四十三食目 残暑の思い出デセール(後)

「――うん、時間帯的にも良さそうなので、そろそろ次の所へ行きましょうか。」

「はい。」


 しっかりと見物した後、時間を確認し次の場所へ向かった。名古屋城を出てタクシーを拾い、偶々出会えた武将隊について運転手の人も交えて話していると、あっという間に次の目的地に着いた。


「次は、鶴舞公園です。」


 入り口でパンフレットを貰い、ハクにリードを付けて散策していく。事前にチェックしていたが、噴水塔やバラ園、しょうぶ池等和洋折衷の公園なので飽きが来ない。思っていた通り、少し歩いただけで、智里は歓喜の声を洩らしていた。


「この園内にあるカフェを予約しておいたので、そこで休憩しましょう。」

「へぇ、公園内にカフェがあるなんて素敵ですね。」


 カフェに向かって歩いていると、花々の香りと共に甘い焼き菓子の香りが鼻を擽った。と、その時、樹と智里のお腹が同時に鳴いた。互いにお腹を摩りながら、照れ臭そうにはにかむ。


「えへへ、お腹鳴っちゃいましたね。」


 顔を赤くさせながら笑う智里に、何度もそんな表情を見てきたが胸が熱くなる。樹も照れ隠しに視線を彷徨わせながら頭を掻いていると、不思議そうに見上げるハクと目が合った。どこに視線を持って行けばいいか分からなくなり、色んな所に目を泳がせていると、目的地であるカフェが見えたので指差した。


「あっ、つ、着きましたですよ!?」

「わぁ、可愛いお店。」


 レトロな雰囲気を醸し出す外観のカフェにはテラス席もあり、既に女性が一人、足元に黒と茶色の毛色をした大型犬を寝そべらせながら優雅にカップに口を付けていた。


「では、入りましょうか。」

「はいっ。」


 ハクを一度キャリーに入れ、店内へと入った。外観同様、内装も暖色系のレトロな装いだった。カウンター奥に居た店員に話しかけると、直ぐにテラス席へと案内してくれた。案内された所は、大型犬を寝そべらせていた女性の隣の席だった。席に着き、店員に渡されたメニューを見ていると、どれもこれも美味しそうでたまらない。


「んー、悩みますね……。」

「そうですね……。名物のシュークリーム……、いや、季節のフルーツケーキかな……。」


 二人してメニューに齧り付きながらウンウン唸っていると、隣の席の女性がクスリと笑って話しかけてきた。


「ふふっ、このお店のお菓子、どれも美味しいですけど、初めてでしたら季節のデセールがオススメですよ。」

「デセール……?」


 初めて聞く単語に首を傾げると、「皿盛りのデザートの事ですよ。」と微笑みながら教えてくれた。折角、勧めてくれたので、智里はデセールを樹は名物のシュークリームを頼み、ハクには犬用のオーガニッククッキーを頼んだ。待っている間に、樹は隣の席の女性に話しかけてみた。


「あ、あの、オススメを教えて下さってありがとうございました。」

「ん? あぁ、いえいえ。種類が多いと迷ってしまいますもの。それに、私も初めて来た時に常連の方に教えて貰いましたので。」

「地元の方ではないんですか?」

「はい。元々九州の方に住んでいて、主人の仕事の関係でこちらへ移住したんです。」


 女性の話を聞くと、旦那さんは出張で名古屋に訪れる事が多く、取引先の人と行った店や自身で足を運んだ店を奥さんであるこの女性に教えてあげていたらしい。そして、旦那さんの転勤が名古屋に決まり、一緒に移住となった。


「名古屋には、観光ですか?」

「はい。旅行雑誌の特集で、ヒマワリ畑が綺麗だと。」

「確かに、ヒマワリ迷路や五万本のヒマワリ畑がありますね。」

「明日の午前中にでも行ってみようかと思ってるんです。夕方には名古屋を出るので。」


 そう言うと、女性は頬に手を当てて少し考える仕草をした。どうしたのだろうと二人で首を傾げていると、女性は徐に携帯を取り出し、何処かに電話を掛けだした。


「――……えぇ、えぇ。未だ見れます? あら、良かった。では、ちょっと誘って――……。」


 通話を終えると、樹達の方を見てニッコリと微笑んで一枚の紙切れを見せた。それは店の名刺で、簡易地図が印刷されていた。


「名古屋を出られる前に、良かったらこのお店へ行ってみて下さい。とても良い思い出になりますよ。」

「あ、は、はい。」

「ふふっ、私と主人の思い出の場でもあるんです。お食事も美味しいんですよ。それでは……。」


 そう言うと椅子から立ち上がり、ツバの広い帽子を被るとキャリーに入っているハクに向かって「バイバイ。」と手を振った。そして、自身の飼い犬のリードを掴んだ。それを合図に、寝転がっていた大型犬がムクッと起きてゆっくり女性に寄り添う様に歩き出した。その優雅な後ろ姿に、二人は見惚れてしまった。


