十六食目 酔っ払いには、チーズ系のおつまみセット
――今日は。否、今の時間帯からすれば「こんばんは」か。俺の名前は、
「……。」
「し、静……。」
「……。」
たこ焼きパーティーも終わり、少し和んでいた時、軽く酔っぱらった、智里の友人である門崎がビニール袋を提げてやってきた。リビングまで来た門崎は、二人を見て固まっている。そんな門崎に、樹と智里も固まってしまってる状態だ。ただ一匹、樹の膝の上で寝ているハクを除いて、不穏な空気が流れた。
「あ、あの、静……?」
「……なっ。」
「え?」
「ふざけんなっ!!」
大声を上げたと思ったら、門崎が持っていたビニール袋をフローリングに叩き付けた。大きな音と共に、チューハイやビールの缶が転がり出て、樹の膝の上でスヤスヤと寝ていたハクも飛び起き、低く唸りだす。あまりの豹変振りに、樹と智里は唖然としていた。
「ちょ、ちょっと静っ。下の人に迷惑……。」
「ちょっとじゃないよっ!! 智里っアンタ、こんな冴えなさそうな人と付き合ってんの!?」
「つきっ……!?」
勢い良く樹を指差した門崎に、門崎に対して更に唸るハクに、どうしていいか分からず焦っていると、智里が立ち上がった。
「ちょっとっ!! いきなり何言い出すの!?」
「だって、アンタ恋してたじゃんっ。学校で、恋する乙女の顔してたじゃんっ。その相手が、このモブキャラレベルの冴えなささ溢れる、ごくごく普通のリーマン風な男なの!?」
「さ、冴えない……。」
静観していた樹も、大声で冴えないと言われ、流石に落ち込んだ。冴えないや普通等が書かれたデフォルトの矢印が、何本も樹に刺さる。項垂れた先に映ったのは、さっきまで門崎に対して唸っていた筈のハクが、心配そうに見上げている姿だった。
「か、かかかか、片岡さんは、そうじゃなくってっ。」
「じゃあ、なんなのよ? こんな時間に二人っきりで居るなんて。」
「えっと、だから、その……。かっ、片岡さんは、私の先生なのっ。」
「はぁ? 先生ぃ?」
混乱しきった様子の智里が、なんとか頭をフル回転させて出した答えだった。智里の樹に対する「先生」設定に、少しだけ樹の胸がチクッと痛んだ。だが、酔っぱらっている門崎には、よく分かっていない様で、益々、眉間に皺を寄せていた。
「なんの?」
「りょ、料理、だよっ。」
「アンタ、自分で弁当作れるくせに、何言ってんの?」
「わ、私だって、最初っから作れた訳じゃないの。元々、作るの苦手だったし……。片岡さんに教えてもらって、なんとか出来る様になったんだから。」
ジト目で智里を見詰める門崎。暫く口をへの字にしながら見ていたが、今度は矛先を樹に向けてきた。智里越しに座った目で睨まれ、思わず恐縮してしまう。
「……本当に、アンタが私の大切な智里の料理の先生?」
「あ、えっと……。」
いきなり睨まれた事に困惑してしまい、目を泳がせてしまう。チラッと智里を見ると、なんとか話しを合わせてほしいといった顔をされた。それに益々焦っていると、門崎が樹の方に歩み寄り、シャツの襟元を掴み上げた。樹よりも頭一つ分小さい門崎ではあるが、持ち上げられて軽く足元が浮いている。最近の女性は、皆、馬鹿力なのかと思う余裕など、樹には毛頭なかった。足を伸ばし、なんとかフローリングに爪先立ちする様な形にはなっているが、如何せん、襟元を掴まれている為、首が締まって苦しい。
「男のくせにハッキリ言えないの? 大人しい智里に付け込んだ、スケコマシ野郎かっ……!!」
「ちょっ、ち、ちが……。」
「止めてよ静っ!!」
「っ、私はねぇ、心配なのよ……。」
軽々と樹を持ち上げていたが、段々と弱まっていく声色と共に、襟元を絞めていた両手の力も抜けていき、仕舞いには、フローリングに座り込んでしまった。さっきまでの勢いが無くなった事に、困惑してしまう。
「ゲホッ、ゴホッ……。はぁ、はぁ、あ、えっと……?」
「……静?」
よくよく見ると、門崎の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。フローリングに小さな水溜まりが出来ている。
「ぐすっ、わ、わだじはねぇ、ヒック……。ぢさとが、大学での初めてのどもだぢだったのぉ。」
「……うん。」
「ぞ、ぞれが、日に日に、恋ずる乙女のがおしてきでぇ……。」
「う、うん。」
「じんぱいだっだのぉっ!! 智里、良い子だからっ、変な奴に付け込まれてんじゃないかってっ。」
