三十九食目 過保護の幼馴染の門出のミネストローネ

「あれ? 藤喜さんからだ。」


 定時に上がれた樹は、いつもの様にスーパーで買い物をしてから帰宅していた。郵便受けを覗いてみると、ダイレクトメールが数通と、上質な封筒が一通。差出人を見てみると、藤喜 咲希と綺麗な毛筆で書かれていた。部屋へ入り、買った食材をテーブルに置いてから封を切った。中に入っていた手紙を目で追っていくと、その内容に胸が飛び跳ねた――。


「――……え? 結婚披露宴ですか?」

「はい。」


 あの後直ぐに智里が帰宅。夕飯の支度を二人でし、食事をしながら手紙の事を話した。あの手紙の差出人で幼馴染である藤喜が、三ヶ月後に結婚式を挙げるので来て欲しいという内容だった。しかし、友人枠に限りがあるという事で樹のみの招待となっている。


「まぁ、それは仕方ないですよ。」

「ですが、披露宴は昼からで、更には兵庫県ですので、日帰りが難しい……。」

「大丈夫ですよ。久し振りに会う方も居られるでしょうし、楽しんで来て下さい。」


 ニッコリ笑いながら言われては、言い返せない。樹は、後ろめたさを感じながら「分かりました。」と小さい声で言った。食後、皿洗いを済ませてからリビングのソファーに座り、今一度、招待状を見た。(ちなみに智里は、試験が近いからと自室に戻っている。)夏直前だからか、爽やかな青と緑を使ったイラストが綺麗だ。


「結婚か……。」


 まさか、あの男勝りな藤喜が結婚するとは思わなかった。以前、祖父母の家で会った時は何も言わなかったし、異性と付き合っているといった感じもしなかった。


「……世の中、分からない事だらけだなぁ……。」

「ワフゥ?」


 招待状から視線を外し、お座りしながら不思議そうに見上げているハクを見た。机に置いていた無添加ビスケットを一つ摘むと、鼻の上にそれを置き「待て。」と言うと、ハクはピシッと綺麗な姿勢で待てをした。暫くジッとしていると、ハクの口端から涎がポタポタと溢れてきたので「よしっ。」と言ったら、頭を少し動かしてビスケットを鼻の上から落とし、床に落ちる前に咥えてポリポリと食べた。上手になったなぁと感じながら、もう一度招待状を見て、置いていたペンを握った。そして、三ヶ月後――。


「では、行って来ます。」

「はいっ。楽しんで来て下さいね。」

「アオーンッ。」


 披露宴に出席する事にした樹は、髪型を美容院でしっかりとキメてから新幹線の乗り場に居た。見送りに来ていた智里とケースに入ったハクに手を振りながら、新幹線に乗り込んだ。そして、出発の笛が鳴り響き、遠去かっていく智里とハクに手を振った。見えなくなったのを確認してから、やっと座席の背もたれに身体を預けた。


「はぁ……。なんか、もう既に寂しい……。」


 目元を片手で覆いながら、出発前の智里達を思い出す。笑顔で見送ってくれて嬉しかったが、内心は寂しさで溢れていた。最愛の人とペットを置いて、自身は華やかな場所で幼馴染の結婚披露宴に出席。なんだか、心にポッカリと穴が空いた感じがした。一方、智里の方は――。


「……行っちゃったね。」

「クゥン……。」


 小さくなっていく新幹線を見つめながら、ハクが入っているケースを抱き締める。同棲する事になって、常に一緒に居る様になったので、今回は披露宴だからと割り切ったとしても寂しいものは寂しい。笑顔で見送りはしたが、隣に樹が居ないと思うと目頭が熱くなった。それだけ、智里の中では樹の存在が大きくなっていた。智里は邪念を払う様に頭を横に振ると、顔を上げた。


「よしっ、樹さんが帰ってくるのは明日の夜!! それまでに料理の腕をちょっとでも上げて、あっと驚かせてやろうっ!!」

「ワンッワンッ。」


 次の新幹線を待つ人が沢山居る中、智里は腕を振り上げ息巻いた。いきなりの事に、ほぼ全員が智里を見ている。暫くしてその視線に気が付いた智里は、一気に恥ずかしくなり、身を縮こませてホームを後にした――。


