季節の変わり種

間食 ドキドキポッキー

 質問します。今日は何の日ですか?


「樹さん、樹さん。私とポッキーゲームしませんか?」

「……ポッキーゲーム? ですか?」


 十一月十一日。世間では、ポッキー&プリッツの日と呼ばれている日。バイトから帰ってきた智里は、先に帰っていた樹にポッキーの箱を見せながら目を輝かせていた。だが、樹はそういった流行りネタの事に関しては疎いので、いまいちそのゲームがどういった物なのかを理解していなかった。


「はいっ。バイト先の女の子に、「彼氏が居るんなら、絶対やった方が親密になれる。」て言われましたっ。」

「は、はぁ……。」

「やってみましょうっ。」


 意気揚々と箱を開けだす智里を横目に、樹はそのポッキーゲームがどういったゲームなのかをこっそり携帯で調べた。そして、出てきた内容に、目を見開いた。トップに出てくる画像から、その下に書かれている説明文を読んで、一瞬で理解した。携帯の画面を両手で握り締めながらプルプルと肩を震わせ見入っていると、背後でバリッと袋が破ける音がした。慌てて振り返ると、ポッキーを一本取り出していた。


「その子によると、一本ずつするそうですよ。」

「ちょっ、ちょっと待ってっ!!」

「はい?」


 始めようとする智里を取り敢えず止めると、どうしたのだろうという顔で見上げられた。純粋すぎるその表情に、樹は顔を真っ赤にさせながら悟った。


「……あの、智里さんは、ポッキーゲームがどういったゲームか、ご存知ですか?」

「へ?」


 樹が問うと、智里はポカンとした。その様子から察するに、やはり智里はポッキーゲームがどういった物なのか、ちゃんと知らない様だ。どうやって伝えようかと頭をフル回転させ考えていると、口元に何かが当たる感触がした。見遣ると、智里が差し出したポッキーが樹の唇に当たっていた。


「はい、どうぞ。」

「えっ、ちょっ、まっ……!!」


 慌てふためく樹を他所に、智里はポッキーを押し当てた。樹は、一旦顔を反らし、ニ、三度深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。そして、意を決して智里の両肩に手を添え、少し屈んでからポッキーを咥えた。


「……。」

「……。」

「……?」


 一向に反対側から食べてくる感覚がないので、ゴクリと生唾を飲み込んだ後、固く瞑っていた目をゆっくりと開けてみると、なんと智里は、こちらを見上げながらポリポリとポッキーを食べていた。


「どうされたんですか? 食べないんですか?」

「えっ!? やっ、あの、これ、ポッキー……ゲーム……。」

「どっちが多く食べれるかっていうゲームですよね?早く食べないと、無くなりますよ?」


 そう言って、更にポッキーを食べ続ける智里に、完全に拍子抜けしてしまった樹は肩を落とした。そんな様子の樹を見て、智里はますます首を傾げた。


「あ、あれ? 私、ゲームのルール、間違えてました?」


 いつまで経っても意気消沈している樹に、漸く自身がポッキーゲームの事をちゃんと理解していない事に気が付き、慌てて口に入っていたポッキーを飲み込んだ。


「や、やだっ、どうしよう……。私、ほとんど食べちゃった……。」

「……。」

「新しいの、買ってきて――……。」


 肩を落としたままの樹に流石に焦った智里は、新しい物を買いに行こうとソファに置いていた鞄を掴んだ。だが、その手を樹が素早く掴んだ。そして、驚いた智里が樹の方を向いた瞬間、その顔を固定する様に顎を掴んだ。


「大丈夫ですよ。一本あれば出来るゲームなので。」


 今まで咥えていたポッキーを離すと、咥えていた部分のチョコレートが溶けていた。唇に付いたんだと察すると、樹は舌を見せながら舐め取った。それを間近で見た智里は、さっきまでと雰囲気が変わった事に、背筋がゾクッとしたのと、普段は見せない色気にドキッとした。


「あ、あの……。」

「……本当のポッキーゲーム、教えてあげますよ。」


 そう言って、もう一度ポッキーを咥え直し、顔を近付けた。そして、智里の唇に当たる寸前の所で「そっちを咥えて下さい。」と囁いた。ポッキーの長さは別段長い訳ではない。戯れあいで顔を近付けたりする時もあるが、ほとんどは無意識なので、この状態は非常に心臓に悪い。自身の無知に目眩がした。どうしようと思考を巡らせていると、ついに唇にポッキーが当たった。


「ひょえっ!?」

「ほら、早く……。」


 顎を掴まれているので、逃げようがない。自身がまいた種だ。智里は、もうどうにでもなれとヤケクソになりながら、ポッキーを咥えた。すると、顎を掴んでいた手が離れ、両肩に添えられた。そして、樹の方からポキッポキッと折れる音がした。


「……っ!!」

「……。」


 折れる音と一緒に吐息が近付いてくる。顔と胸が熱くなっていく。そしてついに、樹の鼻先と智里の鼻先が軽く触れ合った。このままキスするんだと、初めて唇が重なるんだと意を決していると、パキッと折れる音と共に目の前の圧迫感と両肩の手が離れた。恐る恐る目を開けてみると、チョコレートの部分がほんの少し残ったポッキーと、口元を手で隠している樹が見えた。隠れきれていない頬や耳が、真っ赤に染まっている。


「あ、えっと……。」

「こ、これが、本当のポッキーゲームですっ。はいっ、我慢出来なかった俺の負けっ。」


 樹は早口で言うと、脱兎の如くキッチンへと走って行ってしまった。その後ろ姿を未だに高鳴っている胸を押さえながら見送った――。


―本日のメニュー―

・ポッキー






END

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