた。
「体力少なめになっている演習用のモンスターだが、各能力への対処はしっかりしていたな。近年ない高得点だったぞ!」
「はいっ(今までやるプレーヤーがいなかったって事だろうなあ)、ありがとうございます!」
「そこで、サービスとして追加の課題を与えよう!」
「……はい?」
さらりと、ハルトマンは腰に履いていた長剣を抜いた。
「オレが相手をしてやろう! 元気よくかかって来るがいい!」
「え、ええっ!?」
驚くユーリ。相手は相当高レベルのNPCだろうと思われる。
「無論、ハンデはつけよう。オレはMP消費スキルを封印するし……」
ハルトマン、胸に下げたペンダントをいじり出す。と、見る見るうちに、はち切れんばかりだった二の腕の筋肉がしぼんでいく。
「これはレベルを調整できる魔道具でな。今のお前のレベルに合わせよう」
「そ、それは……」
ユーリのレベルは、いまだに5。初心者演習ではそれ以上は上がらないようになっているらしい。それで三週間(ゲーム内時間)も訓練を受け続けたというのは効率のいい方法ではなかったが、いや、他プレーヤーが見たら酔狂と呼ぶだろうが、彼の場合、基本的な体の使い方に不安を覚えていたからやった事である。ようやく自分の動きに自信が持てるようになって来たので、損をしたとか回り道だったとかは全く思っていない。
ハルトマンはにこやかに笑っている。最初の時とは大違いの態度である。しかしユーリは、むしろ今のハルトマンにいい知れない威圧感を感じた。だがしかし課題は課題だ。ためらいを振り切って、剣と盾を構えて向かい合う。。
「お願いしますっ」
「うむ、来なさい!」
慎重にハルトマンの構えを見定める。……右手にだらりと剣を下げ、構えとも言えない格好だった。が、油断は禁物。突きで牽制して、動いた剣を盾ではらい、利き腕側に回り込む。そこまでの動きをイメージして踏み込んだ。
「フッ!」
突いた剣が、宙を舞ってユーリの背後に落ちた。
「え、えっ?!」
「牽制のつもりだったんだろうな。しかしダメージ狙いでない場合でも、剣はしっかり保持すること。さあ、拾ってもう一度だ!」
ゆらりと、粘りつくような動きで剣を払われたのはわかる。しかしそれが自分の手を離れてすっ飛んでしまったのは、理解の範囲外だった。
剣を拾って再び向かい合ったが、ユーリは身動きができなかった。攻め込んでどうにかなるイメージがわかない。時間ばかりが過ぎていく。
「どうした、睨み合っているだけでは何も始まらんぞ。戦って負けない事より、何かをつかみ取る事を考えろ!」
「くっ!」
ハルトマンの叱咤に弾かれるようにユーリは踏み込んだ。攻め手をイメージする余裕もなく、ただがむしゃらに食らいつく。繰りだす剣に、受ける盾に、粘りつくようなハルトマンの長剣。まったく速くはない、むしろゆったりとした剣速に見えるのだが、ユーリは長剣に捉えられて振り回されるように翻弄され続けた。
だが、何度も地面に転がされるうち、次第にわかってきた。剣が粘りつくはずもなく、ただ相手の力を逸らし誘導しているのだと。自分が意図しない方向に力が逸らされるから「粘りつくような」感覚を感じるのだ。意識して余分な力を抜くようにすると、次第に剣の「粘り」が消えていくように思われた。無駄なく、最小限の軌跡で、振りぬく……
「フッ!」
「むっ」
キン! と澄んだ金属音。ハルトマン相手に、初めてまともに斬撃をガードさせた。遅滞なく二撃目を打ち込んでいくが
「ようし、今のはよかったぞ」
「あぅっ!」
あっさりと長剣の側面で肩先を打たれた。たまらず剣を落とすユーリ。ハルトマンは一歩下がって剣を収めた。
「よし、終了! 合格だ! オレに攻撃を届かせた生徒は、最近ではめったにおらんぞ。わはははは!」
「あ、ありがとうございます」
肩先のしびれに顔をしかめつつも、口元がほころぶのが抑えられない。自らを鍛えるために努力して、その成果をほめられたのは、ユーリにとって生まれて初めての体験だったから。