「――おっ、片岡も来たか。」

「久し振りだな。元気してたか?」

「やぁ、松本【まつもと】、竜崎【りゅうざき】。見ての通り元気だよ。」


 新幹線で約三時間揺られ、更にタクシーで披露宴会場に行った樹は、藤喜同様、保育所からの幼馴染である松本と竜崎と出会った。二人とも既にダークスーツに着替えている。久し振りに会ったので話しをしたかったが、時間が押して来ているので、一旦別れて更衣室でスーツに着替えた。ロッカーに着替え等を入れた鞄を入れ、しっかりと鍵をかけてから部屋を出ると、出入り口前で松本と竜崎が待っていた。


「お待たせ。」

「おう。」

「入れるまでもうちょっとかかるらしいから、ダベろうぜ。」


 そう言われ控え室へと向かった。扉を開けると、そこにも見知った顔が幾人か居たので、そこへ混じって昔を懐かしみながら話をした。実は結婚していたり、子供が三人居たり、樹と同い年ながら起業したり……。皆それぞれ充実している様だった。


「そういや、片岡はどうなんだよ?」

「ん? 何が?」

「そりゃあお前、仕事や彼女の事だろ。この流れからして。」


 歳を考えれば、そう言う話しになるだろう。樹はどう言おうかと考えながら頭を掻こうとした。しかし、考えてる内にニヤけてくる口端。それを隠したい一心で頭に伸ばしていた手を頬へと変え、口元を手で覆った。


「えっと……、仕事は大変だけど順調。あ、あと、まぁ、お付き合いしてる……かな……。」


 言っていて恥ずかしくなってしまい、顔がほんのりと赤く染まる。それを見た二人は、ニヤニヤと笑った。


「へぇー、ほぉーん。あの片岡君がお付き合いかぁ。」

「この反応からして、彼女さんと同棲。しかも、結婚前提だな。」


 的確に言い当ててくる幼馴染に、ぐうの音も出なかった。こうなったら聞き返してやろうと意を決した時、出入り口の扉が開いてスタッフの女性が入って来た。


「皆様、披露宴の時間となりましたので、会場へお入り下さい。」


 意気込んでいた時に限って、タイミングよく逸らされてしまう。皆が皆、それぞれ手提げ鞄等を持って退室していく中、樹は意気消沈して椅子に座ったまま項垂れた。立ち上がった松本と竜崎に「行くぞーっ。」と言われ、漸く重い腰を上げた。


「おぉ、藤喜の事だから簡素な感じだと思ったけど……。」

「すっげぇ上品だな。」


 会場へ入ると、目に飛び込んできたのはシックな色合いの空間だった。飾られている花は緑を主軸にしており、片隅にはグランドピアノも置いてあって上品な雰囲気だ。


「わっ、ダイニングキッチンまである。」

「って事は、メイン辺りでライブクッキングするのかな?」

「結構ダチの披露宴とか行ったけど、やっぱすげぇしか出ねぇわ。」


 樹も、この歳になるまで妹や友人の結婚披露宴には出席していたので、色々な会場を見ていたが、やはりそれぞれの思いが詰まっているので、見ていてワクワクしてくる。一頻り会場内を見て回った後、席に着いた。すると、直様ウェイターが寄ってきた。


「こちら、新郎新婦からのウェルカムカクテルとなっております。お好きなのをお取り下さい。」

「あっ、ありがとうございます。」


 トレーに乗った色とりどりのカクテルの中から、樹は綺麗なハワイアンブルーのカクテルを貰った。松本と竜崎も、それぞれ違う色のカクテルを手に取り、小さい声で乾杯をすると、一口飲んだ。


「んっ、美味しい……っ。」

「ノンアルコールだな。甘いけどすっきりしてて飲みやすい。」

「親族には小さい子も居るみたいだし、アルコールがダメな人も居るからな。藤喜達の気遣いがすげぇな。」


 そう言われて、確かにこの気遣いは凄いと改めて思った。入った瞬間から「来てくれて、ありがとう。」と言われている様な、そんなおもてなし感がある披露宴は初めてだった。参加して良かったと、しみじみ思っていたら会場の照明が薄暗くなった。


「――……皆様、大変長らくお待たせ致しました。これより、新郎、小山【こやま】 亜樹【あき】様、新婦、早紀様の結婚披露宴を執り行います。」

「おっ、始まるみたいだな。」


 司会者の女性が言うと、立って談笑していた人達はいそいそと自分の席へ戻っていく。そして、出入り口の扉にスポットライトが当たった。


「それでは、新郎新婦のご入場です。皆様、盛大な拍手でお迎え下さいっ。」


 滑らかな曲調から打って変わり、最近流行りのノリの良い曲が流れ、扉が開いた。そこには、和装姿の新郎新婦が並んでいた。藤喜は白地に花や手鞠等の刺繍が入った色打掛を着ており、昨年会った時の事を考えると、お淑やかな淑女を思わせる佇まいに息を飲んだ――。