美人な顔が台無しになるんじゃないかという位、涙と鼻水でグシャグシャにして智里に縋り着いた。だが、それだけ智里の事が大事なのかが、よく伝わってきた。大事だからこそ、心配だったのだろう。それを悟った樹は、ポケットに手を入れ、ハンカチを取り出すと、未だに泣きじゃくる門崎に差し出した。
「……大丈夫ですよ。私は、本当に料理を教えているだけの者ですから。」
穏やかに、諭す様に言う樹に、今度は智里の胸がチクッと痛んだ。
「だっだら、ぐすっ、証拠みじでよ……。」
つまりは、料理を作れと言う事だ。だが、たこ焼きに使ったトッピングは空っぽ同然。他人の部屋の冷蔵庫を漁る訳にもいかず、どうしようかと悩む。その時、門崎が持って来ていたビニール袋から覗く、お菓子類が目に入った。樹はそれを持って立ち上がった。
「前田さん、すみませんが、今一度、台所をお借りします。」
「は、はい。どうぞ。あ、調味料やお皿も好きに使って下さい。」
智里に断りを入れ、樹はビニール袋を提げて、台所へ向かった。台に荷物を置き、中身を確認する。ビールとチューハイが二、三本。そして、クリームチーズに、ドライフルーツとナッツ、ポテトチップスと魚肉ソーセージが入っていた。樹は一つ頷くと、ワイシャツの袖を捲り上げた。
「先ずは、クリームチーズを耐熱容器に入れて、少し柔らかくなるまでレンジに入れておく。その間に、ドライフルーツとナッツをあんまり大きくなりすぎない程度に粗みじんに切って、ボウルに入れるっと。」
ドライフルーツの甘い香りと、ナッツの香ばしい香りに包まれていると、レンジが鳴った。取り出して、スプーンで突いてみると、程よく柔らかくなっていた。ボウルに入っていたドライフルーツ等をクリームチーズに投入。しっかり混ぜたら、大きめに切ったラップに棒状に乗せ、キャンディ包みにし、転がして形を整える。そして、本来ならば冷蔵庫に入れて冷ますのだが、今回は、大きめのボウルに塩を加えた氷水で冷やす。濡れない様にナイロン袋に入れ、しっかりと縛った後、氷水に浸けておく。
「よしっ、冷やしている間に、このポテトチップスで……。」
塩味のポテトチップスを耐熱容器に、少し山なりになる様に盛っていく。そして、魚肉ソーセージを手でちぎっていき、ポテトチップスの上に乗せていく。最後に、マヨネーズと余ったクリームチーズを乗せ、オーブントースターに入れ、取り敢えず十分でタイマーを合わす。
「さて、後はどうするかな……。」
正直な話、もう少し欲しいと思った。あと一品、あっさりした物を作りたい。辺りを見渡してみると、さっきたこ焼きに使っていたタコの余りが入ったタッパーが目に入った。しかも、丁度良い太さの所だ。
「すみません。このタコも使って大丈夫ですか?」
「え? あぁ、大丈夫ですよ。使ってやって下さい。」
了承を得た樹は、早速、タコを薄く削ぎ切りしていく。そして、余っていたプチトマトを半分に切り、タコとプチトマトを交互に皿へ盛り付ける。そこへ、エキストラバージンオリーブオイルを一かけ、ガーリックパウダー、粉末バジル、黒コショウをかけ、レモン汁を一滴二滴。本当だったら、緑の物が欲しかったが、贅沢は言わないでおこう。カルパッチョが出来た所で、オーブントースターが鳴った。開けてみると、マヨネーズの少し焦げた良い香りが広がった。今すぐにでも手を伸ばしたかったが、ここは堪える所。食べたくてウズウズしている手をなんとか食い止め、カルパッチョとポテトチップスをお盆に乗せる。
「はい、お待たせしました。」
「ぐすっ、……ん? 良い匂い……。」
「凄いっ。とっても、美味しそうっ。」
智里の腰に抱き着いて泣きじゃくっていた門崎だったが、樹が持って来たおつまみの香りに、智里も一緒に目を輝かせた。皿をテーブルに置くと同時に、門崎が待てをする犬の如くテーブルに噛り付く。そして、樹に「食べて良い? 食べて良い!?」と言わんばかりの目線を投げてくるので、人数分の小皿や割り箸を置き終えた樹は、ニッコリ微笑んで「どうぞ、召し上がって下さい。」と言った。それを皮切りに、割り箸に手を伸ばし、カルパッチョを小皿に取っていく。
「い、頂きますっ。」
行儀よく手を合わせると、プチトマトとタコを箸で取り、口に頬張る。最初の一噛みまで時間が掛かったが、そこからは勢いよく噛み続け、喉を鳴らして飲み込んだ。その間に、樹はもう一度台所に戻り、冷えたクリームチーズのラップを外し、均等に輪切りにし、皿に盛りつけた。再びリビングに戻った時には、もう、カルパッチョは無くなっていた。
「――――っ!!」
