四十食目 お帰りのロールキャベツ
「――それじゃあ、これで帰るね。」
「早紀ちゃんの披露宴の後だってのに、手伝わせて悪かったわねぇ。」
「ふんっ、今度はもっと暇な時に来るんだな。」
「あはは……。じゃあ、またね。」
藤喜の披露宴が終わった翌日。母方の祖父母の家に行った樹は、いつもの様に草刈りを手伝った。そして、昼ご飯をご馳走になり、予約していた新幹線の時間に間に合う様にタクシーに乗り込んだ。小さくなっていく祖父母に手を振り、流れていく風景に目を遣った。青々とした空に、山や草花、稲の深緑がよく映える。東京の街中では見れない風景に、一つ息を吐いた。
「……あっ、そう言えば、ばあちゃんが渡してくれたの、何だろう?」
タクシーに乗る直前、慌てて祖母が渡してくれた大きな手提げ鞄。とても重くて手の平が真っ赤になった。確認しようと思ったが、しっかりと新聞紙を巻かれており、更には風呂敷にまで包んであるので、それは断念した。
「……まぁ、帰ってから確認するか。」
紙袋を足元に置き、携帯を見た。昨日、別れ際に松本と竜崎が「彼女の写真が見たい。」と言ってきて見せた時に、ロック画面に設定してもらった智里とのツーショット。ぎこちない笑顔の樹と、満面の笑みを浮かべる智里。眺めているだけで、口元がニヤけてきたので、手で覆い隠す。
「……見られない様にしとかないと……。」
東京に着くまでの約三時間。樹は、終始緩みっぱなしの口元を手で隠しながら、景色を見たり、携帯の写真を見たりして気を紛らわした――。一方、智里はと言うと、大学もバイトも休みなので、夕飯の支度をしていた。
「フッフーン、今日の夕食は、ロールキャベツっと。」
鼻歌を歌いながら、キャベツの中に入れるタネを捏【こ】ねる。しっかりと粘り気が出てきた所で手を休め、手の平サイズにタネを取ってハンバーグを作る要領で丸めた。そして、サランラップをして冷蔵庫に入れる。そして、実家から送られてきた丸々と太ったキャベ―ツの芯の周りに深めに包丁を入れ、傷んだ一枚二枚位を取ったら沸騰したお湯の中に浸けた。すると、柔らかくなってきた所からキャベツが綺麗に剥けてきた。
「おぉっ、剥けてる剥けてる。生のままじゃ、ボロボロになっちゃうからね。」
送られてきた野菜の中に母からの手紙も入っており、自家製ロールキャベツのレシピが書いてあった。その中に、キャベツの葉の綺麗な剥き方も書いてあり、実行してみたのだ。どんどん剥けていくキャベツの葉を取り出しては氷水に浸けていく。この行動をキャベツが全部剥けるまで繰り返した。
「――ふぅ、これで全部っと。その次は、冷やしたキャベツの芯を切って水滴を拭き取り、タネを巻いていくのか。」
一枚ずつキャベツをまな板の上に乗せ、芯を包丁で切ってキッチンペーパーで水気を拭き取って薄力粉を軽く塗してから、休ませていたタネを乗せて巻いていく。巻き終わりに爪楊枝を刺して完成だ。
「うん、綺麗に巻けた。あっ、お弁当用にも、小さいの作っとこ。」
中心に近い葉を見繕い、一個のタネを半分こして巻いて小さなロールキャベツを作る。そして、大鍋に出来上がった物を敷き詰め、隙間に残ったキャベツを詰めた。そして、水とブイヨンキューブを入れた。
「これで火にかけて、十分位煮込んだらトマトピューレと砂糖とかの調味料を入れるのね。……あれ?」
母の手紙を読みながら鍋を火にかける。仕上げのトマトピューレを出そうと段ボールを漁ってみたが、手に当たるのはクッション材として詰め込まれていた新聞紙だった。覗き込んで探したが、それらしき物が無い。
「うーん、どうしようかな……。あっ、ピューレが無かったらケチャップを多めに入れると良い、て書いてくれてる。うーん、でもなぁ……。」
悩みながら時計を見て十分経った頃合いに、ケチャップ、砂糖、塩コショウ、ナツメグを入れて更に煮込む。その間に使った調理器具を綺麗に洗い、野菜を詰めていた段ボールも片付けた。指定された時間よりも少し早めに火を消し、蓋をした。
「よしっ、片付けも仕込みもオッケーっ!! そろそろ新幹線の時間だから、行かないと。あとやっぱり、より美味しく食べてほしいから、スーパーに寄らせてもらおうっ。はいハクちゃん、おいでーっ。」
「アオンッ。」