「――いやぁ、それにしても綺麗だったな。」


 挨拶と乾杯も終わり、新郎新婦がお色直しに行っている間に少し外の空気を吸いに行こうとベランダへ出て談笑していたら、不意に松本が言った。そう言えばと思い出したが、松本は小学生の頃から藤喜に片想いをしていた。だが、中学に入った途端、思春期の壁が二人の間に出来てしまい、告白する事なく卒業。その後は別々の高校へ進学し、疎遠になっていた。それが今回、この様な形で再会したのだ。


「おい、松本……。」

「あっ、俺が傷心してると思ってる? 残念ながら、俺もう既婚者だし、子供三人居るから。」

「うぇーい、リア充だったぁ。」


 指輪をしている様子もなかったので、未だ結婚していないと思っていたが、意外な報告に流石にビックリした。だが同時に疑問に思った。何故なら、全く連絡を受けていなかったからだ。聞こうとした時、それを察したのか樹が聞くより先に松本が煙草の紫煙を吐き出してからポツリポツリと話しだした。


「……俺さ、高三の終わりぐらいの時に今の嫁さんとの間に子供出来たんだよ。」

「それって……。」


 どう言っていいか、どう言えば傷付かないかを考えていると、松本は手摺りに背中を預けながら快晴の空を見上げた。


「卒業したら結婚しようって言って、面接頑張ってデカい会社に就職決めてさ。そんで、挨拶に行って嫁さんの親父さんにはオーケー貰ったんだ。父子家庭だから、大事な娘が喜ぶ方が大事だったんだってよ。でも、俺の両親は猛反対。「社会経験が無いのに」だの、「出来た子供が可哀想」だの好き勝手言ってさ。取り敢えず言いたい事言わせて、その日は帰ったんだけど、嫁さん道中で大泣きしちゃったんだよ。」

「……。」

「……。」


 松本が話してくれる事に、樹と竜崎はただただ耳を傾けるしかなかった。


「「ゴメンね」って、何回も謝られたよ。確かに、学校出て就職して直ぐに結婚して子供産まれてって、めちゃくちゃハードだし、十代後半のへなちょこな俺が背負うには重過ぎる。両親が言ってる事も分かる。だけど、それ以上に、嫁さんと家庭を築けるのが嬉しかったんだ。だから、婚姻届だけ出して式は挙げなかった。お前らに連絡しなかったのも、どっかから漏れて両親に告げ口されるのが怖かったんだ。」


 煙草を一気に吸い込むと、携帯灰皿に吸い殻を入れながらポッポッと輪っかの紫煙を何個も吐き出した。それを目で追うと、段々大きな輪になり、終いには溶け込む様に消えた。


「……ハハッ、こんな晴れの日に、湿っぽい話して悪かっ……た……。」

「……。」

「……。」


 松本が視線を二人に移すと、目を見開いた。なんと、二人とも号泣していたのだ。ビックリして目をパチパチさせていると、樹が右手を竜崎が左手を掴んだ。


「お、おまっ、ぐ、苦労し過ぎだろ……!! そりゃあ、頼りないかもしんないげどよぉっ、はっ話てくれたって、良いだろっ!? 俺等、ダチじゃねぇかっ!!」

「ぞうだよぉっ!! ちょっとぐらい心の拠り所作ったって、バチは当たらないよっ。それだけ松本は苦労してるし、立派な男だよぉぉぉっ!!」

「…………お前等……。」


 ウォンウォンと人目をはばからず声を出し男泣きしながらも、本気で言ってくれる二人の気持ちが胸に染み、松本は目頭が熱くなるのを感じて俯いた。泣きそうになるのを唇を噛み締めて耐え、顔を上げた。


「……ったく、お節介焼きが二人も居ると、今まで我慢してたのが馬鹿らしくなっちまったじゃねぇか。」

「グスッ……、が、我慢じてた方がっ、悪いっ。」

「へいへい、悪うございました。」

「もっ、もっど頼れっ。」

「おう、ありがとうな。」


 三人の仲が更に深まったその時、式場内から司会者の女性の声が響いた。新郎新婦のお色直しが終わった様で、樹達は急いで会場に戻った。息を整え席に着くと同時位に照明が消えた。