「……どうでしたか、お味は。」
「お、美味しかった、です……。」
「それは良かった。クリームチーズも良かったらどうぞ。丁度良い具合に、固まっていますから。」
机に置いた瞬間、門崎は手を伸ばす。一つ口に含み、一噛みした瞬間、少し目を見開いたが、幸せそうな
「――はぁああ、幸せ……。」
チューハイの缶を片手に、至極幸せそうな表情で寛ぐ門崎。智里と樹も、それぞれ飲み物を持ち、寛いでいる。だが、樹は仕事で疲れていた為、コップ片手に船を漕ぎ始めていた。警戒心むき出しだったハクも、今では門崎の膝の上で寝ている。門崎はチューハイを呷り、喉を鳴らすと、缶を片手で握り潰し、テーブルの上に置いた。
「……私、まだまだだったみたいだねぇ。」
「? どうしたの、急に。」
「いやぁ、恋愛ゲームは遊び尽くしてて、友達の恋愛事情なんかも分かりきってたつもりだったんだけどさ。いやはや、二次元と現実は全く違うねぇ。」
眠るハクを一撫でしながら、しみじみと呟く。智里は、隣でユラユラと船を漕いでいる樹のコップを今にも落としそうな手からゆっくりと外し、起こさない様に机の方に押してつっ伏させ、ベッドに置いていたタオルケットを掛けてから、門崎の方を見る。
「そりゃあ、ゲームだったら、色んな選択肢が出てきて、正解を選べばハッピーエンドだけど、現実は、その選択肢さえ自分で導き出さなきゃならないからね。それに、色んな障害物だってあるもん。ゲームみたいだったら、楽しくないじゃない。」
「ま、そうなんだけどね。だから、アンタの恋路が気になったんだけどね。」
もう、破片しか残っていないポテトチップスの皿を触る。寄せ集めた破片を流し込み、テーブルに片肘を乗せ、智里を見据えた。酔ってはいるが、その顔は真剣なものだった。
「……アンタ、本当にその人に恋してんね。」
「――っ……!!」
今まで治まっていた鼓動が、再び激しく動き出す。チラッと、眠る樹を見ると、余計に顔に熱が籠る。暫く、ボンヤリと樹を見ていると、横から門崎の手が伸び、智里の熱くなった頬を突いた。
「ほぅら、赤くなってる。
「ちょ、もう、止めてよ静。」
暫く、頬を突いたり撫でまわしたりしてじゃれ合っていたが、不意に両頬を両手で挟まれ、額と額をくっつけてきた。いきなりの事にキョトンとしていたが、門崎の心配そうな表情に、目を奪われた。
「……何か困った事があったら、直ぐに私に言いなさいよ。この、恋愛ゲームマスターの門崎 静様が、適格なアドバイスしてあげるんだからね。」
「……うん、ありがとう。」
「私がアンタの一番のダチなんだから、これくらい、当たり前だし。」
「うん、うん……。ありがとう……。」
門崎の言葉に、涙が零れそうになるくらい、嬉しさが込み上げた。だが、涙を堪え、鼻を少し啜りながら、智里は門崎の両手に頬を摺り寄せながら、自身の手で包み込んだ――。
―本日のメニュー―
<夜食>
・ドライフルーツ&ナッツのクリームチーズバー
・タコとプチトマトのカルパッチョ
・ポテトチップスのチーズ焼き
・ビール(缶)
・チューハイ(缶)
「――さて、どうするかな……。」
夜中の二時。酔いも醒めた門崎が帰り、またしても、樹と二人っきりとなった。正確には、二人と一匹だが。空になった皿を片付け、出たゴミも分別した。もう、する事が無くなった為、リビングに戻ってきたのだが、一番厄介な事が残っていた。
「起こす、のも悪いしな……。」
タオルケットをしっかりと握り締め、グッスリ眠っている樹を見ると、起こすのはとても気が引けた。だからと言って、このまま智里の部屋で寝かせるというのも、智里自身にとって、あまりよろしくない。
「やっぱり、起こしてあげよっか。」
もしかしたら、仕事があるかもしれない。智里は意を決し、樹の側に座った。そして、肩に手を添え揺らし、ドキドキする心臓を押さえながら樹の耳元で囁いた。
「お、起きて下さい、よー……。」
「ん? んん……。もう、飲めませんよ……、先輩……。」
「ね、寝ぼけてる……。」
少し強めに揺するが、ムニャムニャと寝言を言うだけで、一向に起きようとしない。夜明けまで、約四時間。完全に目が冴えてしまっている智里には、この状態は地獄でしかなかった。
「お願いですから、起きてくださいよぉ……。」
「ん……、もう、ちょっと……。」
智里の必至な願いも、酒が入り、熟睡している樹には、まったく届かなかった。
End
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