エプロンを外し、ハクをキャリーケースに入れる。必要最低限の物を持ち、窓の鍵や火の元の確認をしてから部屋を出た。鍵を掛け、鞄の内ポケットに入れると、自然と口元がニヤてきた。たった一日離れただけなのだが、会えるとなると嬉しさが込み上げてくる。スキップしそうな勢いで、智里は廊下を歩いた。
「――なく、東京。東京でございます。お降りのお客様は――……。」
「……んがっ。……もう東京か……。」
祖父母の畑仕事を手伝ったのもあって、疲れていた樹はいつの間にか一眠りしており、車内アナウンスで目が覚めた。軽く伸びをすると、肩がパキッと音を発てた。荷物置き場に置いていた鞄を取り出し、足元に置いておく。そして、暫く窓の外を眺めていると、スピードが落ちてきたのか、外の風景が見える様になってきた。腕時計を見ると、七時を指そうとしていた。
「帰ってきたなぁ……。」
もう一度夜景を眺めてから席を立ち、荷物を持って出入り口へと向かった。待っていると、あっという間に降りる人で溢れ返った。そして、新幹線のスピードがゆっくりになり停まった。
「東京ー、東京ー。」
アナウンスが響き、扉が開くと流れる様に集まっていた人が外へと出ていった。樹も流れに身を任せて外へと出る。夏なのも相待ってか、少しだけ蒸し暑い。じわっと滲み出る汗を腕で撫でていると、聞き慣れた鳴き声が耳に届いた。振り返ってみると、柱の所で大きく手を振っている智里と、ケースの中で嬉し鳴きしているハクが居た。周りに沢山人が居るので小走りで近付くと、智里も走って来てくれた。
「お帰りなさいっ。」
「た、ただいま帰りました……。」
家で言い慣れている筈なのに、他の人の視線があると照れ臭く緊張してしまう。だが、そんな樹を他所に、智里は太陽の様な笑顔を見せてくれていた。あまりに眩し過ぎて目が眩んでしまいそうになる。なんとか話をしないとと思い目線を彷徨わせていると、智里が祖母が渡してきた手提げ鞄を樹から取り上げた。
「さぁさぁ、疲れたでしょうから、早く家に帰りましょうっ。」
「は、はいっ。」
嬉しそうにずんずん前を歩く智里に押され、樹は後を着いて行った。しかし、途中で気が付いた。あの手提げ鞄はとんでもなく重かったのにも関わらず、智里は迷いなくそれを取り上げた。ついさっきまで持っていた手を見ると、やはり真っ赤になって微かに震えている。迷いなく取り上げたのは、震えていたのが見えたからだろう。しかし、実家の手伝いや動物病院で培った筋力があるとはいえ、左手にハク、右手に手提げ鞄を持っていたら、流石の智里も辛いだろう。樹は急いで前を歩く智里に追い付き、横に並んだ所で手提げ鞄を取り上げた。すると、ビックリした表情の智里と視線がぶつかった。
「樹さん? どうされたんですか?」
「いえ、気遣って下さったんでしょうが、こっちは重いのでこの引き出物の方をお願いします。」
空いた手に、軽い方の紙袋を握らせた。智里の好意で持とうとしてくれたのを無下に出来ないので、引き出物の方を持たせた。少しの間ポカンとしていた智里だったが、嬉しそうに口角を上げると、また歩き出した。駅構内から出て外へ出ると、流石に重たい物を提げて歩くのは大変なので、タクシーを捕まえて走ってもらった。
「――ふぅ、ただいま帰りましたっ。」
「ただいま帰りました。重かったのに、ありがとうございました。」
家に辿り着いた二人は荷物を机の上に乗せると、ソファーに傾れ込んだ。路地に入る手前から歩いたので、蒸し暑さと荷物の重さで体力が削られ、軽くヘトヘトになっていた。少しの間、二人で天井を見上げていると、智里が「あっ!!」と声を上げた。
「どうされました?」
「す、すみません……。夕食に使う材料が少し足りなくて、帰る途中にスーパーへ寄って買おうと思ってたんですが、すっかり、その、忘れてて……。」
そう言えばと、部屋に充満する香りを嗅いでみると、トマト系の香りがした。台所へ行き鍋の蓋を開けると、湯気と共にフワッとトマトの香りが漂い、その奥からぎっしりと詰まったロールキャベツが見えた。これだけでも充分美味しそうなのに、何が足りないと言うのだろうか。疑問に思った樹は、首を傾げた。
「何が足りないんですか?」