「……そ、それにしても、親切な方でしたね。」

「そう、ですね……。なんと言いますか、大人の女性って感じで……。」


 呆然としていると、女性と入れ替わりに店員が皿を持ってやって来た。一瞬、不思議そうに樹達を見たが、特に何も詮索せず、持っていた皿をテーブルに置いた。


「お待たせ致しました。こちら、季節のデセールと、名物シュークリームとなっております。デセールは左上から、レモンタルト、アッサムのムース、ラムレーズンアイス、そして焼きメレンゲとなっております。ワンちゃんには、オーガニッククッキーと、こちら試供品ではありますが無添加、無糖のプチショートケーキでございます。」


 「ごゆっくり。」と、店員は頭を下げて店の中へと戻っていった。またもや呆然としていたら、キャリーに入っていたハクが、ワンワン吠えながら暴れだした事で、漸く我に返った。リードを固定用フックに掛けてからハクに繋ぎ、外へ出すと、嬉しそうに尻尾を振って皿の前でお座りをした。急いで水を用意し、一撫でしてから「よしっ。」と言うと、勢いよくクッキーに齧り付いた。


「美味しい?」

「アオーンッ。」

「そうか。良かった良かった。」


 よっぽど美味しかったのか、嬉しそうに吠えるハクをもう一撫でしてから、樹達も席に着いた。


「では、頂きましょうか。」

「はいっ。」


 手を合わせてから用意されたナイフとフォークを手に取り、樹はシュークリーム、智里はレモンタルトを一口食べた。その瞬間、二人の目が輝いた。


「このタルト、生地にレモンの皮を入れてるのかな……? 香りと風味が爽やかで、サクッとした生地とシュワシュワのメレンゲが美味しいっ。」

「こっちのシュークリーム、生地の上に乗ってるアーモンドダイスがサクサク感を増していて、濃厚で口当たりも良いカスタードクリームと相性抜群ですっ。」

「取り敢えず言えるのは……。」


 ナイフとフォークをそれぞれ机に置き、一呼吸置いてから口を揃えて「美味しいっ。」と、更に目を輝かせ頬を赤らめながら言った。そして、また一口と頬張った。


「あぁ、もう最高の一品ですっ。」

「えぇ、本当にっ。教えて下さったあの女性に感謝ですねっ。」


 そう言うと、ふと智里の手が止まった。最後の一口を食べようと口を開いていた樹がそれに気付き、どうしたのかと首を傾げた。


「どうされました?」

「あっ、いや、なんであの女性は、私達にこのデセールを教えて下さったのかなぁって。」

「確かに、そうですね……。」


 悶々としていると、携帯のアラームが鳴り響いた。慌ててポケットから携帯を取り出し見遣ると、予定していた時間の十分前を指していた。樹は鳴っているアラームを消すと、楽しい時間はあっという間だと、心の中で溜息を吐いた。


「……すみません、そろそろ移動しないと次の場所に間に合わなくなりそうです。」

「あっ、そうなんですね。へへっ、楽しい時間って本当にあっという間に過ぎちゃいますね。」

「……っ。そ、そうですね。じゃあ、私はもう食べ終わったので、お会計をしてきますね。」

「はい、分かりました。」


 さっきまで悶々としていたが、同じ事を考えていた事が嬉しくて、表情筋が緩む。それを隠す様に、そそくさと店内へ小走りで行った。その後ろ姿を見ながらクスリと笑うと、口周りにクリームを付けたハクが首を傾げた。


「――……そうなんです。ふふっ、とても初々しいカップルで……。」


 ――一方、先に店を後にした女性は、歩きながらどこかに電話をしていた。偶々カフェで出会った樹達の事を嬉しそうに話す。その表情は、昔を懐かしむ様だった。電話の相手も、女性の話を聞きながらフッと笑う。


「貴女がそこまで絶賛されるのでしたら、私もお会いしたかったです。」

「ふふっ、本当。連絡先でも交換しておけば良かったですよ。では、また後で……。」


 通話を切り、携帯の画面を操作する。写真フォルダを開くと、その中には、いつの間にか撮られていた樹と智里の写真が入っていた。色々な角度から撮られた写真をスライドさせながら見ると、女性は口元に弧を描いた。


「さて、この良い素材について調べなきゃ……。」


 ペロリと唇を舐め、妖艶に微笑む女性。その頃、次の場所へと智里とハクと共に移動していた樹は、なんだか寒気がし、肩を振るわせたとか――。


―本日のメニュー―

【昼】

・サンドウィッチ(卵・カツ)

・フルーツサンド

【間食】

・季節のデセール(レモンタルト・アッサムのムース・ラムレーズンアイス・焼きメレンゲ)

・名物シュークリーム






END

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