間食 トリックオアトリートの魔法

 世の中に、妖怪や幽霊等が舞い降りる特別な日――。


「トリックオアトリート!! お菓子をくれないと、イタズラするぞーっ!!」


 樹達の新居であるマンションでも、魔女やオバケ、更には映画やアニメのキャラクターに扮した子供達が、暖色系の灯りやカボチャをくり抜いて作られたランタンで照らされた屋上で仮装大会をしていた。そして、子供達はお決まりのセリフ「トリックオアトリート!!」と言いながら、住人の大人からお菓子をバスケットに入れてもらっていた。そんな様子を樹と智里は、少し離れた所から微笑ましく見ていた。


「ふふっ、可愛いですね。」

「本当ですね。」


 ちょくちょく樹達の元にも子供達が寄ってきて、「トリックオアトリート!!」と言うので、用意していたカボチャ型のクッキーをバスケットの中に入れてあげた。嬉しそうにはしゃく子供達を見ると、朝から用意したかいがあったと心から思った。そんな中、子供達に負けない位ハイテンションで歩き回っている人がいた。


「ハーイッ!! みなさん、楽しんでいマースかーっ!?」

「あ、ジェイドさんだ。」


 樹達より先に入居していた、在日アメリカ人のジェイドだった。挨拶に行った時も、家族総出でフレンドリーに接してくれた。そんな彼が、このハロウィンパーティーの主催者でもある。そうこうしていると、樹達に気が付いたジェイドが小走りでやって来た。


「こんばんはデース、片岡さーんっ!! それに、奥さーん!!」

「お、奥っ……!?」

「こんばんはです、ジェイドさん。あと、未だガールフレンドですから。」

「おや、そうでーしたか? まぁ、気にせずパーティー楽しんでチョーダイッ。」


 少し酔っている様で、顔がほんのり赤くなっていたジェイドは、高笑いしながら樹の肩を力任せにバシバシ叩くと、意気揚々と違う家族の所へと行ってしまった。痛む肩を押さえながら智里の方を見ると、顔を真っ赤に染めて目を泳がせていた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「は、はひっ、だい、だいじょぶ、れす……。」


 プスプスと顔から湯気が噴き上がっている。これはいけないと思った樹が近付こうとした時、走り回っていた子供の一人が目を回している智里の足にぶつかった。いつもなら上手く受け身を取れるのだが、完全に頭が回っていない今の智里では対処が追い付かず、そのまま樹の胸の中へと飛び込む形になった。


「おっと、大丈夫ですか?」

「……〜っ!!」


 余裕で受け止める樹に、ただでさえジェイドの「奥さん」発言で智里の頭がパンク寸前なのに、更に処理が追い付かず、そのまま目の前がブラックアウトした。薄れ行く意識の中で、樹の焦った声が聞こえたが、智里は手を伸ばす事さえ出来なかった――。


「――……あれ? ここは……?」


 目を覚ました智里は、上半身を起こして辺りを見渡した。そこは、いつも自身達が寝起きしている寝室だった。暫く呆然としていたが、パーティー中に目を回してそのまま気を失った事を思い出した。すると、寝室の扉が開いた。振り返ると、お盆を待った樹が立っており、智里が起きているのが分かると、直様駆け寄った。


「智里さんっ。大丈夫ですか?」

「い、樹さん。はいっ、大丈夫です。すみません、ご迷惑を……。」


 お盆をサイドテーブルに置きながら心配そうに見つめる樹に、智里はパーティーの事を思い出してしまい、少し気まずくなってベッドの端へ退けた。すると、樹はベッドに腰掛けてきた。


「あ、あの、樹さん?」

「どうしました?」

「そ、その、近い……です……。」


 そう。腰掛けただけではなく、あろう事か身体を寄せてきたのだ。普段の樹なら絶対にしない事に、智里は戸惑うばかり。取り敢えず距離を置こうと、枕を盾代りにした。


「――トリックオアトリート。」

「……え?」


 必死になっていた時、不意に言われ、智里は枕の端から樹を見た。すると、物欲しそうな顔をして智里の方を見ていた樹と目が合った。まるで、お菓子を強請っている子供の様な純粋な瞳に、智里は思わず胸がキュンッとした。