「新郎新婦様のお色直しが終わりました。それでは、ご入場頂きましょうっ。」


 スポットライトが扉に当たり、スタッフが扉を開けた。会場内には、拍手が響いた。が、直ぐにまばらになり、逆にザワつきだした。何故なら、開けた扉の奥には誰も立っていなかったのだ。


「……おいおい、どう言う事だ?」

「演出……かな?」


 樹達も新郎新婦を探そうと辺りを見渡していると、扉に当たっていたスポットライトが消え、オープンキッチンの方に少し暗めのスポットライトが当たった。そして次の瞬間、勢いよく火柱が上がり、突然の事に会場からは悲鳴が上がった。


「なんという事でしょう!! オープンキッチンの方から火柱が!!」


 司会者の女性の声が響く。段々と収まっていく火柱の奥に居た人物に、皆が皆、驚いた。なんと、新郎がコックコートを纏ってキッチンに立っていたのだ。斬新な演出に目が点になっていると、足音が近付いてきて、樹の側で止まった。


「いかがでしたか? 新郎の演出は?」

「あ、えっと、凄かったで……。」


 スタッフに問い掛けられたと思って答えていたら、目の前の人物にまた目が点になった。今度は、新婦である藤喜がスタッフの格好をして立っていた。何か言葉をかけたかったが、ビックリし過ぎて金魚の様にパクパクと口が動くだけだった。


「ふふっ、こちら新郎が監修した、野菜たっぷりのミネストローネでございます。」

「あっ、あの、藤喜さん……?」

「はいっ、どうぞー。」


 事態が飲み込めず、藤喜に聞いてみようと声をかけたが、藤喜は忙しそうに本当のスタッフの人と一緒に他の招待客の方へと行ってしまった。呆然と見ていると、キッチンで新郎と仲睦まじく身体を寄せ合い、互いに食べさせ合っていた。本当に幸せなんだと感じていると、竜崎が肩を突いてきた。


「ん? どうしたの?」

「おま、このミネストローネ、めっちゃくちゃ美味いぞっ。冷めない内に食べとけ。」


 披露宴だと言う事を忘れてはしたなく口いっぱいに頬張り、更には口端からミネストローネを垂らしながら言う竜崎に、失礼ながら少し引きつつ、ミネストローネにスプーンを浸けた。しっかりと煮込まれ、トロトロになっているミネストローネに樹の口の中に涎が一気に溜まった。数回息を吹きかけ、一口啜る。すると、さっきまで引いていたのが馬鹿みたいに、樹も松本もどんどんスプーンを進めた。


「んんっ!! 野菜の旨味が効いてて美味しいっ。」

「だろ!? トマトの酸味、玉ねぎの甘味、噛んだ時のセロリの微かな苦味……。どれも邪魔し合ってないのが凄いっ。」

「そう言えば、新郎の小山さんは一つ星レストランのオーナーシェフなんだっけ。そりゃあ、出来るわな。こんな美味いの。」


 最後の一掬いをしっかりと噛み締めながら、ミネストローネを完食した。あまりの美味しさに満足していると、また樹達の席に向かう足音がした。そして、立ち止まると苦笑いを浮かべた。


「……皆が一番最初に完食しちゃったね。」

「結構な量があったと思ったんだけどなぁ……。」

「あっ、ふ、藤喜さん。と、小山さん。」


 他の人への挨拶周りが終わったのか、少し疲れている様だった。ピシッと背筋を伸ばすと、「固くならなくて良いよ。」と笑われたので肩の力を抜くと、松本が一つ咳払いをした。


「……藤喜、今日はおめでとう。呼んでもらえて嬉しいよ。」

「うん、ありがとう。」

「小山さん。」

「はい。」

「俺ら、小さい頃から藤喜の事を知っています。」

「……はい。」


 眉間に皺を寄せたままの松本が、座りながら小山を横目で見詰めると、ゴクリッと小山が生唾を飲む音が聞こえた。ただならぬ雰囲気に、このテーブルだけに緊張が走った。


「もし、藤喜が悲しむ様な事があったら、俺ら許さないんで。」

「!! ……か、必ず、幸せにしますっ。」


 藤喜のご両親よりも親密な言い合いに、藤喜は声を押し殺して笑った。だが、それが皮切りになり、樹、竜崎、松本は声を上げて笑った。小山はどうしたのかと狼狽えていたが、「大丈夫。ただ、過保護なだけだから。」と言った。それでも納得していない様子の小山だったが、藤喜が親し気に話をしている様子を見て、この四人組は本当に仲良しで、互いが互いを大事に思っているというのが分かってきた。そうこうしているうちに、最後のお色直しの時間がやってきて、新郎新婦は退場していった。