「トマトピューレなんです。ケチャップだけでも良いとは書いていたんですが、やっぱりより美味しく食べてもらいたくって……。今から買いに行って来ますねっ。」
ソファーから勢いよく立ち上がり、自身の鞄を持って玄関に走り出す。だが、靴を履こうとしている所で、樹が智里の肩を掴んだ。智里が振り返ると、樹はニッコリと笑った。
「智里さん、大丈夫ですよ。ケチャップ味でも充分美味しいですから。」
「でも、樹さん……。」
「それに、夜遅くに女性を出歩かせる訳にはいきませんしね。」
有無を言わせない笑顔に智里は言い淀み、仕舞いには樹に負けてリビングへと戻った。トボトボ歩く智里をチラッと見ると、本当に食べさせたかったという気持ちが強かったのが感じ取れる。だが、スーパーまでの距離を考えると、やはり智里を出させる訳にはいかないし、樹自身も明日の午後から出勤になっているので、今日はなるべく体力を温存しておきたい。意気消沈している智里をソファーへ座らせると、樹は台所へ行った。作ってくれたロールキャベツの味を見て、少しケチャップを足そうと冷蔵庫を漁っていた時、ふと思い出した。
「あっ、そう言えば、ばあちゃんから何か貰ってたんだっけ。」
「?」
リビングへ行き、テーブルの脇に置いておいた手提げ鞄を漁る。テーブルに物を乗せて包んでいた風呂敷を解き、新聞紙も取ると、梅酒を作る用の大きめのガラス瓶が顔を出した。中には赤い液体がギッシリと詰まっている。
「これ、何だろう……?」
漸く顔を上げた智里と一緒に、ガラス瓶を見てみる。液状ではあるが、所々に黄色い粒と果肉らしき物が見える。思い切って蓋を開けてみると、フワッとその物の香りが鼻を擽った。その香りを嗅いだ瞬間、二人は顔を見合わせた。
「これ……!!」
「トマトピューレ!?」
まさかと思い、台所に行ってスプーンを二匙持ち、液体に浸けて持ち上げ口に入れた。すると、口に入れた瞬間、トロッとしたピューレが溶けだし、トマトの酸味と玉ねぎの甘味、そしてニンニクの香りが口に広がった。
「美味しいっ。」
「あっ、手紙が……。えっと、「古い友人から沢山トマトを頂いたので、さっちゃんに手伝ってもらいながらピューレを作ってみました。保存パックに分ければ冷凍保存も出来るそうなので、使ってみて下さい。」……ばあちゃん、藤喜さん……。」
なんと、藤喜は自身の結婚式の準備の合間に、祖母と一緒にピューレを作ってくれていたのだ。忙しかっただろうに、こんなにも上等な物を作ってくれた藤喜に感謝した。
「じゃあ、早速これを使わせてもらいましょう。」
「はいっ。」
やる気を取り戻した智里は樹と共に台所に立ち、鍋にトマトピューレを入れて煮込んだ。嬉しそうにしているのを見ながら、残りのトマトピューレを保存パックに詰め替えた――。
「――さぁ、出来上がりましたよっ。」
「わぁ、美味しそうですね。」
「レンジで作った温野菜もありますよ。」
トントンとカウンターに湯気立つ皿を置いていく。最後にハクの分を用意していると、良い香りが鼻を擽り腹の虫が二匹同時に盛大に鳴った。二人顔を見合わせクスッと笑うと、椅子に座った。
「では……。」
「「いただきますっ。」」
「アオーンッ。」
湯気立つロールキャベツにナイフを入れると、よく煮込まれているのでスッと切れた。フォークで刺し、何度か息を吹きかけてから口いっぱいに頬張る。噛み締めると、閉じ込められた肉汁と野菜の甘味と酸味が渾然一体【こんぜんいったい】となって口に広がった。
「あっふっ、とっても美味しいっ。トマトピューレも濃厚でよく効いてますね。」
「はっふっはっふっ。うんっ、送ってもらった新鮮な野菜も美味しいっ。」
「アオンッ。」
汗をかきながらも、温かいロールキャベツをペロリとたいらげ、温野菜もロールキャベツのソースを付けたり塩を掛けたり、色々と味変をしながら味わった。お腹も膨らんだ所でご馳走様をし、食器を片付ける。
「そういえば、披露宴の方はどうでしたか?」
そう言われ、流しで食器を洗いながら披露宴の事を思い出しながら智里に語った――。
―本日のメニュー―
・ロールキャベツ
・温野菜(人参・ジャガイモ・ペコロス・スナップエンドウ)
・白米
END
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