「す、すみません……。お菓子はバスケットに入れてあるので、今すぐは渡せないです。」


 しかし、パーティー用に作ったクッキーはバスケットの中。そのバスケットも、側には無い。それに今着ているワンピースにはポケットが付いていないので、何も持っていない。あげられない事に罪悪感を感じ、しょぼくれていると、樹は口元を歪めた。


「……じゃあ、イタズラしても良いって事ですね。」

「ひゃっ!?」


 強引に枕を取られた智里は、そのままベッドに沈み込んだ。何が起こったのかと目を見開くと、先ほどまで純粋な目をしていた樹が、獲物を捕らえようとする肉食獣の様に鋭い目をしていた。この状況が異常だと、頭の中で警告音が鳴り響く。どうにかして逃げ出そうと、覆い被さっている樹の胸を力一杯押した。だが、抵抗虚しく、智里の両手は樹によってベッドへと押さえ付けられてしまった。


「ちょっ、樹さんっ!? じょ、冗談が過ぎますよ!?」


 足をバタつかせて抵抗するが、体格差があって樹にはなにもダメージが無い。しかも、智里が必死に抵抗しているのが樹には刺さった様で、更に身体を密着させてきた。


「……もう、待てない。」

「っ!!」


 いつもなら聞く事がない樹の色っぽい声色に、智里の顔が熱くなり、身体が硬直した。耳元で感じていた樹の吐息が離れ、頬や顎に唇が何度も落ちる。くすぐったさと恥ずかしさを隠す様に、息を殺しながら身を捩っていると、クスッと笑われた。そして、首筋に唇が落ちそうになったその時、バンッと激しい音を発てて扉が開いた。その音に反応した樹は、直様智里から上半身を離した。涙目ながら見遣ると、扉の所にはフッサフサの毛皮を着た樹が仁王立ちしていた。


「おいっ、バンパイアの俺っ!! 何、抜け駆けしてんだっ!!」

「チッ、良い所だったのに……。」

「え? え?」


 何が起きているのか分からない智里は、取り敢えず身体を起こして威嚇し合っている二人の樹を何度も見た。冷静に考えろと、頭の中で念じてはいるものの、有り得ない状況に混乱するばかり。すると――。


「――全く、二人は活気盛んなんですから……。大丈夫ですか?」

「あ、はい……て、え、えぇぇっ!? い、樹さんが、もう一人!?」


 振り返ると、そこには、こめかみに大きなネジが刺さっていながら平然とした態度で白衣を纏っているフランケンシュタインの格好をした樹が、心配そうに智里を見ていた。何が何だか分からなくなってきた智里は、頭を抱えた。すると、急に腰に手が回され、力強く抱き締められた。


「ひょえっ!?」

「ちょっとちょっと。俺の事も忘れないでよ。」

「こ、今度は、天使……!?」


 見遣ると、上目遣いで見ている樹と目が合った。その背中には大きな羽があり、頭には何か輪っかが付いていた。いつにもまして子犬っぽい表情に、智里の頭はパンク寸前だったが、目を反らす事でなんとか意識を保った……はずだった。


「おや、私がイタズラしても良いんですか?」

「〇▷◇×☆~っ!?」


 言葉になってない悲鳴しか出なかった。何故なら、フランケンシュタインの樹が覗き込んでいたのだ。それも、今にも鼻先が触れそうな位、近くで。四方八方に色んな仮装をした樹が、智里をめぐって言い争ったり、抱き着いてきたり……。もう、頭が付いていけなくなった智里は、ついに目の前が真っ暗になった――。


「――…んっ。――さんっ。」

「んぅ……?」

「智里さんっ!!」


 ぼんやりとした目を何度か瞬きした。やっとハッキリした視界で見えたのは、心配そうに見つめる樹の姿だった。キョロキョロと視線だけを動かすと、いつもの寝室に普段着の樹だけが智里の側に居た。「あぁ、あれは夢だったのか……。」と一安心したのだが、先程まで見ていた色々な格好の樹を逆に思い出してしまい、顔が一気に熱くなる。見られたくない一心で掛けられていた布団を頭まで被った。


「どうしました? もしかして、どこか打ちましたか?」

「い、いえっ、なんでもないんです……はい……。」

「そ、そうですか……? それなら、良いんですが……。」


 智里が目を覚ましてから、終始、心配している樹。だが、あの様な夢を見てしまった今の智里には、毒でしかなかった。そして、二人がちゃんと顔を合わせれたのは、翌日の昼だったとか――。


―本日のメニュー―

・カボチャのクッキー






END

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