パチパチパチと、拍手する音。見ると今まで訓練を担当してくれた教官たちが後ろに立っていた。
「おめでとう、ユーリくん。始めた頃は、正直どこまで続くかと思ったよ。よく最後までがんばった!」
第一週目、体力作りを受け持ったブランド教官。全身筋肉の塊のような威丈夫である。ユーリの手を取って握手を交わす。
「ありがとうございました。おかげで体に芯が通ったような気がします」
ユーリの返事にかぶせるように、システムメッセージが流れた。
【ギルド演習オールコンプリートにより取得技能が変化します。基本パラメータが全5%UP スキル『リミッターカットex』を取得した】
「おめでとう、ユーリ。技というのは上達するばかりじゃない。場合によっては荒れることもある。鍛錬を欠かさないように」
第二週目、闘技の基本を受け持ったレオン教官。カミソリのような凄みのある男だった。握手と共にメッセージが流れる。
【スキル『片手剣技(冒険者ギルド流)』『盾闘技(冒険者ギルド流)』を習得した。当該武器使用時に与ダメージ増・被ダメージ減、共に3%】
「まったく、始めた日に三日で逃げ出す方に賭けてたんだけどねえ。おかげで一晩分の飲み代ソンしちゃったよ。あはは」
第三週目、補助・支援のスキル使用を受け持ったアドニア教官。最初の町付近では珍しいダークエルフ族で、目のやり場にこまるほどグラマーな女性だ。これも握手と共にメッセージが。
【『MP回復(微)』『状態異常耐性(小)』取得。
ユーリはちょっと声を失っていた。これだけのメリットがあるならば、初心者演習を最後まで受けるプレーヤーは、もっといていいんじゃないだろうか? 彼の感慨は、第三者視点から評すれば微妙である。費やす時間を考慮すれば「もっといてもいい」までは……。普通にゲームを進めてレベルアップもできるのだから。まあレベルが上がりきった時にパーセント増加は差になってくるから、効率重視のプレーヤーなら飛びつくかも知れないが。
「はっはっはっ、呆けているヒマはないぞ。最後はオレだ。全員整列!」
「「「サー! イエス、サー!」」」
「えっ? えっ?」
ハルトマンの号令に、直立不動になる三教官。ノリに遅れてあわてるユーリ。しかしもうハルトマンは少年に小芝居を強いることはしなかった。彼はユーリの手を取ると、表情を引き締めて語りかける。
「お前はなかなか見どころがある。勘といい技術といい、自分の身を守る事に徹すれば滅多に遅れはとらんだろう。だがな……例えば、お前の後ろに誰か仲間がいるとしよう。傷ついて、自分では防ぐ事もかわすこともできない状態だ。そこに、まっすぐ槍が突きこまれてきたとしたら、お前はどうする? 身をかわすか、敢えて攻撃を受け止めるか」
「……それは……」
「すぐ答えろとは言わん。だいたい、仮想の段階での答えなど大した意味はない。実際にその場に立たされなければ、自分の選択など自分自身でも予見できぬものさ。ただ、オレの技が、そんな時の助けになればいいと思っておるぞ」
【『ハルトマン防御術』を習得しました。おめでとうございます! 隠しスキルの初習得により、称号『ましなク■バ■』を取得しました!】
「えええ!」
「おめでとう、ユーリくん!」
「いやあ、チーフの技を授けられるとはね」
「あたしらの恩寵がかすんじまうねえ」
教官たちの、やんやの拍手に送られて、ユーリは演習場からギルド会館のホールに転移させられた。同種のイベントが始まらなければ、もうギルドの闘技場には入れないだろう。しばし茫然としていたが
「いやその、すごくありがたいですけど、最後の称号はないでしょう!」
思わず口走らずにいられない。はっと気づくとクエスト受注に来ていたプレーヤーたちの視線が集中している。赤面しつつそそくさとギルドホールを後にした。
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