「……にしても、圧を掛け過ぎじゃねぇの?」

「はぁ? どこがだよ。」


 グラスに注がれたウーロン茶を飲みながら、竜崎は松本に問いかけた。確かに、松本は目つきが少々悪いので、下から見上げられると威圧的になる上、ドスの効いた声色で「許さない」と言ったのだ。恐喝に間違えられても可笑しくなかった状況だったのだ。どうして、あんな風に言ったのか、真相を確かめようと竜崎は聞いてみたのだ。


「……別に、「家庭を持つのは大変なんだから、生半可な気持ちでいんじゃねぇぞ」って言いたかっただけだよ。」

「ふーん、センパイからの助言って事ね。」

「そーゆー事。」


 本当は、それだけじゃないんだと樹も竜崎も分かっていた。だが、敢えてそれを言うのは止めておいた。代わりに、樹は松本の頭を竜崎は背中をそれぞれ撫でた。鬱陶しがるかと思ったが、意外にも松本は素直に受け入れていた。一頻り撫でていると、また照明が暗くなり、扉へとスポットライトが当たった。


「それでは、お色直しが終わった様ですので、皆様、拍手でお迎え下さいっ。」


 扉が開くと、そこには、今度こそ新郎新婦が二人揃って立っていた。藤喜のドレスについて司会者から説明が入ったが、この着ているドレスは藤喜の祖母が作ってくれた物らしく、袖部分がふんわりと広がった丸いシルエットをしている、シースルースリーブタイプのオフホワイトのカラードレスだった。おそらく、運動で培った筋肉や傷を見せない為だろう。二の腕も隠れているので、こなれ感を感じる。グレーのタキシードを纏った新郎に手を引かれ、ゆっくりと歩き出した。その後、余興、エンドバイトと滞りなく行われ、こうして素敵な演出もあった披露宴は、無事に終了した――。


「――はぁ、楽しかったなぁ。」


 ――披露宴が終わった後、会場から一歩外へ出るともう真っ暗になっていた。車で来ていた松本と竜崎と別れ、樹は泊まるホテルへ向かった。余韻に浸りながらベッドに座り、撮った写真を見返してみる。どれもこれも皆笑顔だ。あと、ちょくちょく変顔しているのもある。何枚か選び、メールに添付すると、家で留守番をしてくれている智里へと送った。すると、直ぐに返信が返ってきた。


「えっと何々……。「新婦さん、とても綺麗ですね!! 会場もシックで素敵ですし、演出も一味違って楽しそうです!! 私も、こんな披露宴経験してみたいです。」……ふふ、可愛いなぁ。」


 スクロールしながら、何度も読み返していると、またメールが着た。今度は、文章無しで写真が何枚か添付されていたので、一枚一枚開いてみた。そこには、智里が作ったであろう手料理の数々に、たまたま門崎が遊びに来たのだろう、一緒に写っている写真もある。微笑ましく思いながら写真を見ていると、更にメールが送られてきて、それにはそこそこ容量がある動画が一つ添付されていた。開いてみると、そこには智里とハクがアップで写しだされた。


「……あっ、あーっ。聞こえますか?」

「アオンッ。」

「ふふっ、聞こえてますよー。」


 録画されている物だと分かっていても、つい応えてしまった。普通なら恥ずかしくて布団を被ってしまうが、距離的にも離れていて寂しい思いもしているので目を細めながら動画を見続けた。しかし、長距離の移動と緊張で疲れきっていた樹は、ハクと智里が未だ喋っているのにも関わらず、いつの間にかベッドに横になって眠ってしまった。


「――……いつか、私にも素敵なドレスを、き、きき、着させて下さいっ。」

「ワンッワンッ。」

「ふっ、ふふっ、疲れて寝てる、かな……? まぁ、それを想定して、長めのを撮ったんだけど……。じゃ、じゃあっ、おやすみなさい。お疲れ様でした。」

「アオンッ。」


―本日のメニュー―

・洋食コースメニュー

・新郎監修ミネストローネ






END

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